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Takeshikawauchi (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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カドヘリンは、カルシウム依存的に細胞と細胞を接着させる作用をもつ主要な細胞接着分子であり、竹市雅俊によって発見・命名された。カドヘリン(Cadherin)の名前は、Calcium(カルシウム)+ Adherence(接着)に由来する。カドヘリンは、細胞外領域にECドメイン(カドヘリン・リピートとも呼ばれる)をもつ細胞膜タンパク質であり、ヒトでは100種類を超えるスーパーファミリーを形成している。そのほとんどが膜貫通ドメインをもつが、T-カドヘリン(CDH13)はGPIアンカーを介して細胞膜と結合している。カドヘリンは、上皮細胞におけるアドへレンス・ジャンクションや神経細胞におけるシナプスを含む細胞-細胞間接着部位に局在し、主にホモフィリックな接着機能を介して細胞間相互作用を制御するが、細胞内へシグナルを伝える受容体として働く場合もある<ref><pubmed> 22535893 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20457565 </pubmed></ref>。 | カドヘリンは、カルシウム依存的に細胞と細胞を接着させる作用をもつ主要な細胞接着分子であり、竹市雅俊によって発見・命名された。カドヘリン(Cadherin)の名前は、Calcium(カルシウム)+ Adherence(接着)に由来する。カドヘリンは、細胞外領域にECドメイン(カドヘリン・リピートとも呼ばれる)をもつ細胞膜タンパク質であり、ヒトでは100種類を超えるスーパーファミリーを形成している。そのほとんどが膜貫通ドメインをもつが、T-カドヘリン(CDH13)はGPIアンカーを介して細胞膜と結合している。カドヘリンは、上皮細胞におけるアドへレンス・ジャンクションや神経細胞におけるシナプスを含む細胞-細胞間接着部位に局在し、主にホモフィリックな接着機能を介して細胞間相互作用を制御するが、細胞内へシグナルを伝える受容体として働く場合もある<ref><pubmed> 22535893 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20457565 </pubmed></ref>。 | ||
== カドヘリンスーパーファミリー == | == カドヘリンスーパーファミリー == | ||
[[Image:Cad_Fig1.jpg|thumb|right|400px|図1 | [[Image:Cad_Fig1.jpg|thumb|right|400px|図1 クラッシックカドヘリンによる細胞接着。 クラッシックカドヘリンは、細胞外領域にECドメイン(青の長方形)を5個もち、その細胞内領域で、カテニン(βカテニン、p120カテニン)と結合する]] カドヘリンスーパーファミリーは、クラッシックカドヘリンと非クラッシックカドヘリンに大別され、クラッシックカドヘリンは5個のECドメインと1個の膜貫通領域をもつ(図1)。なお、デスモソームに局在するデスモソーマルカドヘリンも同様の分子構造をもつが、細胞内ドメインなどの配列が異なり、非クラッシクカドヘリンに分類される(下記参照)。クラッシックカドヘリンは、タイプIとタイプIIに分けられる。タイプIには、最も研究が進んでいるE-カドヘリン(CDH1)やN-カドヘリン(CDH2)などが含まれる(表1)。クラッシックカドヘリンおよびデスモソーマルカドヘリンの細胞内領域には、カテニンと呼ばれる分子群が結合する。βカテニンとp120カテニンはクラッシックカドヘリンの細胞内領域に直接結合するのに対して、αカテニンはβカテニンを介して間接的に結合する(図1)。これらのカテニンやその結合分子(ビンキュリン、エプリンなど)は、カドヘリンと細胞骨格をつなぐなどの重要な働きをもつ。 | ||
カドヘリンの分類は論文によって異なる場合もあるが、非クラッシックカドヘリンは、皮膚や心筋などにみられる強固な細胞間接着であるデスモソームに局在するデスモソーマルカドヘリン(デスモグレイン、デスモコリン)、GPIアンカー型のT-カドヘリン(CDH13)、プロトカドヘリン、7回膜貫通型で平面極性の制御因子であるCelsr(ショウジョウバエのFlamingo)、Fatとその結合相手であるDachsousなどが知られている。プロトカドヘリンのうち、プロトカドヘリンα、β、γ遺伝子は、それぞれゲノム上に遺伝子クラスターを形成しており、例えばプロトカドヘリンα遺伝子のクラスターからは、N末端側が異なるエクソンにコードされた10種類以上のタンパク質が作られるが作られるが、1つの神経細胞には1種類のプロトカドヘリンαアイソフォームのみが発現すると考えられている<ref><pubmed> 15640798 </pubmed></ref>。 | カドヘリンの分類は論文によって異なる場合もあるが、非クラッシックカドヘリンは、皮膚や心筋などにみられる強固な細胞間接着であるデスモソームに局在するデスモソーマルカドヘリン(デスモグレイン、デスモコリン)、GPIアンカー型のT-カドヘリン(CDH13)、プロトカドヘリン、7回膜貫通型で平面極性の制御因子であるCelsr(ショウジョウバエのFlamingo)、Fatとその結合相手であるDachsousなどが知られている。プロトカドヘリンのうち、プロトカドヘリンα、β、γ遺伝子は、それぞれゲノム上に遺伝子クラスターを形成しており、例えばプロトカドヘリンα遺伝子のクラスターからは、N末端側が異なるエクソンにコードされた10種類以上のタンパク質が作られるが作られるが、1つの神経細胞には1種類のプロトカドヘリンαアイソフォームのみが発現すると考えられている<ref><pubmed> 15640798 </pubmed></ref>。 | ||
== 神経管形成におけるカドヘリンの役割 == | == 神経管形成におけるカドヘリンの役割 == | ||
神経系は外胚葉由来であり、外胚葉が陥没した管(神経管)から脳・脊髄が形成される。外胚葉における上皮の頂端(apical)側が神経管の内腔側になり、神経管の内腔は脳室となる。神経管の形成に伴い、E-カドヘリンの発現が消失し、N-カドヘリンに置き換わることが知られている。神経管の形成には、N-カドヘリンとプロトカドヘリン19が協調的に働くことが必要であることが、ゼブラフィッシュで示されている<ref><pubmed> 21115806 </pubmed></ref>。 | 神経系は外胚葉由来であり、外胚葉が陥没した管(神経管)から脳・脊髄が形成される。外胚葉における上皮の頂端(apical)側が神経管の内腔側になり、神経管の内腔は脳室となる。神経管の形成に伴い、E-カドヘリンの発現が消失し、N-カドヘリンに置き換わることが知られている。神経管の形成には、N-カドヘリンとプロトカドヘリン19が協調的に働くことが必要であることが、ゼブラフィッシュで示されている<ref><pubmed> 21115806 </pubmed></ref>。 | ||
== 神経前駆細胞におけるカドヘリンの役割 == | == 神経前駆細胞におけるカドヘリンの役割 == | ||
脳を構成する神経細胞は、発生期において脳室近辺に存在する神経前駆細胞から産生される。神経前駆細胞はいくつかの種類に分類されるが、脳室に面した細胞層である脳室帯に存在する放射状グリア(グリアという名前が付いているが、その実体は神経前駆細胞である)は、神経細胞のみならず他の種類の神経前駆細胞も産生する、主要な神経前駆細胞である。 | 脳を構成する神経細胞は、発生期において脳室近辺に存在する神経前駆細胞から産生される。神経前駆細胞はいくつかの種類に分類されるが、脳室に面した細胞層である脳室帯に存在する放射状グリア(グリアという名前が付いているが、その実体は神経前駆細胞である)は、神経細胞のみならず他の種類の神経前駆細胞も産生する、主要な神経前駆細胞である。 | ||
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発生期大脳皮質の脳室帯に存在する神経前駆細胞(放射状グリア)は、その頂端側(脳室側)にN-カドヘリンを強く発現しており、N-カドヘリン遺伝子破壊マウスでは、脳室帯の構造が崩壊する<ref><pubmed> 17222817 </pubmed></ref>(図2)。このマウスでは、神経前駆細胞から神経細胞への分化については大きな影響がないが、N-カドヘリンを個体レベルでノックダウン(RNA干渉法を用いた発現抑制)すると、神経分化が促進されることが報告されている<ref><pubmed> 20230753 </pubmed></ref>。 | 発生期大脳皮質の脳室帯に存在する神経前駆細胞(放射状グリア)は、その頂端側(脳室側)にN-カドヘリンを強く発現しており、N-カドヘリン遺伝子破壊マウスでは、脳室帯の構造が崩壊する<ref><pubmed> 17222817 </pubmed></ref>(図2)。このマウスでは、神経前駆細胞から神経細胞への分化については大きな影響がないが、N-カドヘリンを個体レベルでノックダウン(RNA干渉法を用いた発現抑制)すると、神経分化が促進されることが報告されている<ref><pubmed> 20230753 </pubmed></ref>。 | ||
== 神経細胞移動におけるカドヘリンの役割 == | == 神経細胞移動におけるカドヘリンの役割 == | ||
脳室近辺で誕生した神経細胞は、脳室側から最終配置部位までの長い距離を移動することにより、脳の層構造や神経核が形成される。例えば、ほ乳類の大脳皮質は特徴的な6層構造を示すが、これは脳室帯もしくは脳室下帯で誕生した神経細胞が、複雑な形態変化を伴う多段階の移動を行うことによって構築される<ref><pubmed> 18075253 </pubmed></ref>(図2)。 | 脳室近辺で誕生した神経細胞は、脳室側から最終配置部位までの長い距離を移動することにより、脳の層構造や神経核が形成される。例えば、ほ乳類の大脳皮質は特徴的な6層構造を示すが、これは脳室帯もしくは脳室下帯で誕生した神経細胞が、複雑な形態変化を伴う多段階の移動を行うことによって構築される<ref><pubmed> 18075253 </pubmed></ref>(図2)。 | ||
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大脳皮質以外の領域においても、菱脳唇(rhombic lip)由来の小脳顆粒細胞の移動にはN-カドヘリンが必要であること、下菱脳唇(lower rhombic lip)から外側網様体核(lateral reticular nucleus: LRN)および副楔状束核(external cuneate nucleus: ECN)へ向かう神経細胞は、N-カドヘリンとカドヘリン11依存的に移動することが示されている<ref><pubmed> 19901980 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16611692 </pubmed></ref>。 | 大脳皮質以外の領域においても、菱脳唇(rhombic lip)由来の小脳顆粒細胞の移動にはN-カドヘリンが必要であること、下菱脳唇(lower rhombic lip)から外側網様体核(lateral reticular nucleus: LRN)および副楔状束核(external cuneate nucleus: ECN)へ向かう神経細胞は、N-カドヘリンとカドヘリン11依存的に移動することが示されている<ref><pubmed> 19901980 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16611692 </pubmed></ref>。 | ||
== 神経突起伸長におけるカドヘリンの役割 == | == 神経突起伸長におけるカドヘリンの役割 == | ||
神経細胞は、最終配置部位への移動中もしくは移動終了後に軸索や樹状突起を伸長し、神経回路網を形成する。軸索が正しく伸長するためには、N-カドヘリンが必要であることが、ゼブラフィッシュの網膜などで示されている<ref><pubmed> 12702661 </pubmed></ref>。また、ラットの海馬由来の初代培養神経細胞を用いた実験系により、N-カドヘリン依存性の細胞接着を支点としてアクチン細胞骨格が動く(actin flow)ことにより、突起が伸長するというモデルが提唱されている<ref><pubmed> 18524892 </pubmed></ref>(図2)。 | 神経細胞は、最終配置部位への移動中もしくは移動終了後に軸索や樹状突起を伸長し、神経回路網を形成する。軸索が正しく伸長するためには、N-カドヘリンが必要であることが、ゼブラフィッシュの網膜などで示されている<ref><pubmed> 12702661 </pubmed></ref>。また、ラットの海馬由来の初代培養神経細胞を用いた実験系により、N-カドヘリン依存性の細胞接着を支点としてアクチン細胞骨格が動く(actin flow)ことにより、突起が伸長するというモデルが提唱されている<ref><pubmed> 18524892 </pubmed></ref>(図2)。 | ||
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視床へ集まった情報は大脳皮質へと伝えられるが、視床からの入力は、大脳皮質の4層で受け取られる。視床から大脳皮質4層へと投射する軸索(Thalamocortical axon)は、N-カドヘリンの機能を阻害すると、4層で止まることができなくなり、さらに表層まで伸長し続ける<ref><pubmed> 12657688 </pubmed></ref>。すなわち、N-カドヘリンは軸索が正しい領域に投射するためにも必要である。 | 視床へ集まった情報は大脳皮質へと伝えられるが、視床からの入力は、大脳皮質の4層で受け取られる。視床から大脳皮質4層へと投射する軸索(Thalamocortical axon)は、N-カドヘリンの機能を阻害すると、4層で止まることができなくなり、さらに表層まで伸長し続ける<ref><pubmed> 12657688 </pubmed></ref>。すなわち、N-カドヘリンは軸索が正しい領域に投射するためにも必要である。 | ||
== シナプス形成と高次機能におけるカドヘリンの役割 == | == シナプス形成と高次機能におけるカドヘリンの役割 == | ||
神経細胞の興奮は、軸索末端からシナプスを介して次の細胞の樹状突起へと伝達される。情報が出力される側(軸索側)の細胞をシナプス前細胞、入力側(樹状突起側)をシナプス後細胞と呼ぶ。シナプスは、樹状突起上に形成された短い膜突出(フィロポディア)が成熟してマッシュルーム型となり(これをスパインと呼ぶ)、このスパインに軸索が投射することにより形成される。シナプス前細胞においてシナプス小胞が放出される領域はアクティブ・ゾーンと呼ばれ、シナプス後細胞において神経伝達物質の受容体やその裏打ちタンパク質が濃縮する部位をシナプス後肥厚(post-synaptic density)と呼ぶが、カドヘリンはこれらの構造にも観察されるが、その辺縁部に強く局在する<ref><pubmed> 8909549 </pubmed></ref>。カドヘリンの活性は、スパインの形成や神経活動依存的なスパインの肥大化に必要であることが示されている<ref><pubmed> 12123610 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15569714 </pubmed></ref>(図2)。 | 神経細胞の興奮は、軸索末端からシナプスを介して次の細胞の樹状突起へと伝達される。情報が出力される側(軸索側)の細胞をシナプス前細胞、入力側(樹状突起側)をシナプス後細胞と呼ぶ。シナプスは、樹状突起上に形成された短い膜突出(フィロポディア)が成熟してマッシュルーム型となり(これをスパインと呼ぶ)、このスパインに軸索が投射することにより形成される。シナプス前細胞においてシナプス小胞が放出される領域はアクティブ・ゾーンと呼ばれ、シナプス後細胞において神経伝達物質の受容体やその裏打ちタンパク質が濃縮する部位をシナプス後肥厚(post-synaptic density)と呼ぶが、カドヘリンはこれらの構造にも観察されるが、その辺縁部に強く局在する<ref><pubmed> 8909549 </pubmed></ref>。カドヘリンの活性は、スパインの形成や神経活動依存的なスパインの肥大化に必要であることが示されている<ref><pubmed> 12123610 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15569714 </pubmed></ref>(図2)。 | ||
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これらの研究成果より、カドヘリンスーパーファミリーは、多種類の神経細胞が複雑な神経回路網を構築し、シナプスを介した神経伝達を通して高次機能を発揮する過程において、多様かつ重要な役割を果たしていると考えられる。 | これらの研究成果より、カドヘリンスーパーファミリーは、多種類の神経細胞が複雑な神経回路網を構築し、シナプスを介した神経伝達を通して高次機能を発揮する過程において、多様かつ重要な役割を果たしていると考えられる。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |
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