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<font size="+1">[https://researchmap.jp/sfujisawa 藤澤 茂義]</font><br> | |||
''理化学研究所 脳神経科学研究センター''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2024年9月27日 原稿完成日:2024年10月23日<br> | |||
担当編集委員:[https://researchmap.jp/kkitajo 北城 圭一](生理学研究所)<br> | |||
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同義語:シーター波、θ波 | 同義語:シーター波、θ波 | ||
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==歴史== | ==歴史== | ||
[ | [[ファイル:Fujisawa theta wave Fig1.png|サムネイル|'''図1. シータ波の波形'''<br>ラットの海馬CA1の錐体細胞層から計測された局所電位<br>シータ波周波数帯域のオシレーションが観測されている。データ提供:著者]] | ||
[[海馬]]におけるシータ波は、1969年に[[w:Cornelius Vanderwolf]]によって報告された<ref name=Vanderwolf1969><pubmed>4183562</pubmed></ref>。シータ波という名前は、もともとは[[ヒト]]の頭皮で観察される[[脳波]]の研究において、[[徐波睡眠]]中に現れる4Hz~7Hzの脳波を指すものとして定義されたものである<ref name=Walter1944><pubmed>21610865</pubmed></ref>。Vanderwolfは、[[ラット]]の海馬においてシータ波帯域の周波数での強い[[局所電位]]活動を発見した(<b>図1</b>)。これは、徐波睡眠中のシータ波とは周波数帯域は同じであるが、発生する脳の状態や部位が異なるため、Vanderwolfはこの現象を「[[rhythmical slow activity]]」と名付けて区別した。しかし、結局は「シータ波」という名称が広く使われるようになった。 | [[海馬]]におけるシータ波は、1969年に[[w:Cornelius Vanderwolf]]によって報告された<ref name=Vanderwolf1969><pubmed>4183562</pubmed></ref>。シータ波という名前は、もともとは[[ヒト]]の頭皮で観察される[[脳波]]の研究において、[[徐波睡眠]]中に現れる4Hz~7Hzの脳波を指すものとして定義されたものである<ref name=Walter1944><pubmed>21610865</pubmed></ref>。Vanderwolfは、[[ラット]]の海馬においてシータ波帯域の周波数での強い[[局所電位]]活動を発見した(<b>図1</b>)。これは、徐波睡眠中のシータ波とは周波数帯域は同じであるが、発生する脳の状態や部位が異なるため、Vanderwolfはこの現象を「[[rhythmical slow activity]]」と名付けて区別した。しかし、結局は「シータ波」という名称が広く使われるようになった。 | ||
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また、海馬のネットワークの神経活動はシータ波の周波数に共鳴しやすいという特徴を持つことが理論的にも実験的にも示唆されている。例えば、海馬の[[錐体細胞]]同士が結合したネットワーク・モデルではシータ波振動を形成することがシミュレーションにより提案されている<ref name=Tiesinga2001><pubmed>11769308</pubmed></ref>。また、in vitro 実験において、海馬全体を摘出して[[人工脳脊髄液]]に浸しておくと、アセチルコリンを与えなくても自発的にシータ波帯域の[[オシレーション]]を形成することが知られている<ref name=Goutagny2009><pubmed>19881503</pubmed></ref>。 | また、海馬のネットワークの神経活動はシータ波の周波数に共鳴しやすいという特徴を持つことが理論的にも実験的にも示唆されている。例えば、海馬の[[錐体細胞]]同士が結合したネットワーク・モデルではシータ波振動を形成することがシミュレーションにより提案されている<ref name=Tiesinga2001><pubmed>11769308</pubmed></ref>。また、in vitro 実験において、海馬全体を摘出して[[人工脳脊髄液]]に浸しておくと、アセチルコリンを与えなくても自発的にシータ波帯域の[[オシレーション]]を形成することが知られている<ref name=Goutagny2009><pubmed>19881503</pubmed></ref>。 | ||
[[ファイル:Fujisawa theta wave Fig2.png|サムネイル|'''図2. 位相前進の模式図'''<br>各場所細胞の発火活動パターンは、シータ波に発火タイミングが調整される。具体的には、動物が場所細胞の場所受容野の中心に存在するときには場所細胞はシータ波の谷底(180°)で発火し、動物が前方に移動するに従いその発火位相少しずつ前進していく。この現象のため、シータ波の一周期の中でそれぞれの場所細胞の相対的位置関係を圧縮して表象することができる。]] | |||
==海馬機能における役割== | ==海馬機能における役割== | ||
===海馬の二状態モデル=== | ===海馬の二状態モデル=== | ||
海馬には大きく2つの状態が存在する。一つは、動物が活動的な状態で、このとき海馬ではシータ波が中心的に観測される。[[REM睡眠]]もこの状態に分類される。もう一つは動物が静的な状態で、このときは海馬では[[sharp wave-ripple]]が中心的に観測される。[[Non-REM睡眠]]もこの状態に分類される。シータ波が支配的な状態のときは、同じくシータ周期で活動する[[嗅内皮質]]などの[[新皮質]]との同期的活動(相互作用)が強く、一方でsharp wave-rippleが支配的な時は、海馬で生成された活動が嗅内皮質に伝わる、という[[二状態モデル]](2-stage model)が提案されている<ref name=Buzsaki1989><pubmed>2687720</pubmed></ref>。 | 海馬には大きく2つの状態が存在する。一つは、動物が活動的な状態で、このとき海馬ではシータ波が中心的に観測される。[[REM睡眠]]もこの状態に分類される。もう一つは動物が静的な状態で、このときは海馬では[[sharp wave-ripple]]が中心的に観測される。[[Non-REM睡眠]]もこの状態に分類される。シータ波が支配的な状態のときは、同じくシータ周期で活動する[[嗅内皮質]]などの[[新皮質]]との同期的活動(相互作用)が強く、一方でsharp wave-rippleが支配的な時は、海馬で生成された活動が嗅内皮質に伝わる、という[[二状態モデル]](2-stage model)が提案されている<ref name=Buzsaki1989><pubmed>2687720</pubmed></ref>。 | ||
===場所細胞の位相前進=== | ===場所細胞の位相前進=== | ||
[[場所細胞]]は主に海馬の[[CA1]]および[[CA3]]に存在し、動物が空間の特定の位置に来たときのみに活動するという[[場所受容野]]を有する神経細胞である。場所細胞の発火タイミングは、シータ波に強く影響を受ける。特に、場所細胞が発火するタイミングとのシータ波の位相との間に、「[[位相前進]]」という現象が存在することが知られている(<b>図2</b>)<ref name=O'Keefe1993><pubmed>8353611</pubmed></ref>。具体的には、場所細胞は、動物が場所受容野の中心にいるときはシータ波の谷底で発火するが、動物が場所受容野から外側に向かって出ていく場合は、発火[[位相]]が徐々に早くなっていく、という現象である。この位相前進という現象が存在するために、場所細胞の相対的な位置が、シータ波の一周期内の位相で表現されることができる。つまり、過去・現在・将来の位置情報の軌跡が、シータ波一周期内にシーケンスとして表されることができる<ref name=Foster2007><pubmed>17663452</pubmed></ref>。 | [[場所細胞]]は主に海馬の[[CA1]]および[[CA3]]に存在し、動物が空間の特定の位置に来たときのみに活動するという[[場所受容野]]を有する神経細胞である。場所細胞の発火タイミングは、シータ波に強く影響を受ける。特に、場所細胞が発火するタイミングとのシータ波の位相との間に、「[[位相前進]]」という現象が存在することが知られている(<b>図2</b>)<ref name=O'Keefe1993><pubmed>8353611</pubmed></ref>。具体的には、場所細胞は、動物が場所受容野の中心にいるときはシータ波の谷底で発火するが、動物が場所受容野から外側に向かって出ていく場合は、発火[[位相]]が徐々に早くなっていく、という現象である。この位相前進という現象が存在するために、場所細胞の相対的な位置が、シータ波の一周期内の位相で表現されることができる。つまり、過去・現在・将来の位置情報の軌跡が、シータ波一周期内にシーケンスとして表されることができる<ref name=Foster2007><pubmed>17663452</pubmed></ref>。 | ||
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==参考文献== | ==参考文献== | ||