英語名: calcium 独:calcium, Kalzium 仏:calcium
カルシウムは原子番号20の金属元素。元素記号はCa。ヒト周期表第2族ヒトアルカリ土類元素の一種で、ヒトを含む動物の代表的なヒトミネラル(ヒト必須元素)である。ヒト骨やヒト歯の形成のみならず、カルシウムイオン(Ca2+)は細胞内シグナル伝達を担う代表的なセカンドメッセンジャーの一つであり、広範な細胞機能の制御に関与している。
脳神経系においても、神経伝達物質放出、シナプス可塑性、神経細胞死のトリガーとなるものであり、また各種グリア細胞機能の制御に不可欠である。本稿では、このCa2+依存性シグナルの基本的性質について解説する。
発見の歴史
ヒト江橋節郎は1950年代後半からの先駆的研究により、細胞内Ca2+がヒト骨格筋収縮を制御するという機構を提唱した。そして1965年にカルシウム結合タンパク質であるトロポニンを発見し、Ca2+依存性シグナルの存在を世界に先駆けて証明した[1]。次いで1970年にはヒト垣内史郎とWai Yiu Cheungによりカルモジュリンが発見され、Ca2+が筋収縮のみならず広範な細胞機能を制御することが明確になった[2][3]。
さらにヒトRoger Y Tsienによるカルシウム指示薬の開発[4]により、細胞内Ca2+濃度を生細胞にて蛍光イメージング法で測定することが可能になり、Ca2+ウェーブやCa2+オシレーションといった、細胞内Ca2+濃度の複雑な時空間動態が明らかとなった。
メカニズム
細胞膜および小胞体膜上に存在する各種のCa2+ポンプにより、細胞質のCa2+濃度は静止時には数十nM (10-8~10-7 M)程度に保たれる。これは細胞外Ca2+濃度(~10-3 M)の一万分の一以下という非常に低い濃度であり、他の生体内無機イオンではこれほど大きな細胞内外の濃度差は見られない。以下に示すCa2+チャネルを経てヒト細胞質にCa2+が供給されることによりCa2+濃度が上昇し、カルシウム結合タンパク質を介して様々な細胞内シグナルが活性化される。
細胞内Ca2+シグナルの特筆すべき性質は、その局所性である。例えば単一の樹状突起スパインに限局したCa2+濃度上昇が惹起され、これにより入力特異的なシナプス可塑性等の制御が実現されている。この局所性にはCa2+チャネルの限局やスパインの構造のみならず、Ca2+ポンプによる速やかな除去や、高濃度のカルシウム結合タンパク質によるCa2+ヒト拡散の阻害、等が重要な寄与を果たしている。
細胞外からの流入
Ca2+に対して透過性をもつイオンチャネルを介して、大きな電気化学的勾配に従いCa2+が細胞外から細胞質へ流入する。脳神経系においては主に以下に挙げるイオンチャネルが関与する。
電位依存性Ca2+チャネル
電位依存性Ca2+チャネルはその開閉が膜電位に依存するカルシウムチャネルである。主に神経細胞において、細胞膜の脱分極により開口してCa2+を流入させる。電位依存性Ca2+チャネルの各サブタイプは、それぞれ異なる特徴と生理機能を有する。詳細については カルシウムチャネルの項を参照のこと。
リガンド依存性Ca2+チャネル
リガンド依存性チャネルのうちCa2+透過性を示すものは、神経細胞およびグリア細胞においてCa2+流入に関与する。特にイオンチャネル型グルタミン酸受容体であるNMDA型グルタミン酸受容体は、Ca2+流入を介してシナプス可塑性に関与している。
その他のCa2+チャネル
各種の感覚受容に関与するTRPチャネルはCa2+透過性を示す。各サブタイプが様々な開口制御機構を有しており、神経細胞およびグリア細胞においてCa2+流入を担う。
また小胞体のCa2+枯渇により活性化される[[ストア作動性Ca2+チャネル]]もCa2+流入を担う。このストア作動性Ca2+チャネルについては長らく分子実体が不明であったが、近年Orai1が同定された[5][6]。
小胞体内腔からの放出
細胞内小器官である小胞体は、主要な細胞内カルシウムストアとして機能している。小胞体膜上のCa2+ポンプにより内腔のCa2+濃度は高く保たれており、以下に示す小胞体膜上Ca2+チャネルを介して、細胞質へCa2+が放出される。 細胞外からの流入とならび、小胞体内腔からの放出は、細胞質への主要なCa2+供給経路である。そしてこの両者は密接な相互作用を示す。つまり小胞体からのCa2+放出は、細胞外から流入したCa2+により促進または阻害され、放出に伴う小胞体のCa2+枯渇は、ストア作動性Ca2+チャネルを介したCa2+流入を促す。
リアノジン受容体
リアノジン受容体は、細胞質Ca2+により開口が促進される小胞体膜上Ca2+チャネルであり、カルシウム誘発性カルシウム放出と呼ばれる現象[7]を担っている。これはCa2+シグナルにおける重要なポジティブフィードバック機構である。骨格筋や心筋の収縮の制御が広く知られているが、脳神経系においても様々な機能を持つ。 詳細については リアノジン受容体 の項を参照のこと。
イノシトール3リン酸受容体
イノシトール3リン酸受容体は、その活性化にセカンドメッセンジャーであるイノシトール3リン酸と細胞質Ca2+の両方を必要とする小胞体膜上Ca2+チャネルである。特筆すべき点は、細胞質Ca2+濃度に対して二相性の反応曲線を示すことである[8]。つまり低Ca2+濃度域では濃度上昇に従い開口が促進されるが、ある濃度でそれがピークアウトし、それ以上の濃度域では濃度上昇に従い開口が阻害される。 グリア細胞のような電気的に非興奮性の細胞においては、主要なCa2+供給経路となる。また神経細胞においてもCa2+シグナルに関与する。 イノシトール3リン酸とCa2+の両方を必要とする性質により、二種類の入力を統合する機能を持ち得る。実際、小脳プルキンエ細胞における長期抑圧誘導時に、二種類のシナプス入力の同期検出を担っている[9]。
小胞体以外の細胞内小器官では、ミトコンドリアが細胞内カルシウムストアとして重要な役割を果たしている。また小胞体-ミトコンドリア間の密接な接合構造が知られており、ここでCa2+のやり取りが行なわれていると考えられる。詳細については ミトコンドリア の項を参照のこと。
応用
神経細胞では活動電位の発生に伴いCa2+流入が起こるので、カルシウム指示薬を用いて、神経細胞の活動を蛍光イメージングにより検出することが可能である。特に近年、2光子レーザー走査顕微鏡を用いることで、生体内の個々の神経細胞を解像して、その活動を可視化することが可能になった[10]。多数の神経細胞の位置情報と活動情報を一度にかつ正確に得るという、従来は非常に困難であったことを可能にした手法であり、近年活発な応用が進められている。
関連項目
参考文献
- ↑
Ebashi, S., & Kodama, A. (1965).
A new protein factor promoting aggregation of tropomyosin. Journal of biochemistry, 58(1), 107-8. [PubMed:5857096] [WorldCat] [DOI] - ↑
Kakiuchi, S., & Yamazaki, R. (1970).
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Cheung, W.Y. (1970).
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Prakriya, M., Feske, S., Gwack, Y., Srikanth, S., Rao, A., & Hogan, P.G. (2006).
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(執筆者:大久保洋平 担当編集委員:尾藤晴彦)