「抗NMDA受容体脳炎」の版間の差分

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{{box|text= NMDA受容体に対する自己抗体が病態の中核を司る免疫介在性の脳炎で、小児から高齢者まで幅広く罹患する。小児では非傍腫瘍性が多くを占めるが、成人女性では傍腫瘍性(アジア人では卵巣奇形腫)の頻度が比較的高い。小児ではけいれんなどの急性発作で、成人では辺縁系症状に該当する行動変化で発症することが多い。免疫修飾治療、傍腫瘍症例では腫瘍摘出が有効である。再発することがあるが、初発時に比べると症状が軽い。}}
{{box|text= NMDA受容体に対する自己抗体が病態の中核を司る免疫介在性の脳炎で、小児から高齢者まで幅広く罹患する。小児では非傍腫瘍性が多くを占めるが、成人女性では傍腫瘍性(アジア人では卵巣奇形腫)の頻度が比較的高い。小児ではけいれんなどの急性発作で、成人では辺縁系症状に該当する行動変化で発症することが多い。免疫修飾治療、傍腫瘍症例では腫瘍摘出が有効である。再発することがあるが、初発時に比べると症状が軽い。}}
[[ファイル:Takahashi anti NMDAR encephalitis Fig1.png|サムネイル|図1. 抗NMDA受容体脳炎と非ヘルペス性急性辺縁系脳炎の概念<br>*1:楠原らは1994年にHSV陰性で腫瘍の合併のない症例群を非ヘルペス性急性辺縁系脳炎(non-herpetic acute limbic encephalitis, NHALE)として報告(文献2). *2:Dalmauらは2007年にNMDAR抗体陽性の12例の卵巣奇形腫合併辺縁系脳炎を報告(文献3).*3:高橋幸利らは小児期の中枢神経系感染症による難治てんかんでGluRε2抗体の存在を報告(文献4). *4: Buckley Cらは非傍腫瘍性症例でVGKC抗体を報告(文献5). *5: Anderson NEらは, 傍腫瘍性症例でHu抗体などを報告(文献6).高橋幸利、神経疾患とNMDA型グルタミン酸受容体抗体、日本小児科学会誌、2014; 118: 1695-1707を改変.]]
== 抗NMDA受容体脳炎とは==
== 抗NMDA受容体脳炎とは==
[[ファイル:Takahashi anti NMDAR encephalitis Fig1.png|サムネイル|'''図1. 抗NMDA受容体脳炎と非ヘルペス性急性辺縁系脳炎の概念'''<br>*1:楠原らは1994年にHSV陰性で腫瘍の合併のない症例群を非ヘルペス性急性辺縁系脳炎(non-herpetic acute limbic encephalitis, NHALE)として報告<ref name=楠原智彦、他1994>楠原智彦、他 (1994) 非ヘルペス性急性辺縁系脳炎の存在について. 臨床神経 34:1083-1088.</ref>(文献2).<br>*2:Dalmauらは2007年にNMDAR抗体陽性の12例の卵巣奇形腫合併辺縁系脳炎を報告<ref name=Dalmau2007><pubmed>17262855</pubmed></ref>(文献3).<br>*3:高橋幸利らは小児期の中枢神経系感染症による難治てんかんでGluRε2抗体の存在を報告<ref name=高橋幸利2002>高橋幸利 (2002) 小児期の中枢神経系感染症による難治てんかんにおける抗GluRε2自己抗体の存在. 日本小児科学会誌 106:1402-1411.</ref>(文献4). <br>*4: Buckley Cらは非傍腫瘍性症例でVGKC抗体を報告<ref name=Buckley2001><pubmed>11456313</pubmed></ref>(文献5). <br>*5: Anderson NEらは, 傍腫瘍性症例でHu抗体などを報告<ref name=Anderson1988><pubmed>2842702</pubmed></ref>(文献6).<br>高橋幸利、神経疾患とNMDA型グルタミン酸受容体抗体、日本小児科学会誌、2014; 118: 1695-1707<ref name=高橋幸利、他2014></ref>を改変.]]
=== 原著報告と疾患概念の推移 ===
=== 原著報告と疾患概念の推移 ===
 辺縁系脳炎は海馬・扁桃体などの辺縁系を主座とする脳炎で、辺縁系症状と呼ばれる特徴的な症状が診断のポイントとなるが、傍腫瘍性と非傍腫瘍性に分類される('''図1''')<ref name=高橋幸利、他2014>高橋幸利、他 (2014) 神経疾患とNMDA型グルタミン酸受容体抗体. 日本小児科学会誌118:1695-1707.</ref>(1)。非傍腫瘍性では単純ヘルペスウィルス(HSV)脳炎が多いが、1994年にHSV陰性で腫瘍の合併もない症例群が非ヘルペス性急性辺縁系脳炎(non-herpetic acute limbic encephalitis、NHALE)として報告された<ref name=楠原智彦、他1994>楠原智彦、他 (1994) 非ヘルペス性急性辺縁系脳炎の存在について. 臨床神経 34:1083-1088.</ref>(2)。NMDA型GluRのサブユニットのひとつであるGluN2B(GluR&epsilon;2)全長蛋白を抗原とする抗体のイムノブロット法による検出系が確立され<ref name=Takahashi2003><pubmed>14557555</pubmed></ref>(7)、急性脳炎症例でGluN2B抗体が存在する症例が2002-2005年に報告され、その後NMALEの多数例で検出されている<ref name=高橋幸利2002>高橋幸利 (2002) 小児期の中枢神経系感染症による難治てんかんにおける抗GluRε2自己抗体の存在. 日本小児科学会誌 106:1402-1411.</ref> <ref name=Takahashi2005><pubmed>15987271</pubmed></ref>(4,8)。
 辺縁系脳炎は海馬・扁桃体などの辺縁系を主座とする脳炎で、辺縁系症状と呼ばれる特徴的な症状が診断のポイントとなるが、傍腫瘍性と非傍腫瘍性に分類される('''図1''')<ref name=高橋幸利、他2014>高橋幸利、他 (2014) 神経疾患とNMDA型グルタミン酸受容体抗体. 日本小児科学会誌118:1695-1707.</ref>(1)。非傍腫瘍性では単純ヘルペスウィルス(HSV)脳炎が多いが、1994年にHSV陰性で腫瘍の合併もない症例群が非ヘルペス性急性辺縁系脳炎(non-herpetic acute limbic encephalitis、NHALE)として報告された<ref name=楠原智彦、他1994>楠原智彦、他 (1994) 非ヘルペス性急性辺縁系脳炎の存在について. 臨床神経 34:1083-1088.</ref>(2)。NMDA型GluRのサブユニットのひとつであるGluN2B(GluR&epsilon;2)全長蛋白を抗原とする抗体のイムノブロット法による検出系が確立され<ref name=Takahashi2003><pubmed>14557555</pubmed></ref>(7)、急性脳炎症例でGluN2B抗体が存在する症例が2002-2005年に報告され、その後NMALEの多数例で検出されている<ref name=高橋幸利2002>高橋幸利 (2002) 小児期の中枢神経系感染症による難治てんかんにおける抗GluRε2自己抗体の存在. 日本小児科学会誌 106:1402-1411.</ref> <ref name=Takahashi2005><pubmed>15987271</pubmed></ref>(4,8)。


 2007年、卵巣奇形腫を伴う傍腫瘍性脳炎(Paraneoplastic encephalitis with ovarian teratoma)症例12例の血清・髄液中に、HEK細胞に発現させた[GluN1+GluN2B(GluN2A)]のNMDA受容体複合体抗原とのみ反応する抗体が存在すると、Dalmauらが報告した<ref name=Dalmau2007><pubmed>17262855</pubmed></ref>(3)。このNMDA受容体複合体に対する抗体は、GluN1(NR1)あるいはGluN2B(NR2B)の単独サブユニットを発現させた細胞とは反応しないが二つのサブユニットを含む複合体とは反応することが特徴とされたが、単独のNMDA型GluRのサブユニットでは細胞表面に発現しにくいための誤解であった<ref name=Groc2006><pubmed>17124177</pubmed></ref> <ref name=Takahashi2008><pubmed>18350587</pubmed></ref>(9、10)。その後、抗NMDA受容体脳炎の主たる神経抗体はGluN1(NR1)抗体と考えられるようになっている<ref name=Dalmau2008><pubmed>18851928</pubmed></ref> <ref name=Vincent2011><pubmed>21777830</pubmed></ref>(11、12)。
 2007年、卵巣奇形腫を伴う傍腫瘍性脳炎(paraneoplastic encephalitis with ovarian teratoma)症例12例の血清・髄液中に、HEK細胞に発現させた[GluN1+GluN2B(GluN2A)]のNMDA受容体複合体抗原とのみ反応する抗体が存在すると、Dalmauらが報告した<ref name=Dalmau2007><pubmed>17262855</pubmed></ref>(3)。このNMDA受容体複合体に対する抗体は、GluN1(NR1)あるいはGluN2B(NR2B)の単独サブユニットを発現させた細胞とは反応しないが二つのサブユニットを含む複合体とは反応することが特徴とされたが、単独のNMDA型GluRのサブユニットでは細胞表面に発現しにくいための誤解であった<ref name=Groc2006><pubmed>17124177</pubmed></ref> <ref name=Takahashi2008><pubmed>18350587</pubmed></ref>(9、10)。その後、抗NMDA受容体脳炎の主たる神経抗体はGluN1(NR1)抗体と考えられるようになっている<ref name=Dalmau2008><pubmed>18851928</pubmed></ref> <ref name=Vincent2011><pubmed>21777830</pubmed></ref>(11、12)。


 NMDA受容体抗体(NMDA受容体複合体抗体あるいはGluN1抗体)の測定が広く行われるようになると、抗NMDA受容体脳炎の臨床スペクトラムは幅広くなり、腫瘍の合併率は原著の100%から徐々に低下し、2013年の報告では38%となっている<ref name=Titulaer2013><pubmed>23290630</pubmed></ref>(13)。腫瘍の94%は卵巣奇形腫で、2%は卵巣以外の奇形腫、4%は肺、乳房などの腫瘍、卵巣がん、胸腺がん、すい臓がんからなる。また、小児例の報告も増え、成人とは発病症状が異なることが分かってきた。
 NMDA受容体抗体(NMDA受容体複合体抗体あるいはGluN1抗体)の測定が広く行われるようになると、抗NMDA受容体脳炎の臨床スペクトラムは幅広くなり、腫瘍の合併率は原著の100%から徐々に低下し、2013年の報告では38%となっている<ref name=Titulaer2013><pubmed>23290630</pubmed></ref>(13)。腫瘍の94%は卵巣奇形腫で、2%は卵巣以外の奇形腫、4%は肺、乳房などの腫瘍、卵巣がん、胸腺がん、すい臓がんからなる。また、小児例の報告も増え、成人とは発病症状が異なることが分かってきた。
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=== NMDA受容体抗体の疾患特異性に関する概念の推移 ===
=== NMDA受容体抗体の疾患特異性に関する概念の推移 ===
 抗NMDA受容体脳炎の原著報告から数年間は、cell-based assayのNMDA受容体抗体は抗NMDA受容体脳炎の特異的診断マーカーと考えられていたが、最近では多様な疾患で検出され、診断マ-カーというよりは、免疫介在病態を示唆する病態マーカーとなっている(表)。
 抗NMDA受容体脳炎の原著報告から数年間は、cell-based assayのNMDA受容体抗体は抗NMDA受容体脳炎の特異的診断マーカーと考えられていたが、最近では多様な疾患で検出され、診断マ-カーというよりは、免疫介在病態を示唆する病態マーカーとなっている(表)。
[[ファイル:Takahashi anti NMDAR encephalitis Fig2.png|サムネイル|図2. 抗NMDA受容体脳炎の経過<br>高橋幸利、他、自己免疫性脳炎/脳症、神経治療学、2016; 33: 19-26..を改変<br>Dalmau J, et al., Antibody-Mediated Encephalitis, N Engl J Med 2018; 378:840-851.を引用.]]
[[ファイル:Takahashi anti NMDAR encephalitis Fig2.png|サムネイル|図2. 抗NMDA受容体脳炎の経過<br>高橋幸利、他、自己免疫性脳炎/脳症、神経治療学、2016; 33: 19-26..<ref name=高橋幸利、他2016><pubmed>高橋幸利、他 (2016) 自己免疫性脳炎/脳症. 神経治療学 33:19-26.</pubmed></ref>を改変<br>Dalmau J, et al., Antibody-Mediated Encephalitis, N Engl J Med 2018; 378:840-851<ref name=Dalmau2018><pubmed>29490181</pubmed></ref>.を引用.]]
[[ファイル:Takahashi anti NMDAR encephalitis Fig2.png|サムネイル|図3.抗NMDA受容体脳炎の診断基準<br>Dalmau J, et al., Lancet Neurol. 2019; 18(11): 1045-1057を高橋幸利が一部改変. ]]
[[ファイル:Takahashi anti NMDAR encephalitis Fig2.png|サムネイル|図3.抗NMDA受容体脳炎の診断基準<br>Dalmau J, et al., Lancet Neurol. 2019; 18(11): 1045-1057<ref name=Dalmau2019><pubmed>31326280</pubmed></ref>を高橋幸利が一部改変. ]]
== 診断 ==
== 診断 ==
 急性脳炎症状で発病するが、その直前に発熱、頭痛、髄膜炎などを呈する先行症状期が存在することがある('''図2''')。先行症状期から急性期の脳炎症状に移行する特徴的な経過で、抗NMDA受容体脳炎を疑うことができる。急性期の臨床症状、髄液検査、脳波検査、cell-based assayによるGluN1抗体などで総合的に診断するが、診断基準ではGluN1抗体の証明がない場合は可能性の高い症例となり、GluN1抗体が確認された場合は確定症例となる('''図3''')<ref name=Dalmau2019><pubmed>31326280</pubmed></ref>(32)。
 急性脳炎症状で発病するが、その直前に発熱、頭痛、髄膜炎などを呈する先行症状期が存在することがある('''図2''')。先行症状期から急性期の脳炎症状に移行する特徴的な経過で、抗NMDA受容体脳炎を疑うことができる。急性期の臨床症状、髄液検査、脳波検査、cell-based assayによるGluN1抗体などで総合的に診断するが、診断基準ではGluN1抗体の証明がない場合は可能性の高い症例となり、GluN1抗体が確認された場合は確定症例となる('''図3''')<ref name=Dalmau2019><pubmed>31326280</pubmed></ref>(32)。

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