横川 博一
神戸大学
DOI:10.14931/bsd.6767 原稿受付日:2016年3月9日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
英語名:foreign language learning
外国語学習は、母語とは別の言語を何らかの形で身につけようとする営みである。外国語習得に対する観念、学習プロセスの捉え方、学習者要因などは、教授法・指導法および外国語学習に大きく影響を及ぼす。とりわけ、外国語の獲得・処理・学習の認知メカニズムを解明することは、言語運用能力の熟達化のプロセスを明らかにすることであると同時に、外国語学習のあり方や発展にも貢献するものである。
定義
外国語(foreign language)とは、生得的に獲得する母語(mother tongue、もしくは第一言語(first language、L1)とも言う)に対して、母語に加えて後天的に学習される言語を指す。また、母語ではないが公用語として用いられている環境に生まれ育ったため獲得される言語は「第二言語」(second language、L2)と呼び、狭義には、日本における英語のように、公用語として使われてはおらず公教育などで学習する「外国語」と区別して用いることもある。しかし、両者を区別せずにいずれも包含する用語として用いることもある。本稿では、第二言語を含めて「外国語」という用語を用いる。
また、しばしば「習得(修得、獲得)」(acquisition)と「学習」(learning)を区別し、前者は、母語の場合で、後者は外国語の場合に用いることがある。第二言語習得研究では、学習された知識は習得された知識とは異なる性質のものであり、学習された知識が習得につながることはないとするノン・インターフェイス仮説[1]と処理の自動化によって学習と習得が結びつき2種類の知識を仮定する必要はないとするインターフェイス仮説[2]の立場があるが、本稿では、原則として、両者を区別せずに「学習」という用語を用いる。
主な理論
外国語の学習を考える上で、外国語習得をどのようなものであると捉え、どのような指導法が提案・実践されてきたか(外国語教授法)、外国語習得のプロセスはどう捉えられているか(第二言語習得理論)、そして、年齢や動機付けなどの学習者要因について概観する。
外国語教授法
外国語学習や授業実践は、言語や言語習得に関する考え方の影響を受けて、常に揺り動かされてきたという歴史を持つ。アメリカ構造主義言語学、生成言語理論などの言語理論、行動主義心理学、認知心理学などの心理学理論が外国語教授法に影響を与えてきた。これまでに提唱されてきた主な教授法(指導法とも言う)には次のようなものがある。なお、外国語教授法の詳細は、伊藤(1984)[3], Larsen-Freeman (1986)[4]、Richards & Rogers (2001)[5]などを参照されたい。
- 19世紀後半から20世紀前半まで、ヨーロッパにおける主流の教授法は文法翻訳教授法(the grammar-translation method)であった。ギリシャ語、ラテン語などの古典語を教える際に、単語リストと文法規則を暗記し、その知識を活用して母語に正確に翻訳する指導法で、教養涵養、知的訓練の性質が強い。文学作品を理解することが目的であったため、読み書きが中心で、理論的基盤を持たない。日本では、漢文の訓読に用いられ、その後も現在に至るまで広く英語教育現場で用いられている。
- 19世紀後半になると異文化間の交易や交流が盛んになり、コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まった。文法翻訳教授法に対する反動として、幼児の言語習得と同じくできるだけ自然な方法で外国語を身につけるのがよいと考えられ、母語の使用を禁じたナチュラル・メソッド(the natural method)が台頭する。この時期には、音声学の知見を基盤とする「フォネティック・メソッド」(the phonetic method)や外国語の音声・文字と意味の直接連合を目指すダイレクト・メソッド(the direct method)なども提唱された。
- 教える際の効率性などの観点から母語の使用も認め、折衷的な方法論としてハロルド・パーマー(H. E. Palmer, 1877-1949)によって提唱され、日本で発展した教授法がオーラル・メソッド(the natural method)である。言語習得についても生得的、習慣形成的側面のいずれも認めており、初級の段階では口頭での練習を重視し、コミュニケーションを通して外国語学習を行うことが基本的な考え方である。オーラル・メソッドと同じ時期に、アメリカ構造主義言語学および行動主義心理学を背景として、チャールズ・フリーズ(C.C. Fries, 1887-1969)によってオーラル・アプローチ(the oral approach)(オーディオ・リンガル・アプローチ(the audio-lingual approach)とも呼ばれる)が提唱された。耳と口による音声重視の訓練が重視され、文型・文法のパターン・プラクティスに特徴がある。
- 20世紀後半に入って、言語能力は生得的なものであるとした生成文法(generative grammar)がChomsky(1928-)によって提唱されたのを境に、オーラル・アプローチやオーラル・メソッドは勢いを失った。1960~70年代には、ヒューマニスティック・アプローチ(humanistic approach)を理論的基盤として、学習者の認知能力に最大限に働きかけ、情意面への配慮も重視する、TPR(the total physical response method)、サイレント・ウェイ(the silent way)、CLL(community language learning)、サジェストペディア(suggestopedia)といった教授法が提唱された。
- 1980年代前後から、EU統合なども背景として、コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まり、文法的能力だけでなく、社会言語学的能力、談話的能力、方略的能力も重要であると考えられるようになり、コミュニカティブ・アプローチ(communicative approach)の考え方が現れた。
第二言語習得理論
外国語運用能力の育成には、運用能力の基盤となる知識の形成と運用スキルの習熟を図ることが必要であり、言語処理の自動化(automatization)が外国運用能力の熟達化にとって重要な役割を果たすことは広く認識されてきている。しかし、その認知メカニズムは十分に明らかにされているとは言い難く、言語情報のインプットを効率的に処理できる形式に変換して理解したり、概念化や発話計画からアウトプットに到るプロセスにおいて、音韻、形態、統語、意味などの脳内処理がどの程度自動的・無意識的に行われているのか、そのプロセスを解明することが、外国語運用能力育成の鍵ともなる。なお、脳科学的視点からの第二言語習得研究については大石(2006)[6]、外国語学習者の言語情報処理の自動化については横川・定藤・吉田編(2014)[7]を参照されたい。
こうした外国語学習者の心理的プロセスに焦点をあてる第二言語習得研究は、Coder, P.(1967)“The significance of learners’ errors”(学習者の誤用の意義)によって始まったとされる[8]。その後、学習者が目標言語を学習するにつれて変容していく中間言語(interlanguage; Selinker, 1972)[9]のシステムを解明することが中心的課題となっている。主な第二言語習得の理論には次のようなものがある。
- インプット仮説(the input hypothesis):Krashen[10]によって提唱された理論で、言語習得は「理解可能なインプット」(comprehensible input)を理解することによって起こり、学習者の熟達度(i)よりも少し上のレベルのもの(i+1)が適切であるとされる。また、情意フィルター(affective filter)、つまり不安度(anxiety)は低いほうがよく、文法知識の役割は小さいと考えている。この考え方では目標言語で教授することを重視しており、後に「ナチュラル・アプローチ」(the natural approach, Krashen (1983))へと発展した[11]、[12]。
- 自動化理論:McLaughlinらによって提唱された理論で[13]、学習された知識は、最初はさまざまな点に注意を向けることができずに誤りを犯したり、うまく使えなかったりするが、繰り返しによって自動化が進むと、習得につながると考えている。
- インターラクション仮説(the interaction hypothesis):Krashenのインプット仮説ではアウトプットの役割は軽視されていたが、Longらによって提唱された理論では[14]、学習者は他者と意味のあるやりとり(interaction)をすることによって、そのプロセスにおいて繰り返しや問い返し、言いかえなどが行われ、言語習得が促進されるとした。
- アウトプット仮説(the output hypothesis):アウトプットの果たす役割を明確に打ち出したのが、Swainである[15]。話したり書いたりするためには文法的正確さや社会言語学的能力が必要であり、アウトプットによって自身の現在の能力と目標言語とのギャップに気づき(noticing a gap)、それが正確な言語習得につながると考えている。意味のやり取りを重視した伝達中心の言語学習の方法論は、外国語教授法のひとつであるコミュニカティブ・アプローチと共通する。
学習者要因
外国語学習には、学習者の年齢、外国語に対する適性、ストラテジー使用など、学習者の内的要因も影響を及ぼす。
- 学習者の年齢:母語の場合は、ある一定の年齢を過ぎると生得的言語習得能力が失われ、習得することができないという、いわゆる「臨界期」(critical period)がある。外国語の場合もそのような主張がなされたことがあるが[16]、一般に母語並みに習得することは難しくなるが、実際に大人になってからでも習得している人がいることから見ても、言語習得能力が失われるという仮説は否定されている。
- 外国語に対する適性(language aptitude):アメリカの心理学者キャロル(Carroll, J., B)は、①音や音の連続をすばやく聞き分け、記憶保持することができる音の符号化(phonetic coding)に関する能力、②文法構造や機能に気づき、運用できる文法感覚(grammatical sensitivity)に関する能力、③機械的な記憶(rote memory)に関する能力、④言語使用の背後にある規則性や論理性を機能的に類推することができる能力(inductive reasoning)の4つを挙げている[17]。
- 優れた学習者が用いる学習ストラテジー(learning strategy):スターン(Stern, H. H.)は、①計画性、②積極性、③感情移入、④形式への注意、⑤実験(試行錯誤)、⑥意味への注意、⑦練習、⑧コミュニケーション、⑨モニター(モデルとの自己との比較)、⑩内在化の10種類のストラテジーを挙げている[18]。
外国語の獲得・処理・学習
語彙の教授と学習
外国語学習にとって語彙習得は不可欠である。語彙学習は、どのくらいの語を知っている必要があるか(語彙サイズ、語彙の広さ)、どの程度その語を知っている必要があるか(語彙知識の深さ)という観点から論じられる。学校教育においては、語彙の選定、新出語の導入の方法、定着を図るための指導法、辞書指導などについて、注意が払われている。
レキシコンの構造と語彙の「広さ」・「深さ」
英語の母語話者は、生後1年前後から就学時までにおよそ3,000~10,000語を獲得し、教養ある大人はおよそ20,000ワードファミリー(基本語とその屈折形および派生形を同じ語として数える方式)を知っていると言われる[19]。外国語学習では、少なくとも学校教育の中で母語話者並みの語彙数を習得することは困難であると同時に、学校教育では授業時間数は限られているため、優先度の高い語彙選択が行われており、テクストにおける占有率(coverage)や使用範囲(range)など使用頻度(frequency)をはじめとして、有用性を考慮する必要がある。しかし、教授・学習すべき語彙は、頻度のみで決まるものではなく、題材性とも密接に関係しており、テーマに関係する語は低頻度であっても扱う必要がある。日本の中学校学習指導要領(2008年文部科学省告示、2012年施行)[20]では1,200語程度、高等学校学習指導要領(2009年告示、2013年施行)[21]では、1,800語程度、あわせて3,000語程度を学習することとなっているが、語彙の選択は教科書によって異なる。
言語運用を可能にする語彙知識は、人間の脳内に存在すると仮定されているメンタルレキシコン(mental lexicon; 心内辞書)に格納されている。Levelt(1989)によれば、語の形態(morphology)および音韻(phonology)に関する情報が保存されているレキシーム(lexeme)と語の統語(syntax)および意味(semantics)に関する情報が保存されているレマ(lemma)という二層構造をもつと仮定されている[22]。母語も外国語の場合も同様に、ある語彙項目(lexical item)についてさまざまな語彙情報が符号化され(encoding)、獲得される。これらの語彙情報は、一度に獲得されるものではなく、言語経験によって少しずつ情報が付加され、ときには修正・更新されていく性質のものである。このようにして、脳内に貯蔵(storage)された語彙情報は、言語理解や言語産出のプロセスにおいて、検索され(retrieval)、利用される。こうしたプロセスは、外国語の場合も同じである[23]。
言語刺激は、音韻的、視覚的、意味的に符号化され、貯蔵されることが知られているが、外国語学習の環境においては、音韻・形態・統語・意味などの語彙情報が必ずしもバランスよく獲得される保証はない。たとえば、よく言われることであるが、語彙項目の中には、文字として見れば理解できるが、音声として聞いたときには理解できないものがある。このようなことが生じる一つの可能性としては、メンタルレキシコンに形態と意味の表象は登録(entry)されたが、音韻の表象は登録されなかったか、または 音韻表象が不正確に登録されたと考えることができる。もう一つの可能性は、音韻・形態・意味の表象は正しく登録されており、文字としてはよく見る語であるので検索が容易であったが、音声としては聞き慣れていないために検索に時間がかかり、リスニングという時間的制約が強い言語処理プロセスにおいては検索に時間がかかり、結果として聞いて理解することに失敗したという可能性が考えられる。他にも、いくつかの可能性が考えられるだろう。
外国語学習では、語を知っている(knowing a word)とはどういうことかが問題となるが、ネイション(Nation, I.S.P., 2001)は、①形式的知識(話し言葉、書き言葉、語構成)、②語彙的知識(形式と意味、語の概念と指示対象、連想)、③使用に関する知識(文法機能、コロケーション、社会的使用に関する制約)の3つを知っていることであるとし、語彙の指導・学習を念頭に置いて、さらに受容面と表出面に分けて、18の構成要素からなる枠組みを提案している[24]。
新規の音韻の学習
ワーキングメモリの音韻ループで操作される音韻情報はすぐに衰退してしまうが、構音リハーサルで反復することによって長期記憶への移行を可能にする。新規の音韻パターンをもつ外国語の学習にも貢献しており、音韻ループが言語習得装置(language learning device)と言われる所以である[25]。音韻ループにおける音韻情報の保持には、左下前頭回[26] [27]、小脳が関与していると報告されている[28] [29]。また、口頭での繰り返しによって外国語のような新規の音韻情報が強固な手続き記憶として脳内に形成されることも示されている[30]。
語彙の長期記憶への保存:語彙化
外国語の語彙の記憶には、記憶容量、母語などの被験者要因、語の長さ[31]、音韻親密度[32]など語の要因が影響を及ぼすことが知られている。
新規の語(未知語)がメンタルレキシコンに登録された状態を語彙化(lexicalization)と呼ぶが、その経時的変化は、語彙競合効果(lexical completion effect)を指標として捉えられる[33]。語彙競合効果とは、類似する語がある単語の認知に影響を与えるというもので、たとえば、新規語 wooz が語彙化した状態になれば、woof, wool, woodなどの類似した語が単語認知に影響を与え、語彙判断課題(lexical decision task; 当該語が実在後であるか否かを即座に判断する課題)において判断時間が遅延する。
この語彙競合効果は、学習後1日以内に出現するとする研究もあるが[34]、睡眠を経た24時間後に出現するとする研究もあり[35] [36]、語彙競合効果の出現には睡眠を含むオフラインでの記憶統合が必要であるとされる。しかし、外国語学習者の語彙化プロセスはほとんど明らかにされていない。なお、脳における宣言的記憶の形成について、海馬と大脳皮質において相補的に学習が行われるとするComplementary Learning System(CLS)も参照されたい[37]。
言語理解
言語理解は、リスニングおよびリーディングに相当する言語スキルである。4つの言語技能の中でリスニングは最も基本的なスキルで、リスニングからはじめてスピーキング、リーディング、ライティングへと進んでいくのが自然な言語学習の順序であるとされる。
言語理解のプロセス
音声言語による文理解のプロセスは、Friederici & Kotz(2003)の認知神経科学的モデルによれば、①入力音声の音響分析(聴覚野)にもとづく音素の同定(上側頭回中間部)、音韻の分節化・音節化の処理(BA44上後部)、②語の形態処理(上側頭回後部)、統語範疇の同定(上側頭回前部)にもとづく局所的統語構造の構築(BA44下部)、③語の統語・形態情報の同定(上・中側頭回後部)にもとづく意味情報と統語情報の統合(上・中側頭回後部)、意味役割付与(BA44, 45, 47)、④さまざまな情報の統合(基底核)や再分析および修復(上側頭回後部)といった4つの段階に大別される[38]。書き言葉の処理もこれに準じる。
外国語学習におけるリスニングの困難点は、①音声の連続体の中から単語を切り出すこと(分節化)、②統語構造を構築すること、③話者の話すスピードで理解すること、などにある。また、リーディングの困難点は、①語彙知識の不足、②文法知識の不足、③母語と語順が異なる場合は、語順通りに理解すること、などにある。いずれの場合にも、話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。
母語話者の文理解
たとえば、The man saw the spy.という文を理解するには、まず、それぞれの語の形態と統語範疇を同定し、[the man] や[the spy]といった句構造を形成し、最終的に、文[名詞句[the man 動詞句[saw名詞句[the spy]]]]という統語構造が構築され、そこから文全体の意味が引き出される。また、The defendant examined by the lawyer turned out to be unreliable.「その判事が調べた被告人は信頼できないことが判明した」というような縮約関係節(reduced relative clause)の構造をもつ文は、動詞examinedが最初に過去形だと判断されるが、by-句もしくは動詞turnedの出現によって、動詞examinedを過去分詞形に再分析(reanalysis)が要求される、いわゆるガーデンパス文である。このことは、文理解が逐次的・漸次的(incremental)に進められることを示唆している。しかし、最初の名詞句をThe evidence「その証拠」のように無生物名詞に変えると、ガーデンパス化が低減することが眼球運動測定[39]や事象関連電位[40]を用いた研究で示されており、名詞の意味情報が統語解析と相互作用することを示唆している(ただし、意味情報がどの程度初期統語解析に影響するかについては、否定的な研究もある[41] [42]。
外国語学習者の文理解
一方、外国語学習者は、母語話者のように複雑な統語知識に基づく処理を行うことはできず、語彙の意味情報に強く依存した処理を行うと言われている(Shallow Structure Hypothesis「浅い構造的処理」)[43]。つまり、外国語学習者は統語処理が非自動的であり、語の意味情報に頼らざるを得ないのだと言える。
外国語学習者の文理解は、上で述べた縮約関係節構造を含む文などで、名詞の意味情報によって文理解は促進されるが、動詞の形態統語情報(morpho-syntactic information; たとえば、examinedは過去形か過去分詞形か曖昧であるが、gave/givenのような動詞は曖昧ではない)はリアルタイムの文理解にはほとんど影響せず、統語解析は促進されないという結果が報告されている[44]。
言語情報の脳内処理
Ojima, Nakata, & Kakigi(2005)は[45]、英語の母語話者と上級・中級程度の外国語学習者を対象に、事象関連電位の手法を用いて、言語情報に対する敏感さ(sensitivity)を調査した。たとえば、Mike listened to Max’s *orange about war.といった意味的に不適格な文(*は違反が起こっている箇所を示す)に対しては、N400という成分が出現することがわかっているが、外国語学習者の場合にも同様の現象が見られた。一方、Yesterday he *play a guitar.のような形態統語違反(正しくはplayed)、Susan liked Jack’s *about joke the man.のような句構造違反(正しくはJack’s joke about the man)に対しては、LANと呼ばれる早期に行われる文法判断にかかわる成分とP600と呼ばれる後期における情報の統合や修正にかかわる成分が出現するはずであるが[46]、外国語学習者では、上級熟達度のみにLANに近い成分の出現が観察されただけであったと報告している。これらの研究結果は、外国語学習者にとって、文法を操作することに関わる処理が困難であることを示唆しており、Shallow Structure Hypothesis(Felser & Clahsen, 2006)[43]にも一致する。
言語情報処理の熟達度依存性
動詞の形態統語情報の処理について、事象関連電位を用いた実験では、規則動詞違反文ではLAN(Left anterior negativity)に続いてP600成分が出現したが、不規則動詞違反文ではP600成分のみが出現したことから、英語母語話者には規則動詞・不規則動詞それぞれの処理による神経認知基盤が存在し、語彙的知識がそれぞれ影響していると結論づけられている。英語を外国語とする学習者の意味違反に対して出現するN400にも熟達度依存性が存在することを指摘した研究もあり、事象関連電位と熟達度の変化との関係性について検討した研究も少しずつ登場している[47] [48]。
言語産出
言語産出は、スピーキングおよびライティングに相当する言語スキルである。
言語産出のプロセス
音声を中心としたコミュニケーションの心理言語学的モデルの一つに、Levelt(1989[43]の言語の理解と生成における語彙仮説モデルがある。このモデルでは、まず、スピーキングのプロセスとして、概念化装置(CONCEPTUALIZER)でプラニングされた発話すべきメッセージは、形式化装置(FORMULARTOR)で文法コード化(grammatical encoding)および音韻コード化(phonological encoding)の操作が施される。このとき、メンタルレキシコン(mental lexicon)に格納されているレマ(lemma)情報によって統語的表象を構築し、レキシーム(lexeme)情報によって音韻表象が構築される。最終的に調音(ARTICULATION)がなされて、発話(アウトプット)に至るプロセスが示されている。
外国語のスピーキングにおける困難点は、①発音を知らない、発音の仕方が分からない、②言いたいことを伝える語や表現がすぐに想起できない、③文法知識の欠如、文をすぐに構築できない、④正確さを気にしすぎて、間違いを犯すことを恐れる、⑤母語で考えて、それを外国語に置き換えようとする、などが挙げられる。
脳内の統語表象
言語運用の基盤となる言語知識、とりわけ統語知識は脳内にどう表象されているのであろうか。Bockら(1990)は、(1)のような文(プライム文)を音読した後、(2)の断片に続けて自由に文を完成してもらう実験を行った[49]。
- (1)a. Susan brought Stella a book.
- b. Susan brought a book to Stella.
- (2)The children showed …
- (3)a. The children showed a man a picture.
- b. The children showed a picture to a man.
その結果、(1a)の後では(3a)、(1b)の後では(3b)のような文を多く産出した。このようにプライム文と同じ文構造を使用して文を産出する現象を「統語的プライミング」(syntactic priming)と呼ぶ。ここで興味深いのは、(2)に含まれている動詞が(1)のプライム文の動詞とは異なっている点で、動詞は異なるのに同じ構造を使って文を産出する傾向が見られ。また、時制や相、数がプライム文と異なっていても統語的プライミング現象が見られる。このような実験は、私たちが脳内にどのような形で統語情報をもっているかを探ろうとしたものである。Pickering & Branigan(1998)によると[50]、たとえば、GIVEやSENDという語の語彙範疇は動詞(verb)であり、[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に、それらの情報が2つの動詞間で共有されているネットワーク構造であると仮定している。したがって、“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと、[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて、“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。
外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishita et al.(2010)などで示されている[51]。このことは、動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており、メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない、もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また、熟達度の低い学習者は、“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが、これは、二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ、構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。
展望:外国語学習への脳科学的アプローチ
繰り返し接触による潜在学習
外国語学習においては、模倣(imitation)や繰り返し(repetition)が言語習得に重要であるということは昔から言われていることである。反復接触が、上で述べた統語的プライミングに及ぼす影響について調査した実験がある。Kaschak, Loney, and Borreggine(2006)は[52]、Pickering and Branigan (1998)の文完成課題を用いて、刺激文への接触回数がプライミング効果に与える影響を調査した[53]。その結果、英語母語話者の場合、刺激への接触回数が増えるにつれてプライミング率が高くなった。また、Morishita and Yokokawa(2012)[54]も日本人英語学習者を対象に同様の実験を行ったところ、全体として、母語話者と同様、自動的(automatic)で無意識的(implicit)なプロセスであるというPickering and Branigan(1999)の主張を支持する結果となった[55]。しかし、20回程度の接触では、低熟達度群には大きな影響は見られなかったと報告しており、学習者の熟達度が統語表象の内在化に影響することが示唆される。
先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する統語的プライミング現象は、言語産出のみならず、言語理解においても見られる[56]。繰り返し同じ構造に接触することで、その構造への潜在学習(implicit learning)が進み、オンラインでの処理促進が起こると言われている[57]。外国語学習においては、明示的指導(明示的に言語知識を説明し、教えること)の有効性も主張されていると同時に、言語項目によっては非明示的な反復接触によって言語知識の内在化と運用スキルの強化を図ったり、宣言的知識(declarative knowledge)を手続き知識(procedural knowledge)に変容させることも可能であるように思われるが、今後の研究が望まれるところである。
相互的同調機能と対面コミュニケーション
言語獲得理論において、コミュニケーションにおける相互理解の達成は、無意識的・自動的な同調に依拠するという「相互的同調機能」(interactive alignment)(Garrod & Pickering, 2004)なる考えが現れてきた[58]。上述の統語的プライミング現象もそのひとつであるが、こうした研究の潮流は、第二言語運用能力の向上には、リアルタイムでの言語処理能力を高める必要があり、コミュニケーション場面における相互作用がその促進に重要な役割を果たすことを示唆している。しかし、コミュニケーション場面における相互作用による言語処理能力向上のための条件とその神経基盤についての研究はまだ緒についたばかりである。その展開には、外国語学習を社会的相互作用の枠組で捉えること、つまり、2個体間相互作用としての「間主観性」(inter-subjectivity)と対応付け、他者への働きかけとしての言語産出と、他者からの働きかけの受容としての言語理解を介したシステム間相互作用として捉えることが必要かつ有望であると考えられる[59]。
関連項目
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Why is conversation so easy?
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社会脳-英語教育研究への新たなる挑戦(英語教育への脳科学的アプローチ 第5回)
英語教育, 64(12), 68-69, 大修館書店: 2016