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2020年1月9日 (木) 11:27時点における最新版
田中 光一
東京医科歯科大学
DOI:10.14931/bsd.6750 原稿受付日:2016年1月26日 原稿完成日:2016年2月12日
担当編集委員:和田 圭司(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)
グルタミン酸は哺乳類の中枢神経系において記憶・学習などの高次機能を調節する主要な興奮性神経伝達物質として知られている。一方、過剰なグルタミン酸は、グルタミン酸受容体の過剰な活性化によりグルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を持つことが知られている。このため細胞外グルタミン酸濃度は厳密に制御される必要があり、グルタミン酸トランスポーターがその役割を担う。これまで哺乳類の中枢神経系において、5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリー、slc1a1、slc1a2、slc1a3、slc1a6、slc1a7が単離されている。slc1a2、slc1a3は主にアストロサイトに、slc1a1とslc1a6は神経細胞に、slc1a7は網膜に発現している。シナプス間隙におけるグルタミン酸の除去は、主にアストロサイトに存在する2種類のグルタミン酸輸送体slc1a2、slc1a3により担われている。近年、これらのグルタミン酸トランスポーターの機能障害が様々な精神神経疾患の発症に関与することが明らかになりつつある。
グルタミン酸トランスポーター | |||||||||
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グルタミン酸トランスポーターホモログ(Pyrococcus horikoshii) | |||||||||
Identifiers | |||||||||
Symbol | ? | ||||||||
Pfam | PF00375 | ||||||||
InterPro | IPR001991 | ||||||||
PROSITE | PDOC00591 | ||||||||
SCOP | 1XFH | ||||||||
SUPERFAMILY | 1XFH | ||||||||
TCDB | 2.A.23.1.5 | ||||||||
OPM protein | 2nwl | ||||||||
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グルタミン酸トランスポーターとは
グルタミン酸は、哺乳類中枢神経系において約70%の神経細胞が用いる主要な興奮性神経伝達物質であり、記憶・学習などの脳高次機能に重要な役割を果たしている[1]。しかし、その機能的な重要性の反面、興奮毒性という概念で表されるように[2]、過剰なグルタミン酸は神経細胞障害作用を持ち、様々な精神神経疾患の発症に関与することが明らかになりつつある[3] [4]。従って、シナプス間隙におけるグルタミン酸濃度は厳密に制御されなければならない。
シナプスにおけるグルタミン酸の動態は図1のように考えられている。シナプス前終末から放出されたグルタミン酸は、シナプス後細胞のグルタミン酸受容体に結合しその効果を発揮するが、伝達終了後シナプス間隙のグルタミン酸はアストロサイトおよびシナプス後神経細胞膜に存在するグルタミン酸トランスポーターにより細胞内に取り込まれる。アストロサイトに取り込まれたグルタミン酸は、グルタミン合成酵素によりグルタミンに変換され、グリア細胞外に放出され、グルタミン-グルタミン酸サイクルを経て、再びシナプス小胞に蓄えられる。
中枢神経系には5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーが存在することが知られおり[5]、グルタミン酸トランスポーター欠損マウスの解析を通じ、グルタミン酸トランスポーターの各サブファミリーの機能的役割が明らかになりつつある。
構造
5種類のグルタミン酸トランスポーターは互いに50~55%の相同性を有するアミノ酸数520~580のタンパク質である。グルタミン酸トランスポーターの構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、8個の膜貫通部位、2個の膜を完全に貫通していないループ構造(re-entrant loop)を持つ(図2)[6]。グルタミン酸トランスポーターはグルタミン酸を取り込む際に、Na+およびH+の共輸送、K+の対向輸送と共役する。グルタミン酸、Na+、H+、K+の結合・輸送に関与しているアミノ酸残基はいずれも6番目の膜貫通領域以降のC末端側である。また、グルタミン酸トランスポーターは3量体のホモオリゴマーとして細胞膜に発現している。
サブファミリー
グルタミン酸トランスポーターには、slc1a1、slc1a2、slc1a3、slc1a6、slc1a7の5種類のサブファミリーが知られている(表1)。
別の名称 | アミノ酸残基数(ヒト) | 組織分布 | 中枢神経系での細胞局在 | 遺伝子座(ヒト) | |
slc1a1 | EAAT3 EAAC1 |
524 | 脳・心臓・腎臓・肝臓・小腸 | 神経細胞 | 9p24 |
slc1a2 | EAAT2 GLT-1 |
574 | 脳・肝臓・膵臓 | アストロサイト | 11p13-p12 |
slc1a3 | EAAT1 GLAST |
542 | 脳・心臓・肺・骨格筋・胎盤 | アストロサイト | 5p13 |
slc1a6 | EAAT4 | 564 | 脳・胎盤 | プルキンエ細胞 | 19p13.12 |
slc1a7 | EAAT5 | 560 | 網膜・肝臓・心臓・肺・骨格筋・小腸 | 視細胞・双極細胞 | 1p32.3 |
発現
5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーは、中枢神経系だけでなく末梢組織にも発現していることが知られているが、本稿では中枢神経系における発現に関して記述する(表1)。
slc1a2(GLT-1/EAAT2)は大脳皮質・海馬のアストロサイトに、slc1a3(GLAST/EAAT1)は小脳のアストロサイトに優位に発現している[7]。slc1a1(EAAC1/EAAT3)は神経細胞に存在し、中枢神経系に広く分布している[7]。slc1a6(EAAT4)は小脳のプルキンエ細胞に[8]、またslc1a7(EAAT5)は網膜の視細胞・双極細胞に特異的に発現している[9](図3)。神経細胞に発現しているslc1a1とslc1a4は、神経細胞の終末ではなく細胞体・樹状突起に主に局在している[10] [11]。アストロサイトに発現しているslc1a2とslc1a3は、シナプス周囲を覆っている突起に密度高く局在している[12]。
最近、CDC42EP4/septinがslc1a3をシナプス周囲を覆うバーグマングリアの突起に局在させることが明らかになった[13]。成人脳ではアストロサイトに局在するslc1a2は、胎児期から生後3日の発生初期には、一過性に神経細胞に発現する[14]。
また、成人脳ではアストロサイトに局在するslc1a3は、発生初期には神経幹細胞に発現しており、神経幹細胞のマーカーとして用いられている[15] [16]。
機能
分子機能
グルタミン酸トランスポーターは、細胞膜を介したNa+の電気化学ポテンシャルを利用して、グルタミン酸を輸送する。1分子のグルタミン酸の取り込みは、3個のNa+および1個のH+の共輸送、1個のK+の対向輸送と共役する(図2)。従って、グルタミン酸トランスポーターは起電性であり、グルタミン酸の細胞内への取り込みにより内向き電流が生じる。また、これとは別に、熱力学的にグルタミン酸取り込みと連動していないCl-の流入があることが知られているが、Cl-の透過性の順番はslc1a6/7 > slc1a3 > slc1a1 > slc1a2である[17]。
slc1a1は、グルタミン酸の他に電荷をもたないL-システインを取り込み、グルタチオン合成に利用している[18]。
生理機能
海馬のシナプス伝達における役割
海馬において主要なグルタミン酸トランスポーターはslc1a2である。slc1a2欠損マウスの海馬のシェーファー側枝・CA1錐体細胞間シナプスを電気生理学的に調べたところ、海馬のCA1錐体細胞で記録されるシェーファー側枝による興奮性シナプス後電流(Excitatory Postsynaptic Current:EPSC)のAMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methylisoxazole-4- propionic acid)型グルタミン酸受容体成分・NMDA型グルタミン酸受容体成分とも、その振幅・時間経過は野生型と違いはなかった[19]。このことは、GLT1は海馬において、EPSCの振幅・時間経過の重要な決定因子ではないことを示している。海馬におけるEPSCの振幅・時間経過は、グルタミン酸受容体自体のキネテクスにより規定されていると考えられる。海馬のシナプスは、グリア細胞の突起によるシナプス部位の被覆が不完全で、主に拡散がシナプス間隙におけるグルタミン酸のクリアランスを規定していると考えられる。
海馬CA1網状分子層のoriens-lacunosum moleculare(O-LM)介在神経に多く存在する代謝型グルタミン酸受容体mGluR1は、グリア型グルタミン酸トランスポーターslc1a2およびslc1a3により、活性が制御されている。slc1a2とslc1a3を抑制すると、mGluR1依存性EPSCの振幅が増加し、介在神経の発火が増強され、結果としてCA1錐体細胞の抑制が増強されたる[20]。
また、slc1a2欠損マウスでは、海馬CA1領域のNMDA型グルタミン酸受容体成分が増強され、長期増強の発現が障害されている[21]。逆に、slc1a2の発現を増加すると、苔状線維—CA3錐体細胞間シナプスの長期抑圧の発現が障害される[22]。
小脳のシナプス伝達における役割
小脳ではプルキンエ細胞にグルタミン酸トランスポーターslc1a1、slc1a6が、プルキンエ細胞を取り囲むバーグマングリア細胞にはslc1a2, slc1a3が発現している。欠損マウスの解析から、平行線維・プルキンエ細胞間シナプス、登上線維・プルキンエ細胞間シナプスにおいて、グルタミン酸が放出された直後の高濃度のグルタミン酸の除去はslc1a3により、放出されてしばらく時間が経過した後の低濃度のグルタミン酸の除去はslc1a6により行われていることがわかった[23] [24]。さらにslc1a1とslc1a6の選択的機能阻害により隣接するシナプスへのグルタミン酸spilloverが起こり、mGluR1依存性EPSCが増強、長期抑圧が促進される[25] [26]。また、slc1a6は、平行線維・バーグマングリア間のグルタミン酸伝達を制御している[27]。
大脳皮質のシナプス伝達の維持における役割
神経系は他の臓器に比べエネルギー要求性が高く、そのほとんどはシナプス伝達に使われる。従って、シナプス伝達を維持するためには、活動の亢進した部位に選択的にエネルギーを補充する必要がある。グリア型グルタミン酸トランスポーターslc1a2・slc1a3は、シナプス伝達のセンサーとして働き、神経活動の亢進→シナプス間隙のグルタミン酸濃度上昇→グリア型グルタミン酸トランスポーターによるグルタミン酸の再吸収(同時にNa+がグリア内へ流入)→グリアのNa+-K+ ATPaseの活性化(グリア内でのエネルギー消費増大)→グリアによる毛細血管からのブドウ糖の取り込み増加→グリアの解糖系によるブドウ糖から乳酸の生成(グリア内の消費したエネルギーの補充)→生成した乳酸を神経細胞が取り込みエネルギーを補充、という一連のエネルギー補給反応をトリガーする(図4)[28] [29]。
リボンシナプスにおける役割
リボンシナプスでは、シナプス前細胞は活動電位を出さず、代わりに膜電位を連続的に変化させることで伝達物質の放出量を変化させ、情報を伝達する。リボンシナプスは網膜や内耳などの一次知覚のシナプスに存在する。
聴覚の一次知覚シナプスである内有毛細胞—蝸牛神経間シナプスは典型的なリボンシナプスであり、グルタミン酸が神経伝達物質である。内有毛細胞周囲の支持細胞(inner phalangeal cell, IPC)にはslc1a3が、 蝸牛神経節細胞にはslc1a1とslc1a2が存在する。欠損マウスや薬理学的解析の結果から、内有毛細胞—蝸牛神経間シナプスのグルタミン酸の除去はIPCに存在するslc1a3により行われていることが明らかになった[30] [31]
また、典型的なリボンシナプスの一つである網膜の視細胞—双極細胞間シナプスでは、視細胞に存在するグルタミン酸トランスポーターslc1a7がシナプス間隙からのグルタミン酸除去に主要な役割を果たす[32]。
脳形成における役割
胎児期の脳には、slc1a1、slc1a2、slc1a3の3種類のグルタミン酸トランスポーターが存在する。これら3種類のサブファミリーの単独欠損マウスおよびslc1a1とslc1a3、slc1a1とslc1a2ダブル欠損マウスは正常な脳形成を示すが、slc1a2とslc1a3ダブル欠損マウスは胎生17日頃に死亡し、海馬・大脳皮質に層形成異常や大脳皮質と他の脳部位を結合する線維連絡に異常が観察される[33]。これらの異常はNMDA型グルタミン酸受容体サブユニット1の欠損により改善する[34]。細胞外に過剰に存在するグルタミン酸は、NMDA型グルタミン酸受容体を過剰に活性化し、神経細胞の移動、神経幹細胞の分裂、神経突起の伸長を障害する。従って、脳が正常に発達するには、slc1a2とslc1a3による細胞外グルタミン酸濃度の厳密な制御が必要である。
疾患との関わり
脳の興奮性亢進は、多くの精神神経疾患に共通する病態と考えられている(図5)。脳の興奮性を亢進させる原因として、グルタミン酸シナプス伝達の亢進とGABAシナプス伝達の低下がある。グルタミン酸トランスポーターの機能障害は、グルタミン酸シナプス伝達を亢進させる主要な原因の一つである。
統合失調症
統合失調症は、幻聴・妄想などの陽性症状と、感情鈍麻、意欲の減退などの陰性症状、作業記憶などの認知障害を示し、有病率約1%の精神疾患である。統合失調症患者の遺伝子解析から、slc1a3遺伝子座の欠失やslc1a2の機能障害を伴うミスセンス変異を持つ症例が報告された[35] [36]。また、死後脳の解析からも、slc1a2およびslc1a3の発現が減少することが報告されている[37]。slc1a3欠損マウスは、統合失調症の陽性症状・陰性症状・認知障害に相当する行動異常を示し、slc1a3の異常による脳の興奮性亢進が統合失調症の発症に重要な役割を果たすと考えられる[38] [39]。さらに、統合失調症の前駆期から初発期への移行に細胞外グルタミン酸濃度の上昇が関与することが報告されている[40] [41]。
うつ病
うつ病は、抑うつ気分と興味・喜びの喪失などを特徴とする精神疾患である。近年、うつ病においても、以下のようなグルタミン酸神経伝達の亢進を示唆する知見が報告され、一つの仮説を形成しつつある[42] [43]。
- NMDA型グルタミン酸受容体阻害剤であるケタミンが、うつ病患者に即効性の抗うつ作用を示す[42]。
- うつ病患者の血中・脳脊髄液中・脳内のグルタミン酸濃度は上昇している[44] [45]。
- うつ病患者の死後脳ではslc1a2とslc1a3の発現が減少している[46]。
- slc1a2の発現を増加させるβ-ラクタム系抗生物質が、マウスのうつ様行動を改善する[47]。
- slc1a2とslc1a3を活性化するリルゾールは、うつ病に効果がある[48]。
手綱核特異的slc1a2欠損マウスは、うつ病の症状に似た行動異常や睡眠障害を起こす[49]。これらの知見は、グルタミン酸トランスポーターの機能不全によるグルタミン酸神経伝達の過剰な活性化が、うつ病の発症に重要な役割を果たしていることを示唆している。
双極性障害
双極性障害は、うつ状態と躁状態を繰り返す慢性の疾患である。1H-MRS(magnetic resonance spectroscopy)によるグルタミン酸濃度測定のメタ解析で、双極性障害の患者において脳のグルタミン酸濃度が増加していることが報告されている[50]。また、患者死後脳におけるslc1a2の発現減少や、双極性障害患者にのみ見られるslc1a2の稀なミスセンス変異(G6S、A20S、R31Q)が報告されている[51]。さらに、NMDA型グルタミン酸受容体の阻害剤であるメマンチンが躁病エピソードの治療に効果があるという報告もなされている[52]。
強迫性障害
強迫性障害は、強迫観念・強迫行為を特徴とする疾患である。多くは思春期過ぎから発症し、人口の2~3%が罹患歴を持つ。近年、強迫性障害においても、以下のようなグルタミン酸神経伝達の亢進を示唆する知見が報告されている。
- 強迫性障害患者の脳内ではグルタミン酸濃度が増加し、神経伝達が亢進している[53]。
- slc1a3の一塩基多型と強迫性障害の関連が報告されている[54]。
- グルタミン酸神経伝達を抑制する薬剤に強迫性障害の治療効果がある[53]。
自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症は、社会性行動の喪失・言語発達の遅延・限局した興味や繰り返し行動を特徴とする脳高次機能の発達障害である。
自閉症様の行動を示す脆弱X症候群や結節性硬化症の患者ではグルタミン酸神経伝達の亢進が報告されている。自閉症のゲノムワイドな連鎖解析により、11番染色体の11p12-13が自閉症に関連があることが明らかになった[55]。この領域はslc1a2の遺伝子座の近傍である。また、slc1a2を性成熟期以降に欠損させたマウスでは、大脳皮質—線条体間のグルタミン酸伝達が過剰に活性化され、過度な毛繕い行動と突発的に全身を激しく震わせるwet-dog shakeと呼ばれる繰り返し行動の回数が大幅に増加することが報告されている[56]。
てんかん
てんかんは、ニューロンの過剰な活動に伴い痙攣や意識障害などが発作的に反復して起こる慢性的な脳疾患である。てんかん発作の発現機序として、脳内の抑制性と興奮性神経伝達の不均衡状態が重要だと考えられている。内側側頭葉てんかん患者の海馬において、細胞外グルタミン酸濃度が上昇することが報告されている。しかし、側頭葉てんかん患者の外科切除海馬標本を用いた解析では、グルタミン酸トランスポーターslc1a2とslc1a3の発現減少に関して統一した結果が得られていない。グルタミン酸トランスポーターの遺伝子解析では、てんかん発作を伴うエピソード性運動失調6型(Episodic ataxia with hemiplegic migraine and seizures)の患者にslc1a3の機能を障害するミスセンス変異(C186S とP290R)が見つかっている[57] [58]。
また、slc1a2欠損マウスは、致死性の自発てんかん発作により、生後3週齢から突然死を起こす。てんかん発作パターンは、NMDAを皮下注した時に見られる発作と類似しており、突然ケージの中を走り回り反弓緊張様姿勢をとり死亡する[19]。さらに、slc1a3欠損マウスは、自発性てんかん発作は観察されないが、pentylentetorazole(PTZ)誘発性てんかんに対する感受性が亢進している[59]。また、slic1a2の発現を増加させる薬物は、様々なてんかんモデルにおいて、抗てんかん作用を示すことが報告されている[60] [61]。
薬物依存
モルヒネ、コカイン、覚せい剤、アルコールなどの依存性薬物は、その反復摂取により依存性が形成される。近年の薬物乱用の低年齢化や一般市民への拡大は、社会的にも大きな問題となっている。薬物依存の形成・維持・再燃過程に、グルタミン酸神経伝達の亢進が重要な役割を果たすことは、以下の知見から示唆されている[62] [63] [64]。
- 薬物依存モデルの脳において細胞外グルタミン酸濃度が増加する。
- 薬物依存モデルの脳においてslc1a2の発現量が減少する。
- slc1a2の阻害剤により、薬物依存の形成・維持・再燃過程が増悪する。
- slc1a2の活性化薬や過剰発現により、薬物依存の形成・維持・再燃過程が減弱する。
アルツハイマー病
アルツハイマー病は、神経変性による起こる認知症で、高齢化により患者数は増加している。アルツハイマー病の病態に過剰なグルタミン酸受容体の活性化が関与することは、グルタミン酸受容体阻害剤であるメマンチンが治療薬として用いられていることからも明らかである。グルタミン酸トランスポーターの障害がアルツハイマー病の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。
- アルツハイマー病患者の脳ではslc1a1、slc12、slc1a3の発現量が減少している[65]。
- アルツハイマー病モデルのslc1a2発現量を低下させると空間学習の障害が促進される[66]
- アルツハイマー病における神経変性の原因物質と考えられているβアミロイドタンパク質によりslc1a2の機能が障害される[67]。
- slc1a2の発現量を増加させるセフトリアキソンはアルツハイマー病モデルの異常を回復させる[68] [69]。
筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症は、筋肉の動きを制御する運動神経が選択的に変性する疾患である。筋萎縮性側索硬化症の病態に過剰なグルタミン酸受容体の活性化が関与することは、グルタミン酸シナプス伝達の阻害作用を持つリルゾールが治療薬として用いられていることからも明らかである。グルタミン酸トランスポーターの障害が筋萎縮性側索硬化症の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。
- 筋萎縮性側索硬化症患者の脳脊髄液中のグルタミン酸濃度が増加している[70]。
- 筋萎縮性側索硬化症患者の脊髄においてグルタミン酸取り込み能とslc1a2の発現量が減少している[71] [72]。
- 筋萎縮性側索硬化症モデル動物においてslc1a2とslc1a3の発編量が減少している[73] [74]。
- slc1a2を活性化する化合物は筋萎縮性側索硬化症モデルの症状を改善する[61] [75]。
ハンチントン病
ハンチントン病は、線条体の神経細胞が変性し、不随意運動・認知障害などの症状を示す常染色体優性遺伝疾患である。グルタミン酸トランスポーターの障害がハンチントン病の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。
- ハンチントン病患者の線条体においてslc1a2の発現が減少している[76] [77]。
- ハンチントン病モデル動物においてslc1a2とslc1a3の発現量が減少している[77] [78]。
- slc1a2を活性化する化合物はハンチントン病モデルの症状を改善する[79]。
片頭痛
片頭痛を伴うエピソード性運動失調6型(Episodic ataxia with hemiplegic migraine and seizures)の患者及び弧発性片麻痺性片頭痛の患者に、slc1a3の機能を障害するミスセンス変異(C186S とP290R、T387P)が見つかっている[57] [58] [80]。純粋な片頭痛のみを示す患者にslc1a2の変異は見つかっていないが、slc1a2の機能・発現に関与するATP1A2、slc4a4、MTDHの変異が報告されている[81] [82] [83]。
多発性硬化症
多発性硬化症は、中枢神経系の脱髄疾患の一つである。グルタミン酸トランスポーターの障害が多発性硬化症の発症に関与することを示す証拠として以下のものがある。
- 多発性硬化症患者の脳内および脳脊髄液中のグルタミン酸濃度が増加している[84] [85] [86]。
- 多発性硬化症患者の大脳皮質の障害部位ではslc1a2とslc1a3の発現が減少している[87]。
- グルタミン酸受容体の阻害剤が多発性硬化症モデルの症状を改善する[88] [89]。
本態性振戦
本態性振戦患者において、slc1a2の1塩基多型との関連や小脳でのslc1a2の発現減少が報告されている[90] [91]。
脳梗塞
脳梗塞の障害程度は、slc1a2の発現量を規定する1塩基多型と相関することが報告されている[92]。また、slc1a2欠損マウスでは虚血による障害が悪化し[93]、slc1a2の活性化化合物の投与により虚血障害が軽度になる[94] [95]。
慢性疼痛
慢性疼痛モデルでのslc1a2の発現減少[96]やslc1a2の活性化化合物が慢性疼痛モデルの疼痛を緩和する[97]という報告があり、slc1a2が慢性疼痛の創薬の一つの標的になっている[98]。
緑内障
緑内障は、40歳以上では約5%が潜在的に罹患していると考えられており、日本人の中途失明原因の第1位である。さらに、高齢化により患者数は増加し、その治療は活力ある高齢化社会を作るためには必要不可欠である。我が国の緑内障の約70%は正常眼圧緑内障であり、その病態は不明である。グルタミン酸トランスポーター slc1a3欠損マウスは、眼圧が正常であるにも関わらず、網膜神経節細胞が加齢に伴い選択的に変性し、視神経乳頭陥凹が拡大するなど正常眼圧緑内障に似た症状を示す[99]。また、slc1a3の発現を増加させるアルンジン酸はslic1a3欠損マウスの緑内障様症状を改善する[100]。しかし、slc1a3の遺伝子変異が正常眼圧緑内障の直接的な原因になるかは不明である。
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