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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0104691 中村 太戯留]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0104691 中村 太戯留]</font><br>
''東京工科大学''<br>
''慶應義塾大学環境情報学部''<br>
<font size="+1">松井 智子</font><br>
<font size="+1">松井 智子</font><br>
''東京学芸大学''<br>
''東京学芸大学総合教育科学系国際教育センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年5月11日 原稿完成日:2015年xx月xx日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年5月11日 原稿完成日:2015年6月17日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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英語名:language 独:Sprache 仏:langage
英語名:language 独:Sprache 仏:langage


{{box|text= 言語は、ある特定の国や地域や文化に属する人々のコミュニケーションや相互作用において使用されるもので、音声や書かれた記号からなる体系である。その処理は、言語産出の相と、言語理解の相とに大別することができる。言語産出の相においては、思考があり、思考が文として表現され、その文が音声や文字に変換される。音声は、空気の振動として、聞き手の耳、そして話し手自身の耳に伝わる。文字は、読み手の目、そして書き手自身の目に伝わる。言語理解の相においては、[[知覚]]した音声や文字から語、語の連鎖から文、そして文から意味が構成される。言語処理に関与する脳の領域は、大まかには、[[環シルビウス溝言語領域]]、[[環・環シルビウス溝言語領域]]、そして[[右半球言語領域]]の三領域に分けることができる。特に環シルビウス溝言語領域は、運動性言語野であるブローカ野と感覚性言語やであるウェルニッケ野、および両者をつなぐ[[弓状束]]を含み、音声系列の処理において重要な役割を果たしていると考えられている。さらに、意味処理や意味記憶に関する領域も明らかになっている。一方これらの領域は社会的認知に関与する領域とも重複することから意味処理と社会的認知に関与する部位は相補的である可能性が示唆されている。}}
{{box|text= 言語は、ある特定の国や地域や文化に属する人々のコミュニケーションや相互作用において使用されるもので、音声や書かれた記号からなる体系である。脳科学が対象とする言語は、言語学の知見、神経心理学の知見、そしてイメージング研究の知見を総合して考える必要がある。言語学の主な分野としては、音韻論、形態論、統語論、意味論、語用論があり、代表的な理論には、生成文法、認知意味論、そして関連性理論がある。神経心理学では、失語症の研究から、環シルビウス溝言語領域が、音韻論、形態論、そして統語論の神経基盤、すなわち言語中枢と考えられている。また、環・環シルビウス溝言語領域は意味論的な情報の充填、右半球言語領域は語用論的な情報の充填に関与することを予想している。イメージング研究では、環シルビウス溝言語領域が言語中枢であること、環・環シルビウス溝言語領域が意味論的な情報の充填に関与していることを支持している。さらに、内側前頭前野および後帯状回は、語用論的な情報の充填に関与していることが示唆されている。なお、語用論的な情報の充填に関しては、右半球言語領域や皮質下領域の関与も示唆されているものの、一貫した見解は得られていない。}}


==言語とは==
==言語とは==
[[ファイル:tagirunakamura_fig_1.png|200px|thumb|'''図1.脳科学としての言語''']]
[[ファイル:tagirunakamura_fig_1.png|200px|thumb|'''図1.脳科学が対象とする言語''']]
 言語は、ある特定の国や地域や文化に属する人々のコミュニケーションや相互作用において使用されるもので、音声や書かれた記号からなる体系である。表情や身振り手振りなども含む場合がある。
 言語は、[[ヒト]]が音声や文字を用いて思想・感情・意志などを伝達するために用いる記号体系であり(広辞苑, 大辞泉)、ヒトはそれを表現したり、他者のそれを受け入れて理解したりする(大辞泉)。ある特定の国や地域や文化に属する人々のコミュニケーションや相互作用において使用されるもので、音声や書かれた記号からなる体系である。表情や身振り手振りなども含む場合がある。


 脳科学としての言語は、言語学の知見、神経心理学の知見、そしてイメージング研究の知見を総合して考える必要がある(図1)。言語学では、音声や書かれた記号を対象として、人々によってそれがどのように使用されるのかを明らかにしようとしている。神経心理学では、脳の<u>物理的損傷の患者を対象として、その損傷により引き起こされたと考えられる症状との関係から、脳における言語機能を明らかにしようとしている</u>(編集コメント:対応する内容が以下に無いようです)。そして、イメージング研究では、主に健常者を対象として、あるタスクを行ってもらい、その際の脳の賦活部位を、機能的磁気共鳴画像(fMRI: Functional Magnetic Resonance Imaging)などの手法を用いて明らかにしようとしている。
 脳科学が対象とする言語は、[[wj:言語学|言語学]]の知見、[[神経心理学]]の知見、そして[[イメージング研究]]の知見を総合して考える必要がある(図1)。


==言語産出と言語理解==
 '''言語学'''では、音声や書かれた記号を対象として、人々によってそれがどのように使用されるのかを明らかにしようとしている。
 
 '''神経心理学'''では、脳の物理的損傷の患者を対象として、その損傷により引き起こされたと考えられる症状との関係から、脳における言語機能を明らかにしようとしている。
 
 '''イメージング研究'''では、主に健常者を対象として、あるタスクを行ってもらい、その際の脳の賦活部位を、[[機能的磁気共鳴画像]]([[fMRI]]: [[Functional Magnetic Resonance Imaging]])などの手法を用いて明らかにしようとしている。
 
==言語学の知見==
[[ファイル:tagirunakamura_fig_2.png|350px|thumb|'''図2.言語産出と言語理解''']]
[[ファイル:tagirunakamura_fig_2.png|350px|thumb|'''図2.言語産出と言語理解''']]
 言語学では、ヒトが使用する言語を客観的に記述し説明することを目的としており、その分野は多岐にわたる。[[音韻論]]は言語の構成要素である音声の機能、[[形態論]]は語を構成する仕組み、そして[[統語論]]は語が文を構成する仕組みをそれぞれ研究対象としている。また、[[意味論]]は語、句、文などの言語表現が表す意味、[[語用論]]は言語表現とその使用者(話し手、聞き手、書き手、読み手)や文脈との関係をそれぞれ研究対象としている。
 代表的な理論(言語的モデル)としては、[[生成文法]]、[[認知意味論]]([[認知言語学]]の主要な理論)、そして[[関連性理論]]を挙げることができる。
*'''生成文法'''(generative grammar)は<ref name=Chomsky1955>'''Chomsky, Noam.'''<br>The logical structure of linguistic theory<br>''Chicago : University of Chicago Press'': 1985(1955).</ref>、ヒトの発達においてごく短期間に言語獲得が成功することに注目し、生得的に言語の初期状態である[[普遍文法]](universal grammar, UG)を備えていると仮定したモデル化をしている。そのため、新生児が育つ国や文化によってどのような言語でも短期間に獲得できるのは、この生得的な普遍文法によると考えられている。
*'''認知言語学'''(cognitive linguistics)は<ref name=William2004>'''Croft, William, & Cruse, D. Alan.'''<br>Cognitive linguistics<br>''Cambridge : Cambridge University Press'': 2004.</ref>、生得的で自動的な認知能力(autonomous cognitive faculty)として言語を捉える生成文法の立場に異議を唱え、動的に概念構成(conceptualization)していくという文法の役割を強調し、ことばの意味は使用を通してあらわれるという仮説を唱えている。研究は、[[意味論]]に集中しており、'''認知意味論'''(cognitive semantics)は<ref name=Lakoff1987>'''Lakoff, George.'''<br>Women, Fire, and Dangerous Things: What Categories Reveal About the Mind.<br>''University of Chicago Press'': 1987.</ref>、[[隠喩]](metaphor)、[[換喩]](metonymy)、[[イメージスキーマ]](image schema)を用いて言語の実態の究明を目指している。
*'''関連性理論'''(relevance theory)は<ref name=Sperber1986>'''Sperber, D. and Wilson, D'''<br>Relevance: Communication and cognition.<br>''Oxford: Blackwell'':1986 (『関連性理論:伝達と認知』, 内田聖二他訳, 研究社出版; 第二版は1995年)</ref>、[[関連性]]という[[認知効果]]と[[処理労力]]のバランスで定まる情報の属性を手掛かりとして、聞き手は「話し手が伝えたいと思っている意味」を推論しているという論を展開している。


 言語処理は、言語産出の相と、言語理解の相とに大別することができる(図2)。言語産出の相においては、思考があり、思考が文として表現され、その文が音声や文字に変換される。音声は、空気の振動として、聞き手の耳、そして話し手自身の耳に伝わる。文字は、インクの染みとして読み手の目、そして書き手自身の目に伝わる。言語理解の相においては、[[知覚]]した音声や文字から語、語の連鎖から文、そして文から意味が構成される。
 [[ことばの鎖]](speech chain)は<ref name=Denes1963>'''Denes, Peter B., & Pinson, Elliot N.'''<br>The Speech Chain: The Physics and Biology of Spoken Language<br>''New York: Doubleday'': 1973(1963).</ref>、話し手の言語学的な段階(linguistic level)と[[生理学]]的な段階(physiological level)から、[[音響学]]的な段階(acoustic level)を経て、聞き手の生理学的な段階と言語学的な段階に至るという言語コミュニケーションにおける一連の流れをモデル化している(図2)。話し手は[[言語産出]](speech production)の相、聞き手は[[言語理解]](perception)の相のモデルとなっている。通常の会話では、聞き手は次の話し手となるため、ことばの鎖は循環構造となる。


 ただし、[[ヒト]]のコミュニケーションは、コンピュータのコミュニケーションと大きく異なる点に注意する必要がある。コンピュータのコミュニケーションであれば、送信者側で表現されている内容はコード表に従ってエンコードされ、伝送され、そして受信者側で同じコード表に従ってデコードされ、送信者側とまったく同じ内容を受信者側が抽出することが可能である。一方、ヒトのコミュニケーションにおいては、共通のコード表が話し手と聞き手との間で共有されていることを保証することはできないため、(厳密に言えば)話し手と全く同じ内容を聞き手が言葉から抽出することは不可能なのである。そのため、聞き手が受け取った音声の内容を理解するためには、知識や過去の経験、その場の文脈などを手掛かりとして話し手が伝えようとしている内容を推測して構成することが必要である。そのため、ここでは意味や内容の「抽出」ではなく、「構成」という用語を用いている<ref>'''深谷昌弘・田中茂範'''<br>コトバの意味づけ論:日常言語の生の営み<br>''紀伊國屋書店'':1996</ref><ref>'''田中茂範・深谷昌弘'''<br>意味づけ論の展開:情況編成・コトバ・会話<br>''紀伊國屋書店'':1998</ref>
 [[意味づけ論]](sense making theory)は<ref>'''深谷昌弘・田中茂範'''<br>コトバの意味づけ論:日常言語の生の営み<br>''紀伊國屋書店'':1996</ref><ref>'''田中茂範・深谷昌弘'''<br>意味づけ論の展開:情況編成・コトバ・会話<br>''紀伊國屋書店'':1998</ref>、空気の振動としての音声やインクの染みとしての文字をコトバ(カタカナで表記)と定義し、複数の会話の参加者の情況(mental states)はコトバを介して相互作用するという論を展開している。


==言語野:ブローカ野とウェルニッケ野==
==神経心理学の知見==
[[ファイル:tagirunakamura_fig_3.png|350px|thumb|'''図3.言語野:ブローカ野とウェルニッケ野''']]
[[ファイル:tagirunakamura_fig_3.png|350px|thumb|'''図3.言語野:ブローカ野とウェルニッケ野''']]


 言語処理に関与する脳の領域は、大まかには、[[環シルビウス溝言語領域]][[環・環シルビウス溝言語領域]]、そして[[右半球言語領域]]の三領域に分けることができる(図3)<ref>'''山鳥重'''<br>言語生成の大脳機構<br>''音声言語医学, 37(2), 262-266'':1996</ref>。
 神経心理学では、脳の物理的損傷の患者を対象として、その損傷により引き起こされたと考えられる症状との関係から、脳における言語機能を明らかにしようとしている。言語処理に関与する脳の領域は、大まかには、[[環シルビウス溝言語領域]](言語中枢)、[[環・環シルビウス溝言語領域]]、そして[[右半球言語領域]]の三領域に分けることができる(図3)<ref name=Yamadori1996>'''山鳥重'''<br>言語生成の大脳機構<br>''音声言語医学, 37(2), 262-266'':1996</ref>。


*環シルビウス溝言語領域は、[[ブローカ野]]と[[ウェルニッケ野]]という[[言語野]]、および両者をつなぐ[[弓状束]]を含み、音声系列の処理において重要な役割を果たしていると考えられている。ブローカ野は[[運動性言語野]]とも呼ばれており、言語処理における言語産出の相の重要な役割を担っていると考えられている。一方、ウェルニッケ野は[[感覚性言語野]]([[受容性言語野]])とも呼ばれており、言語処理における言語理解の相の重要な役割を担っていると考えられている。
*'''環シルビウス溝言語領域'''(perisylvian speech zone)は<ref name=Benson1979>'''Benson, D.F.'''<br>Aphasia, alexia, and agraphia.<br>''New York: Churchill Livingstone'': 1979.</ref>、[[ブローカ野]]と[[ウェルニッケ野]]という[[言語野]]、および両者をつなぐ[[弓状束]]を含み、[[音声系列]]の処理において重要な役割を果たしていると考えられている<ref name=Geschwind1972><pubmed>5014017</pubmed></ref><ref name=Mesulam1990><pubmed>2260847</pubmed></ref>。19世紀のフランスの医師である[[wj:ピエール・ポール・ブローカ|ポール・ブローカ]]は、語の理解はできるが発語が困難と診断された患者の死後解剖により、左下[[前頭回]]([[44野]]と[[45野]]、[[ブローカ野]])に[[脳梗塞]]を発見し、そこが[[運動性失語]]の病巣で、発話などの中枢と推定した<ref name=Broca1861>'''Broca, P.'''<br>Remarques sur le siège de la faculté du langage articulé; suivies d’une observation d’aphémie (perte de la parole).<br>''Bull Soc Anat Paris''. 1861, 6; 330-357. [http://psychclassics.yorku.ca/Broca/aphemie.htm HTML]</ref>。一方、19世紀のドイツの医師である[[w:Carl Wernicke|カール・ウェルニッケ]]は、多弁によく発話するが意味ある話にならない患者を扱い、左上[[側頭回]]から[[角回]]のあたり([[22野]]、[[ウェルニッケ野]])に病変を見つけ、そこが[[感覚性失語]]([[受容性失語]])の病巣で、言語理解の中枢と推定した<ref name=Wernicke1874>'''Wernicke, C.'''<br>Der aphasische Symptomenkomplex. Eine psychologische Studie auf anatomischer Basis<br>''Breslau: Max Cohn & Weigert'': 1874.
[http://bsd.neuroinf.jp/w/images/e/ee/Der_aphasische_Symptomencomplex.pdf PDF]
</ref>。


*環・環シルビウス溝言語領域は、環シルビウス溝言語領域の周りの側頭葉、[[頭頂葉]]、[[前頭葉]]を含み、その活動には[[補足運動野]]や視床も加わり、音声系列への言語的意味の充填に関与していると考えられている。
*'''環・環シルビウス溝言語領域'''(peri-perisylvian speech zone)は、環シルビウス溝言語領域の周りの[[側頭葉]]、[[頭頂葉]]、[[前頭葉]]を含み、その活動には[[補足運動野]]や[[視床]]も加わり、音声系列への言語的意味の充填に関与していると考えられている。左[[中下側頭回]]の変性病巣で語義理解の障害<ref name=Snowden1992><pubmed>1575456</pubmed></ref>、左側頭葉前方で[[wj:固有名詞|固有名詞]]の回収障害<ref name=Damasio1992><pubmed>1732792</pubmed></ref>が報告されている。また、補足運動野は会話の開始および維持において重要な役割を果たしている可能性<ref name=Freedman1984><pubmed>6538298</pubmed></ref>、視床は語彙を[[長期記憶]]から呼びだして文に組み込む役割を果たしている可能性<ref name=Mori1986><pubmed>3545050</pubmed></ref>が示唆されている。


*右半球言語領域は...(編集コメント:これについてもご説明いただけると幸甚です)
*'''右半球言語領域'''(right hemisphere language zone)は、状況に応じた言語使用、比喩、談話主題の維持、言語による[[情動]]表現など、語用論において重要な役割を果たしている。この領域の傷害により、比喩理解の障害、[[ユーモア]]理解の障害、[[談話]]の一貫性の消失などが報告されている<ref name=Weylman1988><pubmed>2451849</pubmed></ref>。また、[[感情]]を言語にこめられなくなったり、言葉が含む感情が理解できなくなったりすることも報告されている<ref name=Ross1981><pubmed>7271534</pubmed></ref>。


 [[ウェルニッケ=ゲシュビント・モデル]]では、言語理解の相と言語産出の相をつなぐことで、ヒトが聞き手ないし読み手として言語理解をしてから、話し手ないし書き手として言語産出をするまでをモデル化している。話し言葉は耳で知覚して、[[視床]]の[[内側膝状体]]を経由して、[[大脳皮質]]の上側頭回にある一次[[聴覚野]]へ情報が入り、言語脳であるウェルニッケ野から弓状束を通りブローカ野に至る領域で理解と産出をおこない、そして一次運動野から口を制御して音声を発するという経路をたどる。書き言葉は目で知覚して、視床の[[外側膝状体]]を経由して、大脳皮質の[[後頭葉]]にある[[一次視覚野]]へ情報が入り、[[側頭頭頂接合部]]にある[[角回]]を経由して、言語脳であるウェルニッケ野から弓状束を通りブローカ野に至る領域で理解と産出をおこない、そして一次運動野から手を制御して文字を記すという経路をたどる。いずれも、主に環シルビウス溝言語領域における活動のモデル化となっている。
 [[ウェルニッケ=ゲシュビント・モデル]]では<ref name=Geschwind1979><pubmed>493918</pubmed></ref>、言語理解の相と言語産出の相をつなぐことで、ヒトが聞き手ないし読み手として言語理解をしてから、話し手ないし書き手として言語産出をするまでをモデル化している。話し言葉は耳で知覚して、視床の[[内側膝状体]]を経由して、[[大脳皮質]]の[[上側頭回]]にある[[一次聴覚野]]へ情報が入る。言語中枢であるウェルニッケ野から弓状束を通りブローカ野に至る領域で理解と産出をおこない、そして[[一次運動野]]から口を制御して音声を発するという経路をたどる。書き言葉は目で知覚して、[[視床]][[外側膝状体]]を経由して、大脳皮質の[[後頭葉]]にある[[一次視覚野]]へ情報が入る。[[側頭頭頂接合部]]にある[[角回]]を経由して、言語中枢で理解と産出をおこない、そして一次運動野から手を制御して文字を記すという経路をたどる。


==イメージング研究とそのメタ分析==
 いずれも、主に環シルビウス溝言語領域における活動のモデル化となっており、言語学における音韻論、形態論、そして統語論の神経基盤、すなわち言語中枢と考えられている。これに、環・環シルビウス溝言語領域による意味論的な情報の充填、右半球言語領域による語用論的な情報の充填がおこなわれていると予想されている<ref name=Yamadori1996></ref>。
 イメージング研究では、ある脳活動を表わす画像データから、他の脳活動を表わす画像データを引き算し、残った活動から純粋に言語に関連する領域を見るという研究方略をとる(編集コメント:以下で述べられている解剖学的構造と、一つ前の段落で述べられている構造の関連がよくわかりません。イメージング研究などの結果から言語野の詳細がわかってきたのでは?)


 例えば、ピーターセンらの実験では<ref name=Petersen1988><pubmed>3277066</pubmed></ref>、まず(1)注視点として「+」を見ている状態があり、そこに(2a)「ハンマー」という文字が加わる状態や、(2b)「ハンマー」という音声が加わる状態、そして(3)「ハンマー」と復唱する状態、さらに(4)ハンマーに対応する動詞として「打つ」と言う状態を設定した。そこで、(2a)から(1)を引き算すると単語を見ているときの脳活動(視覚野)、(2b)から(1)を引き算すると単語を聞いているときの脳活動(聴覚野、ウェルニッケ野、角回)、(3)から(2a)や(2b)を引き算すると単語を言っているときの脳活動(運動野)、そして(4)から(3)を引き算すると動詞を生成しているときの脳活動(ブローカ野、ウェルニッケ野)が残る。このような差分法の活用により、ウェルニッケ=ゲシュビント・モデルを健常者の脳で確認することができるようになった。
==イメージング研究の知見==
 イメージング研究では、主に健常者を対象として、あるタスクを行ってもらい、その際の脳の賦活部位を、機能的磁気共鳴画像や[[陽電子放射断層撮像法]]([[PET]]: [[Positron Emission Tomography]])などの手法を用いて明らかにしようとしている。また、[[メタ分析]] (meta-analysis)、すなわち複数のイメージング研究の結果の俯瞰的な視点からの分析が行われている。Binder他は<ref name=Binder2009><pubmed>19329570</pubmed></ref>、100以上の研究を集めたメタ分析を行ったところ、意味処理に関与する部位は68%が左半球で32%が右半球であった。また、一般的な意味処理(general semantic processing)に関与する部位として、大脳の左半球の3つの領域(後方の多種感覚の統合をおこなう[[連合皮質]]、多種感覚の統合をおこなう[[前頭前皮質]]、[[内側辺縁領域]])とそこに属する7つの部位(下頭頂葉後方、[[中側頭回]]、[[紡錘状回]]と[[海馬傍回]]、[[下前頭回]]、[[背内側前頭前野]]、[[腹内側前頭前野]]、[[後帯状回]])が重要な役割を果たすとしている<ref name=Binder2009><pubmed>19329570</pubmed></ref>。


 さらに、[[メタ分析]] (meta-analysis)、すなわち複数のイメージング研究の結果の俯瞰的な視点からの分析が行われている。Binder他は<ref name=Binder2009><pubmed>19329570</pubmed></ref>、100以上の研究を集めたメタ分析を行い、一般的な意味処理(general semantic processing)に関与する部位の特定を試み、大脳の左半球の7つの領域(下頭頂葉後方、中[[側頭回]]、[[紡錘状回]][[海馬傍回]]、背内側[[前頭前野]]、下[[前頭回]]、腹内側前頭前野、後[[帯状回]])が重要な役割を果たす可能性を示唆している。例えば、下頭頂葉後方は、意味検索や意味統合において重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。中側頭回は、モノやその属性、道具や動作といった意味記憶の貯蔵において重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。紡錘状回は、側頭葉外側の意味記憶と側頭葉内側の[[エピソード記憶]]の仲立ちにおいて重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。また、下前頭回に関して、[[44野]]は音韻処理、44野と[[45野]]は文法処理、45野と[[47野]]は意味処理に関与する可能性が示唆されている<ref name=Hagoort2005><pubmed>16054419</pubmed></ref>。
* '''後方の多種感覚の統合をおこなう連合皮質'''(posterior heteromodal association cortex)
:'''1. 左下頭頂葉後方'''(posterior inferior parietal lobe; temporo-parietal junction, TPJ)は、多様な情報の[[統合]]と内的[[知識]]の検索をおこなっている<ref name=Ni2000><pubmed>10769310</pubmed></ref><ref name=Friederici2003><pubmed>12507948</pubmed></ref><ref name=Newman2003><pubmed>12668239</pubmed></ref><ref name=Humphries2007><pubmed>17500009</pubmed></ref>。具体的には、文や文脈の理解、問題解決、そして計画立案など、概念をうまく組み合わせるという役割を担っていると考えられている<ref name=Binder2009><pubmed>19329570</pubmed></ref>。
:'''2. 左中側頭回'''(middle temporal gyrus, MTG)は、物やその属性に関する概念情報の蓄積をおこなっている<ref name=Martin1995><pubmed>7569934</pubmed></ref><ref name=Martin1996><pubmed>8628399</pubmed></ref><ref name=Cappa1998><pubmed>9811553</pubmed></ref><ref name=Chao1999><pubmed>10491613</pubmed></ref><ref name=Chao1999><pubmed>9950712</pubmed></ref><ref name=Chao2000><pubmed>10988041</pubmed></ref><ref name=Moore1999><pubmed>10355678</pubmed></ref><ref name=Perani1999><pubmed>10199643</pubmed></ref><ref name=Grossman2002><pubmed>11906234</pubmed></ref><ref name=Kable2002><pubmed>12167263</pubmed></ref><ref name=Phillips2002><pubmed>12183352</pubmed></ref><ref name=Noppeney2003><pubmed>12805112</pubmed></ref><ref name=Tyler2003><pubmed>12595206</pubmed></ref><ref name=Davis2004><pubmed>15120536</pubmed></ref><ref name=Kable2005><pubmed>16356324</pubmed></ref><ref name=Noppeney2005><pubmed>16242924</pubmed></ref><ref name=Wallentin2005><pubmed>15812326</pubmed></ref>。一方、上側頭回はこれまで神経心理学の知見では言語理解の中心的な役割を担っていると考えられてきたが<ref name=Wernicke1874></ref><ref name=Geschwind1971><pubmed>5545606</pubmed></ref><ref name=Bogen1976><pubmed>1070943</pubmed></ref><ref name=Hillis2001><pubmed>11706960</pubmed></ref>、イメージング研究の知見ではことばの意味の検索というよりはむしろことばの知覚や音韻処理との関連が強いと考えられている<ref name=Binder2000><pubmed>10847601</pubmed></ref><ref name=Hickok2003><pubmed>12965041</pubmed></ref><ref name=Scott2003><pubmed>12536133</pubmed></ref><ref name=Indefrey2004><pubmed>15037128</pubmed></ref><ref name=Liebenthal2005><pubmed>15703256</pubmed></ref><ref name=Buchsbaum2008><pubmed>18201133</pubmed></ref><ref name=Graves2008><pubmed>18345989</pubmed></ref>
:'''3. 左紡錘状回'''(fusiform gyrus)は物の[[視覚]]的な属性に関する内的知識の検索に<ref name=DEsposito1997><pubmed>9153035</pubmed></ref><ref name=Chao1999><pubmed>9950712</pubmed></ref><ref name=ThompsonSchill1999><pubmed>10390028</pubmed></ref><ref name=Wise2000><pubmed>10775709</pubmed></ref><ref name=Kan2003><pubmed>20957583</pubmed></ref><ref name=Vandenbulcke2006><pubmed>16767090</pubmed></ref><ref name=Simmons2007><pubmed>17575989</pubmed></ref>'''左海馬傍回'''(parahippocampal gyrus)は外側の[[意味記憶]]と内側の[[エピソード記憶]]の仲介をしている可能性が示唆されている<ref name=Insausti1987><pubmed>2445796</pubmed></ref><ref name=Suzuki1994><pubmed>7890828</pubmed></ref><ref name=Levy2004><pubmed>15090653</pubmed></ref>。
*'''多種感覚の統合をおこなう前頭前皮質'''(heteromodal prefrontal cortex)
:'''4. 左下前頭回'''(inferior frontal gyrus, IFG)は、意味処理<ref name=Petersen1988><pubmed>3277066</pubmed></ref><ref name=Frith1991><pubmed>1791928</pubmed></ref><ref name=Kapur1994><pubmed>7865775</pubmed></ref><ref name=Fiez1997><pubmed>10096412</pubmed></ref><ref name=ThompsonSchill1997><pubmed>9405692</pubmed></ref><ref name=Gabrieli1998><pubmed>9448258</pubmed></ref><ref name=Poldrack1999><pubmed>10385578</pubmed></ref><ref name=ThompsonSchill1999><pubmed>10433263</pubmed></ref><ref name=Wagner2000><pubmed>11073867</pubmed></ref><ref name=Roskies2001><pubmed>11564326</pubmed></ref><ref name=Wagner2001><pubmed>11502262</pubmed></ref><ref name=Chee2002><pubmed>11969333</pubmed></ref><ref name=Gold2002><pubmed>12194878</pubmed></ref><ref name=Nyberg2003><pubmed>12457761</pubmed></ref><ref name=Simmons2005><pubmed>16009569</pubmed></ref><ref name=Goldberg2007><pubmed>17409243</pubmed></ref><ref name=Fiez1997><pubmed>10096412</pubmed></ref>、音韻処理や[[文法]]処理<ref name=Demonet1992><pubmed>1486459</pubmed></ref><ref name=Zatorre1992><pubmed>1589767</pubmed></ref><ref name=Paulesu1993><pubmed>8455719</pubmed></ref><ref name=Fiez1997><pubmed>10096412</pubmed></ref><ref name=Smith1998><pubmed>9448254</pubmed></ref><ref name=Fiez1999><pubmed>10677038</pubmed></ref><ref name=Poldrack1999><pubmed>10385578</pubmed></ref><ref name=Burton2000><pubmed>10936919</pubmed></ref><ref name=Embick2000><pubmed>10811887</pubmed></ref><ref name=Poldrack2001><pubmed>11506664</pubmed></ref><ref name=Gold2002><pubmed>12194878</pubmed></ref><ref name=Friederici2003><pubmed>12507948</pubmed></ref><ref name=Nyberg2003><pubmed>12457761</pubmed></ref><ref name=Davis2004><pubmed>15120536</pubmed></ref><ref name=Indefrey2004><pubmed>15037128</pubmed></ref><ref name=Fiebach2005><pubmed>15455462</pubmed></ref><ref name=Owen2005><pubmed>15846822</pubmed></ref><ref name=Tan2005><pubmed>15846817</pubmed></ref><ref name=Grodzinsky2006><pubmed>16563739</pubmed></ref>に関与することが多数報告されている。左下前頭回内の詳細として、44野は音韻処理、45野と44野は文法処理、そして[[47野]]と45野は[[意味]]処理に関与することが示唆されている<ref name=Hagoort2005><pubmed>16054419</pubmed></ref>。
:'''5.  左背内側前頭前野'''(dorsomedial prefrontal cortex, dmPFC)は、動き、[[注意]][[動機づけ]]の制御に関与している<ref name=Damasio1981>'''Damasio H.'''<br>Cerebral localization of the aphasias.<br>''In: Sarno MT, editor. Acquired aphasia''. Orlando: Academic Press. 1981, p. 27--50.</ref>。また、前方(anterior rostral medial frontal cortex, arMFC)は[[メンタライジング]](mentalizing)の関与、後方(posterior rostral medial frontal cortex, prMFC)は不整合や間違いの監視に関与することが知られている<ref name=Amodio2006><pubmed>16552413</pubmed></ref>。
:'''6.  左腹内側前頭前野'''(ventromedial prefrontal cortex, vmPFC)は、動機づけ、感情、[[報酬]]の処理に関与しており、概念の情動的側面の処理の重要な役割を担っていると考えられている<ref name=Damasio1994>'''Damasio AR.'''<br>Descarte’s error: emotion, reason, and the human brain.<br>''New York: Putnam''. 1994.</ref><ref name=Drevets1997><pubmed>9126739</pubmed></ref><ref name=Mayberg1999><pubmed>10327898</pubmed></ref><ref name=Bechara2000><pubmed>10731224</pubmed></ref><ref name=Phillips2003><pubmed>12946880</pubmed></ref><ref name=Amodio2006><pubmed>16552413</pubmed></ref>。
*'''内側辺縁領域'''(medial limbic regions)
:'''7. 左後帯状回'''(posterior cingulate gyrus)は、エピソード記憶や[[空間視覚]]に関する記憶に関与しており<ref name=Valenstein1987><pubmed>3427404</pubmed></ref><ref name=Rudge1991><pubmed>2004246</pubmed></ref><ref name=Aggleton2001><pubmed>11571037</pubmed></ref><ref name=Vincent2006><pubmed>16899645</pubmed></ref><ref name=Epstein2007><pubmed>17553986</pubmed></ref><ref name=Maddock1999><pubmed>10370255</pubmed></ref><ref name=Mesulam1990><pubmed>2260847</pubmed></ref><ref name=Small2003><pubmed>12667840</pubmed></ref><ref name=Hassabis2007><pubmed>18160644</pubmed></ref><ref name=Johnson2007><pubmed>17574442</pubmed></ref><ref name=Burgess2008><pubmed>18400925</pubmed></ref><ref name=Vogt2006><pubmed>16140550</pubmed></ref>、未来の行動の参考とするために過去の経験の記録をしている可能性が示唆されている<ref name=Binder2009><pubmed>19329570</pubmed></ref>。


 [[社会的認知]]に関与する部位の特定に向けて、van Overwalle (2009)は<ref name=VanOverwalle2009><pubmed>18381770</pubmed></ref>、200以上の研究を集めたメタ分析を行い、側頭葉と頭頂葉の境界領域(上記の下頭頂葉後方と重なる)、および内側[[前頭前野]]が重要な役割を果たしている可能性を示唆している。側頭葉と頭頂葉の境界領域は、他者の行動の目的、意図、そして望みなどを推測する際に重要な役割を果たす可能性が示唆されている。内側前頭前野は、他者や自己の永続的な性質や、間主観的な社会規範や行動様式などを処理する際に重要な役割を果たす可能性が示唆されている。そのため、側頭葉と頭頂葉の境界領域は現在取得可能な複数の情報を統合しているのに対して、内側前頭前野は時系列での複数の情報の統合をしている可能性が示唆されている。
 大脳の[[右半球]]に関して、語用論の対象である比喩理解において右下前頭回の関与が報告されている<ref name=Bohrn2012><pubmed>22824234</pubmed></ref><ref name=Rapp2012><pubmed>22759997</pubmed></ref>。一方、[[皮肉]]理解における右半球の関与に関しては報告により多様である<ref name=Bohrn2012><pubmed>22824234</pubmed></ref><ref name=Spotorno2012><pubmed>22766167</pubmed></ref><ref name=Wang2006><pubmed>18985123</pubmed></ref><ref name=Uchiyama2006><pubmed>17092490</pubmed></ref><ref name=Uchiyama2012><pubmed>21333979</pubmed></ref>。また、比喩理解や皮肉理解においては、[[尾状核]]や[[扁桃体]]といった皮質下領域の関与も報告されている<ref name=Uchiyama2012><pubmed>21333979</pubmed></ref>。


 このように、一般的な意味処理に関与する重要な部位と、社会的認知に関与する重要な部位とは重なっており、両者は相補的である可能性が示唆されている。
 このように、イメージング研究の知見は、上記の1. 左下頭頂葉後方と4. 左下前頭回は、環シルビウス溝言語領域に位置しており、前者は情報統合や内的知識の検索に、後者は音韻・文法・意味処理に関与していることから、そこが言語中枢であることを支持している。また、上記の2. 左中側頭回、3. 左紡錘状回と左海馬傍回は、環・環シルビウス溝言語領域に位置しており、意味記憶とエピソード記憶に関与していることから、これらは意味論的な情報の充填に関与していることを支持している。さらに、5. 左背内側前頭前野、6. 左腹内側前頭前野、そして7. 左後帯状回は、順に注意や動機づけの制御、感情や報酬処理、そしてエピソード記憶の記録に関与していることから、語用論的な情報の充填に関与していることが示唆されている。なお、語用論的な情報の充填に関しては、右半球言語領域や皮質下領域の関与も示唆されているものの、一貫した見解は得られていない。


==関連項目==
==関連項目==
*[[言語中枢]]
*[[言語中枢]]
*[[語用論]]
*[[連想・比喩]]


==参考文献==
==参考文献==
<references/>
<references/>

2020年6月25日 (木) 14:55時点における最新版

中村 太戯留
慶應義塾大学環境情報学部
松井 智子
東京学芸大学総合教育科学系国際教育センター
DOI:10.14931/bsd.5866 原稿受付日:2015年5月11日 原稿完成日:2015年6月17日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)

英語名:language 独:Sprache 仏:langage

 言語は、ある特定の国や地域や文化に属する人々のコミュニケーションや相互作用において使用されるもので、音声や書かれた記号からなる体系である。脳科学が対象とする言語は、言語学の知見、神経心理学の知見、そしてイメージング研究の知見を総合して考える必要がある。言語学の主な分野としては、音韻論、形態論、統語論、意味論、語用論があり、代表的な理論には、生成文法、認知意味論、そして関連性理論がある。神経心理学では、失語症の研究から、環シルビウス溝言語領域が、音韻論、形態論、そして統語論の神経基盤、すなわち言語中枢と考えられている。また、環・環シルビウス溝言語領域は意味論的な情報の充填、右半球言語領域は語用論的な情報の充填に関与することを予想している。イメージング研究では、環シルビウス溝言語領域が言語中枢であること、環・環シルビウス溝言語領域が意味論的な情報の充填に関与していることを支持している。さらに、内側前頭前野および後帯状回は、語用論的な情報の充填に関与していることが示唆されている。なお、語用論的な情報の充填に関しては、右半球言語領域や皮質下領域の関与も示唆されているものの、一貫した見解は得られていない。

言語とは

図1.脳科学が対象とする言語

 言語は、ヒトが音声や文字を用いて思想・感情・意志などを伝達するために用いる記号体系であり(広辞苑, 大辞泉)、ヒトはそれを表現したり、他者のそれを受け入れて理解したりする(大辞泉)。ある特定の国や地域や文化に属する人々のコミュニケーションや相互作用において使用されるもので、音声や書かれた記号からなる体系である。表情や身振り手振りなども含む場合がある。

 脳科学が対象とする言語は、言語学の知見、神経心理学の知見、そしてイメージング研究の知見を総合して考える必要がある(図1)。

 言語学では、音声や書かれた記号を対象として、人々によってそれがどのように使用されるのかを明らかにしようとしている。

 神経心理学では、脳の物理的損傷の患者を対象として、その損傷により引き起こされたと考えられる症状との関係から、脳における言語機能を明らかにしようとしている。

 イメージング研究では、主に健常者を対象として、あるタスクを行ってもらい、その際の脳の賦活部位を、機能的磁気共鳴画像(fMRI: Functional Magnetic Resonance Imaging)などの手法を用いて明らかにしようとしている。

言語学の知見

図2.言語産出と言語理解

 言語学では、ヒトが使用する言語を客観的に記述し説明することを目的としており、その分野は多岐にわたる。音韻論は言語の構成要素である音声の機能、形態論は語を構成する仕組み、そして統語論は語が文を構成する仕組みをそれぞれ研究対象としている。また、意味論は語、句、文などの言語表現が表す意味、語用論は言語表現とその使用者(話し手、聞き手、書き手、読み手)や文脈との関係をそれぞれ研究対象としている。

 代表的な理論(言語的モデル)としては、生成文法認知意味論認知言語学の主要な理論)、そして関連性理論を挙げることができる。

  • 生成文法(generative grammar)は[1]、ヒトの発達においてごく短期間に言語獲得が成功することに注目し、生得的に言語の初期状態である普遍文法(universal grammar, UG)を備えていると仮定したモデル化をしている。そのため、新生児が育つ国や文化によってどのような言語でも短期間に獲得できるのは、この生得的な普遍文法によると考えられている。
  • 認知言語学(cognitive linguistics)は[2]、生得的で自動的な認知能力(autonomous cognitive faculty)として言語を捉える生成文法の立場に異議を唱え、動的に概念構成(conceptualization)していくという文法の役割を強調し、ことばの意味は使用を通してあらわれるという仮説を唱えている。研究は、意味論に集中しており、認知意味論(cognitive semantics)は[3]隠喩(metaphor)、換喩(metonymy)、イメージスキーマ(image schema)を用いて言語の実態の究明を目指している。
  • 関連性理論(relevance theory)は[4]関連性という認知効果処理労力のバランスで定まる情報の属性を手掛かりとして、聞き手は「話し手が伝えたいと思っている意味」を推論しているという論を展開している。

 ことばの鎖(speech chain)は[5]、話し手の言語学的な段階(linguistic level)と生理学的な段階(physiological level)から、音響学的な段階(acoustic level)を経て、聞き手の生理学的な段階と言語学的な段階に至るという言語コミュニケーションにおける一連の流れをモデル化している(図2)。話し手は言語産出(speech production)の相、聞き手は言語理解(perception)の相のモデルとなっている。通常の会話では、聞き手は次の話し手となるため、ことばの鎖は循環構造となる。

 意味づけ論(sense making theory)は[6][7]、空気の振動としての音声やインクの染みとしての文字をコトバ(カタカナで表記)と定義し、複数の会話の参加者の情況(mental states)はコトバを介して相互作用するという論を展開している。

神経心理学の知見

図3.言語野:ブローカ野とウェルニッケ野

 神経心理学では、脳の物理的損傷の患者を対象として、その損傷により引き起こされたと考えられる症状との関係から、脳における言語機能を明らかにしようとしている。言語処理に関与する脳の領域は、大まかには、環シルビウス溝言語領域(言語中枢)、環・環シルビウス溝言語領域、そして右半球言語領域の三領域に分けることができる(図3)[8]

  • 環・環シルビウス溝言語領域(peri-perisylvian speech zone)は、環シルビウス溝言語領域の周りの側頭葉頭頂葉前頭葉を含み、その活動には補足運動野視床も加わり、音声系列への言語的意味の充填に関与していると考えられている。左中下側頭回の変性病巣で語義理解の障害[14]、左側頭葉前方で固有名詞の回収障害[15]が報告されている。また、補足運動野は会話の開始および維持において重要な役割を果たしている可能性[16]、視床は語彙を長期記憶から呼びだして文に組み込む役割を果たしている可能性[17]が示唆されている。
  • 右半球言語領域(right hemisphere language zone)は、状況に応じた言語使用、比喩、談話主題の維持、言語による情動表現など、語用論において重要な役割を果たしている。この領域の傷害により、比喩理解の障害、ユーモア理解の障害、談話の一貫性の消失などが報告されている[18]。また、感情を言語にこめられなくなったり、言葉が含む感情が理解できなくなったりすることも報告されている[19]

 ウェルニッケ=ゲシュビント・モデルでは[20]、言語理解の相と言語産出の相をつなぐことで、ヒトが聞き手ないし読み手として言語理解をしてから、話し手ないし書き手として言語産出をするまでをモデル化している。話し言葉は耳で知覚して、視床の内側膝状体を経由して、大脳皮質上側頭回にある一次聴覚野へ情報が入る。言語中枢であるウェルニッケ野から弓状束を通りブローカ野に至る領域で理解と産出をおこない、そして一次運動野から口を制御して音声を発するという経路をたどる。書き言葉は目で知覚して、視床外側膝状体を経由して、大脳皮質の後頭葉にある一次視覚野へ情報が入る。側頭頭頂接合部にある角回を経由して、言語中枢で理解と産出をおこない、そして一次運動野から手を制御して文字を記すという経路をたどる。

 いずれも、主に環シルビウス溝言語領域における活動のモデル化となっており、言語学における音韻論、形態論、そして統語論の神経基盤、すなわち言語中枢と考えられている。これに、環・環シルビウス溝言語領域による意味論的な情報の充填、右半球言語領域による語用論的な情報の充填がおこなわれていると予想されている[8]

イメージング研究の知見

 イメージング研究では、主に健常者を対象として、あるタスクを行ってもらい、その際の脳の賦活部位を、機能的磁気共鳴画像や陽電子放射断層撮像法(PET: Positron Emission Tomography)などの手法を用いて明らかにしようとしている。また、メタ分析 (meta-analysis)、すなわち複数のイメージング研究の結果の俯瞰的な視点からの分析が行われている。Binder他は[21]、100以上の研究を集めたメタ分析を行ったところ、意味処理に関与する部位は68%が左半球で32%が右半球であった。また、一般的な意味処理(general semantic processing)に関与する部位として、大脳の左半球の3つの領域(後方の多種感覚の統合をおこなう連合皮質、多種感覚の統合をおこなう前頭前皮質内側辺縁領域)とそこに属する7つの部位(下頭頂葉後方、中側頭回紡錘状回海馬傍回下前頭回背内側前頭前野腹内側前頭前野後帯状回)が重要な役割を果たすとしている[21]

  • 後方の多種感覚の統合をおこなう連合皮質(posterior heteromodal association cortex)
1. 左下頭頂葉後方(posterior inferior parietal lobe; temporo-parietal junction, TPJ)は、多様な情報の統合と内的知識の検索をおこなっている[22][23][24][25]。具体的には、文や文脈の理解、問題解決、そして計画立案など、概念をうまく組み合わせるという役割を担っていると考えられている[21]
2. 左中側頭回(middle temporal gyrus, MTG)は、物やその属性に関する概念情報の蓄積をおこなっている[26][27][28][29][29][30][31][32][33][34][35][36][37][38][39][40][41]。一方、上側頭回はこれまで神経心理学の知見では言語理解の中心的な役割を担っていると考えられてきたが[13][42][43][44]、イメージング研究の知見ではことばの意味の検索というよりはむしろことばの知覚や音韻処理との関連が強いと考えられている[45][46][47][48][49][50][51]
3. 左紡錘状回(fusiform gyrus)は物の視覚的な属性に関する内的知識の検索に[52][29][53][54][55][56][57]左海馬傍回(parahippocampal gyrus)は外側の意味記憶と内側のエピソード記憶の仲介をしている可能性が示唆されている[58][59][60]
  • 多種感覚の統合をおこなう前頭前皮質(heteromodal prefrontal cortex)
4. 左下前頭回(inferior frontal gyrus, IFG)は、意味処理[61][62][63][64][65][66][67][53][68][69][70][71][72][73][74][75][64]、音韻処理や文法処理[76][77][78][64][79][80][67][81][82][83][72][23][73][38][48][84][85][86][87]に関与することが多数報告されている。左下前頭回内の詳細として、44野は音韻処理、45野と44野は文法処理、そして47野と45野は意味処理に関与することが示唆されている[88]
5. 左背内側前頭前野(dorsomedial prefrontal cortex, dmPFC)は、動き、注意動機づけの制御に関与している[89]。また、前方(anterior rostral medial frontal cortex, arMFC)はメンタライジング(mentalizing)の関与、後方(posterior rostral medial frontal cortex, prMFC)は不整合や間違いの監視に関与することが知られている[90]
6. 左腹内側前頭前野(ventromedial prefrontal cortex, vmPFC)は、動機づけ、感情、報酬の処理に関与しており、概念の情動的側面の処理の重要な役割を担っていると考えられている[91][92][93][94][95][90]
  • 内側辺縁領域(medial limbic regions)
7. 左後帯状回(posterior cingulate gyrus)は、エピソード記憶や空間視覚に関する記憶に関与しており[96][97][98][99][100][101][11][102][103][104][105][106]、未来の行動の参考とするために過去の経験の記録をしている可能性が示唆されている[21]

 大脳の右半球に関して、語用論の対象である比喩理解において右下前頭回の関与が報告されている[107][108]。一方、皮肉理解における右半球の関与に関しては報告により多様である[107][109][110][111][112]。また、比喩理解や皮肉理解においては、尾状核扁桃体といった皮質下領域の関与も報告されている[112]

 このように、イメージング研究の知見は、上記の1. 左下頭頂葉後方と4. 左下前頭回は、環シルビウス溝言語領域に位置しており、前者は情報統合や内的知識の検索に、後者は音韻・文法・意味処理に関与していることから、そこが言語中枢であることを支持している。また、上記の2. 左中側頭回、3. 左紡錘状回と左海馬傍回は、環・環シルビウス溝言語領域に位置しており、意味記憶とエピソード記憶に関与していることから、これらは意味論的な情報の充填に関与していることを支持している。さらに、5. 左背内側前頭前野、6. 左腹内側前頭前野、そして7. 左後帯状回は、順に注意や動機づけの制御、感情や報酬処理、そしてエピソード記憶の記録に関与していることから、語用論的な情報の充填に関与していることが示唆されている。なお、語用論的な情報の充填に関しては、右半球言語領域や皮質下領域の関与も示唆されているものの、一貫した見解は得られていない。

関連項目

参考文献

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