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== ストローマ細胞由来因子-1とは ==
== ストローマ細胞由来因子-1とは ==
 1993年にNagasawaらにより、[[骨髄]]の[[ストローマ細胞]]から分泌される因子として初めて同定された<ref name=Nagasawa1994><pubmed>8134392</pubmed></ref>(Nagasawa et al., 1994)。その後、白血球の遊走などを制御する小型のシグナルタンパク質である「[[ケモカイン]]」に分類させることが明らかとなり、構造に基づく命名規則に従って「[[CXCケモカインリガンド12]]([[CXCL12]])」と正式に命名された(NCBI Gene ID: 6387)。
 1993年にNagasawaらにより、[[骨髄]]の[[ストローマ細胞]]から分泌される因子として初めて同定された<ref name=Nagasawa1994><pubmed>8134392</pubmed></ref>。その後、白血球の遊走などを制御する小型のシグナルタンパク質である「[[ケモカイン]]」に分類させることが明らかとなり、構造に基づく命名規則に従って「[[CXCケモカインリガンド12]]([[CXCL12]])」と正式に命名された(NCBI Gene ID: 6387)。


 当初は、[[造血幹細胞]]の動員に関わる因子として注目されていたが、2000年代に入ってからは神経科学の領域でもその重要性が広く認識されるようになった。特に、胎生期脳における[[神経前駆細胞]]の移動を誘導する[[ガイダンス因子]]としての役割が明らかとなり、さらにその後の研究により、成人脳における神経幹細胞の維持や再生過程への関与も示されている。
 当初は、[[造血幹細胞]]の動員に関わる因子として注目されていたが、2000年代に入ってからは神経科学の領域でもその重要性が広く認識されるようになった。特に、胎生期脳における[[神経前駆細胞]]の移動を誘導する[[ガイダンス因子]]としての役割が明らかとなり、さらにその後の研究により、成人脳における神経幹細胞の維持や再生過程への関与も示されている。
   
   
== 構造 ==
== 構造 ==
 CXCL12/SDF-1は、9番目、11番目、34番目、50番目の[[アミノ酸]]残基に[[システイン]](Cys)を持つCXCモチーフを有するケモカインである。Cys残基同士が結合することで[[ジスルフィド結合]]が形成され、2次構造の形成に重要な役割を果たす<ref name=Murphy2007><pubmed>17264079</pubmed></ref> (Murphy et al., 2007)
 CXCL12/SDF-1は、9番目、11番目、34番目、50番目の[[アミノ酸]]残基に[[システイン]](Cys)を持つCXCモチーフを有するケモカインである。Cys残基同士が結合することで[[ジスルフィド結合]]が形成され、2次構造の形成に重要な役割を果たす<ref name=Murphy2007><pubmed>17264079</pubmed></ref>。


== アイソフォーム ==
== アイソフォーム ==
 CXCL12/SDF-1は、CXCL12遺伝子の選択的スプライシングによって、[[CXCL12a]]/[[SDF-1α]]や[[CXCL12b]]/[[SDF-1β]]などのアイソフォームが産生される<ref name=DeLaLuzSierra2004><pubmed>14525775</pubmed></ref> (De La Luz Sierra et al., 2004)。[[ヒト]]では7種類の[[スプライシングバリアント]](α, β, γ, δ, ε, φ, ψ)が同定されているが、主に研究対象とされるのはSDF-1αおよびSDF-1βである<ref name=Yu2006>'''Yu L, et al. (2006).'''<br>The role of CXCL12 isoforms in different physiological and pathological conditions. ''Cell Mol Immunol.'' 3(3), 193–199.</ref>(Yu et al., 2006 総説)。SDF-1αは89アミノ酸残基(N末端のシグナル配列切断後、68残基;全長型SDF-1α(1–68)と呼ぶ)から構成される。
 CXCL12/SDF-1は、CXCL12遺伝子の選択的スプライシングによって、[[CXCL12a]]/[[SDF-1α]]や[[CXCL12b]]/[[SDF-1β]]などのアイソフォームが産生される<ref name=DeLaLuzSierra2004><pubmed>14525775</pubmed></ref>。[[ヒト]]では7種類の[[スプライシングバリアント]](α, β, γ, δ, ε, φ, ψ)が同定されているが、主に研究対象とされるのはSDF-1αおよびSDF-1βである<ref name=Yu2006>'''Yu L, et al. (2006).'''<br>The role of CXCL12 isoforms in different physiological and pathological conditions. ''Cell Mol Immunol.'' 3(3), 193–199.</ref>。SDF-1αは89アミノ酸残基(N末端のシグナル配列切断後、68残基;全長型SDF-1α(1–68)と呼ぶ)から構成される。


 これらのアイソフォームはシグナル配列切断後、全長型分子として分泌される。その後、全長型SDF-1α(1–68)は、ヒト血清にさらされると、まずC末端でプロセッシングを受けてSDF-1α(1-67)となり、次にN末端がプロセッシングされ、SDF-1α(3-67)が生成される。一方、SDF-1β(1-72)は、N末端でのみプロセシングを受け、SDF-1β(3-72)になる。このN末端でのプロセッシングには、CD26(ジペプチジルペプチダーゼ)が関与している。CXCL12/SDF-1のプロセッシング後のN末端の最初の8残基は、CXCL12/SDF-1がCXCR4/CXCR7受容体活性化に必要な結合部位として機能することが知られている<ref name=Liu2024><pubmed>39093700</pubmed></ref>(Liu et al.、2024)。また、両者のC末端領域の違いは、安定性や受容体(CXCR4/CXCR7)への親和性に影響を与えると考えられている。
 これらのアイソフォームはシグナル配列切断後、全長型分子として分泌される。その後、全長型SDF-1α(1–68)は、ヒト血清にさらされると、まずC末端でプロセッシングを受けてSDF-1α(1-67)となり、次にN末端がプロセッシングされ、SDF-1α(3-67)が生成される。一方、SDF-1β(1-72)は、N末端でのみプロセシングを受け、SDF-1β(3-72)になる。このN末端でのプロセッシングには、CD26(ジペプチジルペプチダーゼ)が関与している。CXCL12/SDF-1のプロセッシング後のN末端の最初の8残基は、CXCL12/SDF-1がCXCR4/CXCR7受容体活性化に必要な結合部位として機能することが知られている<ref name=Liu2024><pubmed>39093700</pubmed></ref>。また、両者のC末端領域の違いは、安定性や受容体(CXCR4/CXCR7)への親和性に影響を与えると考えられている。


== 発現 ==
== 発現 ==
=== 組織分布 ===
=== 組織分布 ===
 CXCL12/SDF-1とCXCR4mRNAは中枢神経系を含む広範な組織に発現している。SDF-1αとSDF-1βは多くの組織で恒常的に発現しており、特にSDF-1αはSDF-1βに比べてより広範な組織でみられる。その分解調節が生理的機能の維持において重要な役割を果たしている。
 CXCL12/SDF-1とCXCR4mRNAは[[中枢神経系]]を含む広範な組織に発現している。SDF-1αとSDF-1βは多くの組織で恒常的に発現しており、特にSDF-1αはSDF-1βに比べてより広範な組織でみられる。その分解調節が生理的機能の維持において重要な役割を果たしている。


 胎生期には脳の[[視床下部]]、[[終脳]]、[[間脳]]などで高発現し、神経細胞の移動に関与する<ref name=Zou1998><pubmed>9634238</pubmed></ref> <ref name=McGrath1999><pubmed>10479460</pubmed></ref>(Zou et al., 1998、McGrath et al., 1999)。成人では、視床下部、[[海馬]]、[[脳室下帯]]([[subventricular zone]]: [[SVZ]])における神経幹細胞ニッチで発現が確認されている。もともと、骨髄ニッチを構成する[[ストローマ細胞]]、[[骨芽細胞]]、[[血管内皮]]細胞などの[[支持細胞]]から分泌されることが示されている<ref name=Nagasawa1994><pubmed>8134392</pubmed></ref> <ref name=Nagasawa1996><pubmed>8757135</pubmed></ref>(Nagasawa et al., 1994、Nagasawa et al., 1996)。
 胎生期には脳の[[視床下部]]、[[終脳]]、[[間脳]]などで高発現し、神経細胞の移動に関与する<ref name=Zou1998><pubmed>9634238</pubmed></ref> <ref name=McGrath1999><pubmed>10479460</pubmed></ref>。成人では、視床下部、[[海馬]]、[[脳室下帯]]([[subventricular zone]]: [[SVZ]])における神経幹細胞ニッチで発現が確認されている。もともと、骨髄ニッチを構成する[[ストローマ細胞]]、[[骨芽細胞]]、[[血管内皮]]細胞などの[[支持細胞]]から分泌されることが示されている<ref name=Nagasawa1994><pubmed>8134392</pubmed></ref> <ref name=Nagasawa1996><pubmed>8757135</pubmed></ref>


=== 細胞内分布 ===
=== 細胞内分布 ===
 CXCL12/SDF-1は基本的に細胞質で合成された後、分泌される可溶性因子である。分泌されたCXCL12/SDF-1は細胞表面や[[細胞外基質]]に結合し、濃度勾配を形成することで[[ケモアトラクタント]]として機能する。また、[[細胞外マトリクス]]との結合は、その局所濃度の制御や機能発現において重要な役割を果たしている。
 CXCL12/SDF-1は基本的に[[細胞質]]で合成された後、分泌される可溶性因子である。分泌されたCXCL12/SDF-1は細胞表面や[[細胞外基質]]に結合し、濃度勾配を形成することで[[ケモアトラクタント]]として機能する。また、[[細胞外マトリクス]]との結合は、その局所濃度の制御や機能発現において重要な役割を果たしている。


== 受容体 ==
== 受容体 ==
 CXCL12/SDF-1の主要受容体はであるCXCR4であり、[[Gタンパク質共役型受容体]](GPCR)としてカップリング機構を備えていることが構造的に確認されている<ref name=Wu2010><pubmed>20929726</pubmed></ref>(Wu et al., 2010)。発生学的にも必須な受容体である<ref name=Ma1998><pubmed>9689100</pubmed></ref>(Ma et al., 1998)。CXCR4[[ノックアウトマウス]]は胎生致死となり、神経発生の異常を呈することが示されている。CXCR7(ACKR3)は当初、リガンドを補足する[[デコイ受容体]]と考えられていたが、現在ではシグナル伝達能も有することが知られており、CXCR4と異なる機能、特に発生後期や成人での神経細胞の生存や[[軸索誘導]]に関与している<ref name=SanchezAlcaniz2011><pubmed>21220100</pubmed></ref><ref name=Shimizu2011><pubmed>21655198</pubmed></ref>(Sánchez-Alcañiz et al., 2011, Shimizu et al., 2011)。
 CXCL12/SDF-1の主要受容体はである[[CXCR4]]であり、[[Gタンパク質共役型受容体]](GPCR)としてのカップリング機構を備えていることが構造的に確認されている<ref name=Wu2010><pubmed>20929726</pubmed></ref>。発生学的にも必須な受容体である<ref name=Ma1998><pubmed>9689100</pubmed></ref>。CXCR4[[ノックアウトマウス]]は胎生致死となり、神経発生の異常を呈することが示されている。[[CXCR7]]([[ACKR3]])は当初、リガンドを補足する[[デコイ受容体]]と考えられていたが、現在ではシグナル伝達能も有することが知られており、CXCR4と異なる機能、特に発生後期や成人での神経細胞の生存や[[軸索誘導]]に関与している<ref name=SanchezAlcaniz2011><pubmed>21220100</pubmed></ref><ref name=Shimizu2011><pubmed>21655198</pubmed></ref>


== 機能 ==
== 機能 ==
 CXCL12/SDF-1は、CXCR4およびCXCR7と結合し、[[PI3K]]/[[Akt]]、[[MAPK]]/[[ERK]]経路などを活性化することにより、細胞の生存、移動、接着、形態形成を調節する<ref name=Zhou2002><pubmed>12388552</pubmed></ref>(Zhou et al., 2002)。一方で、骨髄においては、[[B細胞]]前駆体の発生や造血幹細胞の保持に必要である<ref name=Nagasawa1996><pubmed>8757135</pubmed></ref>(Nagasawa et al., 1996)。
 CXCL12/SDF-1は、CXCR4およびCXCR7と結合し、[[PI3K]]/[[Akt]]、[[MAPK]]/[[ERK]]経路などを活性化することにより、細胞の生存、移動、接着、形態形成を調節する<ref name=Zhou2002><pubmed>12388552</pubmed></ref>。一方で、骨髄においては、[[B細胞]]前駆体の発生や造血幹細胞の保持に必要である<ref name=Nagasawa1996><pubmed>8757135</pubmed></ref>


 脳発生過程では、CXCL12/SDF-1が神経前駆細胞の移動ガイダンスに必要不可欠である<ref name=Li2008><pubmed>18177992</pubmed></ref>(Li & Ransohoff, 2008)。さらに成人脳では、神経幹細胞の維持やニューロン新生、さらには脳損傷後の再生促進に関与している。SDF-1/CXCR4軸は、損傷部位への幹細胞や末梢血[[単核球]]の動員にも重要な役割を果たす。また、[[顆粒球コロニー刺激因子]] ([[G-CSF]])の投与や[[化学療法]]によってCXCL12/SDF-1レベルが低下すると、造血幹細胞が骨髄から末梢血へ動員(mobilization)される<ref name=Petit2002><pubmed>12068293</pubmed></ref>(Petit et al., 2002)。
 脳発生過程では、CXCL12/SDF-1が神経前駆細胞の移動ガイダンスに必要不可欠である<ref name=Li2008><pubmed>18177992</pubmed></ref>。さらに成人脳では、神経幹細胞の維持やニューロン新生、さらには脳損傷後の再生促進に関与している。SDF-1/CXCR4軸は、損傷部位への幹細胞や末梢血[[単核球]]の動員にも重要な役割を果たす。また、[[顆粒球コロニー刺激因子]] ([[G-CSF]])の投与や[[化学療法]]によってCXCL12/SDF-1レベルが低下すると、造血幹細胞が骨髄から末梢血へ動員(mobilization)される<ref name=Petit2002><pubmed>12068293</pubmed></ref>
   
   
== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 SDF-1/CXCR4軸は、多くの神経疾患と関連する。[[脳梗塞]]モデルでは、虚血部位への神経前駆細胞の動員を促進し、組織修復を促す効果が報告されている<ref name=Robin2006><pubmed>15959456</pubmed></ref>(Robin et al., 2006)。脳虚血後には、脳組織における[[低酸素誘導因子]][[HIF-1α]]の発現が亢進し、その下流に位置するCXCL12/SDF-1発現が増加する。末梢単核球を低酸素刺激すると、HIF-1αの発現が増加し、それに伴いCXCR4の発現も増加する。結果として、低酸素刺激をした末梢血単核球を投与すると、脳虚血病変部位に集積し、血管新生、神経軸索進展を介して、脳虚血後に運動感覚機能が改善することが示されている。さらに、CXCR4[[阻害薬]]である[[AMD3100]](商品名:Mozobil®)によってSDF-1/CXCR4軸を阻害すると、この細胞遊走が減少することが示唆されている<ref name=Kanayama2025><pubmed>39710242</pubmed></ref>(Kanayama et al., 2025)。
 SDF-1/CXCR4軸は、多くの神経疾患と関連する。[[脳梗塞]]モデルでは、虚血部位への神経前駆細胞の動員を促進し、組織修復を促す効果が報告されている<ref name=Robin2006><pubmed>15959456</pubmed></ref>。脳虚血後には、脳組織における[[低酸素誘導因子]][[HIF-1α]]の発現が亢進し、その下流に位置するCXCL12/SDF-1発現が増加する。末梢単核球を低酸素刺激すると、HIF-1αの発現が増加し、それに伴いCXCR4の発現も増加する。結果として、低酸素刺激をした末梢血単核球を投与すると、脳虚血病変部位に集積し、血管新生、神経軸索進展を介して、脳虚血後に運動感覚機能が改善することが示されている。さらに、CXCR4[[阻害薬]]である[[AMD3100]](商品名:Mozobil®)によってSDF-1/CXCR4軸を阻害すると、この細胞遊走が減少することが示唆されている<ref name=Kanayama2025><pubmed>39710242</pubmed></ref>


 一方、[[アルツハイマー病]]において血漿CXCL12/SDF-1高値と認知機能低下が神経炎症により関連する可能性が報告されている<ref name=Duggan2024><pubmed>39129354</pubmed></ref>(Duggan et al., 2024)。また、[[多発性硬化症]]においても、炎症細胞の遊走にCXCL12/SDF-1が関与しているとされる<ref name=Krumbholz2006><pubmed>16280350</pubmed></ref>(Krumbholz et al., 2006)。
 一方、[[アルツハイマー病]]において血漿CXCL12/SDF-1高値と認知機能低下が神経炎症により関連する可能性が報告されている<ref name=Duggan2024><pubmed>39129354</pubmed></ref>。また、[[多発性硬化症]]においても、炎症細胞の遊走にCXCL12/SDF-1が関与しているとされる<ref name=Krumbholz2006><pubmed>16280350</pubmed></ref>


 なお、AMD3100は、G-CSFと併用することで造血幹細胞を末梢血中へ動員させ、造血幹細胞移植に向けた採取を可能にしている<ref name=DeClercq2019><pubmed>30776910</pubmed></ref>(De Clercq, 2019)。
 なお、AMD3100は、G-CSFと併用することで造血幹細胞を末梢血中へ動員させ、造血幹細胞移植に向けた採取を可能にしている<ref name=DeClercq2019><pubmed>30776910</pubmed></ref>
   
   
== 関連用語 ==
== 関連用語 ==

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