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以前は、視床下核は淡蒼球外節(external segment of the globus pallidus)と局所的な神経回路を構成しているだけであり、大脳基底核全体の情報処理とは無関係と考えられていた<ref>'''M R DeLong, A P Georgopoulos'''<br>Motor functions of the basal ganglia. In: Handbook of Physiology, Sect. 1, The Nervous System, vol. I I., Motor Control, Part 2, ed by Brookhart JM, Mountcastle VB, Brooks VB et al, American Physiological Society <br> ''Bethesda,'' 1981, pp. 1017-1061</ref>。また、現在では、視床下核ニューロンは、グルタミン酸作動性の興奮性であることが確立しているが、抑制性であると考えられていた時期もあった。<br> | 以前は、視床下核は淡蒼球外節(external segment of the globus pallidus)と局所的な神経回路を構成しているだけであり、大脳基底核全体の情報処理とは無関係と考えられていた<ref>'''M R DeLong, A P Georgopoulos'''<br>Motor functions of the basal ganglia. In: Handbook of Physiology, Sect. 1, The Nervous System, vol. I I., Motor Control, Part 2, ed by Brookhart JM, Mountcastle VB, Brooks VB et al, American Physiological Society <br> ''Bethesda,'' 1981, pp. 1017-1061</ref>。また、現在では、視床下核ニューロンは、グルタミン酸作動性の興奮性であることが確立しているが、抑制性であると考えられていた時期もあった。<br> | ||
ところが1989年から1990年にかけてAlbinら<ref><pubmed>2479133</pubmed></ref>およびDeLongら<ref><pubmed>1695404</pubmed></ref>のグループによって、直接路・間接路モデルが提案され、状況が大きく変わった(図2)。彼らは、大脳基底核のうち入力部として線条体(striatum)を、出力部として淡蒼球内節(internal segment of the globus pallidus)と黒質網様部(substantia nigra pars reticulata)を定義し、入力部と出力部を以下の2つの経路が結ぶことを提案した。<br> 1)直接路(direct pathway):線条体から直接、淡蒼球内節・黒質網様部に到る経路 <br> 2)間接路(indirect pathway):線条体から、淡蒼球外節、視床下核を順に経由して淡蒼球内節・黒質網様部に到る経路 <br> 直接路・間接路モデルは、それまで入り組んでいた大脳基底核の神経回路を、整理し明快にまとめたばかりでなく、後から述べるように大脳基底核疾患の病態や定位脳手術の治療メカニズムも説明できる画期的なものであった。これによって、視床下核は間接路の重要な中継核と位置づけられた。<br> さらに、視床下核も大脳皮質から直接、入力を受けていることが以前よりわかっていたが、最近では大脳皮質からの入力が特に重要という認識が広がり、線条体と並んで大脳基底核の入力部と考えられるようになった。それに伴い、直接路・間接路に加えて、<br> 3)ハイパー直接路(hyperdirect pathway):大脳皮質から入力を受けた視床下核ニューロンが淡蒼球内節・黒質網様部に投射する経路<br> が提案され、広く認められるようになってきた(図2)<ref name=ref5><pubmed>10899204</pubmed></ref><ref><pubmed>12067746 </pubmed></ref>。<br> [[Image:STN Fig3.jpg|thumb|right|300px|図3 視床下核の機能分化]] | ところが1989年から1990年にかけてAlbinら<ref><pubmed>2479133</pubmed></ref>およびDeLongら<ref name=ref4><pubmed>1695404</pubmed></ref>のグループによって、直接路・間接路モデルが提案され、状況が大きく変わった(図2)。彼らは、大脳基底核のうち入力部として線条体(striatum)を、出力部として淡蒼球内節(internal segment of the globus pallidus)と黒質網様部(substantia nigra pars reticulata)を定義し、入力部と出力部を以下の2つの経路が結ぶことを提案した。<br> 1)直接路(direct pathway):線条体から直接、淡蒼球内節・黒質網様部に到る経路 <br> 2)間接路(indirect pathway):線条体から、淡蒼球外節、視床下核を順に経由して淡蒼球内節・黒質網様部に到る経路 <br> 直接路・間接路モデルは、それまで入り組んでいた大脳基底核の神経回路を、整理し明快にまとめたばかりでなく、後から述べるように大脳基底核疾患の病態や定位脳手術の治療メカニズムも説明できる画期的なものであった。これによって、視床下核は間接路の重要な中継核と位置づけられた。<br> さらに、視床下核も大脳皮質から直接、入力を受けていることが以前よりわかっていたが、最近では大脳皮質からの入力が特に重要という認識が広がり、線条体と並んで大脳基底核の入力部と考えられるようになった。それに伴い、直接路・間接路に加えて、<br> 3)ハイパー直接路(hyperdirect pathway):大脳皮質から入力を受けた視床下核ニューロンが淡蒼球内節・黒質網様部に投射する経路<br> が提案され、広く認められるようになってきた(図2)<ref name=ref5><pubmed>10899204</pubmed></ref><ref><pubmed>12067746 </pubmed></ref>。<br> [[Image:STN Fig3.jpg|thumb|right|300px|図3 視床下核の機能分化]] | ||
== 大脳基底核の入力部としての視床下核 == | == 大脳基底核の入力部としての視床下核 == | ||
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== 大脳基底核疾患との関連 == | == 大脳基底核疾患との関連 == | ||
直接路・間接路モデルが広く受け入れられた理由として、大脳基底核疾患の病態が、直接路と間接路のバランスの崩れで説明できることにあった<ref name=ref4 />。パーキンソン病の際には、線条体におけるドーパミンの枯渇により、直接路ニューロンの活動性低下、間接路ニューロンの活動性亢進が想定され、それに伴って、淡蒼球内節の活動性亢進、淡蒼球外節の活動性低下、視床下核の活動性亢進が観察された<ref>'''W C Miller, M R DeLong'''<br>Altered tonic activity of neurons in the globus pallidus and subthalamic nucleus in the primate MPTP model of parkinsonism. In: The Basal Ganglia II: Structure and Function-Current Concepts, ed by Carpenter MB, Jayaraman A,<br>''Plenum, New York,'' 1986, pp. 415-427</ref>。さらに直接路・間接路モデルによると、活動性が亢進した視床下核を破壊すれば、パーキンソン病の症状が改善するはずであり、実際、動物実験で行ったところ、症状が軽減された<ref><pubmed>2402638</pubmed></ref>。これらが根拠となり、今日のような視床下核をターゲットとした定位脳手術の隆盛を見ることとなった。<br> 実際は、手技上の問題から視床下核を凝固するのではなく、視床下核に電極を挿入し高頻度電気刺激を加える脳深部刺激療法(deep brain stimulation, DBS)を行っている訳であるが<ref>'''AL Benabid, J Mitrofanis, S Chabardes et al.'''<br>Subthalamic nucleus stimulation for Parkinson's disease. In: Textbook of Stereotactic and Functional Neurosurgery, ed by Lozano AM, Gildenberg PL, Tasker RR,<br> ''Springer, Berlin,'' 2009, pp. 1603-1630</ref>、これが局所の神経活動を抑制しているのか、興奮させているのか、未だに議論があるところである<ref><pubmed>19081243</pubmed></ref>。さらに、当初、直接路と間接路の活動性のアンバランスを支持するデータが多かったが、その後の報告によれば、それほど明確ではなく、最近ではむしろ視床下核で観察される発振現象(β帯域のニューロン発火や局所フィールド電位)が、大脳基底核の情報伝達を阻害することにより、諸症状を引き起こしているのではないかとも考えられている<ref><pubmed>18221864</pubmed></ref>。<br> 一方、DBSの副作用として、情動異常が挙げられる<ref name=ref12 />。DBSは、視床下核の運動領域である背側部をターゲットとしているが、何らかの原因で電気刺激がより腹側部の前頭前野領域や辺縁領域にも及び(図3)、通常は視床下核の活動によって抑制されている情動機能が、DBSによって解放されたためではないかと考えられる。<br> | 直接路・間接路モデルが広く受け入れられた理由として、大脳基底核疾患の病態が、直接路と間接路のバランスの崩れで説明できることにあった<ref name=ref4 />。パーキンソン病の際には、線条体におけるドーパミンの枯渇により、直接路ニューロンの活動性低下、間接路ニューロンの活動性亢進が想定され、それに伴って、淡蒼球内節の活動性亢進、淡蒼球外節の活動性低下、視床下核の活動性亢進が観察された<ref>'''W C Miller, M R DeLong'''<br>Altered tonic activity of neurons in the globus pallidus and subthalamic nucleus in the primate MPTP model of parkinsonism. In: The Basal Ganglia II: Structure and Function-Current Concepts, ed by Carpenter MB, Jayaraman A,<br>''Plenum, New York,'' 1986, pp. 415-427</ref>。さらに直接路・間接路モデルによると、活動性が亢進した視床下核を破壊すれば、パーキンソン病の症状が改善するはずであり、実際、動物実験で行ったところ、症状が軽減された<ref><pubmed>2402638</pubmed></ref>。これらが根拠となり、今日のような視床下核をターゲットとした定位脳手術の隆盛を見ることとなった。<br> 実際は、手技上の問題から視床下核を凝固するのではなく、視床下核に電極を挿入し高頻度電気刺激を加える脳深部刺激療法(deep brain stimulation, DBS)を行っている訳であるが<ref name=ref12>'''AL Benabid, J Mitrofanis, S Chabardes et al.'''<br>Subthalamic nucleus stimulation for Parkinson's disease. In: Textbook of Stereotactic and Functional Neurosurgery, ed by Lozano AM, Gildenberg PL, Tasker RR,<br> ''Springer, Berlin,'' 2009, pp. 1603-1630</ref>、これが局所の神経活動を抑制しているのか、興奮させているのか、未だに議論があるところである<ref><pubmed>19081243</pubmed></ref>。さらに、当初、直接路と間接路の活動性のアンバランスを支持するデータが多かったが、その後の報告によれば、それほど明確ではなく、最近ではむしろ視床下核で観察される発振現象(β帯域のニューロン発火や局所フィールド電位)が、大脳基底核の情報伝達を阻害することにより、諸症状を引き起こしているのではないかとも考えられている<ref><pubmed>18221864</pubmed></ref>。<br> 一方、DBSの副作用として、情動異常が挙げられる<ref name=ref12 />。DBSは、視床下核の運動領域である背側部をターゲットとしているが、何らかの原因で電気刺激がより腹側部の前頭前野領域や辺縁領域にも及び(図3)、通常は視床下核の活動によって抑制されている情動機能が、DBSによって解放されたためではないかと考えられる。<br> | ||
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