コフィリン
大橋 一正
東北大学 大学院生命科学研究科 生命機能科学専攻
DOI:10.14931/bsd.1195 原稿受付日:2013年1月8日 原稿完成日:2013年8月12日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
Cofilin_ADF | |||||||||
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crystal structure of adf1 from arabidopsis thaliana | |||||||||
Identifiers | |||||||||
Symbol | Cofilin_ADF | ||||||||
Pfam | PF00241 | ||||||||
Pfam clan | CL0092 | ||||||||
InterPro | IPR002108 | ||||||||
SMART | ADF | ||||||||
PROSITE | PDOC00297 | ||||||||
SCOP | 2prf | ||||||||
SUPERFAMILY | 2prf | ||||||||
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英語名:cofilin
コフィリンは、1980年代にニワトリやブタの脳の抽出液からアクチン線維の脱重合を促進するタンパク質として同定、精製された[1][2][3]。コフィリンは、単量体アクチン(G-アクチン)、アクチン線維(F-アクチン)に結合し、F-アクチンを切断・脱重合する活性をもつ20 kDaのアクチン結合タンパク質である。生存に必須であり、酵母からヒトまで高度に保存されている。コフィリンは、F-アクチンのターンオーバーを促進することで細胞のアクチン骨格のダイナミクスを生み出す働きを持ち、細胞内の基本的なアクチン骨格の制御因子の一つである[4][5][6]。また、様々な細胞内シグナル分子によって活性が制御されアクチン骨格の時空間的な再構築に寄与する[5][7]。
構造
コフィリンは、単量体アクチン(G-アクチン)、アクチン線維(F-アクチン)に結合し、F-アクチンを切断・脱重合する活性をもつ166残基、20 kDaのタンパク質である。5本のβシートをコアに4本のαへリックス構造が球状の構造を囲む球状の構造をしており[1]、アクチン分子のサブドメイン1と3の間の溝に結合する。配列における相同性は認められないが、F-アクチンの切断とキャッピング活性をもつゲルゾリンファミリーと類似した立体構造をとる[8][9][10][6]。
サブファミリー
コフィリンは種間で高く保存され、ヒトでは同じ機能をもつファミリーとして非筋肉型コフィリン(別名n-cofilin、cofilin-1)、筋肉型コフィリン(別名m-cofilin、cofilin-2)、Actin depolymerizing factor(ADF)(別名デストリン(Destrin))の3種類が存在する[4][6]。これら3種類のタンパク質はほぼ同じ働きであるが、コフィリンはpH依存的にF-アクチンの脱重合活性が変化し、ADFの活性はpH変化の影響を受けにくいことが報告されている[11][12]。 コフィリンの構造と類似したドメイン(ADF-Hドメイン)を有するスーパーファミリーとして、Glia maturation factor(GMF)、Twifilin、Abp1/Drebrin、Cactosinの4種が各々サブファミリーを形成している。これらの中でコフィリンと同様にアクチンの脱重合活性を持つことが報告されているものはTwinfilinだけである。また、GMF以外はF-アクチンとの結合能を持つ。GMFはArp2/3複合体に結合する(図1)[6][13]。
発現分布、細胞内局在
コフィリンは、真核細胞全てに存在する生存に必須のタンパク質であり、アクチン結合タンパク質の中で最も存在量の多いタンパク質の一つで細胞内に数μモルの濃度で存在する。発現分布は、非筋肉型コフィリン、筋肉型コフィリン、ADFの3種類のいずれかが全ての細胞に発現しており、筋肉では、主に筋肉型コフィリンが主に発現している[14]。筋組織以外では非筋肉型コフィリンとADFが主に発現している[15][4]。コフィリンはトロポミオシンやミオシンと競合的にF-アクチンに結合するため[3][16]、コフィリンが多く存在するラメリポディアや局在がほとんど見られないストレスファイバーなど、アクチン骨格への結合量はアクチン骨格構造によって異なる。しかし、コフィリンの活性阻害実験から、細胞内のアクチン骨格構造はすべてコフィリンの結合により脱重合されることでターンオーバーしていると考えられる[17][18]。
生理活性
アクチン骨格再構築おける機能
細胞内における基本的なコフィリンの機能は、F-アクチンを切断・脱重合し、重合するためのG-アクチンを供給することでアクチン骨格の流動性を生みだす働きである。そのため、コフィリンの活性化はF-アクチンを切断・脱重であるにも関わらずラメリポディア形成などのアクチン重合に必須である。
コフィリンは、試験管内の実験により、F-アクチン、G-アクチンどちらにも結合する。また、ADP結合型のアクチンに対してより高い親和性を持ち、ADPの加水分解とリン酸の放出が進んだ古いF-アクチンを切断・脱重合する[19][15]。F-アクチンの脱重合と切断は異なる作用で、F-アクチンのマイナス端からアクチンの脱重合する活性とF-アクチンの側面に結合し切断する作用があると考えられている[19][20][21]。
細胞内で主に起こるF-アクチンの切断・脱重合の作用機序については未だ議論があるが、コフィリンの結合によりF-アクチンのらせん構造がよりねじれた状態になりアクチン分子間の結合が不安定となり切断されやすくなると考えられる[22]。また、コフィリンの濃度がある程度以上濃くなるとF-アクチン全ての結合部位にコフィリンが結合しF-アクチンが逆に安定化する。コフィリンの濃度が高い状態ではコフィリンがアクチンの核化を促進するモデルも提唱されている[22]。
コフィリンは、細胞内のG-アクチンに結合し、ATP/ADP交換を阻害して重合させないようにする隔離作用もあると考えられている[23][24]。
活性調節
コフィリンのアクチン脱重合・切断活性に対する制御は、ホスファチジルイノシトール4、5ビスリン酸(PIP2)との結合によるアクチンへの結合阻害、3番目のセリン残基のリン酸化によるアクチンへの結合阻害、Actin interacting protein 1(Aip1)、アデニル酸シクラーゼ結合タンパク質(CAP)との結合による活性促進の制御が報告されている(図2)[4][6]。PIP2との結合によるコフィリンの活性阻害では、細胞への刺激依存的なホスホリパーゼ C(Phospholipase C、PLC)の活性化によってPIP2が分解されコフィリンの活性化を促進しラメリポディア形成などが促進されることが報告されている[25][26]。
リン酸化
コフィリンを不活性化する3番目のセリン残基のリン酸化を行う特異的なタンパク質リン酸化酵素としてLIMキナーゼファミリー(LIMK1、LIMK2、TESK1、TESK2)が同定されている[27][28]。LIMキナーゼファミリーは、N末端にLIMドメインを持つLIMK1、LIMK2とLIMドメインは持たないがキナーゼドメインの相同性が高く保存されたTESK1、TESK2が存在する。LIMK1は発達過程の中枢神経系に高発現している[7]。
LIMキナーゼは、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質、Ca2+シグナル、p38MAPキナーゼなど様々な上流シグナルによって活性が制御されている。SlingshotもCa2+シグナル、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質、PI3キナーゼ、F-アクチンとの結合によって活性化される(図3)[7]。また、Phospholipase D1(PLD1)に対してリン酸化コフィリンが結合しPLD1を活性化することでRacの活性化を促進することも報告されている[29]。
コフィリンのリン酸化制御は、進化的にショウジョウバエ以降で保存されており、線虫、酵母にはLIMキナーゼ、Slingshotに相同な遺伝子は存在しない。
脱リン酸化
特異的なコフィリンのタンパク質脱リン酸化酵素としてSlingshotファミリー(Slingshot-1、Slingshot-2、Slingshot-3)が同定されている[30]。これ以外にprotein phosphatase 1(PP1)、protein phosphatase 2A(PP2A)、ハロ酸デヒドロゲナーゼの一つでタンパク質脱リン酸化酵素として働くChronophinが脱リン酸化酵素として働くことが報告されている[31][32][7]。
神経細胞における役割
神経組織や神経細胞においてコフィリンは、神経細胞の移動、形態、軸索、樹状突起の伸展・退縮、樹状突起スパインの形態などをアクチン骨格の制御を介して関与すると考えられる。また、神経細胞に対する様々な刺激におけるコフィリンのリン酸化による活性制御の役割が研究されている[33][34][7]。
神経細胞形態制御
神経突起の伸展・退縮における機能については、NGFによる後根神経節(DRG)細胞の軸索伸長にはLIMキナーゼとSlingshotの働きが共に必要であること[35]、また、ネトリン1(Netrin-1)によるDRG細胞の軸索伸長にコフィリンの脱リン酸化が必要であることが報告されている[36]。これに対して、マウスの後根神経節細胞のセマホリンによる軸索の退縮にLIMキナーゼの活性化によるコフィリンのリン酸化が必要であることが報告され[37]、その後、Slit-2、Nogo-66による神経突起退縮にもLIMキナーゼの活性化によるコフィリンのリン酸化が必要であることが報告されている[38][39]。カエルの脊髄神経細胞の軸索のBMPによる誘因と反発においては、LIMキナーゼとSlingshotの活性のバランスによって制御されることが報告されている[40]。また、マウス大脳皮質細胞の樹状突起形成において、BMP受容体にLIMキナーゼが直接結合し活性化されることが樹状突起形成促進に必要であること[41]、ショウジョウバエにおいてBMPタイプII受容体にLIMキナーゼが結合し神経筋接合部のシナプスの安定化に寄与することが報告されている[42]。
シナプス機能の制御
海馬スライスを用いた研究によって長期増強 (long-term potentiation, LTP)誘導時に海馬分子層の樹状突起スパインにおいてコフィリンのリン酸化が誘導されアクチン重合が促進することが報告された[43]。その後、コフィリンのリン酸化を阻害するペプチドを用いた実験などから LTD誘導時において刺激依存的な樹状突起スパインにおけるコフィリンのリン酸化によるアクチン重合が必要であることが報告されている[44][45]。(編集部コメント:これらの文献はいずれも長期抑圧とコフィリンを調べたもので、LTPのデーターはなかったのではないかと思います。ご確認ください。)
ノックアウトマウス
コフィリンとADFのコンディショナルノックアウトマウスの解析では、非筋肉型のコフィリン遺伝子(n-cofilin)のノックアウトによって脳の発生過程において神経細胞の移動や分裂に異常が見られ 、こ れに対して、ADF遺伝子ノックアウトでは、脳の発生には影響しないことが報告されている[46]。
脳の発生後のコフィリンの機能を解析するために、CaMKII-Creラインのマウスを用いたコンディショナル ノックアウトマウスを用いた研究が報告されている。このマウスでは、海馬錐体細胞の樹状突起スパインが増加し、長期増強(LTP)と長期抑圧(LTD)の誘導が抑制された。これはAMPA受容体の刺激依存的な細胞膜上の側方移動が抑制されたためだと考えられている [47]。これらの遺伝子ノックアウトマウスでは、相補的に他のアイソフォームのコフィリン/ADFの発現が上昇しており、標的組織におけるコフィリンファミリーの活性低下の影響を見ていると考えられる[46][47]。
また、LIMキナーゼ遺伝子ノックアウトマウスの解析から、海馬神経細胞の樹状突起の先端の成長円錐の形態異常、海馬や皮質神経細胞の樹状突起スパインの形態が細長くなること、海馬におけるLTPに異常があることが報告されている[48]。
疾患との関わり
コフィリンは酸化ストレスなどでコフィリン分子間のジスルフィド結合が形成され、細胞内にアクチンとの異常なロッド状の複合体を形成する[49][50]。アルツハイマー病におけるアミロイドβペプチドの集積によって形成されるロッドにおいてもコフィリンとアクチンの複合体の存在することが明らかにされている[51][52]。海馬神経細胞に対するグルタミン酸の過剰な刺激によってもコフィリンによるロッドが形成されることからアルツハイマー病の神経細胞死の原因の一つであることが示唆されている[52][50]。
コフィリンのリン酸化の活性制御については、LIMキナーゼ遺伝子がウイリアムズ症候群に見られる空間認知機能の障害の原因遺伝子であることが報告されている[53]。
動物においては、角膜疾患マウスの原因遺伝子としてADF遺伝子の点変異が同定されている[54]。また、コフィリンのノックアウトマウスは胎生致死となる[46]。
その他に、コフィリンはアポトーシスの初期においてミトコンドリアに局在しアポトーシスを誘導することが報告されている[55]。
関連用語
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