酒井 誠一郎
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
八尾 寛
東北大学 生命科学研究科
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年7月16日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:河西 春郎(東京大学 大学院医学系研究科)
英:excitatory synapse、独:exzitatorische Synapse、仏:synapses excitatrices
興奮性シナプスとは
末梢神経系 | |
アセチルコリン | 運動神経、交感神経節前線維、副交感神経 |
ノルアドレナリン | 交感神経節後線維 |
中枢神経系 | |
グルタミン酸 | 中枢神経全般 |
(以下は脳の広範囲に投射し、神経機能を調節) | |
アセチルコリン | 前脳基底部、中脳橋被蓋 |
ドーパミン | 黒質緻密部、中脳腹側被蓋野など |
ノルアドレナリン | 青斑核、外側被蓋 |
アドレナリン | 孤束核、背側縫線核 |
セロトニン | 縫線核 |
興奮性シナプスとは、シナプス後細胞の活動電位発生を促進させるシナプスのことである。興奮性のシナプス伝達によってシナプス後細胞が脱分極し、膜電位が閾値を超えると活動電位が発生する。 抑制性シナプスは、逆にシナプス後細胞の発火を抑える作用をする。興奮性シナプスを形成するシナプス前細胞を興奮性ューロン、抑制性シナプスを形成するシナプス前細胞を抑制性ニューロンと呼ぶ。
シナプスは、ギャップ結合を介して電気シグナルを直接伝える電気シナプスと神経伝達物質を介して伝達を行う化学シナプスに分類される。いずれもシナプス前細胞の興奮をシナプス後細胞へと伝達するが、興奮性シナプスといった場合には興奮性の化学シナプスのことを指すことが多い。
興奮性の化学シナプスでは、シナプス前終末から放出された神経伝達物質がシナプス後膜上の受容体に結合することでシナプス後細胞が脱分極する。神経細胞から放出され、作用する物質としての神経伝達物質の種類は100種類以上にも及ぶが、哺乳類の中枢神経系ではグルタミン酸が、末梢神経系ではアセチルコリンとノルアドレナリンが主な興奮性神経伝達物質として用いられている(表1)。同じ神経伝達物質でも、シナプス後膜上の受容体の種類が違えばその作用も異なる。例えばアセチルコリンは、ニコチン受容体に結合するとシナプス後細胞を興奮させるが、ムスカリン受容体はサブタイプによって興奮作用を示すものと抑制作用を示すものがある[1] [2]。
構造
興奮性の化学シナプスの基本的な構造は、神経伝達物質を内包するシナプス小胞がシナプス前終末に集積し、シナプス間隙を挟んで伝達物質受容体の並ぶシナプス後膜と相対している(図1)。シナプス前終末には神経伝達が放出されるアクティブゾーンがあり、直径30-50 nmのシナプス小胞とともに、伝達物質の開口放出に必要な電位依存性カルシウムチャネルやSNAREタンパク質が集積している[3]。シナプス間隙はシナプス前終末と後細胞間の12-20 nmの隙間であり、開口放出された神経伝達物資はシナプス間隙を拡散してシナプス後膜上の受容体に結合する。
シナプス後膜の直下にはシナプスの構造タンパク質や調節タンパク質が集積したシナプス後肥厚(postsynaptic density; PSD)と呼ばれる構造がある。興奮性シナプスはシナプス後肥厚が発達し、電子顕微鏡像において顕著に観察される[4]。
興奮性シナプスの形態は、脳の多くの領域で見られるボタン状シナプスの他、網膜のリボンシナプスや、脳幹や毛様体神経節で見られる杯状シナプスなど多岐にわたる[5]。ボタン状シナプスは、樹状突起に1 μm以下の間隔で密に並んだスパインと呼ばれる微細な突起にシナプスを形成している。多くの場合、単一のボタン状シナプスの入力による脱分極は大きくないが、一つの神経細胞に数千から数万も存在するスパインへのシナプス入力の加算によってシナプス後細胞で活動電位が発生する。アクティブゾーンに特殊な構造を持つリボンシナプス[6]や単一シナプスに複数のアクティブゾーンを持つ杯状シナプス[7]は、一度に多数のシナプス小胞が開口放出され、シナプス後細胞を強く興奮させる。
シナプス伝達過程
シナプス前細胞で発生した活動電位は軸索を伝播し、シナプス前終末に到達する。シナプス前終末では、活動電位による脱分極で電位依存性カルシウムチャネルが開き、カルシウムイオンが細胞内に流入する。カルシウムイオンが引き金となってアクティブゾーンに係留されていたシナプス小胞が細胞膜に融合し、シナプス小胞に内包されていた神経伝達物質がシナプス間隙に開口放出される。
開口放出された神経伝達物質はシナプス間隙を拡散し、シナプス後細胞膜上の受容体に結合する。イオンチャネル共役型受容体の場合は、神経伝達物質の結合によって即座にイオンチャネルが開き、ナトリウムやカルシウムといった陽イオンが細胞内に流入することでシナプス後細胞が脱分極する。代謝活性型受容体の場合は、受容体への神経伝達物質結合によってGタンパク質を介した細胞内シグナルが働き、受容体とは別に存在するカリウムチャネル等の開口状態が変化することで遅い時間スケールでの脱分極が起こる。
電気生理
興奮性シナプスにおいて神経伝達物質がイオンチャネル共役型受容体に結合すると陽イオンのコンダクタンスが増加する。静止膜電位付近では、これら受容体の反転電位より細胞の膜電位は低いので、細胞外の陽イオンがシナプス後細胞に流入し膜電位は脱分極する。この膜電位変化を興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential; EPSP)という。このとき電流は細胞の内側に向かって流れ、この内向きの電流を興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current; EPSC)と呼ぶ。また、細胞膜を横切って電流が流れることで細胞外電場にも変化が生じるので、興奮性シナプス後場電位(field EPSP; fEPSP)として観測することができる。
代謝活性型受容体では、カリウムコンダクタンスの低下による遅いシナプス後電位と細胞膜の電気抵抗の増加が観察される。
シナプス可塑性
興奮性シナプス、特に脳内のシナプスは、活動依存的に短期可塑性および長期可塑性を示し、動的な神経ネットワークを構築している。
短期可塑性
代表的なものとして、paired pulse facilitation(PPF)およびpaired pulse depression(PPD)が挙げられる。これはシナプス前細胞を連続して刺激した際に、1回目のシナプス伝達と比較して2回目のシナプス伝達が促通(facilitation)または抑圧(depression)される現象である。短期可塑性のメカニズムには、シナプス前終末へのカルシウム流入と開口放出確率の変化、およびシナプス小胞プールの大きさが関与しているとされている[8]。
長期可塑性
高頻度刺激で誘発される長期増強(long-term potentiation; LTP)および低頻度刺激で誘発される長期抑圧(long-term depression; LTD)があり、数十分以上の時間わたってシナプス伝達強度が変化する[9]。また、シナプス前細胞-後細胞の発火タイミング依存的にLTPもしくはLTDが生じるスパイクタイミング依存性シナプス可塑性(spike timing dependent plasticity; STDP)と呼ばれる現象が様々なシナプスで報告されている[10]。
長期可塑性ではタンパク質リン酸化・脱リン酸化や転写・翻訳等の機構により長期的にシナプス伝達が変化するが、開口放出が変化する場合や伝達物質受容体が変化する場合など、可塑性の発現機構はシナプスの種類や刺激パターンによって多様である[11][12]。長期可塑性に伴って樹状突起のスパイン形態が変化が生じることも報告されており[13]、シナプスの機能と形態が共に変化することで神経ネットワークの構築と改変が行われている。
関連項目
参考文献
- ↑
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