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{{box|text= Ras homolog enriched in brain ( | <div align="right"> | ||
<font size="+1">[https://researchmap.jp/ShimadaTadayuki 島田 忠之]、[http://researchmap.jp/yamagata-kn 山形 要人]</font><br> | |||
''公益財団法人東京都医学総合研究所''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年4月1日 原稿完成日:2025年4月11日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br> | |||
</div> | |||
英:Ras homolog enriched in brain<br> | |||
英略語:Rheb | |||
{{box|text= Ras homolog enriched in brain (Rheb)は神経活動に依存して発現が上昇する遺伝子として1994年に単離された。その産物はRasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であり、mTOR(mammalian target of rapamycin)複合体の制御を通じて、タンパク質合成や細胞増殖を制御していることが知られている。細胞内では、膜上、特に小胞体やリソソームの膜上に多く存在する。神経細胞の分化に関わるほか、軸索ガイダンスや樹状突起スパイン形態形成、シナプス機能調節などの神経機能の成熟への関与、軸索のミエリン化の制御などが知られている。}} | |||
== Ras homolog enriched in brainとは == | == Ras homolog enriched in brainとは == | ||
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[[結節性硬化症]]原因遺伝子産物である[[Tuberous sclerosis complex 1]] ([[Tsc1]])、[[Tsc2]]とのかかわりが詳細に解析されており、また、主要な下流因子として[[mammalian target of rapamycin複合体|mammalian target of rapamycin (mTOR)複合体]]が広く知られている。GTP結合型の活性型RhebはmTORCを活性化し、タンパク質合成や[[細胞分裂]]を促進する効果を持っている<ref name=Long2005><pubmed>15854902</pubmed></ref>。 | [[結節性硬化症]]原因遺伝子産物である[[Tuberous sclerosis complex 1]] ([[Tsc1]])、[[Tsc2]]とのかかわりが詳細に解析されており、また、主要な下流因子として[[mammalian target of rapamycin複合体|mammalian target of rapamycin (mTOR)複合体]]が広く知られている。GTP結合型の活性型RhebはmTORCを活性化し、タンパク質合成や[[細胞分裂]]を促進する効果を持っている<ref name=Long2005><pubmed>15854902</pubmed></ref>。 | ||
[[ファイル:1xtq.pdb|サムネイル|'''図1. ヒトRheb1タンパク質GDP型の立体構造'''<br>PDB:1XTQより。]] | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
哺乳類Rheb1タンパク質は184アミノ酸、Rheb2は183アミノ酸から構成される。結晶構造解析の結果から、他の多くの低分子量Gタンパク質と同様、[[GTP]]結合型と[[GDP]] | 哺乳類Rheb1タンパク質は184アミノ酸、Rheb2は183アミノ酸から構成される。結晶構造解析の結果から、他の多くの低分子量Gタンパク質と同様、[[GTP]]結合型と[[GDP]]結合型で微細に構造が変化することが明らかとなっている('''図1''')。GDP/GTPサイクルによる活性状態の切り替えや、活性調整タンパク質およびエフェクタータンパク質との相互作用に関わるスイッチ1領域およびスイッチ2領域についてはRasタンパク質とよく似た構造を有している。しかし、Rasと比較すると、Rhebの[[GTPase]]活性は低く、GTP結合型を維持しやすいことが示されている<ref name=Yu2005><pubmed>15728574</pubmed></ref>。また、C末端には[[CAAXモチーフ]]が存在し、[[脂質]]修飾を受けることが示唆される。実際に、Rhebは[[ファルネシル化]]され、主に[[リソソーム]]膜上に移行する<ref name=Hanker2010><pubmed>19838215</pubmed></ref>。 | ||
== サブファミリー == | == サブファミリー == | ||
Rheb1の相同遺伝子としてRheb2が存在しているが、Rheb2についてはあまり多くの解析はなされていない。Rheb1, Rheb2はRasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であるが、相同性が低く独立したファミリーと考えられる[[Rho]]や[[Rab]]などとは異なり、Rheb1, Rheb2はRasとの相同性が高く、Rasファミリー内のタンパク質とされ、Rhebサブファミリーを形成する<ref name=Liu2018><pubmed> 30109180 </pubmed></ref>。 | Rheb1の相同遺伝子としてRheb2が存在しているが、Rheb2についてはあまり多くの解析はなされていない。Rheb1, Rheb2はRasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であるが、相同性が低く独立したファミリーと考えられる[[Rho]]や[[Rab]]などとは異なり、Rheb1, Rheb2はRasとの相同性が高く、Rasファミリー内のタンパク質とされ、Rhebサブファミリーを形成する<ref name=Liu2018><pubmed> 30109180 </pubmed></ref>。 | ||
{| class="wikitable" | |||
! Species !! Human !! Mouse | |||
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! Entrez | |||
| [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=gene&cmd=retrieve&dopt=default&list_uids=6009&rn=1 6009] || [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=gene&cmd=retrieve&dopt=default&list_uids=19744&rn=1 19744] | |||
|- | |||
! Ensembl | |||
| [http://www.ensembl.org/Homo_sapiens/geneview?gene=ENSG00000106615;db=core ENSG00000106615] || [http://www.ensembl.org/Mus_musculus/geneview?gene=ENSMUSG00000028945;db=core ENSMUSG00000028945] | |||
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! UniProt | |||
| [https://www.uniprot.org/uniprot/Q15382 Q15382] || [https://www.uniprot.org/uniprot/Q921J2 Q921J2] | |||
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! RefSeq (mRNA) | |||
| [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NM_005614 NM_005614.4] || [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NM_053075 NM_053075.3] | |||
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! RefSeq (protein) | |||
| [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NP_005605 NP_005605.1] || [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NP_444305 NP_444305.2] | |||
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! Location (UCSC) | |||
| [https://genome.ucsc.edu/cgi-bin/hgTracks?org=Human&db=hg38&position=chr7:151466012-151520120 Chr 7: 151.16 – 151.22 Mb] || [https://genome.ucsc.edu/cgi-bin/hgTracks?org=Mouse&db=mm0&position=chr5:25007821-25047622 Chr 5: 24.31 – 24.35 Mb] | |||
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|} | |||
== 発現と局在 == | == 発現と局在 == | ||
Rheb1は全身にユビキタスに発現しているが、Rheb2は脳において高い発現量を示す<ref name=Saito2005><pubmed> 15809346 </pubmed></ref> | Rheb1は全身にユビキタスに発現しているが、Rheb2は脳において高い発現量を示す<ref name=Saito2005><pubmed> 15809346 </pubmed></ref>。[[神経細胞]]、[[アストロサイト]]いずれにも発現が認められる。細胞内においては、Rhebは主に[[小胞体]]やリソソームの膜上に存在している。中でもリソソームの膜上に多く存在し、細胞膜上にはほぼ存在しないと考えられている<ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>。ファルネシル化修飾を受けることで膜にアンカーされる。 | ||
== 機能 == | == 機能 == | ||
=== 活性調節 === | === 活性調節 === | ||
Rhebは、他の低分子量Gタンパク質と同様にGTPと結合し活性型となり、自身が持つGTPase活性によりGTPをGDPに変換することで不活性型であるGDP結合型とへと変化する。RhebのGTPase activating protein(GAP)として知られているタンパク質として[[tuberous sclerosis complex1|tuberous sclerosis complex (Tsc) 1]], [[Tsc2]]がある<ref name=Pan2004><pubmed>15102439</pubmed></ref>。Tsc1/2はヘテロ2量体を形成しGAPとして機能する。一方、結合したGDPを乖離させ、GTPを結合させる機能を持つグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide-exchanging factor; GEF)タンパク質は未だ同定されていない。また、Rhebの活性化にはファルネシル化による膜アンカーが必須と考えられており<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref><ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>、ファルネシル化を受けない変異型Rhebは下流シグナルを活性化しない。 | Rhebは、他の低分子量Gタンパク質と同様にGTPと結合し活性型となり、自身が持つGTPase活性によりGTPをGDPに変換することで不活性型であるGDP結合型とへと変化する。RhebのGTPase activating protein(GAP)として知られているタンパク質として[[tuberous sclerosis complex1|tuberous sclerosis complex (Tsc) 1]], [[Tsc2]]がある<ref name=Pan2004><pubmed>15102439</pubmed></ref>。Tsc1/2はヘテロ2量体を形成しGAPとして機能する。一方、結合したGDPを乖離させ、GTPを結合させる機能を持つグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide-exchanging factor; GEF)タンパク質は未だ同定されていない。また、Rhebの活性化にはファルネシル化による膜アンカーが必須と考えられており<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref><ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>、ファルネシル化を受けない変異型Rhebは下流シグナルを活性化しない。 | ||
[[ファイル:Shimada Rheb Fig.png|サムネイル|''' | [[ファイル:Shimada Rheb Fig.png|サムネイル|'''図2. Rhebの活性化調節と下流シグナルの模式図'''<br>Rhebはファルネシル化修飾を受け、膜上に移行したのち、GTP結合型に変換され活性化する。Tsc1/2複合体はRhebに対するGAPタンパク質として機能することでGDP結合型への変換を促し不活性化を促進する。<br>Rhebの活性化に伴い、様々な下流シグナルが活性化する。ここでは代表的なものとしてmTORC1を示すが、これまでに多様な下流シグナル因子が明らかとなっている。]] | ||
=== エフェクター === | === エフェクター === | ||
Rhebのエフェクタータンパク質としては[[mTORC1]]が代表的である。GTP結合型RhebはmTORと直接結合し活性化させる<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。また、活性型Rhebは[[FK506結合タンパク質38]] ([[FK506 binding protein 38]]; [[FKBP38]])との結合、あるいは[[ホスホリパーゼD1]](PLD1)との結合を通じてもmTORC1の活性化を促進していると考えられている<ref name=Bai2007><pubmed>17991864</pubmed></ref><ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。mTORは[[リボソームタンパク質S6キナーゼ]]([[S6K]])をリン酸化し、活性化する。S6Kは活性化することでタンパク質の翻訳を促進する。また、mTORは[[eukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1]] ([[4E-BP1]]または[[EIF4EBP1]])を[[リン酸化]]することで不活性化する。4E-BP1はタンパク質[[翻訳]]開始因子[[eIF4F]]のネガティブレギュレーターであるため、4E-BP1の不活性化はタンパク質の合成を促進することになる。これらの機能を通じてmTORは細胞の成長や増殖、タンパク質合成を促進することが知られているが(''' | Rhebのエフェクタータンパク質としては[[mTORC1]]が代表的である。GTP結合型RhebはmTORと直接結合し活性化させる<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。また、活性型Rhebは[[FK506結合タンパク質38]] ([[FK506 binding protein 38]]; [[FKBP38]])との結合、あるいは[[ホスホリパーゼD1]](PLD1)との結合を通じてもmTORC1の活性化を促進していると考えられている<ref name=Bai2007><pubmed>17991864</pubmed></ref><ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。mTORは[[リボソームタンパク質S6キナーゼ]]([[S6K]])をリン酸化し、活性化する。S6Kは活性化することでタンパク質の翻訳を促進する。また、mTORは[[eukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1]] ([[4E-BP1]]または[[EIF4EBP1]])を[[リン酸化]]することで不活性化する。4E-BP1はタンパク質[[翻訳]]開始因子[[eIF4F]]のネガティブレギュレーターであるため、4E-BP1の不活性化はタンパク質の合成を促進することになる。これらの機能を通じてmTORは細胞の成長や増殖、タンパク質合成を促進することが知られているが('''図2''')、Rhebの活性化はmTORC1活性化を通じて細胞の増殖などを引き起こすことが明らかとなっている。 | ||
mTORC1以外にもRhebにより制御されるシグナルタンパク質は幾つか知られている。例として、[[p21活性化キナーゼ]] ([[p21 activated kinase 2]]; [[PAK2]])は、活性化型Rheb依存的かつmTORC1非依存的にリン酸化を受け活性化される<ref name=Alves2015><pubmed>26412398</pubmed></ref>。また、[[シンテニン | mTORC1以外にもRhebにより制御されるシグナルタンパク質は幾つか知られている。例として、[[p21活性化キナーゼ]] ([[p21 activated kinase 2]]; [[PAK2]])は、活性化型Rheb依存的かつmTORC1非依存的にリン酸化を受け活性化される<ref name=Alves2015><pubmed>26412398</pubmed></ref>。また、[[シンテニン]]([[syntenin]])もRhebと結合することが明らかとなっている。シンテニンは[[PDZドメイン]]を有する[[アダプタータンパク質]]で、様々なシグナルカスケード因子と結合しシグナルの活性を調節することが知られている。シンテニンはGDP結合型Rhebとより結合しやすく、シンテニンとRhebが結合することで両者ともに[[プロテアソーム]]による分解を受ける。そのため、GTP型Rhebが増えるとシンテニンと結合して分解されるRhebが減少するため、結果的にシンテニンが増加し、シンテニンに依存したシグナルの増強が起きる<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。 | ||
=== 神経系における機能 === | === 神経系における機能 === | ||