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英:awareness
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/masatoshiyoshida 吉田 正俊]</font><br>
''生理学研究所 発達生理学研究系・認知行動発達研究部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年2月27日 原稿完成日:2017年2月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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類語・同義語:意識、consciousness
英語名:awareness


(要旨)
類語・同義語:意識、アウェアネス、consciousness
 
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 「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の[[感覚]]刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。心の[[wj:哲学|哲学]]では「気づき」とは「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」のことであると議論されている。気づきの脳内メカニズムを解明するために、さまざまな現象([[閾下知覚]]や[[変化]]盲や[[両眼視野闘争]]など)が用いられており、ある対象への気づきの有無に対応した神経活動がさまざまな脳領域から見つかっている。
}}


== 気づきとは ==
== 気づきとは ==


認知神経科学の文脈での「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。「気づき」awarenessという語は「意識」consciousnessという語としばしば同義に用いられることがあるが、「気づき」という語は[[意識]]のうち、現象的な側面ではなくて心理学的側面、つまり行動を説明づける基盤としての心的概念としての意識を強調するために用いられる。
 認知神経科学の文脈での「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。「気づき」awarenessという語は「[[意識]]」consciousnessという語としばしば同義に用いられることがあるが、「気づき」という語は意識のうち、現象的な側面ではなくて心理学的側面、つまり行動を説明づける基盤としての心的概念としての意識を強調するために用いられる。
 
 心の哲学の研究者である[[wj:デイヴィッド・チャーマーズ|デイヴィッド・J・チャーマーズ]]<ref name=ref1>'''D.J. Chalmers'''<br>The Conscious Mind: In Search of a Fundamental Theory<br>''Oxford University Press.'': 1996 (2001, 林 一訳 『意識する心』 白揚社)</ref>によれば「気づき」とは、「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」(訳書p.281より改変)のことを指す。気づきの対象は外界だけではなく、自分の体の状態や、自分の心的状態であることもある。この定義に基づけば、気づきには言語報告は必須ではないため、人間以外の動物にも気づきはあり得る。
 
 以上のような「何らかの対象に気づいている」(be aware of)という意味での気づきとはべつに、[[覚醒状態]]としての気づき(be aware)とがある。状態としての「気づき」は、[[意識障害]]の診断における、[[昏睡]]、[[植物状態]]、[[最小意識状態]]、覚醒状態の区別をするための指標<ref><pubmed> 15605342 </pubmed></ref>で定義される。こちらの用法の場合には「気づき」と「意識」とは区別せずに用いられている。
 
==視覚心理学 ==
 
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| '''動画1.バスケット・コートのゴリラ'''<br>[http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.html The Invisible Gorilla]より
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 なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、気づきと知覚情報処理とが乖離する現象を取り扱うのが一つのストラテジーである。以下、[[視覚]]心理学での知見を紹介するが、同様な現象は他の感覚、たとえば[[聴覚]]、[[触覚]]などでも見られる。
 
 たとえば、閾下知覚(implicit perception)では、気づきがまったく見られないのにも関わらず、刺激情報を処理している。閾下知覚は、マスクによって気づきが抑えられた刺激が[[プライミング効果]]を持つこと(masked priming)<ref><pubmed> 6617135 </pubmed></ref>などで示されている。


心の哲学の研究者であるデイヴィッド・J・チャーマーズ<ref name=ref1>'''D.J. Chalmers'''<br>The Conscious Mind: In Search of a Fundamental Theory<br>''Oxford University Press.'': 1996 (2001, 林 一訳 『意識する心』 白揚社)</ref>によれば「気づき」とは、「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」(訳書p.281より改変)のことを指す。気づきの対象は外界だけではなく、自分の体の状態や、自分の心的状態であることもある。この定義に基づけば、気づきには言語報告は必須ではないため、人間以外の動物にも気づきはあり得る。
 また、知覚的には非常に[[サリエンシー]]が高い刺激になかなか気づくことが出来ないという現象として、[[変化盲]](Change blindness)<ref><pubmed> 15639436 </pubmed></ref>や[[不注意盲]](Inattentional blindness)<ref><pubmed> 10694957 </pubmed></ref>(不注意盲の例として「[[バスケット・コートのゴリラ]]」(動画1))などが知られている。


以上のような「何らかの対象に気づいている」(be aware of)という意味での気づきとはべつに、覚醒状態としての気づき(be aware)とがある。状態としての「気づき」は、[[意識障害]]の診断における、[[昏睡]]、[[植物状態]] 、[[最小意識状態]]、[[覚醒状態]]の区別をするための指標<ref><pubmed> 15605342 </pubmed></ref>で定義される。こちらの用法の場合には「気づき」と「意識」とは区別せずに用いられている。
 また、物理的にはまったく同一の刺激に対して、あるときは気づくがあるときは気づかない、という条件を誘導することが可能である<ref><pubmed> 16006172 </pubmed></ref>。このような条件を誘導するためには大きく分けて二つの方法がある。


== 気づきの視覚心理学 ==
* 多重安定性の知覚 (Multistable perception)<br>両眼視野闘争(binocular rivalry)<ref><pubmed> 11823801 </pubmed></ref>や[[運動誘発盲]](motion-induced blindness)<ref><pubmed> 11459058 </pubmed></ref>などのように、知覚的には非常にサリエンシーが高いものが一定期間見えなくなったり、また見えるようになったりと気づきが交代する現象。


なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、物理的にはまったく同一の刺激に対して、あるときは気づくがあるときは気づかない、という条件を用いることで、気づきと知覚情報処理とを分けて扱うことが可能となる。このような条件を誘導するためには大きく分けて二つの方法がある。
* 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)<br>提示する刺激強度を弱めて検出[[閾値]]ぎりぎりにすると、まったく同一の刺激が、ある試行では検出に成功する(気づきがある)のに対して、ある試行では検出に失敗する(気づきがない)という条件を作ることが出来る。前述のマスクによるプライミングの条件では、刺激の提示時間を非常に短くすることによって検出閾値近辺での知覚を見ている。


* 多重安定性の知覚 (Multistable perception)
==脳内メカニズム  ==
<blockquote>
[[両眼視野闘争]]([[binocular rivalry]])や[[運動誘発盲]]([[motion-induced blindness]])などのように、知覚的には非常に[[サリエンシー]]が高いものが一定期間見えなくなる現象。
</blockquote>
* 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)
<blockquote>


</blockquote>
 上記の「気づきの視覚心理学」での知見は脳内メカニズムの解明にも活用された。このため、上記の多重安定性の知覚および閾値近辺での知覚の条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。たとえば、多重安定性の知覚についての機能イメージングについてはGeraint Reesらの総説でまとめられている<ref><pubmed> 19540794 </pubmed></ref>。閾値近辺での知覚については、たとえばHeegerらによる初期視覚野の応答についての機能イメージングの仕事がある<ref><pubmed> 12627164 </pubmed></ref>


ここでは視覚における現象を挙げたが、同様な現象は他の感覚、たとえば聴覚、触覚などでも見られる。
 動物を用いた実験で単一神経活動記録を用いてこのような気づきの神経相関を見つけ出した仕事も複数ある。その主な結果をまとめると、


BR
* 両眼視野闘争の条件を用いて、動物が左右の眼どちらに提示したものが見えているかを報告させる課題を行っているときに[[側頭連合野]]からの神経活動を記録すると、神経活動は何が見えているかに対応して活動を変える<ref><pubmed> 9096407 </pubmed></ref>。
MIB
* [[第一次視覚野]]のニューロンの集団活動は、検出課題の成功(気づきがある)と失敗(気づきがない)とによって、視覚応答の比較的遅い成分(潜時が100 ms以上のもの)に違いが見られる<ref><pubmed> 11224548 </pubmed></ref>。
Inattentional blindness
* マスクにより刺激を気づきの閾値ぎりぎりにおく実験手法を用いた課題によって、[[前頭眼野]](frontal eye field: FEF)のニューロンの応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する<ref><pubmed> 10195223 </pubmed></ref>。
metacontrast maskingなどのimplicit perception
* 閾値近辺の触覚弁別課題において、内側[[運動前野]]の応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する一方で、初期[[体性感覚野]]ではそのような差が見られない<ref><pubmed> 16286929 </pubmed></ref>。


== 気づきの脳内メカニズム  ==
==神経心理 ==


上記のMultistable perceptionの条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。<ref><pubmed> 19540794 </pubmed></ref>
 意識障害は覚醒状態としての「気づき」を失った、もしくは低下したものと捉えることが出来る。


JCの論文リストを使う
 また、脳損傷によって対象への「気づき」を選択的に失った疾患がある。
Lammeの仕事


== 気づきの神経心理 ==
 たとえば、[[半側空間無視]]では脳損傷と対側の視野や体位の刺激を無視する。これは視覚機能自体が正常に保たれている場合でも起こる。また、無視の起こる部分は必ずしも[[網膜]]依存的座標によっては決まらない。また知覚刺激だけではなく、記憶像においても無視が起こる場合もある(representational neglect)。半側空間無視は注意の障害ではあるが、世界の半分への気づきを失っているという意味では気づきの障害の一種である<ref><pubmed> 10195103 </pubmed></ref>。


盲視
 [[盲視]]では、脳損傷と対側の視野の視覚刺激の意識経験が失われているにも関わらず、その視覚情報を強制選択条件などにおいて利用することが出来る。よってこの現象は「意識のない気づき」と捉えることも出来る。このことは意識がどのようにして生まれるのかという問題において解決しなければならない難問となる。なぜならば、もし意識と気づきが同じものであるならば、心理学的な気づきの解明が現象的な意識の解明となるのに対して、もし意識と気づきがべつものであるならば、心理的な気づきの解明は現象的な意識の解明とはならないからだ。しかし、前述のデイヴィッド・J・チャーマーズ<ref name=ref1></ref>は、盲視では強制選択条件のような特殊な条件でのみ視覚情報が利用可能であるということは、包括的なコントロールに情報を直接利用することが出来ていないとして、盲視では意識もなければ気づきもない、もしくは弱い意識と弱い気づきがある、ゆえに盲視は必ずしも意識と気づきの乖離を示しているとは言えない、と議論している(訳書 p.283)<ref name=ref1></ref>。
半側空間無視


== 「暗黙の気づき」(Covert awareness) ==
== 「暗黙の」気づき ==


「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによってそとからの指示に気づいている証拠を見いだすことが出来る。[[植物状態]] ([[vegetative state]])の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、[[補足運動野]]([[supplementary motor area]]: [[SMA]])での脳活動の上昇が[[機能的核磁気共鳴画像法]] ([[functional magnetic resonance imaging]]: [[fMRI]])によって検出された<ref><pubmed> 16959998 </pubmed></ref>。この現象のことを「暗黙の気づき」(Covert awareness)<ref><pubmed> 17698699 </pubmed></ref>もしくはCovert consciousness<ref><pubmed> 23351798 </pubmed></ref>と呼ぶことがある。
 「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによって外からの指示に気づきがあるという証拠を見いだすことが出来る。植物状態 (vegetative state)の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、[[補足運動野]]([[supplementary motor area]]: [[補足運動野|SMA]])での脳活動の上昇が[[機能的磁気共鳴画像法]]([[functional magnetic resonance imaging]]: [[fMRI]])によって検出された<ref><pubmed> 16959998 </pubmed></ref>。この現象のことを「暗黙の」気づき(covert awareness)<ref><pubmed> 17698699 </pubmed></ref>もしくはcovert consciousness<ref><pubmed> 23351798 </pubmed></ref>と呼ぶことがある。


また、[[盲視]]([[blindsight]])や[[閾下知覚]]([[implicit perception]])のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある<ref><pubmed> 10643478 </pubmed></ref>。しかしこのときのawarenessは[[知覚]]([[perception]])とほとんど同義である。
 また、盲視(blindsight)や閾下知覚(implicit perception)のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある<ref><pubmed> 10643478 </pubmed></ref>。しかしこのときのawarenessは知覚(perception)とほとんど同義である。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />  
<references />
 
(執筆者:吉田 正俊、担当編集委員:伊佐 正)

2023年5月2日 (火) 09:11時点における最新版

吉田 正俊
生理学研究所 発達生理学研究系・認知行動発達研究部門
DOI:10.14931/bsd.3019 原稿受付日:2013年2月27日 原稿完成日:2017年2月15日
担当編集委員:田中 啓治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:awareness

類語・同義語:意識、アウェアネス、consciousness

 「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。心の哲学では「気づき」とは「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」のことであると議論されている。気づきの脳内メカニズムを解明するために、さまざまな現象(閾下知覚変化盲や両眼視野闘争など)が用いられており、ある対象への気づきの有無に対応した神経活動がさまざまな脳領域から見つかっている。

気づきとは

 認知神経科学の文脈での「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。「気づき」awarenessという語は「意識」consciousnessという語としばしば同義に用いられることがあるが、「気づき」という語は意識のうち、現象的な側面ではなくて心理学的側面、つまり行動を説明づける基盤としての心的概念としての意識を強調するために用いられる。

 心の哲学の研究者であるデイヴィッド・J・チャーマーズ[1]によれば「気づき」とは、「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」(訳書p.281より改変)のことを指す。気づきの対象は外界だけではなく、自分の体の状態や、自分の心的状態であることもある。この定義に基づけば、気づきには言語報告は必須ではないため、人間以外の動物にも気づきはあり得る。

 以上のような「何らかの対象に気づいている」(be aware of)という意味での気づきとはべつに、覚醒状態としての気づき(be aware)とがある。状態としての「気づき」は、意識障害の診断における、昏睡植物状態最小意識状態、覚醒状態の区別をするための指標[2]で定義される。こちらの用法の場合には「気づき」と「意識」とは区別せずに用いられている。

視覚心理学

動画1.バスケット・コートのゴリラ
The Invisible Gorillaより

 なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、気づきと知覚情報処理とが乖離する現象を取り扱うのが一つのストラテジーである。以下、視覚心理学での知見を紹介するが、同様な現象は他の感覚、たとえば聴覚触覚などでも見られる。

 たとえば、閾下知覚(implicit perception)では、気づきがまったく見られないのにも関わらず、刺激情報を処理している。閾下知覚は、マスクによって気づきが抑えられた刺激がプライミング効果を持つこと(masked priming)[3]などで示されている。

 また、知覚的には非常にサリエンシーが高い刺激になかなか気づくことが出来ないという現象として、変化盲(Change blindness)[4]不注意盲(Inattentional blindness)[5](不注意盲の例として「バスケット・コートのゴリラ」(動画1))などが知られている。

 また、物理的にはまったく同一の刺激に対して、あるときは気づくがあるときは気づかない、という条件を誘導することが可能である[6]。このような条件を誘導するためには大きく分けて二つの方法がある。

  • 多重安定性の知覚 (Multistable perception)
    両眼視野闘争(binocular rivalry)[7]運動誘発盲(motion-induced blindness)[8]などのように、知覚的には非常にサリエンシーが高いものが一定期間見えなくなったり、また見えるようになったりと気づきが交代する現象。
  • 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)
    提示する刺激強度を弱めて検出閾値ぎりぎりにすると、まったく同一の刺激が、ある試行では検出に成功する(気づきがある)のに対して、ある試行では検出に失敗する(気づきがない)という条件を作ることが出来る。前述のマスクによるプライミングの条件では、刺激の提示時間を非常に短くすることによって検出閾値近辺での知覚を見ている。

脳内メカニズム

 上記の「気づきの視覚心理学」での知見は脳内メカニズムの解明にも活用された。このため、上記の多重安定性の知覚および閾値近辺での知覚の条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。たとえば、多重安定性の知覚についての機能イメージングについてはGeraint Reesらの総説でまとめられている[9]。閾値近辺での知覚については、たとえばHeegerらによる初期視覚野の応答についての機能イメージングの仕事がある[10]

 動物を用いた実験で単一神経活動記録を用いてこのような気づきの神経相関を見つけ出した仕事も複数ある。その主な結果をまとめると、

  • 両眼視野闘争の条件を用いて、動物が左右の眼どちらに提示したものが見えているかを報告させる課題を行っているときに側頭連合野からの神経活動を記録すると、神経活動は何が見えているかに対応して活動を変える[11]
  • 第一次視覚野のニューロンの集団活動は、検出課題の成功(気づきがある)と失敗(気づきがない)とによって、視覚応答の比較的遅い成分(潜時が100 ms以上のもの)に違いが見られる[12]
  • マスクにより刺激を気づきの閾値ぎりぎりにおく実験手法を用いた課題によって、前頭眼野(frontal eye field: FEF)のニューロンの応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する[13]
  • 閾値近辺の触覚弁別課題において、内側運動前野の応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する一方で、初期体性感覚野ではそのような差が見られない[14]

神経心理

 意識障害は覚醒状態としての「気づき」を失った、もしくは低下したものと捉えることが出来る。

 また、脳損傷によって対象への「気づき」を選択的に失った疾患がある。

 たとえば、半側空間無視では脳損傷と対側の視野や体位の刺激を無視する。これは視覚機能自体が正常に保たれている場合でも起こる。また、無視の起こる部分は必ずしも網膜依存的座標によっては決まらない。また知覚刺激だけではなく、記憶像においても無視が起こる場合もある(representational neglect)。半側空間無視は注意の障害ではあるが、世界の半分への気づきを失っているという意味では気づきの障害の一種である[15]

 盲視では、脳損傷と対側の視野の視覚刺激の意識経験が失われているにも関わらず、その視覚情報を強制選択条件などにおいて利用することが出来る。よってこの現象は「意識のない気づき」と捉えることも出来る。このことは意識がどのようにして生まれるのかという問題において解決しなければならない難問となる。なぜならば、もし意識と気づきが同じものであるならば、心理学的な気づきの解明が現象的な意識の解明となるのに対して、もし意識と気づきがべつものであるならば、心理的な気づきの解明は現象的な意識の解明とはならないからだ。しかし、前述のデイヴィッド・J・チャーマーズ[1]は、盲視では強制選択条件のような特殊な条件でのみ視覚情報が利用可能であるということは、包括的なコントロールに情報を直接利用することが出来ていないとして、盲視では意識もなければ気づきもない、もしくは弱い意識と弱い気づきがある、ゆえに盲視は必ずしも意識と気づきの乖離を示しているとは言えない、と議論している(訳書 p.283)[1]

「暗黙の」気づき

 「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによって外からの指示に気づきがあるという証拠を見いだすことが出来る。植物状態 (vegetative state)の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、補足運動野(supplementary motor area: SMA)での脳活動の上昇が機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging: fMRI)によって検出された[16]。この現象のことを「暗黙の」気づき(covert awareness)[17]もしくはcovert consciousness[18]と呼ぶことがある。

 また、盲視(blindsight)や閾下知覚(implicit perception)のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある[19]。しかしこのときのawarenessは知覚(perception)とほとんど同義である。

関連項目

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 D.J. Chalmers
    The Conscious Mind: In Search of a Fundamental Theory
    Oxford University Press.: 1996 (2001, 林 一訳 『意識する心』 白揚社)
  2. Giacino, J.T., Kalmar, K., & Whyte, J. (2004).
    The JFK Coma Recovery Scale-Revised: measurement characteristics and diagnostic utility. Archives of physical medicine and rehabilitation, 85(12), 2020-9. [PubMed:15605342] [WorldCat] [DOI]
  3. Marcel, A.J. (1983).
    Conscious and unconscious perception: experiments on visual masking and word recognition. Cognitive psychology, 15(2), 197-237. [PubMed:6617135] [WorldCat]
  4. Simons, D.J., & Rensink, R.A. (2005).
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    Using functional magnetic resonance imaging to detect covert awareness in the vegetative state. Archives of neurology, 64(8), 1098-102. [PubMed:17698699] [WorldCat] [DOI]
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  19. Cowey, A. (2000).
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