「Bienenstock-Cooper-Munro理論」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/k-shi-tky73 小林 静香]、[https://researchmap.jp/toshiyamanabe 真鍋 俊也]</font><br>
''東京大学 医科学研究所 神経ネットワーク分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年11月17日 原稿完成日:2023年11月29日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/kkitajo 北城 圭一](生理学研究所)<br>
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小林静香、真鍋俊也 (東京大学医科学研究所神経ネットワーク分野)
英:Bienenstock-Cooper-Munro theory 独:Theorie von Bienenstock-Cooper-Munro 仏:théorie de Bienenstock-Cooper-Munro
BCM曲線 (BCM curve)
 
{{box|text= Bienenstock、Cooper、Munroにより提唱されたシナプス可塑性の誘導条件に関する概念を説明するための曲線で、誘導のためのある条件に対して、シナプス伝達効率がどのように上昇あるいは低下するかを表現するものである。著者らの名字の頭文字を並べてBCM曲線(BCM curve)と呼ばれる。}}
{{box|text= Bienenstock、Cooper、Munroにより提唱されたシナプス可塑性の誘導条件に関する概念を説明するための理論で、誘導のためのある条件に対して、シナプス伝達効率がどのように上昇あるいは低下するかを表現するものである。著者らの名字の頭文字を並べてBCM理論(BCM theory)とも呼び、これをグラフ化したものをBCM曲線(BCM curve)という。}}


== ヘブの学習則からCooper-Liberman-Oja理論へ ==
== ヘブの学習則からCooper-Liberman-Oja理論へ ==
[[ファイル:Kobayashi BCM curve Fig.png|サムネイル|'''図1. Cooper-Liberman-Oja曲線とBienenstock-Cooper-Munro曲線の比較<br>'''
A) Cooper-Liberman-Oja曲線。修飾閾値(<math>\theta m</math>)を境に符号が反転する。シナプス後細胞の発火率<math>c>\theta m</math>の場合、活性化されたシナプスは増強(potentiation)し、<math>c<\theta m</math>の時は逆に抑圧(depression) される。
B) Bienenstock-Cooper-Munro曲線。<math>\theta m</math>は固定値ではなく、シナプス後細胞の過去の活性化履歴に応じて変動する点が特徴(矢印)。異なる<math>\theta m</math>を示す2曲線を代表例として挙げた。曲線(青)は、単眼遮蔽時のように一定期間シナプス後細胞が不活化されていたあとの状態をあらわしている。曲線(赤)は、シナプス後細胞が一定期間活性化されたあとの状態を表しており、<math>\theta m</math>が右にスライドしたことでその後の増強が起こりにくい状態となる。]]
 [[シナプス]]に生じる[[シナプス可塑性|可塑的な変化]]を情報処理の概念に基づいて数学的に記述し、理論化する試みは古くからおこなわれている。
 [[シナプス]]に生じる[[シナプス可塑性|可塑的な変化]]を情報処理の概念に基づいて数学的に記述し、理論化する試みは古くからおこなわれている。


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==Cooper-Liberman-Oja理論からBienenstock-Cooper-Munro理論へ ==
==Cooper-Liberman-Oja理論からBienenstock-Cooper-Munro理論へ ==
 この限界を乗り越えるために登場したのがBienenstock-Cooper-Munro理論である。これはもともと、[[wj:デイヴィッド・ヒューベル|Hubel]]と[[wj:トルステン・ウィーセル|Wiesel]]によって報告された、発達期の[[ネコ]]の一次視覚野における活動依存的なシナプス強度の変化<ref name=Wiesel1965><pubmed>5883730</pubmed></ref>(6)を数学的に記述するために提唱された理論であった<ref name=Bienenstock1982><pubmed>7054394</pubmed></ref>(1)。
 この限界を乗り越えるために登場したのが[[w:Elie Bienenstock|Bienenstock]]、[[w:Leon Cooper|Cooper]]、[[w:Paul Munro|Munro]]により提唱されたBienenstock-Cooper-Munro理論である。これはもともと、[[wj:デイヴィッド・ヒューベル|Hubel]]と[[wj:トルステン・ウィーセル|Wiesel]]によって報告された、発達期の[[ネコ]]の一次視覚野における活動依存的なシナプス強度の変化<ref name=Wiesel1965><pubmed>5883730</pubmed></ref>(6)を数学的に記述するために提唱された理論であった<ref name=Bienenstock1982><pubmed>7054394</pubmed></ref>(1)。


 Bienenstock-Cooper-Munro理論によれば、シナプス強度変化率は以下の式であらわされる<ref name=Bliss2007> Bliss, T., Collingridge, G. and Morris, R. (2007). Synaptic Plasticity in the Hippocampus. Edited by P. Andersen et al. The Hippocampus Book. Oxford University Press. ISBN978-0195100273</ref>(7)。
 Bienenstock-Cooper-Munro理論によれば、シナプス強度変化率は以下の式であらわされる<ref name=Bliss2007>'''Bliss, T., Collingridge, G. and Morris, R. (2007).'''<br>Synaptic Plasticity in the Hippocampus. Edited by P. Andersen et al. The Hippocampus Book. Oxford University Press. {{ISBN|978-0195100273}}</ref>(7)。


::<math>\frac{dmj}{dt} = f(c, \left \langle c\right \rangle)dj</math>
::<math>\frac{dm_j}{dt} = f(c, \left \langle c\right \rangle)d_j</math>


::<math>mj</math>:<math>j</math>番目のシナプス強度変化率<br>
::<math>m_j</math>:<math>j</math>番目のシナプス強度変化率<br>
::<math>dj</math>:<math>j</math>番目の入力線維の発火率<br>
::<math>d_j</math>:<math>j</math>番目の入力線維の発火率<br>
::<math>f</math>:BCM関数。シナプス後細胞の発火率 <math>c</math> と、シナプス後細胞の過去の発火平均 <math>\left \langle c\right \rangle</math> により決定される関数。
::<math>f</math>:Bienenstock-Cooper-Munro関数。シナプス後細胞の発火率 <math>c</math> と、シナプス後細胞の過去の発火平均 <math>\left \langle c\right \rangle</math> により決定される関数。


 この理論の最大の特徴は、閾値<math>\theta m</math>が固定値ではなく、シナプス後細胞の過去の活性化履歴の平均に応じて、それ自体が変動する値(sliding threshold)であるとした点である。これにより、細胞が高い活性を維持している条件下では<math>\theta m</math>が右にスライドして、その後のシナプス増強が起きにくい状態になり('''図1B''':曲線赤)、逆に細胞の活性が低い場合には<math>\theta m</math>が左にスライドするため、その後のシナプス増強が誘導されやすい状態が生まれ('''図1B''':曲線青)、結果的にシナプス伝達を恒常的に安定化することが可能であるとしている。
 この理論の最大の特徴は、閾値<math>\theta m</math>が固定値ではなく、シナプス後細胞の過去の活性化履歴の平均に応じて、それ自体が変動する値(sliding threshold)であるとした点である。これにより、細胞が高い活性を維持している条件下では<math>\theta m</math>が右にスライドして、その後のシナプス増強が起きにくい状態になり('''図1B''':曲線赤)、逆に細胞の活性が低い場合には<math>\theta m</math>が左にスライドするため、その後のシナプス増強が誘導されやすい状態が生まれ('''図1B''':曲線青)、結果的にシナプス伝達を恒常的に安定化することが可能であるとしている。
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また近年では、シナプスの恒常性維持機構として知られている[[シナプス・スケーリング]](synaptic scaling)や[[興奮・抑制バランス]](excitation/ inhibition balance) シフトといった[[恒常性可塑性]](homeostatic plasticity)と、Bienenstock-Cooper-Munro理論に代表されるヘブ型可塑性(Hebbian plasticity) との相互作用に着目した研究も行われている<ref name=Keck2017a><pubmed>28236778</pubmed></ref><ref name=Keck2017b><pubmed>28093552</pubmed></ref>(17,18)。
また近年では、シナプスの恒常性維持機構として知られている[[シナプス・スケーリング]](synaptic scaling)や[[興奮・抑制バランス]](excitation/ inhibition balance) シフトといった[[恒常性可塑性]](homeostatic plasticity)と、Bienenstock-Cooper-Munro理論に代表されるヘブ型可塑性(Hebbian plasticity) との相互作用に着目した研究も行われている<ref name=Keck2017a><pubmed>28236778</pubmed></ref><ref name=Keck2017b><pubmed>28093552</pubmed></ref>(17,18)。
'''図1. Cooper-Liberman-Oja曲線とBienenstock-Cooper-Munro曲線の比較<br>'''
A) CLO曲線。修飾閾値(<math>\theta m</math>)を境に符号が反転する。シナプス後細胞の発火率c><math>\theta m</math>の場合、活性化されたシナプスは増強(potentiation)し、c<<math>\theta m</math>の時は逆に抑圧(depression) される。
B) Bienenstock-Cooper-Munro曲線。<math>\theta m</math>は固定値ではなく、シナプス後細胞の過去の活性化履歴に応じて変動する点が特徴(矢印)。異なる<math>\theta m</math>を示す2曲線を代表例として挙げた。曲線(青)は、単眼遮蔽時のように一定期間シナプス後細胞が不活化されていたあとの状態をあらわしている。曲線(赤)は、シナプス後細胞が一定期間活性化されたあとの状態を表しており、<math>\theta m</math>が右にスライドしたことでその後の増強が起こりにくい状態となる。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==

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