「細胞膜」の版間の差分

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英語名:plasma membrane
英語名:plasma membrane, cell membrane 独:Plasmamembran, Zellmembran 仏:membrane plasmique, plasmalemme


同義語:細胞表面膜、形質膜
同義語:細胞表面膜、[[形質膜]]


{{box|text=
{{box|text= 細胞膜とは、細胞質と細胞外環境を隔てる[[wikipedia:ja:脂質膜|脂質膜]]を指し、細胞表面膜あるいは形質膜とも呼ばれる。細胞膜は厚さ約5 nmの脂質2重層を基盤とする膜平面内にタンパク質が密に分布している。細胞膜という用語は、広義には細胞を構成する膜全般を表すが、本稿では後者を生体膜と呼んで区別する。以下では、動物細胞の生体膜に共通した性質を概説しながら、細胞膜の特殊性について論じる。  
 細胞膜とは、細胞質と細胞外環境を隔てる[[wikipedia:ja:脂質膜|脂質膜]]を指し、細胞表面膜あるいは形質膜とも呼ばれる。細胞膜は厚さ約5 nmの脂質2重層を基盤とする膜平面内にタンパク質が密に分布している。細胞膜という用語は、広義には細胞を構成する膜全般を表すが、本稿では後者を生体膜と呼んで区別する。以下では、動物細胞の生体膜に共通した性質を概説しながら、細胞膜の特殊性について論じる。  
}}
}}


== 細胞膜の分子構築 ==
==分子構築 ==


=== 脂質2重層  ===
=== 脂質2重層  ===


 生体膜の主要構成成分は[[wikipedia:ja:脂質|脂質]]と[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]]である。このうち脂質は、[[wikipedia:ja:グリセロリン脂質|グリセロリン脂質]]と[[wikipedia:ja:スフィンゴ脂質|スフィンゴ脂質]]、[[ステロール]]に大別される。グリセロリン脂質は[[wikipedia:ja:グリセロール|グリセロール]]骨格に2つの[[wikipedia:ja:アシル基|アシル基]]が結合した構造を、またスフィンゴ脂質は高級[[wikipedia:ja:アミノアルコール|アミノアルコール]]の[[wikipedia:ja:スフィンゴシン骨格|スフィンゴシン骨格]]に1つのアシル基が結合した構造をしており、極性部分と[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]部分を併せ持つ[[wikipedia:ja:両親媒性|両親媒性]]分子である。これらの脂質は、水中では炭化水素鎖の疎水性相互作用により会合し、極性頭部を溶媒に向けた2重層構造を形成する。細胞膜の基本構造は、脂質2重層によるマトリックスに種々の膜タンパク質が浮遊した構造であると考えられており、SingerとNicolsonによって[[wikipedia:Fluid_mosaic_model#Fluid_mosaic_model|流動モザイクモデル]]として初めて提示された(図1)<ref><pubmed>4333397</pubmed></ref>。
 生体膜の主要構成成分は[[wikipedia:ja:脂質|脂質]]と[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]]である。このうち脂質は、[[wikipedia:ja:グリセロリン脂質|グリセロリン脂質]]と[[wikipedia:ja:スフィンゴ脂質|スフィンゴ脂質]]、[[ステロール]]に大別される。グリセロリン脂質は[[wikipedia:ja:グリセロール|グリセロール]]骨格に2つの[[wikipedia:ja:アシル基|アシル基]]が結合した構造を、またスフィンゴ脂質は高級[[wikipedia:ja:アミノアルコール|アミノアルコール]]の[[wikipedia:ja:スフィンゴシン骨格|スフィンゴシン骨格]]に1つのアシル基が結合した構造をしており、極性部分と[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]部分を併せ持つ[[wikipedia:ja:両親媒性|両親媒性]]分子である。これらの脂質は、水中では炭化水素鎖の疎水性相互作用により会合し、極性頭部を溶媒に向けた2重層構造を形成する。細胞膜の基本構造は、脂質2重層によるマトリックスに種々の[[膜タンパク質]]が浮遊した構造であると考えられており、SingerとNicolsonによって[[wikipedia:Fluid_mosaic_model#Fluid_mosaic_model|流動モザイクモデル]]として初めて提示された(図1)<ref><pubmed>4333397</pubmed></ref>。


[[Image:PM1.PNG|thumb|300px|'''図1.流動モザイクモデル''']]<br>
[[Image:PM1.PNG|thumb|300px|'''図1.流動モザイクモデル''']]<br>
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===脂質組成  ===
===脂質組成  ===


 生体膜脂質の組成は細胞種やオルガネラによって大きく異なるが、動物細胞では一般に[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]が大部分を占め、[[wikipedia:ja:糖脂質|糖脂質]]などは比較的少ない。具体的には、[[wikipedia:ja:ホスファチジルコリン|ホスファチジルコリン]](PC)、[[wikipedia:ja:スフィンゴミエリン|スフィンゴミエリン]](SM)、[[wikipedia:ja:ホスファチジルエタノールアミン|ホスファチジルエタノールアミン]](PE)、[[wikipedia:ja:ホスファチジルセリン|ホスファチジルセリン]](PS)が多い。一方、細胞膜の特徴はSMと[[コレステロール]]が豊富であることである。[[ラット]][[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]由来の細胞膜を例にとると、リン脂質のおよそ40 mol%がPC、20 mol%がSMであり、コレステロール/リン脂質比は0.8~1に達する<ref><pubmed>5134192</pubmed></ref><ref><pubmed>18216768</pubmed></ref>。人工膜を用いた実験において、コレステロールは[[wikipedia:ja:飽和脂肪酸鎖|飽和脂肪酸鎖]]と高い親和性をもつという知見があり、コレステロールの存在によってスフィンゴ脂質が「[[脂質ラフト]]」と呼ばれる液体秩序相を形成する可能性が指摘されている。定常状態の細胞膜に脂質ラフトが存在するか否かは論争のあるところであるが、種々の方法によって同一膜における脂質の不均一分布が確認されている。詳しくは脂質ラフトの項を参照されたい。
 生体膜脂質の組成は細胞種やオルガネラによって大きく異なるが、[[動物]]細胞では一般に[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]が大部分を占め、[[wikipedia:ja:糖脂質|糖脂質]]などは比較的少ない。具体的には、[[wikipedia:ja:ホスファチジルコリン|ホスファチジルコリン]](PC)、[[wikipedia:ja:スフィンゴミエリン|スフィンゴミエリン]](SM)、[[wikipedia:ja:ホスファチジルエタノールアミン|ホスファチジルエタノールアミン]](PE)、[[wikipedia:ja:ホスファチジルセリン|ホスファチジルセリン]](PS)が多い。一方、細胞膜の特徴はSMと[[コレステロール]]が豊富であることである。[[ラット]][[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]由来の細胞膜を例にとると、リン脂質のおよそ40 mol%がPC、20 mol%がSMであり、コレステロール/リン脂質比は0.8~1に達する<ref><pubmed>5134192</pubmed></ref><ref><pubmed>18216768</pubmed></ref>。人工膜を用いた実験において、コレステロールは[[wikipedia:ja:飽和脂肪酸鎖|飽和脂肪酸鎖]]と高い親和性をもつという知見があり、コレステロールの存在によってスフィンゴ脂質が「[[脂質ラフト]]」と呼ばれる液体秩序相を形成する可能性が指摘されている。定常状態の細胞膜に脂質ラフトが存在するか否かは論争のあるところであるが、種々の方法によって同一膜における脂質の不均一分布が確認されている。詳しくは脂質ラフトの項を参照されたい。


 また同一膜内における2次元的な不均一分布に加えて、生体膜における膜脂質は2重層の外葉と内葉とでは組成に偏りがあることが知られている(図2)。これに関しては、[[#脂質分布の非対称性|脂質分布の非対称性]]の項で詳述する。
 また同一膜内における2次元的な不均一分布に加えて、生体膜における膜脂質は2重層の外葉と内葉とでは組成に偏りがあることが知られている(図2)。これに関しては、[[#脂質分布の非対称性|脂質分布の非対称性]]の項で詳述する。
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 生体膜は多量のタンパク質を含んでおり、タンパク質/脂質比は0.2~3と膜によって様々である<ref><pubmed>4263713</pubmed></ref>。膜タンパク質は、生化学的な性質の違いによって次の2種類に分類される。
 生体膜は多量のタンパク質を含んでおり、タンパク質/脂質比は0.2~3と膜によって様々である<ref><pubmed>4263713</pubmed></ref>。膜タンパク質は、生化学的な性質の違いによって次の2種類に分類される。
#[[界面活性剤]]などで脂質膜を破壊して初めて可溶化される内在性タンパク質(integral protein)
#[[界面活性剤]]などで脂質膜を破壊して初めて可溶化される内在性タンパク質(integral protein)
#イオン強度やpHの変化だけで膜から遊離する表在性タンパク質(peripheral protein)
#[[イオン]]強度やpHの変化だけで膜から遊離する表在性タンパク質(peripheral protein)
前者の場合、タンパク質自体に疎水性の領域があり、タンパク質と脂質膜が疎水性相互作用により結合している。[[wikipedia:ja:膜貫通タンパク質|膜貫通タンパク質]]や、[[wikipedia:ja:脂質修飾|脂質修飾]]によって膜にアンカーしているタンパク質がこの範疇に入る。一方、後者には、膜表面と[[wikipedia:ja:静電的|静電的]]に相互作用しているタンパク質や、膜タンパク質との相互作用を介して間接的に膜と結合しているものなどがある。細胞膜に発現する膜タンパク質は、細胞が外界の環境を検知して応答し、また外界と物質をやりとりするために重要な役割を果たしている。
前者の場合、タンパク質自体に疎水性の領域があり、タンパク質と脂質膜が疎水性相互作用により結合している。[[wikipedia:ja:膜貫通タンパク質|膜貫通タンパク質]]や、[[wikipedia:ja:脂質修飾|脂質修飾]]によって膜にアンカーしているタンパク質がこの範疇に入る。一方、後者には、膜表面と[[wikipedia:ja:静電的|静電的]]に相互作用しているタンパク質や、膜タンパク質との相互作用を介して間接的に膜と結合しているものなどがある。細胞膜に発現する膜タンパク質は、細胞が外界の環境を検知して応答し、また外界と物質をやりとりするために重要な役割を果たしている。


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{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+ 細胞膜における脂質の分布と性状
|+ 表. 細胞膜における脂質の分布と性状
! 分布 !! 脂質 !! 生理的条件下での電荷 !! 分子の形状
! 分布 !! 脂質 !! 生理的条件下での電荷 !! 分子の形状
|-
|-
| rowspan="3" | 主に外葉
| rowspan="3" | 主に外葉
| PC || 中性 || 円筒型
| [[ホスファチジルコリン]] || 中性 || 円筒型
|-
|-
| SM || 中性 || 円筒型(やや逆コーン型)
| [[スフィンゴミエリン]] || 中性 || 円筒型(やや逆コーン型)
|-
|-
| 糖脂質 || 中性または負 || 円筒型~逆コーン型(糖鎖の長さによる)
| 糖脂質 || 中性または負 || 円筒型~逆コーン型(糖鎖の長さによる)
|-
|-
| rowspan="3" | 主に内葉
| rowspan="3" | 主に内葉
| PE || 中性 || コーン型(特に不飽和結合を含む脂肪酸鎖を持つ場合)
| [[ホスファチジルエタノールアミン]] || 中性 || コーン型(特に[[wj:不飽和結合|不飽和結合]]を含む[[wj:脂肪酸|脂肪酸]]鎖を持つ場合)
|-
|-
| PS || 負 || 円筒型
| [[ホスファチジルセリン]] || 負 || 円筒型
|-
|-
| PI || 負 || 円筒型
| [[ホスファチジルイノシトール]] || 負 || 円筒型
|-
|-
| 不明 || コレステロール || 中性 || 平板状
| 不明 || [[コレステロール]] || 中性 || 平板状
|-
|-
|}
|}

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