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<font size="+1">[https://researchmap.jp/ope 森田林平]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/ope 森田林平]</font><br>
''日本医科大学 微生物学免疫学教室''<br>
''日本医科大学 微生物学免疫学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年11月22日 原稿完成日:2020年XX月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年11月22日 原稿完成日:2020年11月27日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br>
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 インフラマソーム複合体は右図に示すような巨大なタンパク質複合体である('''図1''')。インフラマソーム複合体の形成は、その構成タンパク質の1つである[[パターン認識受容体]]の活性化によって開始される。インフラマソームを構成するパターン認識受容体としては、[[nucleotide-binding domain and leucine-rich repeat-containing receptors]] ([[NLRs]])や[[AIM2-like receptors]] ([[ALRs]])が知られており、これらは病原体の感染や組織傷害によって活性化される。したがって脳・神経組織へのダメージによってもインフラマソームが活性化され、[[神経炎症]]や[[細胞死]]を誘導することにより神経病態に関与することが多数の文献によって報告されている。
 インフラマソーム複合体は右図に示すような巨大なタンパク質複合体である('''図1''')。インフラマソーム複合体の形成は、その構成タンパク質の1つである[[パターン認識受容体]]の活性化によって開始される。インフラマソームを構成するパターン認識受容体としては、[[nucleotide-binding domain and leucine-rich repeat-containing receptors]] ([[NLRs]])や[[AIM2-like receptors]] ([[ALRs]])が知られており、これらは病原体の感染や組織傷害によって活性化される。したがって脳・神経組織へのダメージによってもインフラマソームが活性化され、[[神経炎症]]や[[細胞死]]を誘導することにより神経病態に関与することが多数の文献によって報告されている。


 [[細菌]]や[[ウイルス]]、[[真菌]]などの病原体を構成する分子([[リポタンパク質]]や[[糖脂質]]、[[核酸]]など)には、我々の生体内には存在しないものが含まれており、これらはパターン認識受容体によって認識され、[[マクロファージ]]や[[ミクログリア]]などの免疫細胞を活性化し、[[炎症性因子]]の産生を誘導する<ref name=Chen2010><pubmed>21088683</pubmed></ref> 1)。一方で、組織傷害や細胞死によって細胞内の分子群や[[細胞外マトリックス]]などが、傷害された組織中に放出されると、パターン認識受容体によって認識されて炎症を惹起することがあり、このような炎症は病原体が関与しない炎症であると考えられるため[[無菌的炎症]]として区別されている。
 [[細菌]]や[[ウイルス]]、[[真菌]]などの病原体を構成する分子([[リポタンパク質]]や[[糖脂質]]、[[核酸]]など)には、我々の生体内には存在しないものが含まれており、これらはパターン認識受容体によって認識され、[[マクロファージ]]や[[ミクログリア]]などの免疫細胞を活性化し、[[炎症性因子]]の産生を誘導する<ref name=Chen2010><pubmed>21088683</pubmed></ref>。一方で、組織傷害や細胞死によって細胞内の分子群や[[細胞外マトリックス]]などが、傷害された組織中に放出されると、パターン認識受容体によって認識されて炎症を惹起することがあり、このような炎症は病原体が関与しない炎症であると考えられるため[[無菌的炎症]]として区別されている。


 インフラマソームの活性化も同様に、無菌的な炎症の関与が示されており、例えば組織傷害によって放出される[[アデノシン3リン酸]]([[ATP]])や[[ミトコンドリア]]DNA、痛風の原因となる[[尿酸]]結晶などがインフラマソームを活性化するトリガーとなりえることが知られている。
 インフラマソームの活性化も同様に、無菌的な炎症の関与が示されており、例えば組織傷害によって放出される[[アデノシン3リン酸]]([[ATP]])や[[ミトコンドリア]]DNA、痛風の原因となる[[尿酸]]結晶などがインフラマソームを活性化するトリガーとなりえることが知られている。


 実際にどのような分子によってインフラマソームが活性化されるかは、インフラマソームを構成するパターン認識受容体によって異なっている。前述したようにNLRsとALRsを含む2つのインフラマソームに大別され、NLR familyに属する[[NLRP1]]、[[NLRP3]]、[[NLRC4]]を含むものは[[NLR inflammasome|NLR (NLRP) inflammasome]]、ALR familyに属する[[AIM2]]、[[IFI16]]を含むものは[[pyrin and HIN200 domain-containing protein inflammasome|pyrin and HIN200 domain-containing protein (PYHIN) inflammasome]]と呼称されている。それぞれのインフラマソームが活性化されるメカニズムについてはhttps://en.wikipedia.org/wiki/Inflammasomeを参照されたい。
 実際にどのような分子によってインフラマソームが活性化されるかは、インフラマソームを構成するパターン認識受容体によって異なっている('''表''')。前述したようにNLRsとALRsを含む2つのインフラマソームに大別され、NLR familyに属する[[NLRP1]]、[[NLRP3]]、[[NLRC4]]を含むものは[[NLR inflammasome|NLR (NLRP) inflammasome]]、ALR familyに属する[[AIM2]]、[[IFI16]]を含むものは[[pyrin and HIN200 domain-containing protein inflammasome|pyrin and HIN200 domain-containing protein (PYHIN) inflammasome]]と呼称されている。
 
{| class="wikitable"
|+表. インフラマソームの活性化因子
|-
! インフラマソームの種類 !! 活性化因子 !! 関連する神経・精神疾患
|-
| NLRP1 || [[炭疽菌]][[毒素]] || [[けいれん]]、[[アルツハイマー病]]、[[多発性硬化症]]、[[脳梗塞]]、[[脳出血]]、[[クモ膜下出血]]、[[脳挫傷]]、[[脊髄損傷]]
|-
| NLRP3 || [[活性酸素]]種、[[ミトコンドリア]]の機能不全、[[ATP]]、[[尿酸]]血症<br>
[[黄色ブドウ球菌]]、[[肺炎球菌]]、[[腸管出血性大腸菌]]などの[[膜孔形成毒素]]<br>
細胞外K<sup>+</sup>流出、[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]]流入シグナル
|| けいれん、アルツハイマー病、[[パーキンソン病]]、[[ハンチントン舞踏病]]、[[多系統萎縮症]]、多発性硬化症、[[筋萎縮性側索硬化症]]、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血、脳挫傷、脊髄損傷、[[うつ病]]、[[双極性障害]]、[[統合失調症]]、[[脳腫瘍]]
|-
| NLRC4 || [[サルモネラ菌]]、[[レジオネラ菌]]、[[赤痢菌]]由来の[[フラジェリン]]、[[分泌]]装置タンパク質 || アルツハイマー病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、脳梗塞、脳挫傷、脳腫瘍
|-
| AIM2 || 細菌由来のDNA|| アルツハイマー病、多発性硬化症、脳挫傷、脳腫瘍
|}


==構成分子==
==構成分子==
 以上に述べたようなパターン認識受容体の活性化が起こると、[[ASC]] ([[apoptosis-associated speck-like protein containing a CARD]])と呼ばれる[[アダプタータンパク質]]と[[カスパーゼ-1前駆体]] ([[プロカスパーゼ-1]])を集合させて7量体を形成し、巨大なタンパク質複合体(インフラマソーム:'''図1''')となる<ref name=Lamkanfi2014><pubmed>24855941</pubmed></ref> 2)。このような複合体が形成されるとプロカスパーゼ-1が自己切断され、活性化型[[カスパーゼ-1]]となる。活性化したカスパーゼ-1は、[[炎症性サイトカイン]]の前駆体である[[プロIL-1&beta;]]や[[プロIL-18]]を切断することにより、活性型の[[IL-1&beta;]]や[[IL-18]]として放出させて炎症を惹起する。さらにカスパーゼ-1は、その基質である[[ガスダーミンD]] (GSDMD)と呼ばれるタンパク質を切断するが、その切断されたN末端側の断片は多量体を形成して[[細胞膜]]に挿入されることにより、大きな孔(ポア)を形成して細胞膜を破壊し、細胞の膨潤や破裂を来たす<ref name=Ding2016><pubmed>27281216</pubmed></ref> 3)
 以上に述べたようなパターン認識受容体の活性化が起こると、[[ASC]] ([[apoptosis-associated speck-like protein containing a CARD]])と呼ばれる[[アダプタータンパク質]]と[[カスパーゼ-1前駆体]] ([[プロカスパーゼ-1]])を集合させて7量体を形成し、巨大なタンパク質複合体(インフラマソーム:'''図1''')となる<ref name=Lamkanfi2014><pubmed>24855941</pubmed></ref>。このような複合体が形成されるとプロカスパーゼ-1が自己切断され、活性化型[[カスパーゼ-1]]となる。活性化したカスパーゼ-1は、[[炎症性サイトカイン]]の前駆体である[[プロIL-1&beta;]]や[[プロIL-18]]を切断することにより、活性型の[[IL-1&beta;]]や[[IL-18]]として放出させて炎症を惹起する。さらにカスパーゼ-1は、その基質である[[ガスダーミンD]] (GSDMD)と呼ばれるタンパク質を切断するが、その切断されたN末端側の断片は多量体を形成して[[細胞膜]]に挿入されることにより、大きな孔(ポア)を形成して細胞膜を破壊し、細胞の膨潤や破裂を来たす<ref name=Ding2016><pubmed>27281216</pubmed></ref>。


 このような細胞死の形態は[[パイロトーシス]]と呼称されており、他の細胞死とは区別されている。免疫細胞においてはガスダーミンDを発現するため、インフラマソーム(カスパーゼ-1)の活性化によってパイロトーシスが誘導されるが、神経細胞などではガスダーミンDを発現しないため、カスパーゼ-1の活性化によって[[アポトーシス]]が誘導されて神経変性を引き起こすことが報告されている<ref name=Tsuchiya2019><pubmed>31064994</pubmed></ref> 4)
 このような細胞死の形態は[[パイロトーシス]]と呼称されており、他の細胞死とは区別されている。免疫細胞においてはガスダーミンDを発現するため、インフラマソーム(カスパーゼ-1)の活性化によってパイロトーシスが誘導されるが、神経細胞などではガスダーミンDを発現しないため、カスパーゼ-1の活性化によって[[アポトーシス]]が誘導されて神経変性を引き起こすことが報告されている<ref name=Tsuchiya2019><pubmed>31064994</pubmed></ref>。


== 非古典的インフラマソーム経路 ==
== 非古典的インフラマソーム経路 ==
 上述のインフラマソーム形成もしくは活性化システムは古典的経路と称されている('''図1''')。一方、細胞質内の[[リポ多糖類]](LPS)が[[カスパーゼ-4]], [[カスパーゼ-5|5]], [[カスパーゼ-11|11]]の活性化を誘導する非古典的インフラマソーム経路も明らかにされてきた。非古典的経路では、活性化カスパーゼ-4, 5, 11がガスダーミンDを切断しパイロトーシスを誘導する一方で、N末端側の断片がNLRP3インフラマソームを活性化する<ref name=Rathinam2016><pubmed>27153493</pubmed></ref> 5)。本経路は[[敗血症]]の病態に関与していると考えられている。
 上述のインフラマソーム形成もしくは活性化システムは古典的経路と称されている('''図1''')。一方、細胞質内の[[リポ多糖類]](LPS)が[[カスパーゼ-4]], [[カスパーゼ-5|5]], [[カスパーゼ-11|11]]の活性化を誘導する非古典的インフラマソーム経路も明らかにされてきた。非古典的経路では、活性化カスパーゼ-4, 5, 11がガスダーミンDを切断しパイロトーシスを誘導する一方で、N末端側の断片がNLRP3インフラマソームを活性化する<ref name=Rathinam2016><pubmed>27153493</pubmed></ref>。本経路は[[敗血症]]の病態に関与していると考えられている。


== 神経病態への関与 ==
== 神経病態への関与 ==
インフラマソームの活性化は様々な神経疾患([[脳血管障害]]、[[認知症]]([[神経認知障害]])、[[外傷]]、[[多発性硬化症]]、[[パーキンソン病]]など)において観察されており、各々の病態の進展に寄与すると考えられている。それぞれの病態におけるインフラマソームの関与についてのエビデンスは他稿において詳細にまとめられているため参照されたい<ref name=Voet2019><pubmed>31015277</pubmed></ref><ref name=Heneka2018><pubmed>30206330</pubmed></ref> 6,7)。炎症自体は神経傷害を悪化させると考えられるため、インフラマソームを標的とした神経疾患の新たな治療法の確立が期待されている。
インフラマソームの活性化は様々な神経疾患([[脳血管障害]]、[[認知症]]([[神経認知障害]])、[[外傷]]、[[多発性硬化症]]、[[パーキンソン病]]など)において観察されており、各々の病態の進展に寄与すると考えられている。それぞれの病態におけるインフラマソームの関与についてのエビデンスは他稿において詳細にまとめられているため参照されたい<ref name=Voet2019><pubmed>31015277</pubmed></ref><ref name=Heneka2018><pubmed>30206330</pubmed></ref>。炎症自体は神経傷害を悪化させると考えられるため、インフラマソームを標的とした神経疾患の新たな治療法の確立が期待されている。


 脳血管障害や外傷のような急性の神経組織傷害においては、IL-1&beta;のような炎症性サイトカインの産生は神経炎症の惹起のために中心的な分子機転となりえる。脳血管障害や外傷(脳・脊髄損傷)における病態の進展にはNLR、PYHINインフラマソームが関与するとのエビデンスが既に蓄積している。一方でIL-1&beta;には[[神経軸索]]を伸長させる効果があることも報告されており<ref name=Boato2011><pubmed>22200088</pubmed></ref> 8)、IL-1&beta;に注目した場合には神経炎症の病態の理解はやや複雑となる。またIL-18は免疫学的には[[IFN-&gamma;]]産生[[ヘルパーT細胞]](Th1)による慢性的な免疫応答を誘導する炎症性サイトカインであり、急性の神経組織傷害におけるIL-18の役割についてはまだ十分なエビデンスが蓄積していない。
 脳血管障害や外傷のような急性の神経組織傷害においては、IL-1&beta;のような炎症性サイトカインの産生は神経炎症の惹起のために中心的な分子機転となりえる。脳血管障害や外傷(脳・脊髄損傷)における病態の進展にはNLR、PYHINインフラマソームが関与するとのエビデンスが既に蓄積している。一方でIL-1&beta;には[[神経軸索]]を伸長させる効果があることも報告されており<ref name=Boato2011><pubmed>22200088</pubmed></ref>、IL-1&beta;に注目した場合には神経炎症の病態の理解はやや複雑となる。またIL-18は免疫学的には[[IFN-&gamma;]]産生[[ヘルパーT細胞]](Th1)による慢性的な免疫応答を誘導する炎症性サイトカインであり、急性の神経組織傷害におけるIL-18の役割についてはまだ十分なエビデンスが蓄積していない。


 神経変性疾患においては慢性的な神経炎症が、病態の進展に重要であることが注目されている。[[アルツハイマー病]]においてはインフラマソームの活性化による慢性的な炎症の持続が、病態の進展に重要な寄与を持つことが明らかにされつつある。パーキンソン病や[[筋萎縮性側索硬化症]]におけるインフラマソームの関与のエビデンスは蓄積されつつあるが、詳細の解明には今後の研究成果が必要とされている状況である。またガスダーミンDの活性化に伴うパイロトーシスによる神経変性疾患の病態の進展についても今後の解析が待たれる。
 神経変性疾患においては慢性的な神経炎症が、病態の進展に重要であることが注目されている。[[アルツハイマー病]]においてはインフラマソームの活性化による慢性的な炎症の持続が、病態の進展に重要な寄与を持つことが明らかにされつつある。パーキンソン病や[[筋萎縮性側索硬化症]]におけるインフラマソームの関与のエビデンスは蓄積されつつあるが、詳細の解明には今後の研究成果が必要とされている状況である。またガスダーミンDの活性化に伴うパイロトーシスによる神経変性疾患の病態の進展についても今後の解析が待たれる。

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