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==運動視研究に用いられる視覚刺激== | ==運動視研究に用いられる視覚刺激== | ||
従来、運動視の研究では[[wikipedia:ja:サイン波|サイン波]]状の縞模様(sine-wave grating)刺激が用いられてきた。これは方位や時空間周波数成分が制限された刺激(narrow-band stimuli)を用いることで、特定のニューロンが反応する方位や時空間周波数を同定するには有利であり、初期[[視覚野]]における運動検出器の同定や神経回路メカニズムの解明に役立ってきた。一方、高次視覚野では、複数の方位や時空間周波数成分を含む[[ランダムドット]]などの広帯域刺激(broad-band | 従来、運動視の研究では[[wikipedia:ja:サイン波|サイン波]]状の縞模様(sine-wave grating)刺激が用いられてきた。これは方位や時空間周波数成分が制限された刺激(narrow-band stimuli)を用いることで、特定のニューロンが反応する方位や時空間周波数を同定するには有利であり、初期[[視覚野]]における運動検出器の同定や神経回路メカニズムの解明に役立ってきた。一方、高次視覚野では、複数の方位や時空間周波数成分を含む[[ランダムドット]]などの広帯域刺激(broad-band stimuli)が用いられる傾向にある。(<u>編集部コメント:図示していただけるとイメージしやすいと思います。</u>) | ||
輝度の変化で定義できる運動を[[一次運動]](first-order motion)と呼ぶ。平均輝度では定義できないが、輝度の組み合わせ(例えばコントラスト)で定義できる運動を[[二次運動]](second-order motion)と呼ぶ。[[運動残効]](motion aftereffect)や[[脳機能イメージング]]研究から、これらの処理は異なる脳部位で行われていることが判明している<ref name=ref1><pubmed>3832611</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>17065251</pubmed></ref>。 | 輝度の変化で定義できる運動を[[一次運動]](first-order motion)と呼ぶ。平均輝度では定義できないが、輝度の組み合わせ(例えばコントラスト)で定義できる運動を[[二次運動]](second-order motion)と呼ぶ。[[運動残効]](motion aftereffect)や[[脳機能イメージング]]研究から、これらの処理は異なる脳部位で行われていることが判明している<ref name=ref1><pubmed>3832611</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>17065251</pubmed></ref>。 | ||
==運動視の神経経路== | ==運動視の神経経路== | ||
視覚情報は、[[ | 視覚情報は、[[網膜]][[神経節細胞]]の時点で時空間周波数表現に変換される。物体の動きは、[[神経節]]細胞から主に[[外側膝状体]]の[[大細胞層]](magnocellular layer:M層)を介して伝達される情報を基に計算される<ref name=ref3><pubmed>2471327</pubmed></ref>。最初に、最適時空間周波数は同じであるが、位相が異なる細胞同士の情報を統合することで、局所の運動方向や速さの成分を検出する[[運動検出器]]が[[一次視覚野]](V1)で出来上がると考えられている<ref name=ref4><pubmed>3973762</pubmed></ref>。その後、動きの情報は主に[[MT野]]や[[MST野]]などの[[大脳皮質]][[背側視覚経路]]([[空間視経路]])で処理される<ref name=ref3 />が、動きの速さの表現は[[腹側視覚経路]]([[物体視経路]])にも存在する<ref name=ref5><pubmed>7931516</pubmed></ref>。 | ||
===一次視覚野=== | |||
[[image:運動視1.png|thumb|300px|図1.図のタイトルと説明をお願いいたします。]] | |||
動いている物体は、時々刻々と、その位置を変える。前額平行面内で一方向に等速で動いている物体は、時間軸・空間軸のつくる2次元平面上では斜めの直線となって表される。そのため、運動を検出するには、この時空間軸上での傾きを検出すればよい。一次視覚野の[[単純型細胞]]のなかには、時空間軸上での傾きを検出する細胞が存在する<ref name=ref19><pubmed>15953422</pubmed></ref>。さらに[[複雑型細胞]]では、受容野内のどの位置で物体が動いても正しく運動が検出されるための統合が行われる<ref name=ref19 />。このような初期視覚系での運動検出のモデルとして、[[エネルギーモデル]](図1)が提唱されている<ref name=ref4 />。実際に、[[霊長類]]の一次視覚野ニューロンの特徴はこのエネルギーモデルの予測とよくあっている。 | |||
[[動物]]種によっては、運動検出器が[[網膜]]にあるという報告もある<ref name=ref20><pubmed>14220259</pubmed></ref>。 | |||
===MT野=== | ===MT野=== | ||
MT野(<u>編集部コメント:第何野に相当するかご教示ください。</u>)は解剖学的には[[ミエリン]]が濃い領域として明瞭に識別できる<ref name=ref8><pubmed>7263951</pubmed></ref>。運動視は主に一次視覚野の[[4B層]]からMT野への直接投射が担うと考えられている<ref name=ref6><pubmed>19352403</pubmed></ref>。実際、MT野に投射する一次視覚野ニューロンは運動方向に対して選択的に反応する<ref name=ref7><pubmed>8922429</pubmed></ref>。 | |||
== | MT野の一番の特徴は、[[運動方向選択性ニューロン]]、例えば、物体が右に動くと反応が強いが、左に動いたときには反応がほとんど出ない、といったニューロンが数多く存在することである<ref name=ref9><pubmed>4998922</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>5002708</pubmed></ref>。[[受容野]]サイズは偏心度とだいたい一致する<ref name=ref11><pubmed>20445031</pubmed></ref>。その他、両眼視差選択性<ref name=ref12><pubmed>6864243</pubmed></ref>、[[運動視差]]選択性<ref name=ref13><pubmed>18344979</pubmed></ref>、周辺抑制<ref name=ref14><pubmed>4069941</pubmed></ref>も併せ持つので、視覚刺激の場所、運動方向、[[両眼視差]]、大きさを適切にマッチさせれば、大抵のMT野ニューロンを活動させることができる<ref name=ref15><pubmed>12574483</pubmed></ref>。 | ||
MT野及び周辺領域を損傷したと思われる患者で、[[運動盲]](Akinetopsia)が報告されている。この症状をもつ患者は、他の視覚機能は正常であるが、動きを[[知覚]]できず、世の中が連続した静止画のように見えるという<ref name=ref17><pubmed>6850272</pubmed></ref>。動物においてもMT野の破壊により、運動方向弁別課題の成績が低下するため、MT野は運動視に必須であると考えられている<ref name=ref18><pubmed>3385495</pubmed></ref>。 | |||
MT野及び周辺領域を損傷したと思われる患者で、[[運動盲]] | |||
== | ===MST野=== | ||
[[ | [[MST野]]は[[MSTd野]]と[[MSTl野]](<u>編集部コメント:それぞれ第何野に相当するかご教示ください。</u>)に分けられるが、多くの研究は受容野が大きいMSTd野で行われている。MSTd野には、並進運動に反応するニューロンに加え、拡大/縮小、回転選択性を持つニューロン<ref name=ref16><pubmed>3944616</pubmed></ref>がある。 | ||
==窓問題== | ==窓問題== | ||
[[image:運動視2.png|thumb|300px| | [[image:運動視2.png|thumb|300px|図2.図のタイトルと説明をお願いいたします。]] | ||
[[image:運動視3.png|thumb|300px| | [[image:運動視3.png|thumb|300px|図3.図のタイトルと説明をお願いいたします。]] | ||
運動視において視覚系が直面する問題として[[窓問題]]が挙げられる。運動する物体を小さい窓枠から覗いたときには、物体全体の運動方向によらず、窓枠から見える物体の局所輪郭線に直行する方向の運動成分が検出されてしまう(図2)。これを窓問題という。 | 運動視において視覚系が直面する問題として[[窓問題]]が挙げられる。運動する物体を小さい窓枠から覗いたときには、物体全体の運動方向によらず、窓枠から見える物体の局所輪郭線に直行する方向の運動成分が検出されてしまう(図2)。これを窓問題という。 | ||
物体運動の最初の検出が行われる一次視覚野は、ニューロンの受容野が小さいため、実質的には窓枠となっている。このため、運動を正しく計算するには、一次視覚野で検出された局所運動を空間・方位にわたって統合する必要がある。この統合過程は一次視覚野より高次の領野、MT野やMST野で行われると考えられている<ref name=ref21><pubmed>9604103</pubmed></ref>。二つのGratingを重ねたPlaidパターン(図3)と呼ばれる格子状の刺激を用いた生理学的研究によると、MT野では約1/3のニューロンが<ref name=ref22>'''Movshon JA, Adelson EH, Gizzi MS, and Newsome WT.'''<br.The analysis of moving visual patterns.<br> | 物体運動の最初の検出が行われる一次視覚野は、ニューロンの受容野が小さいため、実質的には窓枠となっている。このため、運動を正しく計算するには、一次視覚野で検出された局所運動を空間・方位にわたって統合する必要がある。この統合過程は一次視覚野より高次の領野、MT野やMST野で行われると考えられている<ref name=ref21><pubmed>9604103</pubmed></ref>。二つのGratingを重ねたPlaidパターン(図3)と呼ばれる格子状の刺激を用いた生理学的研究によると、MT野では約1/3のニューロンが<ref name=ref22>'''Movshon JA, Adelson EH, Gizzi MS, and Newsome WT.'''<[[br]].The analysis of moving visual patterns.<br> | ||
''Pattern Recognition Mechanisms''. Rome: Vatican Press: 1985, 117-151.</ref>、MST野ではほぼ全てのニューロンが<ref name=ref23><pubmed>19864582</pubmed></ref>この統合過程に関わっていると示唆されている。実際、MT野ニューロンが反応する方位と時空間周波数をマッピングすると、個々のニューロンは、特定の方向に動いている物体から生成される方位・時空間周波数成分を統合していることが判明している<ref name=ref24><pubmed>21994372</pubmed></ref>。 | ''Pattern Recognition Mechanisms''. Rome: Vatican Press: 1985, 117-151.</ref>、MST野ではほぼ全てのニューロンが<ref name=ref23><pubmed>19864582</pubmed></ref>この統合過程に関わっていると示唆されている。実際、MT野ニューロンが反応する方位と時空間周波数をマッピングすると、個々のニューロンは、特定の方向に動いている物体から生成される方位・時空間周波数成分を統合していることが判明している<ref name=ref24><pubmed>21994372</pubmed></ref>。 | ||
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もうひとつの方法は、物体の奥行きそのものの時間変化を計算する方法である。両眼視差から奥行きを推定し、その時間変化を計算できれば奥行き運動が検出できる。 | もうひとつの方法は、物体の奥行きそのものの時間変化を計算する方法である。両眼視差から奥行きを推定し、その時間変化を計算できれば奥行き運動が検出できる。 | ||
心理物理学的および脳機能イメージングを用いた研究により、[[ヒト]]は両眼間速度差を用いて奥行き運動を知覚していると示唆される<ref name=ref25><pubmed>19578382</pubmed></ref>。また、MT野にはそれぞれの方法を用いて推定された奥行き運動に反応するニューロンがある<ref name=ref26><pubmed>25411482</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>25411481</pubmed></ref>。 | |||
==オプティックフロー== | ==オプティックフロー== | ||
自身の動きによって生じる網膜上の動きを[[オプティックフロー]]と呼ぶ。オプティックフローは並進運動、回転運動、拡大縮小運動に分解できる。例えば、自身が前に進むと、[[視線]]方向を中心に拡大パターンの運動が生じる。逆に、拡大運動を見ただけで前に進んでいる感覚が生じる。MST野には並進、回転、拡大縮小、それぞれの運動に反応するニューロンが見つかっている<ref name=ref16 />。 | |||
==運動以外の物体の性質を知覚する手がかりとしての運動== | ==運動以外の物体の性質を知覚する手がかりとしての運動== | ||
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==運動方向弁別== | ==運動方向弁別== | ||
[[image:運動視4.png|thumb|300px| | [[image:運動視4.png|thumb|300px|図4.図のタイトルと説明をお願いいたします。]] | ||
運動視の研究は知覚判断の分野において重要な知見をもたらした。[[運動方向弁別課題]]では、ランダムドットの動きの方向を答えるが、一定方向に動くドットの割合(motion coherence、図4)を変えることで動きの強さを調整できるため、ある正答率を得るために必要なcoherenceを運動視の[[閾値]]として定義できる。閾値は動物でもヒトでも測定できる。以下、一連の研究で明らかになった重要事項を解説する。 | |||
===運動方向弁別能力とニューロンの感度の比較=== | ===運動方向弁別能力とニューロンの感度の比較=== | ||
ニューロンと反対の性質をもち、統計学的には同等の振る舞いをする[[アンチニューロン]] | ニューロンと反対の性質をもち、統計学的には同等の振る舞いをする[[アンチニューロン]]があると仮定すると、[[信号検出理論]]に則って、ニューロンが発する[[活動電位]]の数を基盤に正解率の上限を計算できる。個体とニューロンの閾値を直接比較すると、典型的なMT野ニューロンの閾値は個体と同程度である<ref name=ref29><pubmed>1464765</pubmed></ref>。 | ||
===ニューロン活動と判断との相関=== | ===ニューロン活動と判断との相関=== | ||
choice probability | choice probability | ||
同じ動きを見ても、判断が異なることがある。同じ運動刺激を見ていても、MT野ニューロンの活動は試行ごとに異なり、その活動は判断と相関する<ref name=ref30><pubmed>8730992</pubmed></ref> | 同じ動きを見ても、判断が異なることがある。同じ運動刺激を見ていても、MT野ニューロンの活動は試行ごとに異なり、その活動は判断と相関する<ref name=ref30><pubmed>8730992</pubmed></ref>。判断を予測できる確率を[[choice probability]](<u>編集部コメント:日本語は?</u>)と呼ぶ。 | ||
===ニューロン間のノイズ相関=== | ===ニューロン間のノイズ相関=== | ||
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===運動方向の判断の神経メカニズム=== | ===運動方向の判断の神経メカニズム=== | ||
MT野を破壊すると運動方向弁別ができなくなり<ref name=ref18 />、電気刺激すると判断がバイアスされるため<ref name=ref32><pubmed>1607944</pubmed></ref>、MT野の活動は本課題の遂行に必要十分である。しかし、MT野ニューロンは動きに関する感覚情報を提供するが、判断を司るわけではない。運動方向の判断には運動情報を時間的に積分する機構が重要であると考えられている。[[頭頂葉]]の[[LIP野]]<ref name=ref33><pubmed>12417672</pubmed></ref>、[[前頭眼野]](FEF)、[[前頭前野]]<ref name=ref34><pubmed>10195203</pubmed></ref>や[[上丘]]<ref name=ref35><pubmed>10325224</pubmed></ref> | MT野を破壊すると運動方向弁別ができなくなり<ref name=ref18 />、電気刺激すると判断がバイアスされるため<ref name=ref32><pubmed>1607944</pubmed></ref>、MT野の活動は本課題の遂行に必要十分である。しかし、MT野ニューロンは動きに関する感覚情報を提供するが、判断を司るわけではない。運動方向の判断には運動情報を時間的に積分する機構が重要であると考えられている。[[頭頂葉]]の[[LIP野]]<ref name=ref33><pubmed>12417672</pubmed></ref>、[[前頭眼野]](FEF)、[[前頭前野]]<ref name=ref34><pubmed>10195203</pubmed></ref>や[[上丘]]<ref name=ref35><pubmed>10325224</pubmed></ref>には、運動情報の時間[[wj:積分|積分]]を反映した神経活動が見られる。これらの領野の活動は、判断を[[眼球運動]]で回答したときに見られ、腕の運動で回答したときには[[MIP野]](<u>編集部コメント:第何野に相当するかご教示ください。</u>)においても見られる<ref name=ref36><pubmed>25762677</pubmed></ref>。判断を反映した活動が、閾値に到達すると判断が確定すると考えられている<ref name=ref37><pubmed>17600525</pubmed></ref>。このように考えると、判断が簡単なときには[[反応時間]]が短く、難しいときには反応時間が長いことを説明できる。 | ||
==関連項目== | |||
* [[MT野]] | |||
* [[MST野]] | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |