「細胞分化」の版間の差分

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<font size="+1">中嶋 秀行、[http://researchmap.jp/kinichinakashima 中島 欽一]</font><br>
''奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月1日 原稿完成日:2012年10月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英語名:Cell differentiation  
英語名:Cell differentiation  


[[Image:H-nakashima-fig-1.jpg|thumb|300px|<b>図1:神経幹細胞の分化制御</b><br />神経幹細胞は自己複製能を持つだけでなく、中枢神経系を構成する主要な細胞種であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトのいずれにも分化する多分化能を有している。神経幹細胞の運命決定はサイトカインなどの細胞外因子とエピジェネティックな制御に代表される細胞内在性プログラムによりコントロールされている。]]  
[[Image:H-nakashima-fig-1.jpg|thumb|300px|<b>図1:神経幹細胞の分化制御</b><br />神経幹細胞は自己複製能を持つだけでなく、中枢神経系を構成する主要な細胞種であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトのいずれにも分化する多分化能を有している。神経幹細胞の運命決定はサイトカインなどの細胞外因子とエピジェネティックな制御に代表される細胞内在性プログラムによりコントロールされている。]]  


{{box|text=
 発生の過程で細胞が形態的、機能的に特殊性を獲得していく過程。[[中枢神経系]]を構成する主要な細胞種である[[ニューロン]]、[[アストロサイト]]、[[オリゴデンドロサイト]]は、共通の[[神経幹細胞]]から分化・産生される。しかし神経幹細胞は、発生初期からこれら細胞への多分化能を持っているわけではなく、胎生中期においてまずニューロンのみへの分化能を獲得し、発生が進行した胎生後期にようやく[[グリア細胞]]への分化能も獲得して多分化能を持った細胞となる。神経幹細胞の分化は[[サイトカイン]]などの細胞外因子等のクロストークのみならず、[[エピジェネティック]]なゲノム修飾等の細胞内在性プログラムにより時空間的に制御されている(図1)。  
 発生の過程で細胞が形態的、機能的に特殊性を獲得していく過程。[[中枢神経系]]を構成する主要な細胞種である[[ニューロン]]、[[アストロサイト]]、[[オリゴデンドロサイト]]は、共通の[[神経幹細胞]]から分化・産生される。しかし神経幹細胞は、発生初期からこれら細胞への多分化能を持っているわけではなく、胎生中期においてまずニューロンのみへの分化能を獲得し、発生が進行した胎生後期にようやく[[グリア細胞]]への分化能も獲得して多分化能を持った細胞となる。神経幹細胞の分化は[[サイトカイン]]などの細胞外因子等のクロストークのみならず、[[エピジェネティック]]なゲノム修飾等の細胞内在性プログラムにより時空間的に制御されている(図1)。  
}}


== 神経幹細胞の分化制御機構  ==
== 神経幹細胞の分化制御機構  ==
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=== ニューロン分化制御  ===
=== ニューロン分化制御  ===


 骨格筋、心筋、骨、血液、皮膚など種々の組織における細胞系譜の制御に関与する[[bHLH因子|塩基性ヘリックス−ループ−ヘリックス(basic helix-loop-helix&nbsp;: bHLH)]]型転写因子は、神経系においてはプロニューラル遺伝子としてニューロン分化に関与する。神経系に発現しニューロン分化を促進するbHLH型転写因子として[[Mammalian achaete-scute homolog 1]](Mash1)、[[Neurogenin(Neurog)1]]、[[Neurog2]]、[[Mammalian atonal homolog 1]](Math1)、[[Neurogenic differentiation]](NeuroD)などが同定されている。Mash1はショウジョウバエで同定されたプロニューラル遺伝子群[[Achaete-scute complex]](AS-C) の哺乳類ホモログで、胎生期に一部の[[ニューロン前駆体]]において一過性な発現が観られ、中枢神経系では腹側のニューロン分化に、末梢神経系では交感神経や嗅神経の分化に深く関与する<ref name="ref1"><pubmed>8221886</pubmed></ref>。Neurog1、Neurog2は中枢神経系でMash1と相補的な部位に発現し、主に背側のニューロン分化に寄与する<ref name="ref2"><pubmed>10640277</pubmed></ref>。Math1は[[小脳外顆粒層]]の分化に<ref name="ref3"><pubmed>9367153</pubmed></ref>、NeuroDはニューロンの成熟において重要な働きを示すことが知られている<ref name="ref2"><pubmed>10640277</pubmed></ref>。  
 骨格筋、心筋、骨、血液、皮膚など種々の組織における[[細胞系譜]]の制御に関与する[[bHLH因子|塩基性ヘリックス−ループ−ヘリックス(basic helix-loop-helix&nbsp;: bHLH)]]型転写因子は、神経系においてはプロニューラル遺伝子としてニューロン分化に関与する。神経系に発現しニューロン分化を促進するbHLH型転写因子として[[Mammalian achaete-scute homolog 1]](Mash1)、[[Neurogenin(Neurog)1]]、[[Neurog2]]、[[Mammalian atonal homolog 1]](Math1)、[[Neurogenic differentiation]](NeuroD)などが同定されている。Mash1はショウジョウバエで同定されたプロニューラル遺伝子群[[Achaete-scute complex]](AS-C) の哺乳類ホモログで、胎生期に一部の[[ニューロン前駆体]]において一過性な発現が観られ、中枢神経系では腹側のニューロン分化に、末梢神経系では交感神経や嗅神経の分化に深く関与する<ref name="ref1"><pubmed>8221886</pubmed></ref>。Neurog1、Neurog2は中枢神経系でMash1と相補的な部位に発現し、主に背側のニューロン分化に寄与する<ref name="ref2"><pubmed>10640277</pubmed></ref>。Math1は[[小脳外顆粒層]]の分化に<ref name="ref3"><pubmed>9367153</pubmed></ref>、NeuroDはニューロンの成熟において重要な働きを示すことが知られている<ref name="ref2"><pubmed>10640277</pubmed></ref>。  


 ニューロン分化を抑制するHLH型因子としては、ショウジョウバエで同定された[[hairy and enhancer of split]]の哺乳類ホモログ[[Hes]]、[[extramacrochaetae]]の哺乳類ホモログ[[inhibitor of differentiation]](Id)が同定されている<ref name="ref4"><pubmed>9388783</pubmed></ref>。Hes因子群は、ニューロンへの分化を促進するプロニューラル遺伝子プロモーター上に結合して発現を抑制したり、Mash1などのプロニューラル因子と直接結合しその機能を阻害することによってニューロンへの分化を抑制する<ref name="ref5"><pubmed>1340473</pubmed></ref>。IdはbHLH型転写因子に加え、Eタンパク質群等とヘテロ2量体を形成し、様々な細胞分化を抑制する<ref name="ref6"><pubmed>9695810</pubmed></ref>。また[[骨形成因子]](bone morphogenetic protein; BMP)や[[Notch]]シグナルはこれらの因子の発現を誘導することでニューロン分化を抑制し、神経幹細胞の分化状態をコントロールしている<ref name="ref7"><pubmed>11331769</pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed>10205173</pubmed></ref>。
 ニューロン分化を抑制するHLH型因子としては、ショウジョウバエで同定された[[hairy and enhancer of split]]の哺乳類ホモログ[[Hes]]、[[extramacrochaetae]]の哺乳類ホモログ[[inhibitor of differentiation]](Id)が同定されている<ref name="ref4"><pubmed>9388783</pubmed></ref>。Hes因子群は、ニューロンへの分化を促進するプロニューラル遺伝子プロモーター上に結合して発現を抑制したり、Mash1などのプロニューラル因子と直接結合しその機能を阻害することによってニューロンへの分化を抑制する<ref name="ref5"><pubmed>1340473</pubmed></ref>。IdはbHLH型転写因子に加え、Eタンパク質群等とヘテロ2量体を形成し、様々な細胞分化を抑制する<ref name="ref6"><pubmed>9695810</pubmed></ref>。また[[骨形成因子]](bone morphogenetic protein; BMP)や[[Notch]]シグナルはこれらの因子の発現を誘導することでニューロン分化を抑制し、神経幹細胞の分化状態をコントロールしている<ref name="ref7"><pubmed>11331769</pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed>10205173</pubmed></ref>。


 ところで、DNAとともに[[クロマチン]]を構成する[[ヒストン]]の修飾が遺伝子発現に大きな影響を与えるため、細胞分化においても重要な働きを示すものと考えられる。これに関連して神経幹細胞では、ヒストン[[アセチル化|脱アセチル化酵素]]([[histone deacetylase]]; HDAC)阻害剤でありかつ長らく[[てんかん|抗てんかん薬]]として利用されてきたバルプロ酸(VPA)の処理により、神経幹細胞内のヒストンアセチル化が亢進し、ニューロン分化が促進されることが報告された<ref name="ref9"><pubmed>15537713</pubmed></ref>。この際、前述のNeuroDの発現亢進が見られ、これによりVPAはニューロン分化を促進できるのではないかと推察されている。  
 ところで、DNAとともに[[クロマチン]]を構成する[[ヒストン]]の修飾が遺伝子発現に大きな影響を与えるため、細胞分化においても重要な働きを示すものと考えられる。これに関連して神経幹細胞では、ヒストン[[アセチル化|脱アセチル化酵素]]([[histone deacetylase]]; HDAC)阻害剤でありかつ長らく[[てんかん|抗てんかん薬]]として利用されてきたバルプロ酸(VPA)の処理により、神経幹細胞内のヒストンアセチル化が亢進し、ニューロン分化が促進されることが報告された<ref name="ref9"><pubmed>15537713</pubmed></ref>。この際、前述のNeuroDの発現亢進が見られ、これによりVPAはニューロン分化を促進できるのではないかと推察されている。


=== アストロサイト分化制御  ===
=== アストロサイト分化制御  ===
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
 
(執筆者:中嶋秀行、中島欽一 担当編集委員:村上富士夫)