前向性健忘

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玉岡 晃
筑波大学大学院 人間総合科学研究科(臨床医学系) 疾患制御医学専攻 神経病態医学分野 神経内科
DOI:10.14931/bsd.3974 原稿受付日:2013年7月2日 原稿完成日:2013年7月4日
担当編集委員:高橋 良輔(京都大学 大学院医学研究科)

英語名:anterograde amnesia 独:anterograde Amnesie 仏:amnésie antérograde

 記憶の心理過程は、記銘保持想起に分けられるが、記銘から想起までの時間によって、神経学領域では、1分程度以内までの記憶を即時記憶 (immediate memory)、数分から数日程度までの間の記憶を近時記憶 (recent memory)、数日間以上前の記憶を遠隔記憶 (remote memory)と分類してきた。心理学における短期記憶は即時記憶に、長期記憶は近時記憶と遠隔記憶をあわせたものにほぼ相当する。また、記憶の下位分類としては、陳述記憶 (declarative memory)と手続き記憶 (procedural memory)に大別され、陳述記憶はさらにエピソード記憶 (episodic memory)と意味記憶 (semantic memory)に分類される[1]

 健忘は一般に日々の出来事の記憶障害、即ちエピソード記憶障害に対して用いられ、即時記憶が保たれる一方、近時・遠隔記憶障害がみられる特徴がある[2]健忘症候群は、作話記憶錯誤失見当識を伴うことがあるが、他の認知機能は比較的保たれている。

 記憶に関する神経機構の障害が発現した時点が明らかな場合、障害時点以降の情報の記憶障害を前向性健忘、障害以前の情報の記憶障害を逆行性健忘と呼ぶ。前向性健忘は近時記憶の記銘力障害であり、逆行性健忘は、遠隔記憶の想起障害であるが、障害時に近い出来事ほど忘却されやすく、遠いものほど保たれるという時間的勾配が認められる。健忘症候群では通常、前向性健忘と逆行性健忘の両者がみられる。

 ヒトのエピソード記憶障害の責任病巣は、①海馬を含む内側側頭葉、②間脳、③前脳基底部の3か所とされており、これらは2つの大脳辺縁系回路(内側辺縁系回路Papez回路-と腹外側辺縁系回路Yakovlev回路-)を構成している。これらの部位では、限局した病巣でも強い前向性健忘をきたす。また、前脳基底部の障害による健忘では、前向性・逆行性健忘の他に作話やその他の行動異常を伴うことが多い[3]。内側辺縁系回路は、エピソード記憶の記銘と固定化に作用し、腹外側辺縁系回路は情動性記憶に関与していると考えられており、最近では前頭前野が記銘戦略の選択などに関わっているという知見が増加してきた[4]。なお 前向き健忘をきたす疾患・病態については関連項目「健忘症候群」を参照。

関連項目

参考文献

  1. L R Squire, S Zola-Morgan

    The neuropsychology of memory: new links between humans and experimental animals.
    Ann. N. Y. Acad. Sci.: 1985, 444;137-49 [PubMed:3925849] [WorldCat.org]

  2. 山鳥重
    記憶の神経心理学
    医学書院 2002、pp 145-150.
  3. A R Damasio, N R Graff-Radford, P J Eslinger, H Damasio, N Kassell

    Amnesia following basal forebrain lesions.
    Arch. Neurol.: 1985, 42(3);263-71 [PubMed:3977657] [WorldCat.org]

  4. 森悦郎
    記憶の神経機構と認知症
    第25回老年期認知症研究会、2012、 pp 19-21.