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DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年6月25日 原稿完成日:2013年XX月XX日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | ||
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英語名:subfornical | 英語名:subfornical organ 英略:SFO | ||
同義語:ganglion psalterii, intercolumnar tubercle | 同義語:ganglion psalterii, intercolumnar tubercle | ||
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脳弓下器官は第三脳室前壁に位置する脳神経核であり、体液(血液及び脳脊髄液)に含まれるイオンの濃度を監視するとともに、末梢器官由来のホルモンを検出することにより、体液恒常性を制御する中枢と考えられている。血液脳関門(血液と脳及び脊髄の組織液との間の物質交換を制限する機構)が無い脳室周囲器官(circumventricular organs: CVOs)と呼ばれる神経組織群に属する。脳室周囲器官の中でニューロンの細胞体が存在する脳弓下器官、終板脈管器官(organum vasculosum laminae terminalis: OVLT)、最後野(area postrema: AP)を特に感覚性脳室周囲器官(sensory circumventricular organs: sCVOs)と総称することもある[1]。 | |||
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== | == 位置と構造及び機能 == | ||
[[第3脳室]]の吻側背側に[[海馬]]交連が形成する壁面上の正中部に位置し、大半が[[脳室]]側に突出している。この位置は[[脳脊髄液]]が[[側脳室]]から第3脳室に向かって流れる室間孔に近い。[[脳弓]]下器官には、前大脳動脈から分岐して脈絡叢に通じる動脈から血管が分岐し、内部で毛細血管網を形成している。血管の一部は小孔を有する有窓毛細血管(fenestrated capillary)である。この小孔を通じて各種イオンや血中ペプチドが脳弓下器官内に拡散すると考えられる。また、脳弓下器官を構成する細胞には、様々なセンサー分子やペプチド受容体が発現している。こうした構造的特徴から、脳脊[[髄液]]と血液の両方の状態をモニターし、その情報に基づき水分/塩分摂取行動と抗利尿ホルモンの[[分泌]]を制御することによって体液恒常性を維持している神経中枢である。また、レニン・アンジオテンシン系の作用による血圧調節の中枢としても機能すると考えられている。 | |||
== 神経結合 == | |||
脳弓下器官からの遠心性の神経投射先には、同じく体液恒常性に関与していると考えられている正中視索前核(median preoptic nucleus: MnPO)や終板脈管器官(OVLT)への神経連絡がある。また、分界条床核(bed nucleus of stria terminalis: BST)や[[扁桃体]](amygdala)などの辺縁系、抗利尿ホルモンであるバソプレッシンの分泌制御に関わっている[[視床下部]]の[[室傍核]](paraventricular nucleus: PVN)、視索上核(supraoptic nucleus: SON)に神経投射がある[1]。さらに、室傍核を介して血圧調節の中枢である延髄吻側腹外側部(rostal ventrolateral medulla: RVLM)の制御に関わっていると考えられている[2]。一方、塩分や水分の摂取行動の制御に関わる神経経路についての詳細は明らかになっていない。 | |||
脳弓下器官から遠心性の投射を受けている正中視索前核、終板脈管器官、分界条床核、室傍核などは、逆に脳弓下器官に対する神経投射をしており、双方向に神経連絡を有する。その他、脳弓下器官に入力する求心性繊維を投射する神経核として、[[ストレス反応]]に関わる[[青斑核]]([[locus coeruleus]]: LC)、[[迷走神経]]や舌因神経からの情報を受け取る弧束核(nucleus tractus solitarius: NTS)が知られている[1]。 | |||
== 発現するセンサー分子及び受容体 == | |||
脳弓下器官に発現するセンサータンパク質としては、体液ナトリウムセンサーNax[3]、[[カルシウム]]センサーCaR[4]、浸透圧の感知に関与するとされるTRPV4チャンネル[5]や水チャンネルのAQP-4[6]が報告されている。ペプチド受容体としては、アンジオテンシンII受容体[7]、アミリン受容体[8]、カルシトニン受容体[9]、ナトリウム利尿ペプチド受容体[10]、[[エストロゲン受容体α]][11]、[[糖質コルチコイド]]受容体[12]などの発現が報告されてきたが、さらに、近年のマイクロアレイ実験からエンドセリンやアディポネクチン、アペリン、[[エンドカンナビノイド]]、レプチン、プロラクチン、甲状腺ホルモンの受容体の発現が、他の脳領域に比べて脳弓下器官に多いと報告されている[13]。 | |||
== 体液ナトリウムレベル感知機構 == | |||
センサー分子の中で、生理機能が最もよくわかっているのはNaxである。Naxは電位依存性ナトリウムチャンネルと構造的に近いが電位感受性を示さないチャンネル分子である[14]。細胞外のナトリウムレベルが平常レベルから上昇したことに応答して開口する[15]。脳弓下器官においてはエンドセリン3(ET-3)が発現しており、ETBR受容体を介した信号伝達によりNaxのナトリウム濃度感受性を高めている[16]。さらに脱水時には、このET-3の発現が上昇することがわかっている[16]。脳弓下器官のグリア細胞(アストロサイト及び[[上衣細胞]])の多くは、膜状突起を伸ばして神経細胞を取り巻いているが、Naxは、主にその突起部に発現している[17]。長時間の絶水により体液(血液や脳脊髄液)のナトリウムレベルが通常レベルよりも上昇すると、Naxが開口してナトリウムイオンが流入し、Na/Kポンプ(Na+/K+-ATPase)が活性化される。これに伴い、嫌気的糖代謝活性が上昇し、最終代謝産物である乳酸が細胞外に放出される。この乳酸がグリア―ニューロン間の伝達物質として機能し、[[GABA]]ニューロンの発火活動が亢進することが確認されている[18]。 | |||
== 脳弓下器官と疾患 == | |||
血中ナトリウムレベルが持続的に高い症状を示す、本態性高ナトリウム血症の一部の患者の体内において、Naxに対する自己抗体の産生が報告された。Naxを発現している上衣細胞やアストロサイトは脳弓下器官の神経細胞を保護する役目も果たしており、補体活性化によるNax陽性グリア細胞の損傷によって抗利尿ホルモンの分泌を制御する神経の活動制御に異常を来たしたものと考えられた[19]。この患者では、脱水時の抗利尿ホルモンの分泌応答がなく、口渇感も欠損していた。 | |||
脳弓下器官を含む脳室周囲器官は、[[血液脳関門]]を欠くことから血中の病原物質に対して脆弱であり、脳への入り口となり得る。近年、敗血症、自己免疫性脳炎、全身性アミロイドーシス、[[プリオン]]感染等、幅広い疾患に関与する可能性が指摘されている[20]。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
[[神経ペプチド]] | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
2013年6月25日 (火) 13:14時点における版
野田 昌晴
基礎生物学研究所 神経生物学領域 統合神経生物学研究部門
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年6月25日 原稿完成日:2013年XX月XX日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)
英語名:subfornical organ 英略:SFO
同義語:ganglion psalterii, intercolumnar tubercle
脳弓下器官は第三脳室前壁に位置する脳神経核であり、体液(血液及び脳脊髄液)に含まれるイオンの濃度を監視するとともに、末梢器官由来のホルモンを検出することにより、体液恒常性を制御する中枢と考えられている。血液脳関門(血液と脳及び脊髄の組織液との間の物質交換を制限する機構)が無い脳室周囲器官(circumventricular organs: CVOs)と呼ばれる神経組織群に属する。脳室周囲器官の中でニューロンの細胞体が存在する脳弓下器官、終板脈管器官(organum vasculosum laminae terminalis: OVLT)、最後野(area postrema: AP)を特に感覚性脳室周囲器官(sensory circumventricular organs: sCVOs)と総称することもある[1]。
位置と構造及び機能
第3脳室の吻側背側に海馬交連が形成する壁面上の正中部に位置し、大半が脳室側に突出している。この位置は脳脊髄液が側脳室から第3脳室に向かって流れる室間孔に近い。脳弓下器官には、前大脳動脈から分岐して脈絡叢に通じる動脈から血管が分岐し、内部で毛細血管網を形成している。血管の一部は小孔を有する有窓毛細血管(fenestrated capillary)である。この小孔を通じて各種イオンや血中ペプチドが脳弓下器官内に拡散すると考えられる。また、脳弓下器官を構成する細胞には、様々なセンサー分子やペプチド受容体が発現している。こうした構造的特徴から、脳脊髄液と血液の両方の状態をモニターし、その情報に基づき水分/塩分摂取行動と抗利尿ホルモンの分泌を制御することによって体液恒常性を維持している神経中枢である。また、レニン・アンジオテンシン系の作用による血圧調節の中枢としても機能すると考えられている。
神経結合
脳弓下器官からの遠心性の神経投射先には、同じく体液恒常性に関与していると考えられている正中視索前核(median preoptic nucleus: MnPO)や終板脈管器官(OVLT)への神経連絡がある。また、分界条床核(bed nucleus of stria terminalis: BST)や扁桃体(amygdala)などの辺縁系、抗利尿ホルモンであるバソプレッシンの分泌制御に関わっている視床下部の室傍核(paraventricular nucleus: PVN)、視索上核(supraoptic nucleus: SON)に神経投射がある[1]。さらに、室傍核を介して血圧調節の中枢である延髄吻側腹外側部(rostal ventrolateral medulla: RVLM)の制御に関わっていると考えられている[2]。一方、塩分や水分の摂取行動の制御に関わる神経経路についての詳細は明らかになっていない。
脳弓下器官から遠心性の投射を受けている正中視索前核、終板脈管器官、分界条床核、室傍核などは、逆に脳弓下器官に対する神経投射をしており、双方向に神経連絡を有する。その他、脳弓下器官に入力する求心性繊維を投射する神経核として、ストレス反応に関わる青斑核(locus coeruleus: LC)、迷走神経や舌因神経からの情報を受け取る弧束核(nucleus tractus solitarius: NTS)が知られている[1]。
発現するセンサー分子及び受容体
脳弓下器官に発現するセンサータンパク質としては、体液ナトリウムセンサーNax[3]、カルシウムセンサーCaR[4]、浸透圧の感知に関与するとされるTRPV4チャンネル[5]や水チャンネルのAQP-4[6]が報告されている。ペプチド受容体としては、アンジオテンシンII受容体[7]、アミリン受容体[8]、カルシトニン受容体[9]、ナトリウム利尿ペプチド受容体[10]、エストロゲン受容体α[11]、糖質コルチコイド受容体[12]などの発現が報告されてきたが、さらに、近年のマイクロアレイ実験からエンドセリンやアディポネクチン、アペリン、エンドカンナビノイド、レプチン、プロラクチン、甲状腺ホルモンの受容体の発現が、他の脳領域に比べて脳弓下器官に多いと報告されている[13]。
体液ナトリウムレベル感知機構
センサー分子の中で、生理機能が最もよくわかっているのはNaxである。Naxは電位依存性ナトリウムチャンネルと構造的に近いが電位感受性を示さないチャンネル分子である[14]。細胞外のナトリウムレベルが平常レベルから上昇したことに応答して開口する[15]。脳弓下器官においてはエンドセリン3(ET-3)が発現しており、ETBR受容体を介した信号伝達によりNaxのナトリウム濃度感受性を高めている[16]。さらに脱水時には、このET-3の発現が上昇することがわかっている[16]。脳弓下器官のグリア細胞(アストロサイト及び上衣細胞)の多くは、膜状突起を伸ばして神経細胞を取り巻いているが、Naxは、主にその突起部に発現している[17]。長時間の絶水により体液(血液や脳脊髄液)のナトリウムレベルが通常レベルよりも上昇すると、Naxが開口してナトリウムイオンが流入し、Na/Kポンプ(Na+/K+-ATPase)が活性化される。これに伴い、嫌気的糖代謝活性が上昇し、最終代謝産物である乳酸が細胞外に放出される。この乳酸がグリア―ニューロン間の伝達物質として機能し、GABAニューロンの発火活動が亢進することが確認されている[18]。
脳弓下器官と疾患
血中ナトリウムレベルが持続的に高い症状を示す、本態性高ナトリウム血症の一部の患者の体内において、Naxに対する自己抗体の産生が報告された。Naxを発現している上衣細胞やアストロサイトは脳弓下器官の神経細胞を保護する役目も果たしており、補体活性化によるNax陽性グリア細胞の損傷によって抗利尿ホルモンの分泌を制御する神経の活動制御に異常を来たしたものと考えられた[19]。この患者では、脱水時の抗利尿ホルモンの分泌応答がなく、口渇感も欠損していた。
脳弓下器官を含む脳室周囲器官は、血液脳関門を欠くことから血中の病原物質に対して脆弱であり、脳への入り口となり得る。近年、敗血症、自己免疫性脳炎、全身性アミロイドーシス、プリオン感染等、幅広い疾患に関与する可能性が指摘されている[20]。