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英語名:obsessive-compulsive disorder 独:Zwangsstörung 仏:trouble obsessionnel compulsif  
英語名:[[obsessive-compulsive disorder]] 独:Zwangsstörung 仏:trouble obsessionnel compulsif  


英略語:OCD
英略語:[[OCD]]


 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの[[強迫観念]]と、観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う[[強迫行為]]からなる。[[大うつ病性障害]] ([[Major depressive disorder]], MDD)、[[社交不安障害]] ([[Social anxiety disorder]], SAD)、[[恐怖]]、[[パニック障害]]などの[[不安障害]]、[[強迫スペクトラム障害]]、[[心気症]]、[[身体醜形障害]] ([[body dysmorphic disorder]], BDD)、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]、摂食障害、[[物質乱用]]、[[トゥレット症候群]] ([[Tourette's syndrome]]; TS)、[[自閉症性スペクトラム障害]]との併存がみられる。[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高いが、特異的遺伝子の解明は十分なされていない。[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワークの異常が推定されている。神経化学的には[[セロトニン]]系、ドーパミン系や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。治療には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]を主とした薬物、および[[認知行動療法]] ([[Cognitive-behavioral therapy]], [[CBT]])を用いる。  
 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの[[強迫観念]]と、観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う[[強迫行為]]からなる。[[大うつ病性障害]] ([[Major depressive disorder]], MDD)、[[社交不安障害]] ([[Social anxiety disorder]], SAD)、[[恐怖]]、[[パニック障害]]などの[[不安障害]]、[[強迫スペクトラム障害]]、[[心気症]]、[[身体醜形障害]] ([[body dysmorphic disorder]], BDD)、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]、[[摂食障害]]、[[物質乱用]]、[[トゥレット症候群]] ([[Tourette's syndrome]]; TS)、[[自閉症性スペクトラム障害]]との併存がみられる。[[パーキンソン病]]、[[トゥレット症候群]]、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経[[精神疾患]]との関連性が指摘されている。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高いが、特異的遺伝子の解明は十分なされていない。[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワークの異常が推定されている。神経化学的には[[セロトニン]]系、[[ドーパミン]]系や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。治療には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]を主とした薬物、および[[認知行動療法]] ([[Cognitive-behavioral therapy]], [[CBT]])を用いる。  


== 強迫性障害とは  ==
== 強迫性障害とは  ==
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#強迫症状の出現や内容が、他の[[精神障害]]や身体疾患などによるものではない。などが必要となる。
#強迫症状の出現や内容が、他の[[精神障害]]や身体疾患などによるものではない。などが必要となる。


 しかしながら、この診断基準で定義されるOCDも単一的ではなく、多様な病態が含まれることが明らかとなっており、これを説明するサブタイプとして、[[DSM-IV]]では、経過中概ね一貫し症状の不合理性の「洞察に乏しいもの」を特定する必要がある<ref name="ref2">'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. (4rd ed.) ''APA'', Washington, DC,1994.</ref>。一方[[ICD-10]]<ref name="ref3">'''WHO'''<br>The ICD-10 classification of mental and behavioral disorders. <br>''WHO'', 1992 <br>(融道男、中根充文、小宮山実 監訳. ICD-10 精神および行動の障害、医学書院、東京、1992)</ref>では、「強迫思考を主とするもの」、「強迫行為(強迫儀式)」を主とするもの」、「両者が混合するもの」に区別する下位分類が採用されている。  
 しかしながら、この診断基準で定義されるOCDも単一的ではなく、多様な病態が含まれることが明らかとなっており、これを説明するサブタイプとして、[[DSM-IV]]では、経過中概ね一貫し症状の不合理性の「洞察に乏しいもの」を特定する必要がある<ref name="ref2">'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. (4rd ed.) ''APA'', Washington, DC,1994.</ref>。一方[[ICD-10]]<ref name="ref3">'''WHO'''<br>The [[ICD-10]] classification of mental and behavioral disorders. <br>''WHO'', 1992 <br>(融道男、中根充文、小宮山実 監訳. ICD-10 精神および行動の障害、医学書院、東京、1992)</ref>では、「強迫思考を主とするもの」、「強迫行為(強迫儀式)」を主とするもの」、「両者が混合するもの」に区別する下位分類が採用されている。  


 反復的または侵入的な思考やイメージ、繰り返し行動は、他の精神障害でもしばしば見られるが、内容がその障害の特異的病理に限定的な場合、OCDとは診断されない(体重やカロリーへの執着([[摂食障害]])、恐怖する対象や状況へのとらわれ([[恐怖症]])など)。大うつ病性障害では、[[抑うつ気分]]に一貫した側面として、家計など現実的問題を過剰に心配し、好ましくない状況や罪悪感などに執拗にとらわれる場合がある。しかし自我違和感や不合理性の洞察を伴わず、意欲・行為障害など、より多彩な病像を呈す。  
 反復的または侵入的な思考やイメージ、繰り返し行動は、他の精神障害でもしばしば見られるが、内容がその障害の特異的病理に限定的な場合、OCDとは診断されない(体重やカロリーへの執着([[摂食障害]])、恐怖する対象や状況へのとらわれ([[恐怖症]])など)。大うつ病性障害では、[[抑うつ気分]]に一貫した側面として、家計など現実的問題を過剰に心配し、好ましくない状況や罪悪感などに執拗にとらわれる場合がある。しかし自我違和感や不合理性の洞察を伴わず、意欲・行為障害など、より多彩な病像を呈す。  
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 大うつ病性障害が併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより強調される。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、生活の質などが有意に低下して、[[希死念慮]]や[[自殺企図]]に至る割合が増加する<ref name="ref14" /> <ref name="ref16">'''松永寿人'''<br>気分障害・不安障害における行動~特に行動療法における薬物併用の意義と注意点~<br>''分子精神医学''12; 222-225, 2012 </ref>(図2)。  
 大うつ病性障害が併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより強調される。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、生活の質などが有意に低下して、[[希死念慮]]や[[自殺企図]]に至る割合が増加する<ref name="ref14" /> <ref name="ref16">'''松永寿人'''<br>気分障害・不安障害における行動~特に行動療法における薬物併用の意義と注意点~<br>''分子精神医学''12; 222-225, 2012 </ref>(図2)。  


 その他のcomorbidityでは、[[季節性感情障害]] (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、[[パニック障害]]など、それ以外の不安障害全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。さらには、[[強迫スペクトラム障害]] ([[Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders]]; [[OCSDs]]) に分類されるもの、例えば[[心気症]]や身体醜形障害、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]などの併発症も高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、身体醜形障害が6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。  
 その他のcomorbidityでは、[[季節性感情障害]] (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、[[パニック障害]]など、それ以外の[[不安障害]]全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。さらには、[[強迫スペクトラム障害]] ([[Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders]]; [[OCSDs]]) に分類されるもの、例えば[[心気症]]や身体醜形障害、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]などの併発症も高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、身体醜形障害が6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。  


 また摂食障害の生涯併発率は約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDの併発も高率である<ref name="ref13" />。  
 また摂食障害の生涯併発率は約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDの併発も高率である<ref name="ref13" />。  


 さらにOCD患者では、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]、[[トランキライザー]]などの[[物質乱用]]の出現も、他の不安障害患者に比し高率である<ref name="ref14" />。その他、チック障害、トゥレット症候群、[[自閉症性スペクトラム障害]] ([[Autism Spectrum Disorders]]; [[ASDs]])など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者での自閉症性スペクトラム障害の有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い<ref name="ref17"><pubmed>17353211</pubmed></ref>。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意な自閉症性スペクトラム障害傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらの併発率は20-59%と明らかに高率である<ref name="ref9" /> <ref name="ref10" />。しかし、チック障害、あるいはトゥレット症候群と強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない<ref name="ref9" />。  
 さらにOCD患者では、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]、[[トランキライザー]]などの[[物質乱用]]の出現も、他の不安障害患者に比し高率である<ref name="ref14" />。その他、チック障害、トゥ[[レット症候群]]、[[自閉症性スペクトラム障害]] ([[Autism Spectrum Disorders]]; [[ASDs]])など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者での[[自閉症性スペクトラム障害]]の有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い<ref name="ref17"><pubmed>17353211</pubmed></ref>。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意な自閉症性スペクトラム障害傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらの併発率は20-59%と明らかに高率である<ref name="ref9" /> <ref name="ref10" />。しかし、チック障害、あるいはトゥレット症候群と強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない<ref name="ref9" />。  


 Ⅱ軸に分類されるパーソナリティー障害に関しては、OCD患者の36-88%に認めるとされ、中でも回避性(5-53%)、依存性(5-50%)、強迫性(5-28%)などcluster Cに分類されるパーソナリティー障害が、一貫して高率である<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。その他、cluster Aパーソナリティー障害では、統合失調型 (schizotypal PD; SPD)が5-19%と比較的高率で、cluster Bパーソナリティー障害では、演技性(5-20%)、境界性( 0-19%)などを高率に認める<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。しかしOCD患者でパーソナリティー障害を評価する場合、OCD自体や併存する抑うつ、不安状態などによる日常生活上の機能的問題が、人格的病理と混同される場合がしばしばあり、発症や治療前後の人格的変化を注意深く評価する必要がある。
 Ⅱ軸に分類されるパーソナリティー障害に関しては、OCD患者の36-88%に認めるとされ、中でも回避性(5-53%)、依存性(5-50%)、強迫性(5-28%)などcluster Cに分類されるパーソナリティー障害が、一貫して高率である<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。その他、cluster Aパーソナリティー障害では、統合失調型 (schizotypal PD; SPD)が5-19%と比較的高率で、cluster Bパーソナリティー障害では、演技性(5-20%)、境界性( 0-19%)などを高率に認める<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。しかしOCD患者でパーソナリティー障害を評価する場合、OCD自体や併存する抑うつ、不安状態などによる日常生活上の機能的問題が、人格的病理と混同される場合がしばしばあり、発症や治療前後の人格的変化を注意深く評価する必要がある。
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=== 病因  ===
=== 病因  ===


 OCDでは、その原因や発症に関わる特異的な要因は、未だ特定されていない。しかし、不安が増大しやすい現代の社会情勢では、自らを、あるいは大事なものを守ろうとする過剰な防衛反応として、強迫症状が誘発されやすい可能性がある。また多くの患者では、対人関係や仕事上のストレス、[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]・[[wikipedia:ja:出産|出産]]などのライフ・イベントが、発症契機となる。これらと、何らかの脆弱性要因、例えば神経生物学的、あるいは強迫性パーソナリティなどの性格、そして心理的要因との相互作用を介し、発症に至るものと考えられる。  
 OCDでは、その原因や発症に関わる特異的な要因は、未だ特定されていない。しかし、不安が増大しやすい現代の社会情勢では、自らを、あるいは大事なものを守ろうとする過剰な防衛反応として、強迫症状が誘発されやすい可能性がある。また多くの患者では、対人関係や仕事上の[[ストレス]]、[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]・[[wikipedia:ja:出産|出産]]などのライフ・イベントが、発症契機となる。これらと、何らかの脆弱性要因、例えば神経生物学的、あるいは強迫性パーソナリティなどの性格、そして心理的要因との相互作用を介し、発症に至るものと考えられる。  


==== 遺伝、あるいは家族性要因  ====
==== 遺伝、あるいは家族性要因  ====
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 OCDに関する神経生物学的モデルでは、チック障害、トゥレット症候群など各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、[[皮質]]-線条体-[[視床]]-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit)が注目されている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23">'''中尾智博'''<br>生物学的機序-治療的な観点から-<br>上島国利、松永寿人,多賀千明ほか編<br>エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック<br>''星和書店'', 東京, p41-52, 2010.</ref> <ref name="ref24"><pubmed>9829024</pubmed></ref> <ref name="ref25"><pubmed>22138231</pubmed></ref>。  
 OCDに関する神経生物学的モデルでは、チック障害、トゥレット症候群など各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、[[皮質]]-線条体-[[視床]]-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit)が注目されている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23">'''中尾智博'''<br>生物学的機序-治療的な観点から-<br>上島国利、松永寿人,多賀千明ほか編<br>エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック<br>''星和書店'', 東京, p41-52, 2010.</ref> <ref name="ref24"><pubmed>9829024</pubmed></ref> <ref name="ref25"><pubmed>22138231</pubmed></ref>。  


 OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら<ref name="ref24" />による[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、[[眼窩前頭前皮質]](OFC)を主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接経路(背側[[前頭前野]]—線条体—[[淡蒼球]]—[[視床下核]]—淡蒼球—視床—皮質)と直接経路([[前頭眼窩面]]—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける[[尾状核]]において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果[[視床]]と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ眼窩前頭前皮質、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす[[前帯状皮質]] (ACC)、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている<ref name="ref23" />。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている<ref name="ref25" />(図3)。
 OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら<ref name="ref24" />による[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、[[眼窩前頭前皮質]](OFC)を主とした[[前頭葉]]領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接経路(背側[[前頭前野]]—線条体—[[淡蒼球]]—[[視床下核]]—淡蒼球—視床—皮質)と直接経路([[前頭眼窩面]]—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける[[尾状核]]において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果[[視床]]と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ眼窩[[前頭前皮質]]、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす[[前帯状皮質]] ([[ACC]])、辺縁系や前頭葉からの入力を受ける[[ゲート]]機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている<ref name="ref23" />。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている<ref name="ref25" />(図3)。


=== 神経化学システム  ===
=== 神経化学システム  ===


 強力な[[セロトニン]]([[Serotonin]]; [[5-HT]])再取り込み阻害作用を有する[[選択的セロトニン再取り込阻害薬]] ([[Selective serotonin reuptake inhibitors]]; [[SSRI]]) は、OCDに対する薬物療法の第一選択薬であり、OCDの病態にセロトニン神経伝達異常が密接に関連するというセロトニン仮説の根拠とされている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23" />。しかし現在ところ、特定のセロトニン受容体や機能異常の関与は明らかではなく、セロトニン系が特異的にというよりは、ドーパミン(dopamine)や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。例えば、ドーパミン系には、セロトニン動態やネットワーク自体に直接的調整作用を有しており、セロトニンはドーパミンに対し抑制的に作用するなど、セロトニン系とドーパミン系には、密接な相互関連が存在し、さらにOCDの病態生理にドーパミン系機能障害の直接的関与が示唆されている<ref name="ref23" />。また選択的セロトニン再取り込阻害薬単独投与に抵抗性の、またはチック障害やトゥレット症候群などと関連したOCD患者に対し、[[抗精神病薬]]([[非定型抗精神病薬]]を含む)の付加的投与が有効である<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref26">'''松永寿人'''<br>強迫性障害. 「神経症性障害の治療ガイドライン」精神科治療学26(10)増刊号<br>(編集;「精神科治療学」編集委員会) ''星和書店''、東京、pp56-67.2011.</ref>。この様に、少なくともOCDの一部では、セロトニン、ドーパミン伝達系双方が、強迫症状の病態生理に関わる可能性があり、基底核における両者の機能的相互作用が存在し、ドーパミン系に対するセロトニン系の持続的抑制の減弱により、ドーパミン機能亢進が生じている可能性などが推定されている。  
 強力な[[セロトニン]]([[Serotonin]]; [[5-HT]])再取り込み阻害作用を有する[[選択的セロトニン再取り込阻害薬]] ([[Selective serotonin reuptake inhibitors]]; [[SSRI]]) は、OCDに対する薬物療法の第一選択薬であり、OCDの病態に[[セロトニン神経]]伝達異常が密接に関連するという[[セロトニン]]仮説の根拠とされている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23" />。しかし現在ところ、特定のセロトニン受容体や機能異常の関与は明らかではなく、セロトニン系が特異的にというよりは、ドーパミン(dopamine)や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。例えば、ドーパミン系には、セロトニン動態やネットワーク自体に直接的調整作用を有しており、セロトニンはドーパミンに対し抑制的に作用するなど、セロトニン系とドーパミン系には、密接な相互関連が存在し、さらにOCDの病態生理にドーパミン系機能障害の直接的関与が示唆されている<ref name="ref23" />。また[[選択的セロトニン再取り込阻害薬]]単独投与に抵抗性の、またはチック障害やトゥレット症候群などと関連したOCD患者に対し、[[抗精神病薬]]([[非定型抗精神病薬]]を含む)の付加的投与が有効である<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref26">'''松永寿人'''<br>強迫性障害. 「神経症性障害の治療ガイドライン」精神科治療学26(10)増刊号<br>(編集;「精神科治療学」編集委員会) ''星和書店''、東京、pp56-67.2011.</ref>。この様に、少なくともOCDの一部では、セロトニン、ドーパミン伝達系双方が、強迫症状の病態生理に関わる可能性があり、基底核における両者の機能的相互作用が存在し、ドーパミン系に対するセロトニン系の持続的抑制の減弱により、ドーパミン機能亢進が生じている可能性などが推定されている。  


 近年、OCDにおける[[グルタミン酸]]系機能異常の関与が注目されている<ref name="ref27"><pubmed>15841109</pubmed></ref>。特にこの過剰状態は、直接的経路の活性亢進を介して、OCDの病態に関連すると推定されている。また[[NMDA型グルタミン酸受容体|N-metyl-<small>D</small>-aspartate (NMDA)型グルタミン酸受容体]]は、認知行動療法時における学習や記憶、そして新たな行動パターンの習得に関連している<ref name="ref28"><pubmed>16919524</pubmed></ref>。この部分アゴニストである[[D-サイクロセリン|<small>D</small>-サイクロセリン]]は、[[向知性薬]]として、この作用を増強し、暴露時の恐怖消去を促して認知行動療法の有効性を高める効果が期待されている<ref name="ref29"><pubmed>21865528</pubmed></ref> <ref name="ref30"><pubmed>18316423</pubmed></ref>。
 近年、OCDにおける[[グルタミン酸]]系機能異常の関与が注目されている<ref name="ref27"><pubmed>15841109</pubmed></ref>。特にこの過剰状態は、直接的経路の活性亢進を介して、OCDの病態に関連すると推定されている。また[[NMDA型グルタミン酸受容体|N-metyl-<small>D</small>-aspartate (NMDA)型[[グルタミン酸]]受容体]]は、[[認知行動療法]]時における学習や記憶、そして新たな行動パターンの習得に関連している<ref name="ref28"><pubmed>16919524</pubmed></ref>。この部分アゴニストである[[D-サイクロセリン|<small>D</small>-サイクロセリン]]は、[[向知性薬]]として、この作用を増強し、暴露時の恐怖消去を促して認知行動療法の有効性を高める効果が期待されている<ref name="ref29"><pubmed>21865528</pubmed></ref> <ref name="ref30"><pubmed>18316423</pubmed></ref>。


== 治療  ==
== 治療  ==


[[Image:強迫性障害 図4.jpg|thumb|350px|'''図4.アメリカ精神医学会によるOCD治療ガイドライン'''<br>「中等度の反応」とは臨床的に有意ではあるが不十分な反応を意味する<br>*エビデンスには裏付けされていない治療(例:一つか少数の試験や症例報告、または統制されていないケースシリーズ)<br>CBT:認知行動療法、[[DBS]]:[[深部脳刺激療法]]、[[ERP]]:[[暴露反応妨害法]]、[[MAOI]]:[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]、[[SRI]]:[[セロトニン再取り込み阻害薬]]、SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬、[[TMS]]:[[経頭蓋磁気刺激療法]] ]]  
[[Image:強迫性障害 図4.jpg|thumb|350px|'''図4.アメリカ精神医学会によるOCD治療ガイドライン'''<br>「中等度の反応」とは臨床的に有意ではあるが不十分な反応を意味する<br>*エビデンスには裏付けされていない治療(例:一つか少数の試験や症例報告、または統制されていないケースシリーズ)<br>CBT:認知行動療法、[[DBS]]:[[深部脳刺激療法]]、[[ERP]]:[[暴露反応妨害法]]、[[MAOI]]:[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]、[[SRI]]:[[セロトニン再取り込み阻害薬]]、[[SSRI]]:[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]、[[TMS]]:[[経頭蓋磁気刺激療法]] ]]  


 OCDの主要な治療は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬を主とした薬物、および認知行動療法である<ref name="ref26" />。更に病気自体や治療、対処などについて、患者や家族などに十分な理解を促す心理教育は、治療的動機づけを高め、周囲からの一貫した支持を得て安定的治療環境を構築する上で重要である。個々の患者の治療は、症状の特性や精神病理、治療的動機づけの程度などを考慮し選択すべきである。薬物療法と認知行動療法では、それぞれメリット、デメリットがあり、例えば薬物は、導入や継続が容易で即効性が期待される反面、十分な反応が得られない割合が比較的高く、副作用や中断時の再発が問題となる。  
 OCDの主要な治療は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬を主とした薬物、および認知[[行動療法]]である<ref name="ref26" />。更に病気自体や治療、対処などについて、患者や家族などに十分な理解を促す心理教育は、治療的動機づけを高め、周囲からの一貫した支持を得て安定的治療環境を構築する上で重要である。個々の患者の治療は、症状の特性や精神病理、治療的動機づけの程度などを考慮し選択すべきである。薬物療法と認知行動療法では、それぞれメリット、デメリットがあり、例えば薬物は、導入や継続が容易で即効性が期待される反面、十分な反応が得られない割合が比較的高く、副作用や中断時の再発が問題となる。  


 一方認知行動療法は、より有効性が高く、効果の持続性や再発予防に優れるが、導入やアドヒアランスには、患者の状態や動機付けの程度などが大きく関わり、その効果は治療者の経験や技量にも影響されやすい。実地臨床の多くでは、大うつ病性障害の併存などで認知行動療法は当初困難であり、薬物を先行させ、治療的動機づけを強化確認後、認知行動療法に導入するといった併用療法が一般的である。アメリカ精神医学会によるOCDの治療ガイドラインを図4に示す<ref name="ref12" />。  
 一方認知行動療法は、より有効性が高く、効果の持続性や再発予防に優れるが、導入やアドヒアランスには、患者の状態や動機付けの程度などが大きく関わり、その効果は治療者の経験や技量にも影響されやすい。実地臨床の多くでは、大うつ病性障害の併存などで認知行動療法は当初困難であり、薬物を先行させ、治療的動機づけを強化確認後、認知行動療法に導入するといった併用療法が一般的である。アメリカ精神医学会によるOCDの治療ガイドラインを図4に示す<ref name="ref12" />。  
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=== 薬物療法  ===
=== 薬物療法  ===


 薬物療法の第一選択は、OCDの保険適応を有している選択的セロトニン再取り込み阻害薬([[フルボキサミン]]、[[パロキセチン]])、あるいは[[クロミプラミン]]([[アナフラニ―ル]])などの強力なセロトニン再取り込み阻害作用をもつ[[抗うつ薬]]である。選択的セロトニン再取り込み阻害薬の副作用は、[[三環系抗うつ剤|三環系]]など他の抗うつ薬に比し軽度で、より安全性に優れるが、吐き気や不安増強などを一過性に認めることがある。これらの標準的な初期用量や投与量を表2に示す<ref name="ref33"><pubmed>22527872</pubmed></ref>。  
 薬物療法の第一選択は、OCDの保険適応を有している選択的セロトニン再取り込み阻害薬([[フルボキサミン]]、[[パロキセチン]])、あるいは[[クロミプラミン]]([[アナフラニ―ル]])などの強力なセロトニン再取り込み阻害作用をもつ[[抗うつ薬]]である。選択的セロトニン再取り込み阻害薬の副作用は、[[三環系抗うつ剤|三環系]]など他の[[抗うつ薬]]に比し軽度で、より安全性に優れるが、吐き気や不安増強などを一過性に認めることがある。これらの標準的な初期用量や投与量を表2に示す<ref name="ref33"><pubmed>22527872</pubmed></ref>。  


<br> '''表2.生物学的根拠に基づく強迫性障害の薬物療法の流れ'''<br>18-68歳のOCD患者に推奨される選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使用量<br>  
<br> '''表2.生物学的根拠に基づく強迫性障害の薬物療法の流れ'''<br>18-68歳のOCD患者に推奨される選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使用量<br>  
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| 欧米で推奨されている最大用量
| 欧米で推奨されている最大用量
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| パロキセチン  
| [[パロキセチン]]
| 20 mg/日  
| 20 mg/日  
| 40 mg/日  
| 40 mg/日  
| 60 mg/日
| 60 mg/日
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| フルボキサミン  
| [[フルボキサミン]]
| 50 mg/日  
| 50 mg/日  
| 100-200 mg/日  
| 100-200 mg/日  
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|}
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 これらの効果が不十分な場合、診断の再確認など原因を検討して治療法を再考する。薬物療法では、他の選択的セロトニン再取り込み阻害薬への変更、選択的セロトニン再取り込み阻害薬に少量の抗精神病薬を付加投与する方法などを試みる<ref name="ref12" /> <ref name="ref26" />。また観念のみ認める場合、認知的歪みや洞察の修正、治療的動機づけの強化などが必要な場合などでは認知療法が、心理・社会的、人格的要因などの関与が考えられる場合では家族療法など他の精神療法が、それぞれ有効となる。
 これらの効果が不十分な場合、診断の再確認など原因を検討して治療法を再考する。薬物療法では、他の選択的セロトニン再取り込み阻害薬への変更、選択的セロトニン再取り込み阻害薬に少量の[[抗精神病薬]]を付加投与する方法などを試みる<ref name="ref12" /> <ref name="ref26" />。また観念のみ認める場合、認知的歪みや洞察の修正、治療的動機づけの強化などが必要な場合などでは[[認知療法]]が、心理・社会的、人格的要因などの関与が考えられる場合では家族療法など他の精神療法が、それぞれ有効となる。


=== 認知行動療法 ===
=== 認知行動療法 ===