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<font size="+1">大久保洋平</font><br> | |||
''東京大学 / 医学(系)研究科(研究院)''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月14日 原稿完成日:2013年8月12日 更新日:2016年6月15日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | |||
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英語名: calcium 独:Calcium, Kalzium 仏:calcium | |||
{{Infobox calcium}} | |||
{{box|text= | |||
< | カルシウムは原子番号20の金属元素。元素記号はCa。[[wikipedia:ja:周期表|周期表]]第2族[[wikipedia:ja:アルカリ土類|アルカリ土類]]元素の一種で、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]を含む動物の代表的な[[wikipedia:ja:ミネラル|ミネラル]]([[wikipedia:ja:必須元素|必須元素]])である。[[wikipedia:ja:骨|骨]]や[[wikipedia:ja:歯|歯]]の形成のみならず、[[カルシウムイオン]](Ca<sup>2+</sup>)は細胞内[[シグナル伝達]]を担う代表的な[[セカンドメッセンジャー]]の一つであり、広範な細胞機能の制御に関与している。 | ||
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[[脳神経]]系においても、[[神経伝達物質]]放出、[[シナプス可塑性]]、神経[[細胞死]]のトリガーとなるものであり、また各種[[グリア細胞]]機能の制御に不可欠である。本稿では、このカルシウムイオン依存性シグナルの基本的性質について解説する。 | |||
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== 発見の歴史 == | == 発見の歴史 == | ||
[[wikipedia:ja: | [[wikipedia:ja:江橋節郎|江橋節郎]]は1950年代後半からの先駆的研究により、細胞内カルシウムイオンが[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]収縮を制御するという機構を提唱した。そして1965年に[[カルシウム結合タンパク質]]である[[トロポニン]]を発見し、カルシウムイオン依存性シグナルの存在を世界に先駆けて証明した<ref><pubmed>5857096</pubmed></ref>。次いで1970年には[[wikipedia:ja:垣内史郎|垣内史郎]]とWai Yiu Cheungにより[[カルモジュリン]]が発見され、カルシウムイオンが筋収縮のみならず広範な細胞機能を制御することが明確になった<ref><pubmed>4320714</pubmed></ref><ref><pubmed>4315350</pubmed></ref>。 | ||
さらに[[wikipedia:ja: | さらに[[wikipedia:ja:ロジャー・Y・チエン|Roger Y Tsien]]による[[カルシウム指示薬]]の開発<ref><pubmed>3838314</pubmed></ref>により、細胞内カルシウムイオン濃度を生細胞にて[[蛍光イメージング]]法で測定することが可能になり、カルシウムイオンウェーブやカルシウムイオンオシレーションといった、細胞内カルシウムイオン濃度の複雑な時空間動態が明らかとなった(動画)。 | ||
{| width="450" border="1" cellpadding="1" cellspacing="1" class="wikitable" | |||
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| <div class="thumb tright" style="width:580px;"><youtube>SssUVE1d9bY</youtube></div> | |||
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| '''動画 培養アストロサイトのカルシウム反応'''<br>カルシウム感受性色素であるFura-2をロードした細胞に30 µMのATPを作用させている。 | |||
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== メカニズム == | == メカニズム == | ||
[[細胞膜]]および[[小胞体]] | [[細胞膜]]および[[小胞体]]膜上に存在する各種のカルシウムイオン[[ポンプ]]により、細胞質のカルシウムイオン濃度は静止時には数十nM (10<sup>-8</sup>~10<sup>-7</sup> M)程度に保たれる。これは細胞外カルシウムイオン濃度(~10<sup>-3</sup> M)の一万分の一以下という非常に低い濃度であり、他の生体内無機イオンではこれほど大きな細胞内外の濃度差は見られない。以下に示すカルシウムイオンチャネルを経て[[wikipedia:ja:細胞質|細胞質]]にカルシウムイオンが供給されることによりカルシウムイオン濃度が上昇し、カルシウム結合タンパク質を介して様々な細胞内シグナルが活性化される。 | ||
細胞内カルシウムイオンシグナルの特筆すべき性質は、その局所性である。例えば単一の[[樹状突起スパイン]]に限局したカルシウムイオン濃度上昇が惹起され、これにより入力特異的なシナプス可塑性等の制御が実現されている。この局所性にはカルシウムイオンチャネルの限局やスパインの構造のみならず、カルシウムイオンポンプによる速やかな除去や、高濃度のカルシウム結合タンパク質によるカルシウムイオン[[wikipedia:ja:拡散|拡散]]の阻害、等が重要な寄与を果たしている。 | |||
=== 細胞外からの流入 === | === 細胞外からの流入 === | ||
カルシウムイオンに対して透過性をもつ[[イオンチャネル]]を介して、大きな[[電気化学的勾配]]に従いカルシウムイオンが細胞外から細胞質へ流入する。脳神経系においては主に以下に挙げるイオンチャネルが関与する。 | |||
==== | ==== 電位依存性カルシウムイオンチャネル ==== | ||
電位依存性カルシウムイオンチャネルはその開閉が[[膜電位]]に依存する[[カルシウムチャネル]]である。主に[[神経細胞]]において、細胞膜の[[脱分極]]により開口してカルシウムイオンを流入させる。電位依存性カルシウムイオンチャネルの各サブタイプは、それぞれ異なる特徴と生理機能を有する。詳細については [[カルシウムチャネル]]の項を参照のこと。 | |||
==== | ==== リガンド依存性カルシウムイオンチャネル ==== | ||
[[リガンド依存性チャネル]] | [[リガンド依存性チャネル]]のうちカルシウムイオン透過性を示すものは、神経細胞およびグリア細胞においてカルシウムイオン流入に関与する。特に[[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]]である[[NMDA型グルタミン酸受容体]]は、カルシウムイオン流入を介してシナプス可塑性に関与している。 | ||
==== | ==== その他のカルシウムイオンチャネル ==== | ||
各種の[[感覚]]受容に関与する[[TRPチャネル]] | 各種の[[感覚]]受容に関与する[[TRPチャネル]]はカルシウムイオン透過性を示す。各サブタイプが様々な開口制御機構を有しており、神経細胞およびグリア細胞においてカルシウムイオン流入を担う。 | ||
また[[小胞体]] | また[[小胞体]]のカルシウムイオン枯渇により活性化される[[ストア作動性カルシウムイオンチャネル]]もカルシウムイオン流入を担う。このストア作動性カルシウムイオンチャネルについては長らく分子実体が不明であったが、近年[[Orai1]]が同定された<ref><pubmed>16921385</pubmed></ref><ref><pubmed>16921383</pubmed></ref>。 | ||
=== 小胞体内腔からの放出 === | === 小胞体内腔からの放出 === | ||
細胞内小器官である小胞体は、主要な[[細胞内カルシウムストア]] | 細胞内小器官である小胞体は、主要な[[細胞内カルシウムストア]]として機能している。小胞体膜上のカルシウムイオンポンプにより内腔のカルシウムイオン濃度は高く保たれており、以下に示す小胞体膜上カルシウムイオンチャネルを介して、細胞質へカルシウムイオンが放出される。 細胞外からの流入とならび、小胞体内腔からの放出は、細胞質への主要なカルシウムイオン供給経路である。そしてこの両者は密接な相互作用を示す。つまり小胞体からのカルシウムイオン放出は、細胞外から流入したカルシウムイオンにより促進または阻害され、放出に伴う小胞体のカルシウムイオン枯渇は、ストア作動性カルシウムイオンチャネルを介したカルシウムイオン流入を促す。 | ||
==== リアノジン受容体 ==== | ==== リアノジン受容体 ==== | ||
[[リアノジン受容体]] | [[リアノジン受容体]]は、細胞質カルシウムイオンにより開口が促進される小胞体膜上カルシウムイオンチャネルであり、カルシウム誘発性カルシウム放出と呼ばれる現象<ref><pubmed>5456208</pubmed></ref>を担っている。これはカルシウムイオンシグナルにおける重要なポジティブフィードバック機構である。骨格筋や心筋の収縮の制御が広く知られているが、脳神経系においても様々な機能を持つ。 詳細については [[リアノジン受容体]] の項を参照のこと。 | ||
==== イノシトール3リン酸受容体 ==== | ==== イノシトール3リン酸受容体 ==== | ||
[[イノシトール3リン酸受容体]]は、その活性化にセカンドメッセンジャーである[[イノシトール3リン酸]] | [[イノシトール3リン酸受容体]]は、その活性化にセカンドメッセンジャーである[[イノシトール3リン酸]]と細胞質カルシウムイオンの両方を必要とする小胞体膜上カルシウムイオンチャネルである。特筆すべき点は、細胞質カルシウムイオン濃度に対して二相性の反応曲線を示すことである<ref><pubmed>2373998</pubmed></ref>。つまり低カルシウムイオン濃度域では濃度上昇に従い開口が促進されるが、ある濃度でそれがピークアウトし、それ以上の濃度域では濃度上昇に従い開口が阻害される。 グリア細胞のような電気的に非[[興奮性]]の細胞においては、主要なカルシウムイオン供給経路となる。また神経細胞においてもカルシウムイオンシグナルに関与する。 イノシトール3リン酸とカルシウムイオンの両方を必要とする性質により、二種類の入力を統合する機能を持ち得る。実際、小脳[[プルキンエ細胞]]における[[長期抑圧]]誘導時に、二種類のシナプス入力の[[同期検出]]を担っている<ref><pubmed>11100147</pubmed></ref>。<br> | ||
小胞体以外の細胞内小器官では、[[ミトコンドリア]]が細胞内カルシウムストアとして重要な役割を果たしている。また小胞体- | 小胞体以外の細胞内小器官では、[[ミトコンドリア]]が細胞内カルシウムストアとして重要な役割を果たしている。また小胞体-ミトコンドリア間の密接な接合構造が知られており、ここでカルシウムイオンのやり取りが行なわれていると考えられる。詳細については [[ミトコンドリア]] の項を参照のこと。 | ||
== 応用 == | == 応用 == | ||
神経細胞では[[活動電位]] | 神経細胞では[[活動電位]]の発生に伴いカルシウムイオン流入が起こるので、カルシウム指示薬を用いて、神経細胞の活動を蛍光イメージングにより検出することが可能である。特に近年、[[2光子レーザー走査顕微鏡]]を用いることで、生体内の個々の神経細胞を解像して、その活動を可視化することが可能になった<ref><pubmed>15660108</pubmed></ref>。多数の神経細胞の位置情報と活動情報を一度にかつ正確に得るという、従来は非常に困難であったことを可能にした手法であり、近年活発な応用が進められている。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
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*[[カルパイン]] | *[[カルパイン]] | ||
*[[代謝活性型グルタミン酸受容体 | *[[代謝活性型グルタミン酸受容体]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||