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同義語:シーター波、θ波
同義語:シーター波、θ波


英:theta wave 独:Theta-Wellen 仏:rythme thêta
英:theta wave, theta oscillation 独:Theta-Wellen 仏:rythme thêta
 
{{box|text= シータ波は、海馬およびその関連領域で観測される4~10Hzの脳波である。シータ波は、覚醒時に探索活動などをしているときや、REM睡眠中に発生する。シータ波は神経細胞の活動タイミングの制御や同期活動の形成などに関与しており、海馬およびその周辺部位における神経回路計算に重要な役割を担うと考えられている。}}
 
==歴史==
 [[海馬]]におけるシータ波は、1969年に[[w:Cornelius Vanderwolf]]によって報告された<ref name=Vanderwolf1969><pubmed>4183562</pubmed></ref>。シータ波という名前は、もともとは[[ヒト]]の頭皮で観察される[[脳波]]の研究において、[[徐波睡眠]]中に現れる4Hz~7Hzの脳波を指すものとして定義されたものである<ref name=Walter1944><pubmed>21610865</pubmed></ref>。Vanderwolfは、[[ラット]]の海馬においてシータ波帯域の周波数での強い[[局所電位]]活動を発見した(<b>図1</b>)。これは、徐波睡眠中のシータ波とは周波数帯域は同じであるが、発生する脳の状態や部位が異なるため、Vanderwolfはこの現象を「[[rhythmical slow activity]]」と名付けて区別した。しかし、結局は「シータ波」という名称が広く使われるようになった。
 
==発生メカニズム==
===中隔===
 [[中隔]](medial septum)に存在する[[アセチルコリン]]作動性ニューロン(AChニューロン)と[[GABA]]作動性ニューロン(GABAニューロン)が、海馬におけるシータ波発生に重要な役割を持つ<ref name=Buzsaki2002><pubmed>11832222</pubmed></ref>。中隔のAChニューロンとGABAニューロンは、ともに海馬に強い投射が存在する。中隔AChニューロンは、海馬シータ波の強さの調整(power modulation)の役割を有し、中隔GABAはシータ波のペースメーカー(frequency modulation)の役割を有する。これは、[[光遺伝学]]手法によりAChニューロンを特異的に光刺激した場合は刺激強度に応じて海馬シータ波のpowerが大きくなるのに対し<ref name=Vandecasteele2014><pubmed>25197052</pubmed></ref>、GABAニューロンを特異的に光刺激したときはシータ波の周波数は光刺激の周波数に同調することより示された<ref name=Zutshi2018><pubmed>29628373</pubmed></ref>。
 
===海馬===
 海馬は中隔ニューロンの投射を受けシータ波を生成する。まず、[[神経細胞]]レベルでのメカニズムとして、海馬ニューロンはアセチルコリンの入力に対して反応性が高い。例えば、海馬CA1錐体細胞に多く発現する[[KCNQ]] ([[Kv7]]) チャネルは、[[カリウムチャネル|電位依存性K+チャネル]]の一種で[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]]([[M1受容体]])を介して活動調整され、アセチルコリン存在下で細胞を[[過分極]]しにくい状態に保つ(すなわち、[[膜電位]]が高い状態に保たれる)<ref name=Delmas2005><pubmed>16261179</pubmed></ref>。
 
 また、海馬のネットワークの神経活動はシータ波の周波数に共鳴しやすいという特徴を持つことが理論的にも実験的にも示唆されている。例えば、海馬の[[錐体細胞]]同士が結合したネットワーク・モデルではシータ波振動を形成することがシミュレーションにより提案されている<ref name=Tiesinga2001><pubmed>11769308</pubmed></ref>。また、in vitro 実験において、海馬全体を摘出して[[人工脳脊髄液]]に浸しておくと、アセチルコリンを与えなくても自発的にシータ波帯域の[[オシレーション]]を形成することが知られている<ref name=Goutagny2009><pubmed>19881503</pubmed></ref>。
 
==海馬機能における役割==
===海馬の二状態モデル===
 海馬には大きく2つの状態が存在する。一つは、動物が活動的な状態で、このとき海馬ではシータ波が中心的に観測される。[[REM睡眠]]もこの状態に分類される。もう一つは動物が静的な状態で、このときは海馬では[[sharp wave-ripple]]が中心的に観測される。[[Non-REM睡眠]]もこの状態に分類される。シータ波が支配的な状態のときは、同じくシータ周期で活動する[[嗅内皮質]]などの[[新皮質]]との同期的活動(相互作用)が強く、一方でsharp wave-rippleが支配的な時は、海馬で生成された活動が嗅内皮質に伝わる、という[[二状態モデル]](2-stage model)が提案されている<ref name=Buzsaki1989><pubmed>2687720</pubmed></ref>。
 
===場所細胞の位相前進===
 [[場所細胞]]は主に海馬の[[CA1]]および[[CA3]]に存在し、動物が空間の特定の位置に来たときのみに活動するという[[場所受容野]]を有する神経細胞である。場所細胞の発火タイミングは、シータ波に強く影響を受ける。特に、場所細胞が発火するタイミングとのシータ波の位相との間に、「[[位相前進]]」という現象が存在することが知られている(<b>図2</b>)<ref name=O'Keefe1993><pubmed>8353611</pubmed></ref>。具体的には、場所細胞は、動物が場所受容野の中心にいるときはシータ波の谷底で発火するが、動物が場所受容野から外側に向かって出ていく場合は、発火[[位相]]が徐々に早くなっていく、という現象である。この位相前進という現象が存在するために、場所細胞の相対的な位置が、シータ波の一周期内の位相で表現されることができる。つまり、過去・現在・将来の位置情報の軌跡が、シータ波一周期内にシーケンスとして表されることができる<ref name=Foster2007><pubmed>17663452</pubmed></ref>。
 
===CA1への入力タイミングの制御===
 海馬CA1は層構造を有しており、CA3からCA1への投射は[[放線状層]](<i>stratum radiatum</i>)に入り、嗅内皮質第3層からCA1への直接投射の入力は[[網状分子層]](<i>stratum lacunosum-moleculare</i>)に入る(<b>図2</b>)。CA3と嗅内皮質第3層からの入力は、それぞれ異なるシータ波の位相のタイミングで入力される。これは、CA3で形成された低い周波数特性の[[ガンマ波]](30-60Hz)の入力はシータ波の谷底に近い位相で放射状層において観測され、嗅内皮質第3層で形成された高い周波数特性をもつガンマ波(60-100Hz)の入力はシータ波の頂上に近い位相で網状分子層において観測されることにより確認される<ref name=Colgin2009><pubmed>19924214</pubmed></ref><ref name=Schomburg2014><pubmed>25263753</pubmed></ref>。
 
 これらの入力タイミングとシータ・シーケンスの位相とを対比してみると、CA3からの入力はシータ・シーケンス上で過去から現在の情報を表象しているタイミングであり、嗅内皮質第3層からの入力はシータ・シーケンス上で将来の情報を表象しているタイミングであることから、嗅内皮質第3層からの入力は将来の情報の表象に重要であることが示唆されている<ref name=Fernandez-Ruiz2017><pubmed>28279355</pubmed></ref>。また、嗅内皮質の活動を光遺伝学的に抑制すると、シータ・シーケンスの将来の情報表現が阻害されることが示されている<ref name=Liu2023><pubmed>37856604</pubmed></ref>。
 
===げっ歯類動物とヒトでのシータ波の比較===
 海馬シータ波は主に[[げっ歯類]]動物での研究が先行したが、近年、ヒトの海馬でもシータ波の研究が進んでいる。海馬シータ波はげっ歯類動物とヒトでやや異なった特徴をもつ。まず、周波数帯域について、げっ歯類では8Hz程度を中心にシャープな帯域を有するが、ヒトでは4Hz程度が中心にややゆらぎが大きい。また、げっ歯類のシータ波はラットが歩行している間は常に安定して連続して発生するが、ヒトのシータ波はやや間欠的である<ref name=Kahana1999><pubmed>10391243</pubmed></ref>。一方で、場所細胞の位相前進の現象はヒトにおいても存在することが知られている<ref name=Qasim2021><pubmed>33979655</pubmed></ref>。
 
==海馬以外のシータ波==
 シータ波の周波数帯域を持つ脳波のうち、海馬シータ波とは異なるメカニズムで生成されるものとしては、前述したヒトの徐波睡眠中に観測されるシータ波と、ヒトの覚醒中に前頭正中部において観測されるfrontal-midline theta (Fmシータ)が挙げられる<ref name=Ishihara1972><pubmed>4113276</pubmed></ref>。特にFmシータは、[[ワーキングメモリー]]課題など[[前頭葉]]に関わる行動中に出現することから、前頭葉の神経活動と関連して生成されている可能性が指摘されている<ref name=Mitchell2008><pubmed>18824212</pubmed></ref>。
 
==参考文献==
 
図1.シータ波の波形
ラットの海馬CA1の錐体細胞層から計測された局所電位。シータ波周波数帯域のオシレーションが観測されている。データ提供:著者
 
 
 
図2.位相前進の模式図
各場所細胞の発火活動パターンは、シータ波に発火タイミングが調整される。具体的には、動物が場所細胞の場所受容野の中心に存在するときには場所細胞はシータ波の谷底(180°)で発火し、動物が前方に移動するに従いその発火位相少しずつ前進していく。この現象のため、シータ波の一周期の中でそれぞれの場所細胞の相対的位置関係を圧縮して表象することができる。
 
図3.海馬CA1への入力層と入力タイミング
海馬CA1は層構造を有しており、CA3からCA1への投射は放線状層へ、嗅内皮質第3層からCA1への直接投射は網状分子層へ入力される。CA3で形成されたスロー・ガンマ(30-60Hz)はシータ波の谷底に近い位相で放射状層に入力され、嗅内皮質第3層で形成されたファースト・ガンマ(60-100Hz)はシータ波の頂上に近い位相で網状分子層に入力される。

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