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''同志社大学 脳科学研究科''<br>
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DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年4月29日 原稿完成日:2015年1月16日<br>
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担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
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英語名:vesicular GABA transporter, vesicular inhibitory amino acid transporter
英語名:vesicular [[GABA]] transporter, vesicular inhibitory amino acid transporter


英語略語名:VGAT, VIAAT
英語略語名:VGAT, VIAAT


同義語:小胞型抑制性神経伝達物質トランスポーター
同義語:小胞性GABAトランスポーター、小胞型GABAトランスポーター、小胞型[[抑制性]]神経伝達物質トランスポーター


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 哺乳類中枢神経系における抑制性神経伝達物質はγ—酪酸(GABA)である。GABAをシナプス小胞内腔に輸送するトランスポーターは、線虫のGABA神経伝達を司る遺伝子の1つであるunc-47の相同遺伝子として1998年にクローニングされ、VGAT(vesicular GABA transporter)と名付けられた。VGATは末梢神経系の抑制性伝達物質であるグリシンも基質とするため、VIAAT(vesicular inhibitory amino acid transporter)とも呼ばれる。VGATは、V-ATPaseによって形成されるプロトン(H+)電気化学勾配を駆動力として、GABAやグリシンを小胞内に濃縮する。VGATノックアウトマウスは胎生致死であり、臍帯ヘルニアや口蓋裂などGAD67(GABA合成酵素)ノックアウトマウスと類似した所見を呈することから、GABAシグナリングの発生過程での重要性が明らかになった。
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== 分子クローニングと構造 ==
== 分子クローニングと構造 ==
 [[運動失調]](uncordinate)を呈する幾つかの線虫の変異体のうち、unc-47はGABAニューロンの[[シナプス終末]]における機能破綻が示唆されていた<ref name=ref1><pubmed>8332190</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>8332191</pubmed></ref>。1998年にUNC-47遺伝子の哺乳類相同遺伝子がクローニングされ、遺伝子産物が抑制性[[シナプス終末]]に存在しシナプス小胞へのGABA充填に関わることが示され、小胞GABAトランスポーターと名付けられた<ref name=ref3><pubmed>9349821</pubmed></ref>。また、UNC-47遺伝子は脳幹・脊髄の主な抑制性神経伝達物質であるグリシンも輸送することから、小胞型抑制性神経伝達物質トランスポーター(VIAAT)とも呼ばれる<ref name=ref4><pubmed>9395291</pubmed></ref>。
 行動異常(uncordinate)を呈する幾つかの[[線虫]]の変異体のうち、unc-47はGABAニューロンの[[シナプス終末]]における機能破綻が示唆されていた[1, 2]。1998年にUNC-47遺伝子の[[哺乳類]]相同遺伝子がクローニングされ、遺伝子産物が[[抑制性シナプス]]終末に存在し[[シナプス小胞]]へのGABA充填に関わることが示され、小胞GABAトランスポーターと名付けられた[3]。また、UNC-47遺伝子は末梢神経系の主な抑制性神経伝達物質である[[グリシン]]も輸送することから、小胞型抑制性神経伝達物質トランスポーター(VIAAT)とも呼ばれる[4]。SLC32ファミリーに属し、SCL32A1と呼ばれるが、現在までに同じファミリーに属する相同遺伝子が同定されていない[5]。また、C末端側の配列が異なるスプライシング・バリアントの存在が知られている[6]。タンパク質の一次構造から、VGAT/VIAATは約500個余りのアミノ酸からなり、N末端が細胞質側、C末端が小胞内腔にある9回膜貫通型タンパク質であることが示唆されている[7]。脳のサンプルのウェスタンブロットでは、55KDaと45KDa付近に二本の主要なバンドとして観察されるが、これらはリン酸化による修飾の違いである[8]。リン酸化部位の特定はされていない。スプライシング・バリアントやリン酸化の違いによる機能の差異は不明である。
 
 SLC32ファミリーに属し、[[SCL32A1]]と呼ばれるが、現在までに同じファミリーに属する相同遺伝子が同定されていない<ref name=ref5><pubmed>12750892</pubmed></ref>。また、C末端側の配列が異なる[[wj:スプライシング変異体|スプライシング変異体]]の存在が知られている<ref name=ref6><pubmed>12573541</pubmed></ref>。
 
 タンパク質の一次構造から、VGAT/VIAATは約500個余りのアミノ酸からなり、N末端が細胞質側、C末端が小胞内腔にある9回膜貫通型タンパク質であることが示唆されている<ref name=ref7><pubmed>19052203</pubmed></ref>。脳のサンプルのウェスタンブロットでは、55KDaと45KDa付近に二本の主要なバンドとして観察されるが、これらは[[リン酸化]]による修飾の違いである<ref name=ref8><pubmed>10987847</pubmed></ref>。リン酸化部位の特定はされていない。スプライシング変異体やリン酸化の違いによる機能の差異は不明である。


== 発現分布 ==
== 発現分布 ==
 中枢神経系のGABAニューロンとグリシンニューロンの神経終末に局在する<ref name=ref9><pubmed>9822734</pubmed></ref>。[[GABA合成酵素]]である[[グルタミン酸脱炭酸酵素]](glutamic acid decarboxylase, GAD)よりも神経終末に局在するので、抑制性シナプス終末の分子マーカーとして[[免疫組織化学]]的な同定によく用いられている。また、VGATのC末端側が小胞内腔にあることを利用して、C末端を認識する抗体を培養細胞や生体脳に暴露させることで、GABAシナプス終末を特異的に[[wikipedia:ja:蛍光|蛍光]]標識する技術も開発されている<ref name=ref7 />。更に、神経系以外でも[[下垂体]][[分泌]]細胞、[[松果体]]や[[膵臓]]の[[グルカゴン]]分泌細胞などでもVGAT/VIAATの発現が確認されているが、生理機能は明らかではない<ref name=ref10><pubmed>16146821</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>12806177</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>15252115</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>15308302</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>12882924</pubmed></ref>
 中枢神経系及び末梢神経系のGABAニューロンとグリシンニューロンの[[神経終末]]に局在する[9]。GABA合成酵素であるGAD (glutamic acid decarboxylase)よりも神経終末に局在するので、抑制性[[シナプス]]終末の分子マーカーとして免疫組織科学的な同定によく用いられている。また、VGATのC末端側が小胞内腔にあることを利用して、C末端を認識する抗体を培養細胞や生体脳に暴露させることで、GABAシナプス終末を特異的に蛍光標識する技術も開発されている[7]。更に、神経系以外でも下垂体[[分泌]]細胞、松果体や膵臓のグルカゴン分泌細胞などでもVGAT/VIAATの発現が確認されているが、生理機能は明らかではない[10-14]。


== GABA輸送機構 ==
== GABA輸送機構 ==
[[image:小胞GABAトランスポーター1.jpg|thumb|350px|'''図1.抑制性シナプス終末におけるシナプス小胞GABA再充填機構'''<br>抑制性神経伝達物質であるGABAは、シナプス終末の細胞質に存在するグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)の働きにより興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸から作られる。VGATによるGABA輸送は、液胞型プロトンATPaseが形成するプロトン電気化学勾配によって駆動されるが、輸送メカニズムの詳細は不明である。現在、GABA/プロトンの対向輸送モデルと、GABA/Cl<sup>–</sup>の共輸送モデルが提唱されている。]]
[[image:小胞GABAトランスポーター1.jpg¥thumb¥350px|'''図1''']]


 GABAおよびグリシンのシナプス小胞内への輸送は、プロトンの電気化学勾配を駆動力とする[[二次輸送]]である<ref name=ref15><pubmed>1678614</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>2903047</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>2566998</pubmed></ref>。プロトン勾配は、液胞型プロトンATPaseが細胞質から小胞内腔にプロトンを運ぶことにより、[[膜電位]]勾配(小胞内が+)とpH勾配(小胞内が酸性)が形成される。[[グルタミン酸]]の輸送は、主に膜電位勾配、[[アセチルコリン]]や[[モノアミン]]類の輸送は主にpH勾配によって駆動されることが知られているが、GABAおよびグリシンの輸送は丁度その中間に位置しているとされている<ref name=ref18><pubmed>9843673</pubmed></ref>。基質とプロトンとの共役を含めVGAT/VIAATの詳細な輸送メカニズムは不明であるが、最近、VGAT/VIAATの再構成実験の結果から、VGAT/VIAATは膜電位勾配を駆動力として使い、GABAとCl<sup>–</sup>を1:2で輸送する共輸送体であるとする新しい仮説が提唱された<ref name=ref19><pubmed>19843525</pubmed></ref>(図1)。
 GABAおよびグリシンのシナプス小胞内への輸送は、プロトンの電気化学勾配を駆動力とする二次輸送である[15-17]。プロトン勾配は、液胞型プロトンATPaseが細胞質から小胞内腔にプロトンを運ぶことにより、膜電位勾配(小胞内が+)とpH勾配(小胞内が酸性)が形成される。[[グルタミン酸]]の輸送は、主に膜電位勾配、[[アセチルコリン]]や[[モノアミン]]類の輸送は主にpH勾配によって駆動されることが知られているが、GABAおよびグリシンの輸送はちょうどその中間に位置しているとされている[18]。基質とプロトンとの共役を含めVGAT/VIAATの詳細な輸送メカニズムは不明であるが、最近、VGAT/VIAATの再構成実験の結果から、VGAT/VIAATは膜電位勾配を駆動力として使い、GABAとCl–を1:2で輸送する共輸送体であるとする新しい仮説が提唱された[19](図1)。


== 遺伝子改変マウスと生理機能 ==
== 遺伝子改変マウスと生理機能 ==
 VGAT/VIAATノックアウトマウスは胎生致死であり、胎生期18日目以降にGAD67ノックアウトマウスと類似した臍帯ヘルニアと口蓋裂の所見が認められる<ref name=ref20><pubmed>21190592</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>16701208</pubmed></ref>。このことからGABAあるいはグリシンが司るシグナル伝達は胎生期の発達に不可欠であることが示された。VGAT/VIAATノックアウトマウスでは、[[IPSC]]が顕著に減弱しているが、[[微小IPSC]]は振幅・頻度が野生型に比べて激減するものの、若干検出される<ref name=ref21 />。このIPSCがVGAT/VIAAT以外の未知の小胞型GABAトランスポーターによるものなのか、あるいはVGAT/VIAATに依存しないGABA再充填メカニズムや非小胞型GABA放出によるものなのかは不明である。
 VGAT/VIAATノックアウト[[マウス]]は胎生致死であり、[[胎生期]]18日目以降にGAD67ノックアウトマウスと類似した臍帯ヘルニアと口蓋裂の所見が認められる[20, 21]。このことからGABAあるいはグリシンが司るシグナル伝達は胎生期の発達に不可欠であることが示された。VGAT/VIAATノックアウトマウスでは、IPSCが顕著に減弱しているが、miniature IPSCは振幅・頻度が野生型に比べて激減するものの、若干検出される[21]。このIPSCがVGAT/VIAAT以外の未知の小胞型GABAトランスポーターによるものなのか、あるいはVGAT/VIAATに依存しないGABA再充填メカニズムや非小胞型GABA放出によるものなのかは不明である。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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2014年4月30日 (水) 10:20時点における版

高森 茂雄
同志社大学 脳科学研究科
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年4月29日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:河西 春郎(東京大学 大学院医学系研究科)

英語名:vesicular GABA transporter, vesicular inhibitory amino acid transporter

英語略語名:VGAT, VIAAT

同義語:小胞性GABAトランスポーター、小胞型GABAトランスポーター、小胞型抑制性神経伝達物質トランスポーター

 哺乳類中枢神経系における抑制性神経伝達物質はγ—酪酸(GABA)である。GABAをシナプス小胞内腔に輸送するトランスポーターは、線虫のGABA神経伝達を司る遺伝子の1つであるunc-47の相同遺伝子として1998年にクローニングされ、VGAT(vesicular GABA transporter)と名付けられた。VGATは末梢神経系の抑制性伝達物質であるグリシンも基質とするため、VIAAT(vesicular inhibitory amino acid transporter)とも呼ばれる。VGATは、V-ATPaseによって形成されるプロトン(H+)電気化学勾配を駆動力として、GABAやグリシンを小胞内に濃縮する。VGATノックアウトマウスは胎生致死であり、臍帯ヘルニアや口蓋裂などGAD67(GABA合成酵素)ノックアウトマウスと類似した所見を呈することから、GABAシグナリングの発生過程での重要性が明らかになった。

分子クローニングと構造

 行動異常(uncordinate)を呈する幾つかの線虫の変異体のうち、unc-47はGABAニューロンのシナプス終末における機能破綻が示唆されていた[1, 2]。1998年にUNC-47遺伝子の哺乳類相同遺伝子がクローニングされ、遺伝子産物が抑制性シナプス終末に存在しシナプス小胞へのGABA充填に関わることが示され、小胞GABAトランスポーターと名付けられた[3]。また、UNC-47遺伝子は末梢神経系の主な抑制性神経伝達物質であるグリシンも輸送することから、小胞型抑制性神経伝達物質トランスポーター(VIAAT)とも呼ばれる[4]。SLC32ファミリーに属し、SCL32A1と呼ばれるが、現在までに同じファミリーに属する相同遺伝子が同定されていない[5]。また、C末端側の配列が異なるスプライシング・バリアントの存在が知られている[6]。タンパク質の一次構造から、VGAT/VIAATは約500個余りのアミノ酸からなり、N末端が細胞質側、C末端が小胞内腔にある9回膜貫通型タンパク質であることが示唆されている[7]。脳のサンプルのウェスタンブロットでは、55KDaと45KDa付近に二本の主要なバンドとして観察されるが、これらはリン酸化による修飾の違いである[8]。リン酸化部位の特定はされていない。スプライシング・バリアントやリン酸化の違いによる機能の差異は不明である。

発現分布

 中枢神経系及び末梢神経系のGABAニューロンとグリシンニューロンの神経終末に局在する[9]。GABA合成酵素であるGAD (glutamic acid decarboxylase)よりも神経終末に局在するので、抑制性シナプス終末の分子マーカーとして免疫組織科学的な同定によく用いられている。また、VGATのC末端側が小胞内腔にあることを利用して、C末端を認識する抗体を培養細胞や生体脳に暴露させることで、GABAシナプス終末を特異的に蛍光標識する技術も開発されている[7]。更に、神経系以外でも下垂体分泌細胞、松果体や膵臓のグルカゴン分泌細胞などでもVGAT/VIAATの発現が確認されているが、生理機能は明らかではない[10-14]。

GABA輸送機構

図1

 GABAおよびグリシンのシナプス小胞内への輸送は、プロトンの電気化学勾配を駆動力とする二次輸送である[15-17]。プロトン勾配は、液胞型プロトンATPaseが細胞質から小胞内腔にプロトンを運ぶことにより、膜電位勾配(小胞内が+)とpH勾配(小胞内が酸性)が形成される。グルタミン酸の輸送は、主に膜電位勾配、アセチルコリンモノアミン類の輸送は主にpH勾配によって駆動されることが知られているが、GABAおよびグリシンの輸送はちょうどその中間に位置しているとされている[18]。基質とプロトンとの共役を含めVGAT/VIAATの詳細な輸送メカニズムは不明であるが、最近、VGAT/VIAATの再構成実験の結果から、VGAT/VIAATは膜電位勾配を駆動力として使い、GABAとCl–を1:2で輸送する共輸送体であるとする新しい仮説が提唱された[19](図1)。

遺伝子改変マウスと生理機能

 VGAT/VIAATノックアウトマウスは胎生致死であり、胎生期18日目以降にGAD67ノックアウトマウスと類似した臍帯ヘルニアと口蓋裂の所見が認められる[20, 21]。このことからGABAあるいはグリシンが司るシグナル伝達は胎生期の発達に不可欠であることが示された。VGAT/VIAATノックアウトマウスでは、IPSCが顕著に減弱しているが、miniature IPSCは振幅・頻度が野生型に比べて激減するものの、若干検出される[21]。このIPSCがVGAT/VIAAT以外の未知の小胞型GABAトランスポーターによるものなのか、あるいはVGAT/VIAATに依存しないGABA再充填メカニズムや非小胞型GABA放出によるものなのかは不明である。

参考文献