「液-液相分離」の版間の差分

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 天然変性領域は荷電残基や[[極性アミノ酸]]に富んでおり、類似した配列が繰り返し存在するのが特徴である<ref name=Chong2018><pubmed>29913160</pubmed></ref>[22]。例えば、[[フェニルアラニン]]と[[グリシン]]が繰り返し現れる[[FGリピート]]や、[[アルギニン]]とグリシンが繰り返し現れる[[RGGリピート]]などのモチーフが知られている。天然変性タンパク質にはRNA結合ドメインを持っているものも多く、RNAと共に液-液相分離を形成するものがある。
 天然変性領域は荷電残基や[[極性アミノ酸]]に富んでおり、類似した配列が繰り返し存在するのが特徴である<ref name=Chong2018><pubmed>29913160</pubmed></ref>[22]。例えば、[[フェニルアラニン]]と[[グリシン]]が繰り返し現れる[[FGリピート]]や、[[アルギニン]]とグリシンが繰り返し現れる[[RGGリピート]]などのモチーフが知られている。天然変性タンパク質にはRNA結合ドメインを持っているものも多く、RNAと共に液-液相分離を形成するものがある。


== 機能 ==
== 生理機能 ==
=== 代謝との関連 ===
=== 代謝 ===
 細胞に酸素が不足すると、真核細胞では酸化的リン酸化経路によるATP合成ができなくなる。その結果、META bodyと呼ばれる代謝酵素の集合体が形成されることが2013年に報告されている<ref name=三浦2024>三浦夏子. (2024)<br>出芽酵母で形成される解糖系酵素群の集合体とその制御. 化学と生物 Vol. 62, No. 4</ref> [23]。META bodyは解糖系(glycolysis)に関与する酵素群によって形成されるという意味でグリコリティック体(G-body)と呼ばれることもある。G-bodyにはRNAも含まれており、「膜のないオルガネラ」としての性質を備えている<ref name=Fuller2020><pubmed>32298230</pubmed></ref>[24]。
 細胞に[[酸素]]が不足すると、真核細胞では[[酸化的リン酸化]]経路によるATP合成ができなくなる。その結果、[[META body]]と呼ばれる代謝酵素の集合体が形成されることが2013年に報告されている<ref name=三浦2024>三浦夏子. (2024)<br>出芽酵母で形成される解糖系酵素群の集合体とその制御. 化学と生物 Vol. 62, No. 4</ref> [23]。META bodyは[[解糖系]](glycolysis)に関与する酵素群によって形成されるという意味で[[グリコリティック体]]([[G-body]])と呼ばれることもある。G-bodyにはRNAも含まれており、「膜のないオルガネラ」としての性質を備えている<ref name=Fuller2020><pubmed>32298230</pubmed></ref>[24]。


=== 疾患との関連 ===
=== 疾患 ===
 液-液相分離は、細胞生理学としての役割だけでなく、異常なタンパク質凝集を引き起こし、筋萎縮性側索硬化症やパーキンソン病、アルツハイマー病、ポリグルタミン病、プリオン病などの神経変性疾患に関与することが示され、医学的な観点からも重要な研究テーマとなっている<ref name=Ahmad2022><pubmed>35998851</pubmed></ref>[25]。特に、TDP-43やFUSなどのタンパク質が液-液相分離を形成した後、異常な凝集体を形成し、病態につながることが示唆されている<ref name=Patel2015><pubmed>26317470</pubmed></ref>[26]。
 液-液相分離は、細胞生理学としての役割だけでなく、異常なタンパク質凝集を引き起こし、筋萎縮性側索硬化症やパーキンソン病、[[アルツハイマー病]]、[[ポリグルタミン病]]、[[プリオン病]]などの神経変性疾患に関与することが示され、医学的な観点からも重要な研究テーマとなっている<ref name=Ahmad2022><pubmed>35998851</pubmed></ref>[25]。特に、[[TDP-43]]や[[FUS]]などのタンパク質が液-液相分離を形成した後、異常な凝集体を形成し、病態につながることが示唆されている<ref name=Patel2015><pubmed>26317470</pubmed></ref>[26]。


=== シナプスと液-液相分離 ===
=== シナプスと液-液相分離 ===
 シナプスタンパク質による液-液相分離は、長期増強現象のメカニズムとして近年注目されている<ref name=Hayashi2021><pubmed>33472825</pubmed></ref><ref name=林2021>林 康紀,細川 智永,劉 品吾,實吉 岳郎. (2021).<br> CaMKII の新しいシナプス可塑性機構. 生化学 第93 巻第2 号,pp. 191-202</ref>[27, 28]。Ca2+/カルモジュリン依存性キナーゼII(CaMKII)は、記憶の長期増強現象に必須の働きを持つキナーゼである。CaMKIIは神経細胞内に多量に発現しており、シナプス後膜肥厚では全タンパク質の10%から20%を占めるほどになる。このキナーゼがなぜこれほど多量に存在する必要があるのかは、長年の謎として残されていた。林康紀らの研究チームは、CaMKIIがNMDA型グルタミン酸受容体と液滴を形成することで、AMPA型グルタミン酸受容体を活性帯の直下に集合させ、シナプス応答を活性化する新しいメカニズムを提唱している<ref name=Hosokawa2021><pubmed>33927400</pubmed></ref>[29]。
 シナプスタンパク質による液-液相分離は、[[長期増強]]現象のメカニズムとして近年注目されている<ref name=Hayashi2021><pubmed>33472825</pubmed></ref><ref name=林2021>林 康紀,細川 智永,劉 品吾,實吉 岳郎. (2021).<br> CaMKII の新しいシナプス可塑性機構. 生化学 第93 巻第2 号,pp. 191-202</ref>[27, 28]。[[Ca2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII]]([[CaMKII]])は、[[記憶]]現象に必須の働きを持つキナーゼである。CaMKIIは神経細胞内に多量に発現しており、[[シナプス後膜肥厚]]では全タンパク質の10%から20%を占めるほどになる。このキナーゼがなぜこれほど多量に存在する必要があるのかは、長年の謎として残されていた。林康紀らの研究チームは、CaMKIIが[[NMDA型グルタミン酸受容体]]と液滴を形成することで、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]を[[活性帯]]の直下に集合させ、シナプス応答を活性化する新しいメカニズムを提唱している<ref name=Hosokawa2021><pubmed>33927400</pubmed></ref>[29]。


 低分子量Gタンパク質Rasの不活性化因子であるSynGAPは、CaMKIIに次いでシナプス後膜肥厚に多く含まれるタンパク質である。SynGAPは、シナプス足場タンパク質であるPSD-95と多価相互作用によって結合し、液-液相分離を引き起こすことがMingjie Zhangらの研究チームによって報告されている<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref>[30]。この液-液相分離の仕組みが、シナプス後膜肥厚からの活動依存的なSynGAPの分散のメカニズムとなっている可能性がある。
 [[低分子量Gタンパク質]][[Ras]]の不活性化因子である[[SynGAPは]]、CaMKIIに次いでシナプス後膜肥厚に多く含まれるタンパク質である。SynGAPは、[[シナプス足場タンパク質]]である[[PSD-95]]と多価相互作用によって結合し、液-液相分離を引き起こすことが[[w:Zhang Mingjie|Mingjie Zhang]]らの研究チームによって報告されている<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref>[30]。この液-液相分離の仕組みが、シナプス後膜肥厚からの活動依存的なSynGAPの分散のメカニズムとなっている可能性がある。


== 残された課題 ==
== 残された課題 ==

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