「アルコール依存症」の版間の差分

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 そこで、現在は[[中間表現型]]とそれに関わる遺伝子の[[検索]]を探す試みが行われるようになってきている。アルコール依存症の中間表現型には、合併精神疾患、アルコール代謝酵素の遺伝子型、性格傾向(反社会性、[[衝動性]]、新規希求性など)、アルコールに対する反応などが提唱されている。なかでもアルコールに対する反応については、アルコールに対する反応が弱いことがアルコール依存症のリスクを高めるという実験がある。この実験は、飲酒実験をしたときの酔いの強さをアルコール依存症の家族歴の有無で比較したもので、家族歴があって依存症のリスクが高いと考えられる被験者は家族歴のない被験者と比較して酔いの強度が低いことから提唱されている<ref><pubmed>6466047</pubmed></ref>。リスクの高い者は酔った感じが弱いので多量に飲酒し、飲酒時に感じられるはずの危険信号にも鈍感なのでそのまま飲み続けるのではないかと考えられた。
 そこで、現在は[[中間表現型]]とそれに関わる遺伝子の[[検索]]を探す試みが行われるようになってきている。アルコール依存症の中間表現型には、合併精神疾患、アルコール代謝酵素の遺伝子型、性格傾向(反社会性、[[衝動性]]、新規希求性など)、アルコールに対する反応などが提唱されている。なかでもアルコールに対する反応については、アルコールに対する反応が弱いことがアルコール依存症のリスクを高めるという実験がある。この実験は、飲酒実験をしたときの酔いの強さをアルコール依存症の家族歴の有無で比較したもので、家族歴があって依存症のリスクが高いと考えられる被験者は家族歴のない被験者と比較して酔いの強度が低いことから提唱されている<ref><pubmed>6466047</pubmed></ref>。リスクの高い者は酔った感じが弱いので多量に飲酒し、飲酒時に感じられるはずの危険信号にも鈍感なのでそのまま飲み続けるのではないかと考えられた。


 このような、アルコールの反応の弱さに相関するいくつかの候補遺伝子が報告されている。Gamma-aminobutyric acid([[GABA]])A受容体の中のGABAAα2サブユニットは五量体(α2β1γ1)を形成し、[[中脳]]辺縁[[ドーパミン]]神経の報酬経路に存在し、GABRA2遺伝子によってコードされる。この遺伝子多型とアルコール使用障害やアルコールの効果に関する相関研究によって、GABRA2のマイナーな遺伝子多型がアルコールに対して反応が弱いことと相関すると報告されている<ref name=25307600><pubmed>25307600</pubmed></ref>。  
 このような、アルコールの反応の弱さに相関するいくつかの候補遺伝子が報告されている。Gamma-aminobutyric acid([[GABA]])A受容体の中のGABAAα2サブユニットは五量体(α2β1γ1)を形成し、[[中脳]]辺縁[[ドーパミン]]神経の報酬経路に存在し、GABRA2遺伝子によってコードされる。この遺伝子多型とアルコール使用障害やアルコールの効果に関する相関研究によって、GABRA2のマイナーな遺伝子多型がアルコールに対して反応が弱いことと相関すると報告されている<ref name=ref25307600><pubmed>25307600</pubmed></ref>。  


 一方、オピオイドμ1受容体の遺伝子(OPRM1)はアルコール使用障害に相関する遺伝子のひとつであり、βエンドルフィンやμオピオイド受容体がアルコールの報酬・強化効果に重要な役割を果たしていることから注目を集めている。OPRM1遺伝子の多型が飲酒時のドーパミンの放出に関わり、アルコールへの反応を調節している可能性が示唆されている<ref name=25307600 />。
 一方、オピオイドμ1受容体の遺伝子(OPRM1)はアルコール使用障害に相関する遺伝子のひとつであり、βエンドルフィンやμオピオイド受容体がアルコールの報酬・強化効果に重要な役割を果たしていることから注目を集めている。OPRM1遺伝子の多型が飲酒時のドーパミンの放出に関わり、アルコールへの反応を調節している可能性が示唆されている<ref name=ref25307600 />。


==脳内メカニズム==
==脳内メカニズム==
 一方で、アルコールを含む物質使用障害の生物学的基盤に目をやると、脳内報酬系と[[ストレス]]システムのアロステリックな変化がアルコール依存症の成因を担っているとの研究が長年に渡って議論されてきている。
 一方で、アルコールを含む物質使用障害の生物学的基盤に目をやると、脳内報酬系と[[ストレス]]システムのアロステリックな変化がアルコール依存症の成因を担っているとの研究が長年に渡って議論されてきている。


 依存性物質が脳に影響する作用を解き明かす端緒となった重要な実験のひとつにOldsとMilnerらが行った自己電気刺激実験がある。(Olds, J. and Milner, P. : Positive reinforcement produced by electrical stimulation of septal area and other regions of rat brain. J. Comp. Physiol. Psychol. 47: 419-427, 1954. )彼らは、[[ラット]]の脳内のある部位に電極を埋め込み、限られた空間の中を自由に動けるようにし、室内のレバーを踏むと短時間電気刺激を受けられるようにした。ラットは最初、箱の中を自由に歩き回っていたが、レバーを偶然に踏むと間もなく、レバーを繰り返し押すようになった。時には、飲水や食事を摂らず、衰弱するまでレバーを押し続けた。この実験において、電気刺激はレバーを押すという習性を「強化」する「報酬」となっており、このように「強化」を効率よく引き起こす部位を[[刺激電極]]を与える位置を移動させて検討したところ、中脳腹側非被蓋野に細胞体があって、内側[[前脳]]束を中心に[[扁桃体]]、側坐核、[[大脳皮質]][[前頭前野]]に投射するドーパミン作動性神経繊維に沿った部位であることが確認された。その後の研究により、アルコールを含む嗜癖物質の多くが、直接ないし間接的に腹側被蓋野から側坐核へ至るドーパミン神経に作用していることが明らかとなった。   
 依存性物質が脳に影響する作用を解き明かす端緒となった重要な実験のひとつにOldsとMilnerらが行った自己電気刺激実験がある<ref><pubmed>13233369</pubmed></ref>。彼らは、[[ラット]]の脳内のある部位に電極を埋め込み、限られた空間の中を自由に動けるようにし、室内のレバーを踏むと短時間電気刺激を受けられるようにした。ラットは最初、箱の中を自由に歩き回っていたが、レバーを偶然に踏むと間もなく、レバーを繰り返し押すようになった。時には、飲水や食事を摂らず、衰弱するまでレバーを押し続けた。この実験において、電気刺激はレバーを押すという習性を「強化」する「報酬」となっており、このように「強化」を効率よく引き起こす部位を[[刺激電極]]を与える位置を移動させて検討したところ、中脳腹側非被蓋野に細胞体があって、内側[[前脳]]束を中心に[[扁桃体]]、側坐核、[[大脳皮質]][[前頭前野]]に投射するドーパミン作動性神経繊維に沿った部位であることが確認された。その後の研究により、アルコールを含む嗜癖物質の多くが、直接ないし間接的に腹側被蓋野から側坐核へ至るドーパミン神経に作用していることが明らかとなった。   


 アルコールは間接的に側坐核のドーパミン濃度を増やすことが言われている。そのメカニズムは、アルコールが腹側被蓋野や扁桃体、側坐核に発現しているGABAAレセプターに作用してGABAの放出を促し、さらに腹側被蓋野と側坐核、扁桃体中心核でオピオイドペプチドを放出させることに端を発する。この腹側被蓋野と側坐核のGABAとオピオイドの放出を介して、側坐核でドーパミンの放出が起こるという仮説が示されている。
 アルコールは間接的に側坐核のドーパミン濃度を増やすことが言われている。そのメカニズムは、アルコールが腹側被蓋野や扁桃体、側坐核に発現しているGABAAレセプターに作用してGABAの放出を促し、さらに腹側被蓋野と側坐核、扁桃体中心核でオピオイドペプチドを放出させることに端を発する。この腹側被蓋野と側坐核のGABAとオピオイドの放出を介して、側坐核でドーパミンの放出が起こるという仮説が示されている。


 ドーパミンの放出によって快の[[情動]]が生まれ、物質使用の使用初期にあたっては快の情動を求めて物質使用の頻度が増す。この強化行動を「正の強化」という。一方でSolomonは1980年にOpponent-Process Theory(情動の恒常性維持メカニズム)を提唱した。Solomonによれば、依存性物質使用後の快の情動はいつまでも持続せず、快の情動が立ち上がった後に、少し遅れてそれを鎮静する不快な情動が立ち上がり、情動は[[快・不快]]に偏ることなく[[バランス]]を維持しようとする働きがあることを論じた。また、快の情動は物質使用の繰り返しによって次第に減少し、それに代わって不快の情動が次第に増すという変化が起こり、初めは快を得るために物質を使っていたが、不快を避けるために物質を使うという物質使用の目的変化が起こることを唱えた。この不快な情動を取り除くために物質使用の頻度が増すことを「負の強化」と言い、この「負の強化」による物質使用行動が強迫的になるという変化が指摘されている(George F Koob. et al: Neurobiological mechanisms for opponent motivational processes in addiction: Phil. Trans. R. Soc. B 363: 3113-3123: 2008)。
 ドーパミンの放出によって快の[[情動]]が生まれ、物質使用の使用初期にあたっては快の情動を求めて物質使用の頻度が増す。この強化行動を「正の強化」という。一方でSolomonは1980年にOpponent-Process Theory(情動の恒常性維持メカニズム)を提唱した。Solomonによれば、依存性物質使用後の快の情動はいつまでも持続せず、快の情動が立ち上がった後に、少し遅れてそれを鎮静する不快な情動が立ち上がり、情動は[[快・不快]]に偏ることなく[[バランス]]を維持しようとする働きがあることを論じた。また、快の情動は物質使用の繰り返しによって次第に減少し、それに代わって不快の情動が次第に増すという変化が起こり、初めは快を得るために物質を使っていたが、不快を避けるために物質を使うという物質使用の目的変化が起こることを唱えた。この不快な情動を取り除くために物質使用の頻度が増すことを「負の強化」と言い、この「負の強化」による物質使用行動が強迫的になるという変化が指摘されている<ref><pubmed>18653439</pubmed></ref>。


 このような強化行動の変化は脳内の神経伝達物質のアロステリックな変化に裏打ちされていると言われている。それは、「正の強化」行動の役割を担うドーパミンが関与する脳内報酬系の機能が減弱し、その代わりに「負の強化」行動を担う、ストレスホルモンと表現されるコルチコトロピン放出因子(CRF: Corticotropin-releasing factor)を介した脳内ストレスシステムの働きの方が優勢となることが推察されている(George F. Koob. : Addiction is a reward deficit and stress surfeit disorder. : Frontiers in psychiatry, 4(72), 1-18, 2013. )。以上の過程により、「負の強化」に対して強迫的となり、使用制御の困難という依存症の本質的部分が生み出されるという仮説が提唱されている。
 このような強化行動の変化は脳内の神経伝達物質のアロステリックな変化に裏打ちされていると言われている。それは、「正の強化」行動の役割を担うドーパミンが関与する脳内報酬系の機能が減弱し、その代わりに「負の強化」行動を担う、ストレスホルモンと表現されるコルチコトロピン放出因子(CRF: Corticotropin-releasing factor)を介した脳内ストレスシステムの働きの方が優勢となることが推察されている<ref><pubmed>23914176</pubmed></ref>。以上の過程により、「負の強化」に対して強迫的となり、使用制御の困難という依存症の本質的部分が生み出されるという仮説が提唱されている。
   
   
==治療==
==治療==
 治療目標の設定は、断酒を原則とすることが通常である。米国APA(American Psychiatric Association)の治療ガイドラインによれば、断酒継続が最も長期間の良好なアウトカムを示すと記述されている。一方でコントロール使用を希望する患者が多くいるのも事実であるが、物質使用障害の患者がコントロール使用を選択するのは非現実的であり、治療者はアルコールを摂取し続けることの悪い結果を患者と共有し、長期間の断酒がもっともよい治療の選択肢であるという認識を共有していくべきであるとされている。(Practice guideline for the Treatment of Patients with Substance Use Disorders, Second Edition. 2006. US)
 治療目標の設定は、断酒を原則とすることが通常である。米国APA(American Psychiatric Association)の治療ガイドラインによれば、断酒継続が最も長期間の良好なアウトカムを示すと記述されている。一方でコントロール使用を希望する患者が多くいるのも事実であるが、物質使用障害の患者がコントロール使用を選択するのは非現実的であり、治療者はアルコールを摂取し続けることの悪い結果を患者と共有し、長期間の断酒がもっともよい治療の選択肢であるという認識を共有していくべきであるとされている<ref>Practice guideline for the Treatment of Patients with Substance Use Disorders<br>Second Edition. 2006. US</ref>。


 また、英国国立医療技術評価機構NICE(National institute for Health and Care Excellence)の治療ガイドラインに目をやると、アルコール依存、または何らかの精神的あるいは身体的合併症のあるアルコール使用障害には断酒をすすめるべきであるとされている。患者が節酒を望む場合には断酒が最も適切な目標であることを強くすすめる。しかし、断酒をゴールとしないからと言って治療を拒んではならない。断酒を目標に考えていない患者には、ひとまずハームリダクションの考えに基づき、飲酒によって被る害を減らすことに注目したケアを行ってもよい。しかし、それは断酒を見据えてのものでなければならないとされている(Alcohol Use Disorders, Diagnosis and Assessment and Management of Harmful Drinking and Alcohol Dependence.2011.UK)。
 また、英国国立医療技術評価機構NICE(National institute for Health and Care Excellence)の治療ガイドラインに目をやると、アルコール依存、または何らかの精神的あるいは身体的合併症のあるアルコール使用障害には断酒をすすめるべきであるとされている。患者が節酒を望む場合には断酒が最も適切な目標であることを強くすすめる。しかし、断酒をゴールとしないからと言って治療を拒んではならない。断酒を目標に考えていない患者には、ひとまずハームリダクションの考えに基づき、飲酒によって被る害を減らすことに注目したケアを行ってもよい。しかし、それは断酒を見据えてのものでなければならないとされている<ref>Alcohol Use Disorders<br>Diagnosis and Assessment and Management of Harmful Drinking and Alcohol Dependence<br>2011.UK</ref>。


 アルコールの離脱症状が出現している場合、まずは離脱症状のコントロールが重要となる。離脱症状の全てに対して[[ベンゾジアゼピン]]系薬剤(benzodiazepines)の使用が推奨されている。離脱期における振戦、頻脈、血圧上昇、発汗などの自律神経症状、アルコール離脱けいれんや[[せん妄]]に対してもアルコールと交差耐性、交差依存をもつベンゾジアゼピン系薬剤の投与が推奨されている。こうしたベンゾジアゼピン系薬剤の使用によって、アルコール離脱の症状の軽減のほか、致死率の低下、出現時間の短縮、興奮状態の鎮静に要する時間の短縮、せん妄のコントロールが適切にできるとしている。(Mayo-Smith MF.: Pharmacological management of alcohol withdrawal: A meta analysis and evidence-based practice guideline. JAMA. 278(2). 144-151. 1997)
 アルコールの離脱症状が出現している場合、まずは離脱症状のコントロールが重要となる。離脱症状の全てに対して[[ベンゾジアゼピン]]系薬剤(benzodiazepines)の使用が推奨されている。離脱期における振戦、頻脈、血圧上昇、発汗などの自律神経症状、アルコール離脱けいれんや[[せん妄]]に対してもアルコールと交差耐性、交差依存をもつベンゾジアゼピン系薬剤の投与が推奨されている。こうしたベンゾジアゼピン系薬剤の使用によって、アルコール離脱の症状の軽減のほか、致死率の低下、出現時間の短縮、興奮状態の鎮静に要する時間の短縮、せん妄のコントロールが適切にできるとしている<ref><pubmed>9214531</pubmed></ref>。


 前述のNICEのガイドラインによれば離脱症状がコントロールされた後の治療選択肢の基本原則については、全ての患者に有効な単一の治療法はない、とされている。種々の心理社会的治療法(NICEでは動機づけ強化療法(MET)と英国で発展した心理社会的治療法の一つであるSocial Behavior and Network Therapy(SBNT)を比較している)の有効性を比較したところ、治療の成功と患者側の特性について有意な因子を発見するに至らなかった、という報告がその裏付けとなっている。そのため、同ガイドラインではそれぞれの患者のニーズに応じた治療が提供されるべきであると論じられている。
 前述のNICEのガイドラインによれば離脱症状がコントロールされた後の治療選択肢の基本原則については、全ての患者に有効な単一の治療法はない、とされている。種々の心理社会的治療法(NICEでは動機づけ強化療法(MET)と英国で発展した心理社会的治療法の一つであるSocial Behavior and Network Therapy(SBNT)を比較している)の有効性を比較したところ、治療の成功と患者側の特性について有意な因子を発見するに至らなかった、という報告がその裏付けとなっている。そのため、同ガイドラインではそれぞれの患者のニーズに応じた治療が提供されるべきであると論じられている。


 我が国で行われている代表的な治療について述べる。薬物療法についてまず述べてみたい。本邦ではアルコール依存症の飲酒への渇望を抑制する薬剤として、acamprosateを用いることができる。同薬剤はアミノ酸の一種であるタウリンの誘導体で、GABAと類似の構造を示す。明確な作用機序は不明であるが、脳内のNMDA受容体の働きを抑制することで、渇望を下げる役割があるとされている。臨床的には、飲酒欲求を抑えること、飲酒頻度を抑えること、断酒率を高める効果があることが多くの臨床研究で報告されている。また、シアナミド、ジスルフィラムの2剤の抗酒剤を使用することができる。ともにアルコールの代謝を阻害することで、少量の飲酒でも体内にアルデヒドが蓄積し、動悸、顔面紅潮、嘔気、[[頭痛]]などの不快な症状が出現する。抗酒剤の服用には患者自身が、アルコール依存症を治療するという意思を持って自ら服用することが重要である。(斎藤利和、吉永敏弘:依存症・衝動制御障害の治療「Ⅳ.アルコール依存症 1.薬物療法」.中山書店,東京,p76–84.)
 我が国で行われている代表的な治療について述べる。薬物療法についてまず述べてみたい。本邦ではアルコール依存症の飲酒への渇望を抑制する薬剤として、acamprosateを用いることができる。同薬剤はアミノ酸の一種であるタウリンの誘導体で、GABAと類似の構造を示す。明確な作用機序は不明であるが、脳内のNMDA受容体の働きを抑制することで、渇望を下げる役割があるとされている。臨床的には、飲酒欲求を抑えること、飲酒頻度を抑えること、断酒率を高める効果があることが多くの臨床研究で報告されている。また、シアナミド、ジスルフィラムの2剤の抗酒剤を使用することができる。ともにアルコールの代謝を阻害することで、少量の飲酒でも体内にアルデヒドが蓄積し、動悸、顔面紅潮、嘔気、[[頭痛]]などの不快な症状が出現する。抗酒剤の服用には患者自身が、アルコール依存症を治療するという意思を持って自ら服用することが重要である<ref>'''斎藤利和、吉永敏弘'''<br>依存症・衝動制御障害の治療「Ⅳ.アルコール依存症 1.薬物療法」<br>''中山書店'',東京,p76–84.</ref> 。


 もう一方は心理社会的治療である。集団療法として、AA(Alcohol Anonymous)のミーティングや断酒会の例会への参加がある。有効性の一例を挙げるとすれば、ミーティングや例会では傾聴と自己開示および内省が身につく。他者に[[共感]]できる能力や理解する能力も開発される。自助グループの集団の力は、アルコールによって人生の軌道から外れてしまったアルコール依存症者が社会復帰にあたって学ぶ必要のある様々な社会経験を積む事ができる、いわば有効なリハビリテーション装置である。
 もう一方は心理社会的治療である。集団療法として、AA(Alcohol Anonymous)のミーティングや断酒会の例会への参加がある。有効性の一例を挙げるとすれば、ミーティングや例会では傾聴と自己開示および内省が身につく。他者に[[共感]]できる能力や理解する能力も開発される。自助グループの集団の力は、アルコールによって人生の軌道から外れてしまったアルコール依存症者が社会復帰にあたって学ぶ必要のある様々な社会経験を積む事ができる、いわば有効なリハビリテーション装置である。


 集団療法に並行して個人の特性に合わせた個人療法を実施する。断酒の決意を促すためには動機づけ面接法が効果的であり、断酒した後の生き方を変えていくために、[[認知行動療法]]が行われる。動機づけ面接法は、面接者と患者が対立しないように配慮を持ちつつ、直接的な指示こそしないが面接を通じて患者の断酒へのモチベーションが高まるように、そっと誘導する指示的な技法である。認知[[行動療法]]では、依存対象物質(アルコール)が状況を改善する(気分をよくする)という信念を変えて物質への渇望を抑制すること、再燃予防、飲酒が不要となる新しい生き方の学習を目的とし、アルコールにまつわる認知や行動を修正していくことに主眼を置いている。(後藤恵:依存症・衝動制御障害の治療「Ⅳ.アルコール依存症 2.心理社会的治療」.中山書店,東京,p85–95.)
 集団療法に並行して個人の特性に合わせた個人療法を実施する。断酒の決意を促すためには動機づけ面接法が効果的であり、断酒した後の生き方を変えていくために、[[認知行動療法]]が行われる。動機づけ面接法は、面接者と患者が対立しないように配慮を持ちつつ、直接的な指示こそしないが面接を通じて患者の断酒へのモチベーションが高まるように、そっと誘導する指示的な技法である。認知[[行動療法]]では、依存対象物質(アルコール)が状況を改善する(気分をよくする)という信念を変えて物質への渇望を抑制すること、再燃予防、飲酒が不要となる新しい生き方の学習を目的とし、アルコールにまつわる認知や行動を修正していくことに主眼を置いている<ref>'''後藤恵'''<br>依存症・衝動制御障害の治療「Ⅳ.アルコール依存症 2.心理社会的治療」<br>''中山書店'',東京,p85–95.</ref>。


==疫学==
==疫学==
 2013年に成人の飲酒実態に関する全国調査が実施された。ICD-10によるアルコール依存症の生涯経験率は2013年では1.0%(男1.9%、女0.2%)で、推計数は107万人(推計数は2013年日本人口で計算:男94万人、女13万人)であった。アルコール依存症の現在有病率は2013年では0.5%(男:1.0%、女0.1%)で推計数は57万人であった。(尾崎米厚:日本成人における飲酒関連問題の頻度と潜在患者.平成26年度厚生労働科学研究費補助金, 総括・分担研究報告書.2015)アルコール依存症の罹患者数は、2008年の調査では、アルコール依存症の生涯経験率は、男1.0%、女0.2%で推計50万人、現在有病率は男0.5%、女0.1%で推計29万人とされており、増加傾向にある。一方で、アルコール依存症のうち、数%の者しか医療に結びついていないとも指摘されている。2008年の調査で、アルコール使用による精神及び行動の障害による受診患者数の推計値(入院+外来)の17,200人はわずか6%にすぎず、アルコール依存症ではあるが、多くの者が医療に結びついていない可能性がある。(樋口進、尾崎米厚、松下幸生:成人の飲酒と生活習慣に関する実態調査研究.平成20年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)「わが国における飲酒の実態ならびに飲酒に関連する生活習慣病.公衆衛生上の諸問題とその対策に関する総合的研究」(主任研究者:石井裕正)分担研究報告書.P12–50,2009.)
 2013年に成人の飲酒実態に関する全国調査が実施された。ICD-10によるアルコール依存症の生涯経験率は2013年では1.0%(男1.9%、女0.2%)で、推計数は107万人(推計数は2013年日本人口で計算:男94万人、女13万人)であった。アルコール依存症の現在有病率は2013年では0.5%(男:1.0%、女0.1%)で推計数は57万人であった<ref>'''尾崎米厚'''<br>日本成人における飲酒関連問題の頻度と潜在患者<br>平成26年度厚生労働科学研究費補助金, 総括・分担研究報告書.2015</ref>。アルコール依存症の罹患者数は、2008年の調査では、アルコール依存症の生涯経験率は、男1.0%、女0.2%で推計50万人、現在有病率は男0.5%、女0.1%で推計29万人とされており、増加傾向にある。一方で、アルコール依存症のうち、数%の者しか医療に結びついていないとも指摘されている。2008年の調査で、アルコール使用による精神及び行動の障害による受診患者数の推計値(入院+外来)の17,200人はわずか6%にすぎず、アルコール依存症ではあるが、多くの者が医療に結びついていない可能性がある<ref>'''樋口進、尾崎米厚、松下幸生'''<br>成人の飲酒と生活習慣に関する実態調査研究<br>平成20年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)<br>「わが国における飲酒の実態ならびに飲酒に関連する生活習慣病.公衆衛生上の諸問題とその対策に関する総合的研究」<br>(主任研究者:石井裕正)分担研究報告書.P12–50,2009.</ref>。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
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