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<font size="+1">[https://researchmap.jp/maruyamat 丸山 崇]、[https://researchmap.jp/read0037027 | <font size="+1">[https://researchmap.jp/maruyamat 丸山 崇]、[https://researchmap.jp/read0037027 上田 陽一]</font><br> | ||
''産業医科大学''<br> | ''産業医科大学''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年5月1日 原稿完成日:2025年5月8日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座)<br> | ||
</div> | </div> | ||
英:oxytocin | 英:oxytocin | ||
{{box|text= | {{box|text= オキシトシンは、9個のアミノ酸で構成されるペプチドホルモンであり、視床下部室傍核と視索上核で合成され、下垂体後葉から血中に分泌されて末梢組織にて子宮収縮や射乳に関わるとともに、室傍核の小細胞ニューロンで合成されたオキシトシンは軸索を介して脳内各所に投射し、母性行動やストレス応答など多様な社会性神経機能に関与する。}} | ||
== オキシトシンとは == | == オキシトシンとは == | ||
ギリシャ語のokytokos(早い(okys)出産(tokos))に由来しており、古典的な生理的作用として[[子宮]]収縮による[[分娩]]促進作用が知られている。[[wj:ヴィンセント・デュ・ヴィニョー|Vincent du Vigneaud]] らは、オキシトシンの化学構造を明らかにし、さらに初めて[[ペプチドホルモン]]の生合成に成功した。この業績により、1955年にノーベル化学賞を授与されている<ref name=DuVigneaud1953><pubmed>13129273</pubmed></ref>。長らくはオキシトシンの末梢作用、すなわち子宮収縮や[[乳汁]]射出といった生理作用が中心的に研究されてきたが、1980年代以降、中枢神経系におけるオキシトシンの存在と神経調節的な役割が明らかとなり、社会的絆や[[情動]]調節に深く関与する「愛情ホルモン」として再評価されている。現在では、[[自閉スペクトラム症]](ASD)、[[ | ギリシャ語のokytokos(早い(okys)出産(tokos))に由来しており、古典的な生理的作用として[[子宮]]収縮による[[分娩]]促進作用が知られている。[[wj:ヴィンセント・デュ・ヴィニョー|Vincent du Vigneaud]] らは、オキシトシンの化学構造を明らかにし、さらに初めて[[ペプチドホルモン]]の生合成に成功した。この業績により、1955年にノーベル化学賞を授与されている<ref name=DuVigneaud1953><pubmed>13129273</pubmed></ref>。長らくはオキシトシンの末梢作用、すなわち子宮収縮や[[乳汁]]射出といった生理作用が中心的に研究されてきたが、1980年代以降、中枢神経系におけるオキシトシンの存在と神経調節的な役割が明らかとなり、社会的絆や[[情動]]調節に深く関与する「愛情ホルモン」として再評価されている。現在では、[[自閉スペクトラム症]](ASD)、[[外傷後ストレス障害]]([[PTSD]])、[[統合失調症]]などなどとの関連が注目されており、[[神経精神疾患]]の新たな治療標的として研究が進められている<ref name=Igarashi2020>'''五十嵐健人、富田 和男、桑原 義和、栗政 明弘、佐藤 友昭 (2020).<br>'''オキシトシンの精神作用と精神疾患治療への応用に向けたアプローチ 東北医科薬科大学研究誌,67,41−45</ref><ref name=Kosfeld2005><pubmed>15931222</pubmed></ref><ref name=Striepens2011><pubmed>21802441</pubmed></ref>。 | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
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オキシトシンは主に[[視床下部]]の[[室傍核]]([[paraventricular nuclreus]]; [[PVN]])および[[視索上核]]([[supraoptic nucleus]]; [[SON]])大細胞ニューロンで産生され、[[正中隆起]]を通る[[軸索]]内を[[下垂体]][[後葉]]へと運搬される。オキシトシンと同じ前駆体に存在している[[ニューロフィジン1]]が、オキシトシンの担体タンパク質として細胞内輸送を補助し、この複合体が下垂体後葉に到達した後貯蔵され、神経末端の[[脱分極]]によってニューロフィジンと解離し血中に放出され、標的臓器に到達してその生理作用を発揮する。 | オキシトシンは主に[[視床下部]]の[[室傍核]]([[paraventricular nuclreus]]; [[PVN]])および[[視索上核]]([[supraoptic nucleus]]; [[SON]])大細胞ニューロンで産生され、[[正中隆起]]を通る[[軸索]]内を[[下垂体]][[後葉]]へと運搬される。オキシトシンと同じ前駆体に存在している[[ニューロフィジン1]]が、オキシトシンの担体タンパク質として細胞内輸送を補助し、この複合体が下垂体後葉に到達した後貯蔵され、神経末端の[[脱分極]]によってニューロフィジンと解離し血中に放出され、標的臓器に到達してその生理作用を発揮する。 | ||
また、室傍核の小細胞ニューロンで産生されたオキシトシンは視床下部の外部に軸索を投射し[[神経伝達物質]]として働くことや、[[樹状突起]]や[[細胞体]]から中枢神経系内に放出され(dendritic release)、局所的な神経修飾作用を有することが知られている<ref name=Pow1989><pubmed>2586758</pubmed></ref>。 | |||
== 機能 == | == 機能 == | ||
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経鼻的に投与すると他者への信頼感が増すことが報告されたことを契機に<ref name=Kosfeld2005><pubmed>15931222</pubmed></ref>、オキシトシンが人間関係に深く関わっていることが注目され「愛情ホルモン」「絆ホルモン」と呼ばれることもある。 | 経鼻的に投与すると他者への信頼感が増すことが報告されたことを契機に<ref name=Kosfeld2005><pubmed>15931222</pubmed></ref>、オキシトシンが人間関係に深く関わっていることが注目され「愛情ホルモン」「絆ホルモン」と呼ばれることもある。 | ||
オキシトシン受容体[[ノックアウトマウス]]では分娩には影響が無いものの、授乳や[[養育行動]]に影響が出ることから、オキシトシンが母性行動に関係することも報告されている<ref name=Takayanagi2005><pubmed>16249339</pubmed></ref>。[[不安行動]]や[[社会性行動]]に関与し[[ストレス]]緩和<ref name=Bulbul2011><pubmed>21382355</pubmed></ref>など、とくに[[扁桃体]]、[[前頭前皮質]]、[[視床下部]]、[[海馬]]などの領域に作用することで、情動調節や他者理解に関わる。海馬では特に[[CA2]]領域が社会性行動に関与していることが知られているが、[[ | オキシトシン受容体[[ノックアウトマウス]]では分娩には影響が無いものの、授乳や[[養育行動]]に影響が出ることから、オキシトシンが母性行動に関係することも報告されている<ref name=Takayanagi2005><pubmed>16249339</pubmed></ref>。[[不安行動]]や[[社会性行動]]に関与し[[ストレス]]緩和<ref name=Bulbul2011><pubmed>21382355</pubmed></ref>など、とくに[[扁桃体]]、[[前頭前皮質]]、[[視床下部]]、[[海馬]]などの領域に作用することで、情動調節や他者理解に関わる。海馬では特に[[CA2]]領域が社会性行動に関与していることが知られているが、[[スライス標本]]でオキシトシンを作用させることにより、通常は起こりにくいCA2領域での[[長期増強現象]]([[LTP]])が起こるようになることが知られている<ref name=Tirko2018><pubmed>30293821</pubmed></ref>。実際にオキシトシン受容体はCA2領域に発現している<ref name=Ferguson2000><pubmed>10888874</pubmed></ref><ref name=Mitre2016><pubmed>26911697</pubmed></ref>。 | ||
室傍核の小細胞ニューロンから[[脳幹]]や[[脊髄]] | 室傍核の小細胞ニューロンから[[脳幹]]や[[脊髄]]に投射するオキシトシンニューロンが存在し、[[脊髄後角]]で[[疼痛]]抑制作用を持つことも知られている<ref name=Matsuura2016><pubmed>27060190</pubmed></ref>。 また、オキシトシンは[[摂食]]抑制ペプチドとして知られていたが、視床下部の[[弓状核]]を介して[[過食性肥満]]を改善させることが報告されている<ref name=Inada2022><pubmed>36281647</pubmed></ref>。 | ||
== 疾患との関わり == | == 疾患との関わり == | ||
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=== 自閉スペクトラム症 === | === 自閉スペクトラム症 === | ||
オキシトシン系の機能不全が社会的相互作用障害に寄与する可能性がある。オキシトシン点鼻の臨床試験が行われた<ref name=Yamasue2022><pubmed>35067719</pubmed></ref>。 | オキシトシン系の機能不全が社会的相互作用障害に寄与する可能性がある。オキシトシン点鼻の臨床試験が行われた<ref name=Yamasue2022><pubmed>35067719</pubmed></ref>。 | ||
=== | ===外傷後ストレス障害 === | ||
オキシトシンがストレス応答系を抑制し、情動の安定化に寄与することから、外傷後ストレス障害 (posttraumatic stress disorder; PTSD)への治療的応用が期待されている<ref name=Donadon2018><pubmed>29545749</pubmed></ref>。 | |||
=== 統合失調症 === | === 統合失調症 === | ||
[[社会的認知障害]]との関連が示唆され、 オキシトシン点鼻の臨床研究も報告されている<ref name=Fischer-Shofty2013><pubmed>23433504</pubmed></ref>。 | [[社会的認知障害]]との関連が示唆され、 オキシトシン点鼻の臨床研究も報告されている<ref name=Fischer-Shofty2013><pubmed>23433504</pubmed></ref>。 | ||