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== 法的脳死判定の手順 == | == 法的脳死判定の手順 == | ||
2019年に厚生労働省研究班および関連学会が合同で作成した「臓器提供ハンドブック」は、法的脳死判定の要点として、1. 脳死判定医を選任する、2. 高感度脳波検査を施行する、3. 血液ガス検査装置を準備する、4. 「法的脳死判定マニュアル」<ref name=脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班2011 />を準備し、読み上げながら記載通りに行う、5. 脳波を最初に行うと時間を短縮できる、6. 血圧・体温を維持する、7.家族の立ち合いに配慮する、を挙げた<ref name=厚生労働科学研究費補助金研究班主任研究者2019>厚生労働科学研究費補助金研究班主任研究者 横田裕行監修. 臓器提供ハンドブック. へるす出版</ref>[17]。 | |||
実際の判定は「法的脳死判定マニュアル」に従う<ref name=脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班2011 /> [16]。その概要は以下の通りである。 | |||
=== 前提条件を完全に満たすことの確認 === | |||
#器質的脳障害により深昏睡および無呼吸を来している症例 | |||
##深昏睡<br>Japan Coma Scale(JCS):III-300 (JCS)<br>Glasgow Coma Scale(GCS):3 (GCS) | |||
##無呼吸<br>人工呼吸器により呼吸が維持されている状態 | |||
#原疾患が確実に診断されている症例<br>病歴、経過、検査(CT等の画像診断は必須)、治療等から確実に診断された症例 | |||
#現在行い得るすべての適切な治療をもってしても回復の可能性が全くないと判断される症例 | |||
=== 除外例の確実な除外 === | |||
医学的詳細に関しては文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018 /> [13]。 | |||
# 脳死と類似した状態になり得る症例(急性薬物中毒、代謝・内分泌障害など) | |||
# 知的障害者等の臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害を有する者 | |||
# 被虐待児、または虐待が疑われる18歳未満の児童 | |||
# 年齢不相応の血圧(収縮期血圧) | |||
# 低体温(直腸温、食道温等の深部温) | |||
# 生後12週未満(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週未満) | |||
=== 生命徴候の確認=== | |||
# 体温 | |||
# 血圧の確認(収縮期血圧) | |||
# 心拍、心電図などの確認をして重篤な不整脈がないこと | |||
===必須項目 === | |||
医学的詳細に関しては文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018 /> [13] | |||
# 深昏睡 | |||
# 瞳孔散大と固定 | |||
# 脳幹反射の消失(以下の1)~7)のすべてを確認する) | |||
# 対光反射 | |||
# 角膜反射 | |||
# 毛様(体)脊髄反射 | |||
# 眼球頭反射(神経学では頭位変換眼球反射) | |||
# 前庭反射 | |||
# 咽頭反射 | |||
# 咳(嗽)反射 | |||
# 脳波活動の消失[いわゆる平坦脳波(Electrocerebral inactivity、ECI)]の確認 | |||
# 自発呼吸消失の確認(無呼吸テスト) | |||
また、脳波検査に併せて聴性脳幹反応(ABR)を行うことが望ましい。 | |||
=== 判定 === | |||
脳死判定は2名以上の判定医で実施し、少なくとも1人は第1回目、第2回目の判定を継続して行う。第1回目の脳死判定ならびに第2回目の脳死判定ですべての項目が満たされた場合、法的脳死と判定する。死亡時刻は第2回目の判定終了時とする。 | |||
第1回目の脳死判定が終了した時点から6歳以上では6時間以上、6歳未満では24時間以上を経過した時点で第2回目の脳死判定を開始する。 | |||
== 補助検査 == | |||
脳死判定の補助検査には、脳波をはじめとする神経生理学的検査、脳血管撮影、CT血管撮影をはじめとする頭部画像検査などがある。平成27年、日本救急医学会脳死・臓器移植に関する委員会(委員長:横田裕行日本医大名誉教授)は「脳死判定における補助検査について」と題して、現時点における国内外の知見をまとめている<ref name=一般社団法人日本救急医学会>'''一般社団法人日本救急医学会脳死・臓器組織移植に関する委員会 (2015).'''<br>脳死判定における補助検査について. [https://www.jaam.jp/info/2015/info-20150529.html URL] </ref>[18]。また補助検査の利用は国家間のみならず米国の中でさえ州によって大きな相違がある<ref name=Robbins2018><pubmed>30105167</pubmed></ref>[9]。 | |||
=== 脳波検査 === | === 脳波検査 === | ||
とくに日本では、脳死判定の補助検査の中では脳波は特別な位置づけにある。これは日本の基準において施行が必須とされていることに加えて、全脳死を脳死とするという定義上要求されると考えられてきたからである。医学的詳細に関しては園生雅弘教授および筆者による文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018 /> [13]。 | |||
前述の脳死をめぐる概念の成立にみるように、脳幹死の立場では脳波検査は不要であるし、全脳死を採用する米国においても実際には脳波検査がなくても臨床症候のみから脳死判定は可能とされている。しかし日本では脳波検査は必須とする立場が堅持されてきた。 | |||
2020年に発表された脳死判定国際標準化の流れでは、脳波検査は必須とされていない(後述)<ref name=Greer2020><pubmed>32761206</pubmed></ref>[19]。 | |||
大脳からの運動性の出力は、上下肢に向かうものも脳神経領域に向かうものもすべて脳幹を経由する。従って脳幹機能が喪失すると大脳からの出力手段が断たれるので、大脳機能の有無は臨床徴候では判断不可能となる。そのために、脳波検査によって大脳機能の残存がないかを確認することは、全脳死の確認のためには必要なステップと考えられる。大脳皮質は意識の座であるので、脳の最も重要な機能である意識の完全な喪失を確認するためにも脳波は確認されるべきであることが指摘されている<ref name=園生雅弘2008>園生雅弘. モノグラフ「臨床脳波を基礎から学ぶ人のために」No.21 脳死. 臨床神経生理 36: 47-55.</ref>[20]。 | 大脳からの運動性の出力は、上下肢に向かうものも脳神経領域に向かうものもすべて脳幹を経由する。従って脳幹機能が喪失すると大脳からの出力手段が断たれるので、大脳機能の有無は臨床徴候では判断不可能となる。そのために、脳波検査によって大脳機能の残存がないかを確認することは、全脳死の確認のためには必要なステップと考えられる。大脳皮質は意識の座であるので、脳の最も重要な機能である意識の完全な喪失を確認するためにも脳波は確認されるべきであることが指摘されている<ref name=園生雅弘2008>園生雅弘. モノグラフ「臨床脳波を基礎から学ぶ人のために」No.21 脳死. 臨床神経生理 36: 47-55.</ref>[20]。 | ||
平坦脳波(electrocerebral inactivity (ECI)は脳死の十分条件ではないが脳死診断における特異性は十分に高いことが示されている。米国脳波学会の検討では、平坦脳波を示した1,665例中、回復がみられたのは薬物中毒の3例のみであった<ref name=Silverman1969><pubmed>5820107</pubmed></ref>[21]。 | |||
=== 聴性脳幹反応検査 === | === 聴性脳幹反応検査 === | ||
聴性脳幹反応[auditory brainstem response (ABR)]は橋から中脳にかけて存在する脳幹の聴覚伝導路の機能をみるものであり、脳幹機能の評価方法として有用である。日本の脳死判定基準においてもその施行は必須ではないが、強く推奨されている。 | |||
=== その他の補助検査 === | === その他の補助検査 === | ||
脳波、聴性脳幹反応以外の補助診断として正中神経刺激体性感覚誘発電位(SEP)、脳血管撮影、CT血管撮影(CTA)、経頭蓋ドップラー(TCD)、MRI、99mTc–HMPAO SPECTなどの検査がある。 | |||
== 脳死判定上のピットフォール == | == 脳死判定上のピットフォール == |