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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0075030 渡邊 衡一郎]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0075030 渡邊 衡一郎]</font><br> | ||
''杏林大学医学部精神神経科学教室''<br> | ''杏林大学医学部精神神経科学教室''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年1月9日 原稿完成日:2014年2月3日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
</div> | </div> | ||
英語名:anxiolytics 独:Anxiolytikum 仏:anxiolytique | |||
{{box|text= | {{box|text= [[パニック障害]]や[[強迫性障害]]などの[[不安障害]]の治療には、主にベンゾジアゼピン系抗不安薬と[[セロトニン1A受容体|セロトニン<sub>1A</sub>受容体]]部分作動薬が用いられる。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、[[GABAA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]]と複合体を形成する[[ベンゾジアゼピン受容体]]に[[アゴニスト]]として作用し、抗不安作用、筋弛緩作用、催眠作用、抗けいれん作用を有する。[[依存性]]が問題となるため、漫然と使用しないことが望ましい。[[セロトニン1A受容体|セロトニン<sub>1A</sub>受容体]]部分作動薬は、ベンゾジアゼピン系薬にみられる有害事象が少ないが、効果が弱く発現に時間がかかる。[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]](SSRI)も抗不安効果をもち、[[強迫性障害]]や[[社交不安障害]]などに適応を持つが、やはり効果発現には時間がかかる。なお、精神安定剤(minor tranquilizer)という用語は俗語であり、用いるべきではない。}} | ||
}} | |||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
[[ | [[不安障害]]など不安を持つ患者に対して、1940年代までは[[アルコール]]や[[バルビツール酸]]製剤(barbiturate)が、その鎮静効果を活かして用いられてきた。しかしこれらは不安そのものを解消する薬物ではなかった。1951年に臨床に登場した[[メプロバメート]](meprobamate)は、不安を特異的に軽減する作用にちなんで[[トランキライザー]](tranquilizer、[[精神安定剤]])と名付けられ一時代を築いたが、依存性・乱用などの問題のため短期間で臨床から姿を消した<ref name=ref1>'''越野 好文'''<br>不安障害の薬理学的理解と臨床への活用<br>''臨床精神薬理'' : 2012、15(8);1317-1324</ref>。 1955年Sternbachにより最初のベンゾジアゼピン系薬物[[クロルジアゼポキシド]]が合成され、1957年、これが強い鎮静作用、抗[[けいれん]]作用、筋弛緩作用を持つことが確認された。この薬物はメプロバメートより抗不安作用、安全性において遙かに優れており、その後1960年に海外で上市された。続いて合成されたのが、1963年に上市された[[ジアゼパム]](diazepam)である。この2剤は世界的に広く汎用され、ジアゼパムは本邦でもいまだに広く使用されている<ref name=ref2><pubmed>21714826</pubmed></ref> <ref name=ref3>'''寺尾 岳'''<br>中止しにくい向精神病薬と多剤併用<br>''精神科治療学'' :2012、 27(1); 81-86</ref>。以後、多数のベンゾジアゼピン系薬物が開発され全盛を誇った。しかし、ベンゾジアゼピン系抗不安薬をもってしても過鎮静効果(oversedation)や精神運動機能低下などの有害作用、あるいはアルコールとの併用により生じる問題などに加え、長期服用に伴う弊害が指摘されるようになった。 | ||
</ref>]] | |||
[[ | |||
米国の[[wikipedia:ja:ブリストル・マイヤーズ社|ブリストル・マイヤーズ社]]は1968年に[[アザピロン]](azapirone)誘導体の[[ブスピロン]](buspirone)を合成したが、その後の研究でジアゼパムと同等の抗不安効果があることが明らかになり、最初のベンゾジアゼピン受容体に作用しない抗不安薬として1985年に西ドイツ、1986年に米国で承認された<ref name=ref4><pubmed>7838922</pubmed></ref> <ref name=ref1 />。[[wikipedia:ja:住友製薬|住友製薬]](現、[[wikipedia:ja:大日本住友製薬|大日本住友製薬]])は、このブスピロン(buspirone)を改良し[[抗コンフリクト作用]]を強めた同じアザピロン(azapirone)系のセロトニン5-HT<sub>1A</sub>受容体部分[[作動薬]]である[[タンドスピロン]](tandospirone)を開発し<ref name=ref5>'''中村 三孝'''<br>セロトニン(5-HT)<sub>1A</sub>作動薬の薬効薬理作用<br>''臨床精神薬理'' : 1998、1(5);497-505</ref>、本邦では1996年に上市した<ref name=ref1 />。 | |||
米国の[[wikipedia:ja:ブリストル・マイヤーズ社|ブリストル・マイヤーズ社]] | |||
1990年頃からは、最初は抗うつ薬と認知された[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]が、[[パニック障害]](panic disorder)や[[強迫性障害]](obsessive compulsive disorder)をはじめとする多くの不安障害にも有効なことが証明された。こうして現在は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬とセロトニン系の薬物が不安障害や種々の不安症状に対する治療薬の中心となっている。 | 1990年頃からは、最初は抗うつ薬と認知された[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]が、[[パニック障害]](panic disorder)や[[強迫性障害]](obsessive compulsive disorder)をはじめとする多くの不安障害にも有効なことが証明された。こうして現在は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬とセロトニン系の薬物が不安障害や種々の不安症状に対する治療薬の中心となっている。 | ||
[[image:抗不安薬1.jpg|thumb|300px|'''図1. ベンゾジアゼピン系薬物の作用機序''' | |||
<br>左上:ベンゾジアゼピン受容体-GABA<sub>A</sub>受容体-Cl<sup>-</sup>チャンネル複合体。<br> | |||
右上:GABAが結合するとCl<sup>-</sup>の細胞内への流入が促進される。<br> | |||
左下:ベンゾジアゼピンとGABAが共に受容体に結合するとCl<sup>-</sup>の細胞内への流入が一層促進される。<br> | |||
右下:ベンゾジアゼピンだけが結合してもGABAと共役しないとCl<sup>-</sup>の細胞内への流入を促進しない。 | |||
<br>文献<ref name=ref9>'''渡邊 衡一郎(浦部昌夫、島田和幸、川合眞一 編)'''<br>抗不安薬 睡眠薬<br>''今日の治療薬'' 2013 解説と便覧 :2013、838-857</ref>より。]] | |||
[[image:抗不安薬2.jpg|thumb|300px|'''図2. ベンゾジアゼピン受容体'''<br>α×2、β×2、γ2/3×1の5量体を形成している。文献<ref name=ref13>'''木内 祐二'''<br>ベンゾジアゼピン受容体サブタイプと睡眠薬の薬理作用<br>''分子精神医学'' : 2002、 2(3);58(262)-65(269)</ref>より。]] | |||
== ベンゾジアゼピン系薬物 == | == ベンゾジアゼピン系薬物 == | ||
===作用機序=== | ===作用機序=== | ||
ベンゾジアゼピン系薬は、神経細胞の細胞体と樹上突起に分布する[[ | ベンゾジアゼピン系薬は、神経細胞の細胞体と樹上突起に分布する[[GABAA受容体|γ-アミノ酪酸<sub>A</sub>(GABA<sub>A</sub>)受容体]](GABA<sub>A</sub> receptor)に存在する[[ベンゾジアゼピン受容体]](benzodiazepine receptor)にアゴニストとして作用する<ref name=ref6><pubmed>11752090</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''辻 敬一郎、田島 治'''<br>抗不安薬<br>''日本臨牀'' : 2012、 70(1);42-46</ref>。ベンゾジアゼピン受容体はGABA<sub>A</sub>受容体と[[塩素イオンチャネル|塩素イオン(Cl<sup>-</sup>)チャネル]](Cl<sup>-</sup> channel)と複合体を形成する。薬物が受容体に結合するとアロステリック(allosteric)にGABA<sub>A</sub>受容体が活性化され、Cl<sup>-</sup>チャンネルが開口し、Cl<sup>-</sup>が細胞内に流入し、過分極となることで鎮静に働くとされる(図1)。こうして大脳辺縁系の神経活動を抑制し、効果をもたらす<ref name=ref8>'''Stahl SM 訳 仙波純一'''<br>精神薬理学エセンシャルズ -神経科学的基礎と応用- 第3版<br>''メディカル・サイエンス・インターナショナル'':2010</ref> <ref name=ref9 />。 | ||
GABA<sub>A</sub>受容体にはベンゾジアゼピン系薬以外にも、バルビツール酸(barbituric acid)、[[エタノール]](ethanol)、[[ニューロステロイド]](neurosteroid)、[[ピクロトキシン]](picrotoxinin)などの結合部位が存在し、これらの薬物も[[GABA]]の作用をアロステリックに調節しているが、同時に直接的にもCl< | GABA<sub>A</sub>受容体にはベンゾジアゼピン系薬以外にも、バルビツール酸(barbituric acid)、[[エタノール]](ethanol)、[[ニューロステロイド]](neurosteroid)、[[ピクロトキシン]](picrotoxinin)などの結合部位が存在し、これらの薬物も[[GABA]]の作用をアロステリックに調節しているが、同時に直接的にもCl<sup>-</sup>の通過性を高める作用がある。そのためバルビツールやアルコールなどの過量摂取時には生理的限界を超えて作用し、呼吸抑制をもたらし、ときに致死的となりえ危険が大きい。他方、ベンゾジアゼピン系薬は直接にはCl<sup>-</sup>の通過性に影響せず、内在性のGABAの効果を増強するものの、これは生理的刺激を最大にするだけである。したがって、過量服用しても身体的な影響は限定されており、比較的安全性が高い<ref name=ref10><pubmed>11337025</pubmed></ref> <ref name=ref1 />。 | ||
GABA<sub>A</sub>受容体の脳内分布としては、[[縫線核]]や[[扁桃体]]、[[海馬]]、[[視床下部]]などが知られている<ref name=ref11><pubmed>10073896</pubmed></ref> <ref name=ref7 />。Maliziaらは1998年に[[フルマゼニル]](flumazenil)を用いたPET研究で、パニック障害の患者ではベンゾジアゼピン結合が正常人に比べて全体的に低下し、特に[[眼窩・前頭皮質]]と[[島]]において著明なことを報告している<ref name=ref12><pubmed>9707382</pubmed></ref>。 | GABA<sub>A</sub>受容体の脳内分布としては、[[縫線核]]や[[扁桃体]]、[[海馬]]、[[視床下部]]などが知られている<ref name=ref11><pubmed>10073896</pubmed></ref> <ref name=ref7 />。Maliziaらは1998年に[[フルマゼニル]](flumazenil)を用いたPET研究で、パニック障害の患者ではベンゾジアゼピン結合が正常人に比べて全体的に低下し、特に[[眼窩・前頭皮質]]と[[島]]において著明なことを報告している<ref name=ref12><pubmed>9707382</pubmed></ref>。 | ||
44行目: | 38行目: | ||
作用の強弱と半減期の長短に応じた分類は表1のようになる。臨床ではその強弱よりも半減期の長短に注目するとわかりやすい。半減期と特徴との関係を表2に示す<ref name=ref9 />。 | 作用の強弱と半減期の長短に応じた分類は表1のようになる。臨床ではその強弱よりも半減期の長短に注目するとわかりやすい。半減期と特徴との関係を表2に示す<ref name=ref9 />。 | ||
{| class="wikitable" | |||
|+ 表1.抗不安薬の半減期と作用強度'''<ref name=ref9 /> | |||
|- | |||
| style="text-align:center" | 薬剤名 | |||
| style="text-align:center" | 半減期 | |||
| style="text-align:center" | 作用強度 | |||
|- | |||
| style="background-color:#ddf" colspan="3" | A. ベンゾジアゼピン系 | |||
|- | |||
| [[トフィソパム]]([[グランダキシン]])<br>[[クロチアゼパム]]([[リーゼ]])<br>[[エチゾラム]]([[デパス]]) | |||
| rowspan="4" style="text-align:center" | 短<br>[[ファイル:抗不安薬 表矢印.png|10px]]<br>超長<br> | |||
| style="text-align:center" | 弱<br>弱<br>中 | |||
|- | |||
| [[アルプラゾラム]]([[ソラナックス]]、[[コンスタン]])<br>[[ロラゼパム]]([[ワイパックス]])<br>[[ブロマゼパム]]([[レキソタン]]、[[セニラン]]) | |||
| style="text-align:center" | 中<br>強<br>強 | |||
|- | |||
| [[オキサゾラム]]([[セレナール]])<br>[[メダゼパム]]([[レスミット]])<br>[[クロルジアゼポキシド]]([[バランス]]、[[コントール]])<br>[[フルジアゼパム]]([[エリスパン]])<br>[[メキサゾラム]]([[メレックス]])<br>[[クロキサゾラム]]([[セパゾン]])<br>ジアゼパム([[セルシン]]、[[ホリゾン]])<br>[[クロナゼパム]]([[リボトリール]]、[[ランドセン]]) | |||
| style="text-align:center" | 弱<br>弱<br>弱<br>中<br>中<br>強<br>中<br>強 | |||
|- | |||
| [[ロフラゼプ酸エチル]]([[メイラックス]])<br>[[フルトプラゼパム]]([[レスタス]]) | |||
| style="text-align:center" | 中<br>強 | |||
|- | |||
| style="background-color:#ddf" colspan="3" | B. セロトニン作動性 | |||
|- | |||
| [[クエン酸タンドスピロン]]([[セディール]]) | |||
| style="text-align:center" | 短 | |||
| style="text-align:center" | 弱 | |||
|- | |||
|} | |||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
67行目: | 91行目: | ||
また抗不安薬のみに頼らず、環境調整や[[心理療法]]の導入、選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使用も検討する。退薬症候(不安、焦燥など)も起こりうるため、中止の際はゆるやかな漸減(2週間毎に1/4量ずつ程度)が望ましい<ref name=ref9 />。 | また抗不安薬のみに頼らず、環境調整や[[心理療法]]の導入、選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使用も検討する。退薬症候(不安、焦燥など)も起こりうるため、中止の際はゆるやかな漸減(2週間毎に1/4量ずつ程度)が望ましい<ref name=ref9 />。 | ||
(特殊な状況下での投与) | (特殊な状況下での投与)<br> | ||
[[wikipedia:ja:肝障害|肝]]・[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]の患者ではより低用量で開始する。高齢者は[[転倒]]、錯乱などの危険性が増大しうるため、初回投与量は半量位から開始する。[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]中(特に妊娠初期)には通常推奨されない。妊娠後期に服用した母親の子供は離脱を経験することがある。また、授乳により[[wikipedia:ja:母乳|母乳]]中へ薬物移行がみられるため薬物を中止するか[[wikipedia:ja:人工栄養|人工栄養]]が推奨される<ref name=ref14>'''Stahl. SM. 訳 仙波純一'''<br>精神科治療薬処方ガイド<br>''メディカル・サイエンス・インターナショナル'':2006</ref> <ref name=ref9 />。 | [[wikipedia:ja:肝障害|肝]]・[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]の患者ではより低用量で開始する。高齢者は[[転倒]]、錯乱などの危険性が増大しうるため、初回投与量は半量位から開始する。[[wikipedia:ja:妊娠|妊娠]]中(特に妊娠初期)には通常推奨されない。妊娠後期に服用した母親の子供は離脱を経験することがある。また、授乳により[[wikipedia:ja:母乳|母乳]]中へ薬物移行がみられるため薬物を中止するか[[wikipedia:ja:人工栄養|人工栄養]]が推奨される<ref name=ref14>'''Stahl. SM. 訳 仙波純一'''<br>精神科治療薬処方ガイド<br>''メディカル・サイエンス・インターナショナル'':2006</ref> <ref name=ref9 />。 | ||
81行目: | 105行目: | ||
漫然と投与すると、以前と同量では効果が期待できず、同等の効果発現のためには増量が必要となる。これを免れるためには有効最少量を投与し、短時間作用型の漫然投与を避ける。また効果がないからといって、最高用量まで安易に増やす<ref name=ref16>'''村崎 光邦'''<br>抗不安薬の臨床用量依存<br>''精神経誌'' :1996、 98;612-621</ref>ことや同効薬(例えば短時間型同士など)の併用はより耐性(tolerance)形成に働くため、避けなければならない。 | 漫然と投与すると、以前と同量では効果が期待できず、同等の効果発現のためには増量が必要となる。これを免れるためには有効最少量を投与し、短時間作用型の漫然投与を避ける。また効果がないからといって、最高用量まで安易に増やす<ref name=ref16>'''村崎 光邦'''<br>抗不安薬の臨床用量依存<br>''精神経誌'' :1996、 98;612-621</ref>ことや同効薬(例えば短時間型同士など)の併用はより耐性(tolerance)形成に働くため、避けなければならない。 | ||
使用後最短4週間で依存(dependence)が形成される。その後の退薬によって[[反跳現象]](rebound | 使用後最短4週間で依存(dependence)が形成される。その後の退薬によって[[反跳現象]](rebound phenomenon)や[[退薬症候]]([[離脱症状]])(withdrawal symptom)が見られる。反跳現象はベンゾジアゼピン系薬により抑えられていた症状が、退薬後より強く現れるものであり、不安、焦燥、不眠などが認められる。退薬症候はベンゾジアゼピン系薬中止によりそれまでには認められていなかった症状が新たに出現するものである<ref name=ref16b>'''辻 敬一郎、田島 治'''<br>ベンゾジアゼピンの依存と離脱症状<br>臨床精神医学. 35: 1669-1674, 2006.</ref>。不安や焦燥、不眠、イライラ、抑うつ気分、記憶障害、集中力障害に加え、身体症状として発汗や心悸亢進、悪心、嘔吐、食欲低下、体重減少、筋肉痛、振戦、けいれんが、さらに[[知覚]]障害として知覚過敏や味覚異常、身体動揺感などが見られる<ref name=ref17><pubmed>8099577</pubmed></ref>。依存形成の危険因子としては、半減期が短い、高力価、高用量のベンゾジアゼピン系薬、そして長期投与などが挙げられており、このようなベンゾジアゼピン系薬の使用において、より投与中止が困難、つまり、依存が形成されやすいことになる。このため長期投与にしないよう配慮する<ref name=ref16b />。 | ||
====筋弛緩作用==== | ====筋弛緩作用==== | ||
91行目: | 115行目: | ||
服用後の[[健忘]](amnesia)([[前向性健忘]])(anterograde amnesia)が認められる。Barkerらによるメタ解析によると、ベンゾジアゼピン系薬服用者は、非服用者と比較して、[[認知的タスク]]、特に[[言語性記憶]](verbal memory)の領域が障害されていた。なお、ベンゾジアゼピン系薬を中止して6ヶ月後に認知機能がすべての領域において改善したが、過去にベンゾジアゼピン系薬を常用していた者は非服用者と比較して、認知的タスクの多くで劣り、特に言語性記憶の領域では障害が認められていた<ref name=ref18><pubmed>14731058</pubmed></ref>。認知機能障害が消失するまでには、かなりの期間が必要ということになる。 | 服用後の[[健忘]](amnesia)([[前向性健忘]])(anterograde amnesia)が認められる。Barkerらによるメタ解析によると、ベンゾジアゼピン系薬服用者は、非服用者と比較して、[[認知的タスク]]、特に[[言語性記憶]](verbal memory)の領域が障害されていた。なお、ベンゾジアゼピン系薬を中止して6ヶ月後に認知機能がすべての領域において改善したが、過去にベンゾジアゼピン系薬を常用していた者は非服用者と比較して、認知的タスクの多くで劣り、特に言語性記憶の領域では障害が認められていた<ref name=ref18><pubmed>14731058</pubmed></ref>。認知機能障害が消失するまでには、かなりの期間が必要ということになる。 | ||
精神運動性の遂行能力低下、実行速度の低下も見られる。同じ[[wikipedia:ja:メタ解析|メタ解析]]でも、ベンゾジアゼピン系薬は有意に交通事故を増加させることが判明している<ref name=ref18><pubmed>14731058</pubmed></ref> | 精神運動性の遂行能力低下、実行速度の低下も見られる。同じ[[wikipedia:ja:メタ解析|メタ解析]]でも、ベンゾジアゼピン系薬は有意に交通事故を増加させることが判明している<ref name=ref18><pubmed>14731058</pubmed></ref>。ベンゾジアゼピン系薬の服用により、事故やけがの危険性が増すともされている<ref name=ref3 />。全ての抗不安薬の添付文書には、「自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させない」との記載がある。なおTsunodaら<ref name=ref20><pubmed>20054834</pubmed></ref>は、[[睡眠]]薬ではあるが高齢者においてベンゾジアゼピン系薬を漸減し、ほぼ中止することによって認知機能の改善を見たと報告している。 | ||
またアルコールとの併用でこうした障害がより悪化することもあるため、アルコールは控えさせる必要がある。 | またアルコールとの併用でこうした障害がより悪化することもあるため、アルコールは控えさせる必要がある。 | ||
103行目: | 127行目: | ||
paradoxical reaction | paradoxical reaction | ||
ごくまれにベンゾジアゼピン系薬を投与するとかえって不安、 緊張が高まり、興奮や攻撃性が増すことがある。この奇異反応は、高用量を用いた場合に起こりやすいが、 特に若年者においての報告が多い<ref name= | ごくまれにベンゾジアゼピン系薬を投与するとかえって不安、 緊張が高まり、興奮や攻撃性が増すことがある。この奇異反応は、高用量を用いた場合に起こりやすいが、 特に若年者においての報告が多い<ref name=ref21><pubmed>12779114</pubmed></ref> <ref name=ref15 />。また、脱抑制(disinhibition)が生じ、興奮や過活動が生じることもある。その頻度はベンゾジアゼピン系薬服用者の1%未満から20%までと幅があり、患者背景やアルコールとの併用によって影響される<ref name=ref3 />。 | ||
== セロトニン<sub>1A</sub>受容体部分作動薬 == | == セロトニン<sub>1A</sub>受容体部分作動薬 == | ||
114行目: | 138行目: | ||
===作用機序=== | ===作用機序=== | ||
セロトニン系抗不安薬の作用機序はベンゾジアゼピン系薬のそれとは全く異なる。セロトニン([[5-HT]])受容体のサブタイプの1つである5-HT<sub>1A</sub>受容体は、セロトニン系神経細胞の細胞体や樹状突起に存在し、セロトニンや5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニストの刺激により、[[cAMP]]合成を抑制し、[[Gタンパク質]]に共役した[[K+イオンチャネル|K<sup>+</sup>イオンチャネル|]]を刺激することで、神経細胞の過分極を引き起こす<ref name= | セロトニン系抗不安薬の作用機序はベンゾジアゼピン系薬のそれとは全く異なる。セロトニン([[5-HT]])受容体のサブタイプの1つである5-HT<sub>1A</sub>受容体は、セロトニン系神経細胞の細胞体や樹状突起に存在し、セロトニンや5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニストの刺激により、[[cAMP]]合成を抑制し、[[Gタンパク質]]に共役した[[K+イオンチャネル|K<sup>+</sup>[[イオンチャネル]]|]]を刺激することで、神経細胞の過分極を引き起こす<ref name=ref22><pubmed>11888546</pubmed></ref>。前[[シナプス]]5-HT<sub>1A</sub>受容体は[[自己受容体]]であり、これが刺激されると[[セロトニン神経]]伝達は抑制される。一方、後シナプス5-HT<sub>1A</sub>受容体が刺激されると、5-HT<sub>1A</sub>受容体を介したセロトニン神経伝達は促進される。セロトニン系抗不安薬は、主に縫線核や扁桃体、海馬などの前シナプスの5-HT<sub>1A</sub>自己受容体に部分アゴニストとして作用することで抗不安効果を発揮する<ref name=ref11 /> <ref name=ref7 />。 | ||
== 選択的セロトニン再取り込み阻害薬 == | == 選択的セロトニン再取り込み阻害薬 == | ||
[[selective serotonin reuptake inhibitor]] | |||
選択的セロトニン再取り込み阻害薬もセロトニンを活性化し、5-HT<sub>1A</sub>受容体を刺激することで抗不安・パニック効果をもたらす。また強迫性障害や社交不安障害(social anxiety disorder)など神経症性障害に適応を持つ。ただ効果発現に時間がかかるため、頓用使用には適しておらず、治療初期にベンゾジアゼピン系薬と併用し、落ち着いてから選択的セロトニン再取り込み阻害薬を中心にという治療がなされている<ref name=ref9 />。 | 選択的セロトニン再取り込み阻害薬もセロトニンを活性化し、5-HT<sub>1A</sub>受容体を刺激することで抗不安・パニック効果をもたらす。また強迫性障害や社交不安障害(social anxiety disorder)など神経症性障害に適応を持つ。ただ効果発現に時間がかかるため、頓用使用には適しておらず、治療初期にベンゾジアゼピン系薬と併用し、落ち着いてから選択的セロトニン再取り込み阻害薬を中心にという治療がなされている<ref name=ref9 />。 | ||
124行目: | 148行目: | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+ | |+ 表3.不安障害におけるセロトニン過剰説と不足説の根拠<ref name=ref1 /> | ||
|- | |- | ||
| '''●5-HT過剰説''' | | '''●5-HT過剰説''' | ||
*急性の選択的セロトニン再取り込み阻害薬あるいは[[ | *急性の選択的セロトニン再取り込み阻害薬あるいは[[クロミプラミン]]は不安を惹起する | ||
*急性の[[m- | *急性の[[m-クロルフェニルピペラジン]](mCPP)(セロトニンアゴニスト)が不安を惹起する | ||
*急性の[[ | *急性の[[フェンフルラミン]](セロトニン放出物質)は不安を惹起する | ||
*パニック障害で脳内セロトニン回転が増加 | *パニック障害で脳内セロトニン回転が増加 | ||
*全般性不安障害で尿中[[5- | *全般性不安障害で尿中[[5-ヒドロキシインドール酢酸]](セロトニン分解物)の増加 | ||
'''●5-HT不足説''' | '''●5-HT不足説''' | ||
*選択的セロトニン再取り込み阻害薬の慢性投与はすべての不安障害において有効 | *選択的セロトニン再取り込み阻害薬の慢性投与はすべての不安障害において有効 | ||
*脳内セロトニンを減少させるacute tryptophan | *脳内セロトニンを減少させるacute tryptophan depletion[[テスト]]は,不安患者に不安を惹起する | ||
*動物でのmicrodialysisで、選択的セロトニン再取り込み阻害薬による臨床効果がみられるときに脳内セロトニンが増加している | *動物でのmicrodialysisで、選択的セロトニン再取り込み阻害薬による臨床効果がみられるときに脳内セロトニンが増加している | ||
|- | |- | ||
|} | |} | ||
== | == 不安障害治療における薬物選択 == | ||
現段階では不安障害に対し抗不安作用を発揮する薬物間の特徴において表4のように対比できる。こうしたメリット・デメリットを把握して、個々の患者の背景や希望に即して薬物を選択することが望ましいと考える。 | 現段階では不安障害に対し抗不安作用を発揮する薬物間の特徴において表4のように対比できる。こうしたメリット・デメリットを把握して、個々の患者の背景や希望に即して薬物を選択することが望ましいと考える。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+ 表4.不安障害治療に用いる薬物の比較<br>''' | |+ 表4.不安障害治療に用いる薬物の比較<br>(天野ら, 2009<ref name=ref23>'''天野雄平、塩入俊樹'''<br>【不安障害の生物学的基盤と薬物療法】 全般性不安障害(GAD)の生物学的基盤と薬物療法(解説/特集)<br>''臨床精神薬理'' : 2009、12(9);1905-1914</ref>を一部改変して引用) | ||
|- | |- | ||
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 薬物 | | style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 薬物 | ||
159行目: | 182行目: | ||
|- | |- | ||
| style="text-align:center" | 治療耐性 | | style="text-align:center" | 治療耐性 | ||
| style="text-align:center" | No | | style="text-align:center" | [[NO|No]] | ||
| style="text-align:center" | Little | | style="text-align:center" | Little | ||
| style="text-align:center" | No | | style="text-align:center" | No | ||
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== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
*[[ | *[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]] | ||
*[[抗うつ薬]] | *[[抗うつ薬]] | ||
*[[セロトニン]] | *[[セロトニン]] | ||
*[[ベンゾジアゼピン]] | *[[ベンゾジアゼピン]] | ||
*[[GABA]] | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |