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2021年12月9日 (木) 19:39時点における版

安部川直稔
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
DOI:10.14931/bsd.9962 原稿受付日:2021年9月3日 原稿完成日:2021年X月X日
担当編集委員:我妻広明(九州工業大学大学院 生命体工学研究科 人間知能システム工学専攻)

英:hand-eye coordination 独:Hand-Auge-Koordination 仏:coordination main-œil

 運動目標に向かう腕運動が計画・実行される過程において、手と目の動きが時空間的に協調する。このような現象、およびその現象に関連する脳計算理論を指して、手と目の協調運動計算と呼ぶ。手と目が協調して動くことは、必要な視覚情報を、適切なタイミングで取得することにつながり、運動課題の遂行に必要不可欠な機能と考えられている。協調運動は、「手の運動制御系」と「目の運動制御系」が処理過程における信号を相互にやり取りしている結果であり、後頭頂葉や小脳が主な脳関連領域として知られている。

日常的動作における目と手の運動計測

 手と目の協調運動とは、脳計算処理を指す言葉として、二通りの使われ方をすることが見受けられる。一つ目は、手と目の動きが時空間的に協調する仕組みのことで、本稿ではこの運動協調について概説する。二つ目は、網膜に入力される視覚情報から、腕を動かす運動指令生成に至る変換過程、つまり座標変換処理を指すものである。座標変換については、「到達運動」の項目を参照されたい。

 スポーツ、車の運転、お茶を淹れるなど、日常行為における目と手の動きを計測する試みが、1990年代から現在に至るまで、広く行われてきた(たとえば総説[1][2])。目の動かし方は、運動課題の種類に応じて大きく異なるものの、課題にとって重要な場所や物体に向かう視線移動、およびそれらに対する一定時間の固視などが頻繁に観察される。運動行為・課題を構成する複数の腕運動要素に着目した際、各腕運動にとって重要な視覚情報を受容するために、眼球運動が、腕運動に先行して生ずる。このような時空間的な目と手の協調運動は、各腕運動要素を正確に行う上で重要であり、結果として運動課題の適切な遂行に寄与すると考えられている。

時間的協調関係

図1. 視覚目標への腕運動および眼球運動(サッカード)の反応時間
大半の試行において、サッカードは腕運動に先行して開始する。腕運動とサッカードの反応時間(Reaction Time: RT)の間には、正の相関が観察される。
図2. 目と手の反応時間相関を説明する2つの考え方
目標表現の共有モデル(左パネル):目と手の反応時間相関は、両運動制御系が運動目標位置表現を共有することで生じるとする考え方。相互作用モデルとは異なり、両運動系間の信号のやり取りを考慮しない。
両運動系の相互作用モデル(右パネル):「目の運動制御系」と「手の運動制御系」は、運動目標表現を共有することに加えて、処理過程における信号を相互にやり取りし、積極的に協調関係を築くとする考え方。

 視覚目標に向かう腕到達運動と眼球運動(主にサッカード)を同時に計測し、両運動間の時間的な協調関係を精緻に観察する実験が、1970年後半より数多く行われてきた。一般的にサッカードは、腕運動に50~100 ms程度先行して開始し、腕運動加速度が上昇し下降する際のピーク時刻と概ね合致して終了することが知られる[3]。眼球運動が腕運動に先行することは、目標物を中心視野で捉え、より正確な視覚情報に基づいて腕運動を計画・実行することにつながる。

 腕運動と眼球運動の開始時刻(反応時間)は試行毎にばらつくものの、多くの場合、その間に正の相関関係が観察されることが知られる(図1)。この相関は、 以下2点、いずれの解釈でも説明可能であるが、(2)の協調機構の存在を示唆する知見が、多く示されてきた。

  1. 「目の運動制御系」と「手の運動制御系」が、共通の視覚入力を同時に受けた結果であり、協調関係を築くための両運動系間の信号のやり取りは考慮しない(図2、目標表現の共有モデル)
  2. 「目の運動制御系」と「手の運動制御系」が、処理過程の途中において信号を相互にやりとりし、積極的に協調関係を築いている(図2、両運動系の相互作用モデル)

 たとえば、古くはFiskとGoodale[4]は、右視野あるいは左視野に提示される目標物への腕運動および眼球運動の反応時間を計測した。一般的に、使用する腕の反対側空間に目標が呈示される場合、同側空間に呈示される場合と比較して、腕運動反応時間は遅くなることが知られる[脚注 1]。FiskとGoodaleらは、腕運動と同時に生成される眼球運動の反応時間が、腕運動反応時間と同様に、同側条件時と比較して反対側条件において遅くなることを示した。つまり、腕運動生成に固有の処理時間差(同側vs.反対側)が、同時に処理される眼球運動生成にも影響を与えることが明らかになった。

 同様に、より近年の研究[5]においては、腕運動学習の前後で腕運動反応時間に差が生ずることをうまく利用し、同時に行う眼球運動の反応時間も、腕運動学習の前後で腕運動と同じく変化することを示した。一方、眼球運動の生成処理を薬理的に阻害した際に、同時に行われる腕運動への影響も調べられた[6]。サッカード生成に強く関与することが知られるサル頭頂間溝外側壁領域(lateral intraparietal (LIP) area)をムシモールで不活性化してサッカード反応時間を遅らせた場合、眼球運動を伴った腕運動を行う場合のみ、腕運動反応時間の遅延が観察された[6]。以上の行動実験や、計算モデル[7]の知見は、腕運動と眼球運動、両処理系が相互に信号をやり取りし、積極的な協調関係が築かれた結果として、両運動反応時間の関係性が観察されるとする考え方を支持している。

 一方、両運動生成の処理系は独立であり、それほど強い協調関係は存在しないとする主張もしばしば展開される(図2、目標表現の共有モデル)。実際、両運動反応時間の相関値は研究ごとに大きく変動し、ほとんど相関が観察されない場合もある[8]。また、相対的な時間関係についても、腕運動反応時間を筋電で計測した場合、眼球運動反応時間とほぼ変わらない[8]、あるいは先行する[9]という報告も存在する。

 これら知見を踏まえると、目と手の運動発現の時間関係、協調関係は、固定的に決定されたものではなく、課題依存・状況依存で変わりうるものと考えるべきであろう。実際、目と手の反応時間相関値は、様々な運動課題間で大きく変動することが報告されている[10]。また、Simsら[11]は、目と手の反応時間の相対的な関係性が課題要求で変化し、かつその変化が最適規範の枠組で説明できることを示した。このように、目と手の協調関係は積極的に構築されながらも、その関係性は課題に依存して柔軟に変容しうると考えられるようになってきた[12]

  1. 「使用する腕の反対側空間に目標が呈示される」とは、たとえば右腕を動かす場合、左視野に目標呈示される状況を指す。この場合、目標情報は右半球視覚野に送られる。右腕運動は主に左半球運動領野が関係するため、右半球視覚野で処理される視覚情報を左半球へと送る必要がある。その結果、目標呈示が、腕の同側か反対側かによって反応時間に差が生ずる。

目と手の運動制御系の相互作用

 目と手の協調関係を支える両運動処理系の相互作用において、いかなる情報が、どのように影響を与え合うのであろうか?

 腕運動が眼制御系に与える影響を調べるために、眼球運動に腕運動が付随する場合と付随しない場合との間で、視覚目標へのサッカード反応時間が比較された。その結果、腕運動が付随する場合、サッカード反応時間が早まること[13]、サッカードのピーク速度が上昇し、サッカードの運動時間が短くなること[14]が示された。これら知見は、腕運動が眼球運動制御系に与える作用は、固定されたサッカードプログラムの開始時刻を変化させるだけでなく、サッカード生成のプログラム自体に変容を与えることを示唆する。

 では、腕運動制御系のいかなる情報が眼球運動制御系に影響を与えたのであろうか。たとえば、腕運動の有無に応じて、運動目標の表現様式が変化したと解釈することもできるし、腕運動指令が直接的に眼制御系に影響を与えた可能性も考えられる。このような観点のもと、Ariffら[15]は、視覚フィードバックのない状態で、腕運動遂行中の手先位置を眼で追従する課題を考案した。この場合の眼球運動は、滑らかな追従運動に加えて、補正サッカードが頻繁に観察される。Ariffらは、各補正サッカードの終端位置が、その時刻から約150 ms先の時点での腕位置と合致していることを見出した。つまりこの結果は、腕がこれから通過するであろう位置に向かって、予測的な眼球運動が生じていると解釈できる。更に、NanayakkaraとShadmehr[16]は、力摂動によって変位する腕位置への眼球運動課題を行った結果、予測的なサッカードが腕ダイナミクスを考慮して生成される点を示した。これら知見は、腕運動制御系のフォワードモデルによって連続的に推定される予測的腕位置情報が、サッカード生成に利用されていることを示唆する。

 また、NeggersとBekkering[17][18]は、腕運動から眼制御系に与える影響を、これまでとは異なる課題で検討した。彼らの実験課題では、運動目標を注視しながら腕運動を行っている最中に、新たな場所に呈示される視覚目標への眼球運動が求められた。腕運動については、初期目標位置への運動を継続する。その結果、サッカード反応時間は非常に遅延し、多くの試行において腕運動が終了するまで新たな眼球運動は生成されないことが明らかになった。目が腕運動目標へ固定されるという観点から、この現象は「アンカー効果」と呼ばれる。

 ここまでの知見をまとめると、眼制御系は腕制御系と密接に関連し、腕の目標位置、推定最終位置、オンライン推定腕位置といった情報を基に、眼球運動生成・抑制の調節を行っていると考えられる。特に腕運動制御の内部モデルフォワードモデル)を用いた予測的な眼球運動生成は、腕運動にとって有益な情報を取得することにつながる機能的な眼と腕の協調関係と解釈される。

 一方、眼球運動が腕制御系に与える影響についても、これまで検討されてきた。眼制御系は運動指令生成に加えて、視覚情報取得という側面を持ちうる。それゆえ、眼から腕への影響を検討する際には、その影響が視覚情報変化(網膜信号、retinal signals)に由来するのか、あるいはそれ以外の眼制御系に関連した信号(網膜外信号、extra-retinal signals)に由来するのか、分けて議論する必要がある。網膜信号が腕運動に影響を与えることは必然であり、視覚目標を注視することで腕運動の正確性は向上する(たとえば、文献[19])。対して、網膜外信号が腕運動に寄与する可能性については、眼と腕の運動最終位置が相関するという知見から支持されてきた[20][21][22][23][24]。また、Dunker錯視Müller-Lyer錯視といった錯視刺激を利用して眼球運動の最終位置を変化させた場合、腕運動の到達位置は、錯視刺激による直接的な影響から推定される場所よりも、目の最終位置(視線)に近くなることが報告されている[25][26]。これらの結果は、眼の最終位置が腕運動の目標表現として利用されている点を示唆する。また、眼の最終位置だけでなく、眼球運動の大きさが、同時に行う腕運動の最終位置あるいは初期加速度に影響を与えることも報告されている[27][28]。以上の知見は、眼球位置情報・眼球運動情報といった網膜外信号が、腕運動制御系に利用され、眼と腕が共通の場所に向かうように協調関係が築かれていることを示唆する。一方、網膜外信号(特に自己受容感覚に基づく目の位置情報)が腕運動に与える影響は非常に小さく、その機能的な貢献度については古くより議論の対象となっている(たとえば文献[19])。加えて、上述の錯視刺激を用いた実験などでは、視覚刺激が直接腕運動に与える影響を考慮しきれていない部分もあり(たとえば、Dunker錯視に利用される背景視覚運動刺激が直接的に腕運動に与える影響など[29])、実験的な問題点も残されている。

神経基盤

 目と手の協調運動を支える神経基盤として、後頭頂葉posterior parietal cortex :PPC)と小脳の関与を示す知見がいくつか報告されてきた。

後頭頂葉

 サルでは、ニューロン活動が示す性質から、後頭頂葉を、腕運動に強く関与する頭頂到達領域 (parietal reach region, PRR)と、眼球運動(主にサッカード)に強く関与するLIPと分けて考えることができる。ムシモールによりPRRを不活性化した場合、両運動の反応時間相関が弱まることから、目と腕の時間的協調関係にPRRが関与していることが示唆された[30]。一方、神経の同期活動に着目した解析により、LIPも両運動の時間的協調関係に関与することが示されている[31][32]。また、より近年の研究によれば、PRRとLIPの連関が、腕運動中に生ずる目への強い抑制効果(前述のgaze-anchoring)と関連することが示唆されている[33]。また、健常人参加者の後頭頂葉への経頭蓋磁気刺激transcranial magnetic stimulation, TMS)の印加により、目と腕の空間的協調関係が崩れることも報告されている[34]

小脳

 従来、小脳は、目と手の協調動作に限らず、関節効果器間など、多様な協調動作に関与することが多く示されてきた(たとえば文献[35])。Miallら[36][37][38]は、不規則に動く視覚目標を、目と手を用いて連続的に追従するトラッキング課題に着目し、fMRI計測の結果、目と腕の協調関係に小脳が関わることを示した。トラッキング課題において目制御系は、フォワードモデルに基づく手の位置の推定情報を連続的に利用すると考えられており、このフォワード計算に小脳が関与すると解釈することができる。小脳が、目・腕の協調関係、特に時間的協調に関与する考え方は、小脳疾患患者や動物を対象とした実験などでも広く支持されている[39][40][41]

関連項目

参考文献

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