谷渕 由布子
医療法人同和会千葉病院精神科
松本 俊彦
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究部 薬物依存研究部/自殺予防総合対策センター
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年1月8日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
「行動嗜癖(behavioral addiction)」とは、精神作用物質ではなく、ある特定の行動や一連の行動プロセスを依存対象とする「依存症」である。行動嗜癖と同義の用語として、「プロセス依存」という呼び方もある。行動嗜癖においてみられる行動には、病的ギャンブリングやインターネット・ゲーム障害、窃盗癖、買い物、暴力、自傷、性的逸脱行動、過食・嘔吐、放火、携帯電話など、実な多岐にわたる様式がある。
行動嗜癖の定義や構成概念にはいまだ不明瞭な点が多く、物質依存症と同じカテゴリーに含めるべきかについては、専門家のあいだでも論争が続いている。しかし、近年の研究により、報酬系と呼ばれる脳内ドパミン神経系回路の関与など、物質依存症との類似性に関する知見が報告されるようになった。こうした趨勢のなかで、病的ギャンブリングは、DSM-5において物質依存症と同じ診断カテゴリー、「物質関連と嗜癖の障害」に分類されることとなった。
現在までのところ、確立された生物学的治療法はないものの、海外には、薬物療法の部分的な有効性を報告する研究がいくつか存在する。一方、国内では、薬物療法はほとんど試みられていないものの、一部の施設で既存の物質依存症に対する治療を援用した集団療法が試みられている。また、行動嗜癖のなかのいくつかに関しては、国内でも12ステッププログラムによる自助グループが存在し、独自の支援活動を展開している。
行動嗜癖とは
「行動嗜癖(behavioral addiction)」とは、ある特定の行動や一連の行動プロセスがもたらす高揚感や、不安や怒りの軽減、緊張からの解放など、不快感情の軽減が一種の報酬効果となって反復化・習慣化し、心理社会的もしくは健康上の問題をもたらしていることを知りながらも、その行動をとめることができない状態を意味する。しばしばその行動に対する自己制御困難の感覚も伴っている。この自己制御困難感の強い病態では、強迫との境界は不明瞭になるが、そもそも本人がその行動を好んでおり、本人が自ら主体的にその行動を選択しているという点において、強迫とは区別される。
この行動嗜癖という臨床概念は、病的ギャンブリング(pathological gambling)やインターネット・ゲーム障害(internet gaming disorder)、窃盗癖(kleptomania)などの他、買い物、暴力・虐待、自傷、性的逸脱行動、過食・嘔吐、放火、携帯電話など、多様な行動上の障害を含んであり、現状では不均質な症候群といわざるを得ない。なかには日常的で必要不可欠な社会的行為もあり、その点では、正常とのあいだに質的な差異はなく、あくまでも量的に逸脱した病態といえる。また、病態を説明する生物学的根拠がいまだ不十分なことも、行動嗜癖の位置づけを難しくさせている。物質依存症の場合、すでに精神作用物質の習慣的摂取による脳内変化や生理学的依存の存在が明らかにされており、それに依拠して依存症概念が確立された経緯がある。
こうした経緯から、行動嗜癖を物質依存症と同じカテゴリーに含めることについては、いまだ専門家のあいだでも議論がある[1]。実際、行動嗜癖を物質依存症と同じカテゴリーに含めるかどうかについては、1980年代前半から検討され続けられながらも、実際には、DSM-IV(DSMとは米国精神医学会が定めた精神障害についてのガイドライン、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略。)においては「衝動制御の障害」という疾患分類に、また、ICD-10(ICDとは世界保健機関により公表された疾病及び関連保健問題の国際統計分類、International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problemsの略。)においては「習慣及び衝動の障害」の項目に入れられていた。
しかしその一方で、行動嗜癖には、その行動が存在することで本人の生活機能や社会的機能、さらには本人及び周囲に深刻な主観的苦痛をもたらすのは事実である。そしてその行動には、依存性物質に対する渇望に似た強い衝動や衝迫が認められ、しばしば自己制御が困難である。また、その行動におよんだ直後には、精神的緊張からの解放感や安堵感をもたらす。これらは、まさに物質依存症と共通する特徴である。実際、物質依存症で確立された心理社会的治療や支援を援用することで、一定の治療成果を上げているという現実もある。近年では、後述するように、動物実験研究や神経画像的研究における物質依存症と共通した生物学的根拠の存在を指摘する報告が増え、特に病的ギャンブリングは生物学的知見に関する報告も多い。
こうした状況のなかで、病的ギャンブリングについては、2013年5月に発表されたDSM-5において、物質依存症と同じ診断カテゴリーである、「物質関連と嗜癖の障害(Substance-Related and Addictive Disorders)」に分類されることになった。また、将来、正式な精神障害の診断カテゴリーとして採用される候補として、インターネット・ゲーム障害が示唆されている。
嗜癖行動障害の診断基準
- ある種の行動(多くは非適応的、非建設的な行動)を行わずにはおれない抑えがたい衝動(craving)
- その行動を開始し終了するまで、他の事柄は目に入らず、自らの衝動をコントロールできない(impairment of control)
- その行動のために、それに代わる(適応的、建設的な)楽しみを無視するようになり、当該行動に関わる時間や、当該行動からの回復(行動をやめること)に時間がかかる
- 明らかに有害な結果が生じているにもかかわらず、その行動を続ける
(これは、ICD-10の物質依存の診断基準から物質という言葉を取り除き、6項目を4項目に短縮した内容[2])
行動嗜癖の脳内メカニズム
報酬系回路
行動嗜癖と物質依存において、同じ脳内回路の異常が指摘されており、その主なものが脳内報酬系あるいは辺縁報酬系回路(reward system)と呼ばれるものである[3] [4] [5]。報酬系回路とは、食行動や性行動などの本能的行動を快感として感じることで、行動の継続を図る種の保存のための神経系であるが、生存のための本能的行動が快感追求だけの目的で行われると、快感追求の継続と反復という嗜癖や依存領域に強く関わる神経回路として機能する。
報酬系回路は、中脳辺縁系を中心とするドパミン神経系(別名A10神経系)からなり、中脳の腹側被蓋野から側坐核に投射するが、側坐核を含む腹側線条体のみならず、眼窩前頭皮質、前部帯状回皮質、扁桃体、海馬、大脳の前頭前野へも投射している。
依存性物質や、飲食、性行為などの快情動をもたらす自然の強化因子は、腹側被蓋野から側坐核へ一過性のドパミン放出を誘発することで、報酬系を活性化させる。なお、腹側被蓋野は、必ずしも報酬により快感覚を得られる状況だけではなく、報酬を期待して行動をしているときにも活性化するため、日常生活における意欲の向上や動機づけにおいても重要な役割を担う。
側坐核が刺激されると、その神経細胞間での多量の内部伝達が誘発され、それによりドパミンの放出が惹起され、快感や高揚感がもたらされる。つまりドパミンは反復行動の強化と動機づけに重要な役割を果たすと考えられており、報酬系と遊離ドパミンの濃度が物質乱用や嗜癖に関わっていることを示す知見は数多く存在する。パーキンソン症候群の治療薬であるドパミン作動薬が、衝動制御障害を誘発する危険因子であることも指摘されている[6] [7]。
そして側坐核のみでなく、腹側被蓋野領域から扁桃体、眼窩前頭皮質、前部帯状回皮質、海馬、前頭前野へも一過性のドパミン放出が惹起される。扁桃体と眼窩前頭皮質は、報酬を予期させるものと、それにより実際に生じた報酬である快情動とを関連づけることに重要な役割を担うとされている。さらに眼窩前頭皮質は、その得られた報酬の価値を符号化し情報を更新することに関連している。また、中脳からのドパミン伝達により、海馬依存性の長期記憶形成が強化されるため、その報酬に関連した刺激や状況が記憶され、その後の嗜癖形成への発展につながる。前部帯状回は、嗜癖行動とそれにより得られる報酬とを関連づけ、得られる報酬によって行動を選択・制御する。そして、報酬系ドパミン伝達により、理性的思考により衝動行為を制御する前頭前野の機能が低下する。眼窩前頭皮質と前部帯状回を経由して、神経伝達が上意下達式に中脳辺縁系領域に再び到達し、報酬探索の動機が制御される[8]。
物質依存症も行動嗜癖も、渇望を来たす状況への反復的暴露が、中脳辺縁系の活性化と前頭前野の抑制力減弱を招くという点では、衝動制御能低下という共通の特徴をもつ。依存や嗜癖に関連した行動を実行しようとする動機が、それを制御しようとする努力にまさってしまう。徐々にそのような行動の頻度が増え、習慣化していく。物質使用障害では、依存の習慣が形成されていく過程において、刺激により誘発される活性化が、側坐核の背外側部から腹内側部へ、最後には、感覚運動の皮質線条体系回路も関連する腹側線条体へ移動していくことが示唆されており[9]、衝動制御の障害においても、同様の変化を示唆する知見が出てきている[10]。ただし嗜癖行動は依存性物質と異なり、直接中枢の神経細胞に作用し、ドパミン神経系を混乱させるわけではないため、幻覚妄想、認知機能障害などの中毒症状や、離脱症状を来たすことはない。
以上のように、行動嗜癖形成の機序については、諸々の感覚刺激、記憶、目的や動機、身体的状況、環境などの情報が、中脳腹側被蓋野から側坐核、前頭前野へ投射するドパミン神経系を中心に、扁桃核、前頭前野、腹側淡蒼球、視床など、報酬系とそれをとりまく神経回路において統合され、脳の様々な領域が協働していると考えられているが、今なお解析が進められている。
神経伝達物質
報酬系回路は主としてドパミン性神経伝達によるが、その他の神経伝達物質も重要な役割をもつ[11]。
腹側被蓋野領域の後部にある吻側内側被害核から、腹側被蓋野領域の近傍と黒質に投射するGABA介在神経が、報酬系回路のドパミン神経系の主な抑制因子として働く[12]。βエンドルフィンが、腹側被蓋野の抑制系回路であるGABA含有ニューロンのμオピオイド受容体に作用すると、GABA神経系が抑制される。するとドパミン神経系からドパミン遊離が促進され、快情動が出現する。つまり、GABA神経系抑制によりドパミン神経が脱抑制され、脳内報酬系が賦活化される。賦活化が持続すると、精神依存が生じる。また、報酬を「好む」ということは、中脳のμオピオイド受容体への刺激により伝達され、側坐核と腹側淡蒼球において、ドパミン神経系と相互作用することも関与する[13]。以上の機序より、GABA性の治療薬とともに[14] [15]、オピオイド拮抗薬が、衝動制御の障害に有効な治療法として期待されている。
皮質辺縁線条体回路においては、ドパミンD1受容体とNMDA神経系の相互作用が、報酬を得る行動への学習に必要である[16]。物質使用障害に関する研究では、前頭葉から側坐核へのグルタミン酸神経伝達の変化が、薬物関連行動への衝動に関連することが示唆されており[17]、グルタミン酸系の治療薬が行動嗜癖に有効であったという報告もある[18] [19]。
衝動性の亢進は、ドパミン系の脳内報酬系とは別に、セロトニン系神経ネットワークの機能低下によって生じることも示唆されている。セロトニンに関連した薬が治療薬になりうるかは議論のあるところであるが[11]、ドパミンが報酬探索行動を促進させる一方、セロトニンは、罰則下で衝動的行為に対する抑制的行動を助長させることが示唆されている[20]。
報酬回路不全症候群
物質依存症と同様に、行動嗜癖においても、報酬系回路が慢性持続的に活性化され続けると馴化が生じ、鈍化が進行する。つまり、報酬系回路の機能は徐々に低下し、より報酬を感じにくく、快感が得られにくくなる。この状態は「報酬回路不全症候群」と呼ばれる[21][21]。こうなると、あらゆることに対し興味や関心が薄れ、するとますます、依存している物質乱用や行動嗜癖を繰り返し続ける行動様式に陥ってしまう。
報酬回路不全の仮説は、辺縁系におけるD2受容体密度の減少に関連している。物質依存者では、線条体におけるD2受容体結合能の低下が報告されている[22] [23] [24][22][23][24]。D2受容体密度が減少した状態では、快の感覚を感じにくく不快であり、ドパミンレベルを正常な状態にするために、物質や嗜癖行動などのドパミンが多く放出するような強い刺激を欲する。しかし一方で、依存の形成において、嗜癖に伴うドパミンレベルの急上昇の反復が報酬系を感作し、物質や嗜癖行動などの快の刺激の誘因となる動機に対し、過感受性が生じることを示唆する知見も多い。
そもそも、D2受容体密度の減少が嗜癖や依存に先行するか後行するかは、まだ結論が出ていない。病的ギャンブリング者、病的過食者、インターネット嗜癖者の線条体におけるD2受容体密度の低下が示唆されている。遺伝子研究では、Taq1A遺伝子多型のA1対立遺伝子が、線条体におけるD2受容体減少に関連することが報告されており、PET(positron emission tomography)では、ドパミン輸送体や受容体などの、機能的ダウンレギュレーションが傍証されうる。嗜癖や依存により生じる脳の状態が、報酬回路不全によるドパミン低活性状態か、感作によるドパミン過感受性の状態かについて、今後の研究が期待される。
併存精神障害
嗜癖や依存をもつ者は、他にも様々な精神障害を併存することが多いといわれる[25] [26] [27] [28] [29] [30][25][26][27][28][29][30]。 まず行動嗜癖に先行して、大うつ病、双極性感情障害、統合失調症、不安障害、物質依存症、摂食障害などが存在していることがある。また、反社会性、強迫性、回避性、境界性など、各種パーソナリティ障害、広汎性発達障害、精神遅滞、認知症、器質的問題などで衝動制御が困難な状態の併存が見られることがある。さらに、嗜癖行動により、二次的に、抑うつや不安症状が出現することもある。
治療
治療においては、臨床的に診断に該当するか否かに拘泥せず、問題となっている行動嗜癖に対する方策を講じることが大事である。
薬物療法
現在のところ、行動嗜癖に対して認可された治療薬はなく、薬物療法は精神療法や行動療法と併用されることが多いが、様々な試行がなされている。
上述したように、報酬系回路における依存形成や衝動統制に、ドパミンとオピオイド神経系が関与していることに注目した薬物療法が行われることがある。nalmefeneやnaltrexoneといった国内未採用のオピオイド拮抗薬の病的ギャンブリングなどに対する有効性が報告されている[31] [32] [33] [34] [35] [36][31][32][33][34][35][36]。また、topiramateは、中脳辺縁系のドパミン機能を調節すると考えられており、行動嗜癖に対する有効性が報告されている[37][37]。
セロトニンレベルの低下が、嗜癖の強化に関わる中脳辺縁系に対する抑制作用の低下を惹起するため、セロトニンレベルの低下を改善させるSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)は、行動嗜癖に対する効果が期待されうる。
行動嗜癖によっては、感情障害の近縁疾患ととらえた薬物療法として、SSRI、SNRI(Serotonin and Norepinephrine Reuptake Inhibitors)、三・四環系抗うつ薬、気分安定薬、抗不安薬が試されることもある[27]。
いずれの薬剤も、有効であったという症例報告レベルにとどまり、有効性が証明されるまでにはいたっていない。他の精神障害との高い重複率やパーソナリティに関した課題、衝動行為の心理的規制など、個々の行動嗜癖の背景にあるものの相違を考慮すると、各個人で核となる薬物治療の標的が異なるため、標準的薬物療法の確立は困難が予測される。
薬物療法以外の治療・支援
現在国内では、アルコール・薬物依存症専門医療機関や精神保健福祉センターのなかには、物質依存症に対する治療プログラムを修正して、行動嗜癖に対する個人もしくは集団による認知行動療法を試みている施設もあるが、現状では、ごく一部の施設における「試行的」な実践の域を出ない。他には、自助グループにおける「いい放し、聞き放し」のミーティング、あるいは、日記によるセルフモニタリングなどを利用した自助プログラムの取り組みが行われている。
心理的負荷やストレスによって衝動・強迫行為が加速していくことは、病的ギャンブリングなどにおいて知られており[38][38]、認知行動療法では、行動嗜癖につながりやすい出来事や気分を同定・認識し、そのような出来事や気分が出現した際、問題となる行動を起こす前に、より適応的に対処する行動に置き換える訓練などが行われる。
また、国内には、アルコール依存症におけるA.A.(Alcoholics Anonymous)の12ステッププログラムを援用した自助グループが活動している。病的ギャンブリングについてはG.A.(Gamblers Anonymous)が、摂食障害についてはO.A.(Overeaters Anonymous)やNABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)が、窃盗癖についてはK.A.(Kleptomaniacs Anonymous)が、そして買い物依存についてはD.A.(Debtors Anonymous)が活動をしている。回復者が運営している民間リハビリ施設としては、病的ギャンブリングに関してはワンデーポートが存在するが、他の嗜癖行動については、こうした民間の支援資源はきわめて乏しい実情にある。
切迫した併存精神障害が存在する場合は、精神科医療機関での治療が優先される。行動嗜癖により二次的に生じたうつ症状や自殺企図が見られた場合[39][39]、精神科医療施設や救急医療施設での対応が急務とされる。併存する精神障害によっては、地域社会資源の活用も検討される。
行動嗜癖の問題が顕在化する場所としては、精神科や救急医療現場などの医療機関、行政司法機関、債務問題相談機関(消費者センター、多重債務支援団体、司法書士団体、弁護士団体、法テラス)、などが挙げられる。ギャンブル、窃盗、放火、性犯罪などについては、触法行為で顕在化することもある。
問題が顕在化しないが、深刻な状況を抱えている人も多いと考えられ、社会的啓発を進めることで、問題に気づく機会を増やすことが期待される。
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