「ガイドポスト細胞」の版間の差分

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 また、ガイドポスト細胞は何らかの特異的な分子マーカーを発現することが多く、それら分子マーカーの局在性がガイドポスト細胞発見の契機となったケースもある。
 また、ガイドポスト細胞は何らかの特異的な分子マーカーを発現することが多く、それら分子マーカーの局在性がガイドポスト細胞発見の契機となったケースもある。


 神経回路が作られる過程では、さまざまな細胞が「ガイドポスト細胞的」な役割を担っている。例えば、発生期の[[神経管]]の腹側正中部に形成されるシグナルセンターとして有名な[[フロアプレート]]は、[[脊髄]]の[[交連性ニューロン]]に対するガイドポスト細胞と考えることも可能である。しかし、フロアプレートの細胞はintermediate targetsと表現されることはあっても<ref><pubmed> 19300445 </pubmed></ref>、ガイドポスト細胞と表現されることはほとんどない。それゆえ、ガイドポスト細胞という表現を用いる時には、その細胞の特性だけでなく、慣習的な使用例にも注意が必要である。
 神経回路が作られる過程では、さまざまな細胞が「ガイドポスト細胞的」な役割を担っている。例えば、発生期の[[神経管]]の腹側正中部に形成されるシグナルセンターとして有名な[[フロアプレート]]は、[[脊髄]]の[[交連性神経細胞]]に対するガイドポスト細胞と考えることも可能である。しかし、フロアプレートの細胞はintermediate targetsと表現されることはあっても<ref><pubmed> 19300445 </pubmed></ref>、ガイドポスト細胞と表現されることはほとんどない。それゆえ、ガイドポスト細胞という表現を用いる時には、その細胞の特性だけでなく、慣習的な使用例にも注意が必要である。


== 発見 ==
== 発見 ==
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 [[転写因子]]の[[Mash1]]を欠失したマウス胚では、corridor cellsが消失し、視床の軸索は内側基底核原基を正常に通り抜けることができない。Mash1を欠失したマウス胚の脳組織片に正常なマウス胚の外側基底核原基を移植して培養すると、corridor cellsの配列が回復するとともに、視床の軸索が内側基底核原基を通り抜けるようになる。これらの結果は、corridor cellsが内包を形成する視床軸索のガイドポスト細胞であり、corridor cellsの配列が視床軸索の内側基底核原基の通過に必要かつ十分な要素であることを示している<ref name=ref4 />。
 [[転写因子]]の[[Mash1]]を欠失したマウス胚では、corridor cellsが消失し、視床の軸索は内側基底核原基を正常に通り抜けることができない。Mash1を欠失したマウス胚の脳組織片に正常なマウス胚の外側基底核原基を移植して培養すると、corridor cellsの配列が回復するとともに、視床の軸索が内側基底核原基を通り抜けるようになる。これらの結果は、corridor cellsが内包を形成する視床軸索のガイドポスト細胞であり、corridor cellsの配列が視床軸索の内側基底核原基の通過に必要かつ十分な要素であることを示している<ref name=ref4 />。


 corridor cellsは膜分子の[[ニューレグリン]]-1を発現し、視床の軸索はニューレグリン-1の受容体膜分子である[[ErbB4]]を発現する。ニューレグリン-1やErbB4を欠失したマウス胚では、corridor cellsの配列に大きな異常が認められないにもかかわらず、背側視床から皮質への軸索投射に大きな異常が生じることから、corridor cellsによる視床軸索のガイドにはニューレグリン-1とErbB4によるシグナルが関与している可能性が高い<ref name=ref4 />。
 corridor cellsは膜分子の[[ニューレグリン]]-1を発現し、視床の軸索はニューレグリン-1の受容体膜分子である[[ErbB4]]を発現する。ニューレグリン-1やErbB4を欠失したマウス胚では、corridor cellsの配列に大きな異常が認められないにもかかわらず、背側視床から皮質への軸索投射に大きな異常が生じることから、corridor cellsによる視床軸索のガイドにはニューレグリン-1/ErbB4シグナルが関与している可能性が高い<ref name=ref4 />。


=== lot cells ===
=== lot cells ===
[[image:ガイドポスト細胞_fig_4.png|350px|thumb|right|'''図3.マウス胚の終脳を側面から見た模式図。左が脳の先端'''<br>lot細胞をピンク色で、嗅球の投射神経細胞とその軸索を緑色で示した。<br>(A)正常な発生;胎生12日目胚では、lot細胞が終脳の表層に弧を描くように帯状に分布する。胎生14日目胚になると、lot細胞の配列の上を嗅球の神経軸索が伸長する。<br>(B)lot細胞を除去した場合;破線で囲った領域のlot細胞を薬剤で除去しておくと、嗅球の神経軸索はlot細胞が失われた領域に侵入しなくなる<ref name=ref1 />。]]
[[image:ガイドポスト細胞_fig_4.png|350px|thumb|right|'''図3.マウス胚の終脳を側面から見た模式図。左が脳の先端'''<br>lot細胞をピンク色で、嗅球の投射神経細胞とその軸索を緑色で示した。<br>(A)正常な発生;胎生12日目胚では、lot細胞が終脳の表層に弧を描くように帯状に分布する。胎生14日目胚になると、lot細胞の配列の上を嗅球の神経軸索が伸長する。<br>(B)lot細胞を除去した場合;破線で囲った領域のlot細胞を薬剤で除去しておくと、嗅球の神経軸索はlot細胞が失われた領域に侵入しなくなる<ref name=ref1 />。]]


 [[lot細胞]](lot cells)は胚発生期の[[終脳]]表層に帯状に配列し、[[嗅球]]の投射神経細胞の軸索伸長をガイドするガイドポスト細胞である<ref><pubmed> 12486929 </pubmed></ref>('''図3''')。
 [[lot細胞]](lot cells)は胚発生期の[[終脳]]表層に帯状に配列し、[[嗅球]]の投射神経細胞の軸索伸長をガイドするガイドポスト細胞である('''図3''')<ref><pubmed> 12486929 </pubmed></ref>


 lot細胞は[[代謝活性型グルタミン酸受容体1]] ([[mGluR1]])を認識する[[wj:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]による染色パターンを手掛かりとして、マウス初期胚の[[終脳]]で見つかった<ref name=ref1><pubmed> 9742149 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22539416 </pubmed></ref>。lot細胞は終脳の背側領域で早い時期に誕生し終脳表層を腹側接線方向へ移動する<ref><pubmed> 10908621 </pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed> 16439477 </pubmed></ref><ref><pubmed> 18434520 </pubmed></ref>。このような発生様式に加えて、lot細胞は[[カハールレチウス細胞]]に特有な[[p73]]を発現することなどから、近年ではlot細胞をカハールレチウス細胞のサブグループに分類する考えもある<ref name=ref3><pubmed> 24403153 </pubmed></ref>。嗅球の投射神経細胞は終脳表層の特定の領域に弧を描くように軸索を伸長する。この経路には、嗅球の軸索が伸長するよりも前にlot細胞が移動してきて帯状に配列する。嗅球の軸索は軸索の束([[外側嗅索]]:lateral olfactory tract)を作りながらlot細胞の配列に沿って終脳表層を伸長する<ref name=ref1 />。
 lot細胞は[[代謝活性型グルタミン酸受容体1]] ([[mGluR1]])を認識する[[wj:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]による染色パターンを手掛かりとして、マウス初期胚の[[終脳]]で見つかった<ref name=ref1><pubmed> 9742149 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22539416 </pubmed></ref>。lot細胞は終脳の背側領域で早い時期に誕生し終脳表層を腹側接線方向へ移動する<ref><pubmed> 10908621 </pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed> 16439477 </pubmed></ref><ref><pubmed> 18434520 </pubmed></ref>。このような発生様式に加えて、lot細胞は[[カハールレチウス細胞]]に特有な[[p73]]を発現することなどから、近年ではlot細胞をカハールレチウス細胞のサブグループに分類する考えもある<ref name=ref3><pubmed> 24403153 </pubmed></ref>。嗅球の投射神経細胞は終脳表層の特定の領域に弧を描くように軸索を伸長する。この経路には、嗅球の軸索が伸長するよりも前にlot細胞が移動してきて帯状に配列する。嗅球の軸索は軸索の束([[外側嗅索]]:lateral olfactory tract)を作りながらlot細胞の配列に沿って終脳表層を伸長する<ref name=ref1 />。
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=== 脳梁のガイドポスト細胞 ===
=== 脳梁のガイドポスト細胞 ===


 大脳皮質の左右をつなぐ交連性神経細胞の軸索は、終脳背側正中部の特定の領域を通過して軸索の束([[脳梁]]:corpus callosum)を形成する。脳梁ができる領域には、交連性神経細胞の軸索が通過するよりも前に、近隣の大脳皮質の[[脳室下帯]](subventricular zone)で生じた神経細胞が正中部を左右に貫くように帯状に配列して[[glial sling]]と呼ばれる構造を形成する。交連性神経細胞の軸索はglial slingに沿って脳の正中を通過し、反対側の大脳皮質へと投射する<ref><pubmed> 12756176 </pubmed></ref>
 大脳皮質の左右をつなぐ交連性神経細胞の軸索は、終脳背側正中部の特定の領域を軸索の束([[脳梁]]:corpus callosum)を形成しながら通過する。脳梁ができる領域には、交連性神経細胞の軸索が通過するよりも前に、近隣の大脳皮質の[[脳室下帯]](subventricular zone)で生じた神経細胞が正中部を左右に貫くように帯状に配列して[[glial sling]]と呼ばれる構造を形成する。その後、交連性神経細胞の軸索はglial slingに沿って脳の正中部を通過し、反対側の大脳皮質へと投射する<ref><pubmed> 12756176 </pubmed></ref>。glial slingの構造は生後しばらくすると消失する。


 転写因子の[[Nfia]]を欠失したマウス胚ではglial slingを形成するはずの神経細胞が正中領域ではなく、[[中隔野]](septum)へと異所的に移動してしまうためにglial slingが形成されず、脳梁も形成されない<ref><pubmed> 12514217 </pubmed></ref>。生後しばらくするとglial slingの構造は消失する。
 転写因子の[[Nfia]]を欠失したマウス胚では、glial slingを形成するはずの神経細胞が終脳背側正中領域ではなく[[中隔野]](septum)へと異所的に移動してしまうためにglial slingが形成されず、脳梁も形成されない<ref><pubmed> 12514217 </pubmed></ref>。この結果は、glial slingを形成する神経細胞が脳梁を形成する交連性神経細胞のガイドポスト細胞である可能性を強く示唆している。


=== 視交叉のガイドポスト細胞 ===
=== 視交叉のガイドポスト細胞 ===
 左右の[[網膜]]から伸び出した[[視神経]]軸索は、[[間脳]]の腹側表層の特定の領域で交差して[[視交叉]](chiasma)を形成する。マウス胚を用いた研究から、視交叉が形成される領域には、視神経軸索が伸びてくる前に、膜分子の[[CD44]]を発現する神経細胞が逆V字を描くように配列することが明らかにされた。CD44陽性細胞を欠失させたマウス胚では、視神経軸索は視交叉で交差する前に停止してしまい、脳の反対側へと伸長することができなくなる。これらの結果は、CD44陽性細胞は視神経軸索が視交叉で交差することをサポートするガイドポスト細胞であることを示している<ref><pubmed> 7514428 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7541558 </pubmed></ref>。
 左右の[[網膜]]から伸び出した[[視神経]]軸索は、[[間脳]]の腹側表層の特定の領域で交差して[[視交叉]](chiasma)を形成する。マウス胚を用いた研究から、視交叉の形成に2種類の細胞がガイドポスト細胞として関与する可能性が報告されている。


 CD44陽性細胞に加えて、視交叉での視神経軸索のガイダンスには特殊な[[放射状グリア]]細胞(radial glia cells)が関与することも報告されている。マウスの視神経軸索の一部は視交叉で交差せずに同側の脳へと投射するが、視交叉周辺の放射状グリア細胞はこれら同側への視神経軸索投射をサポートしている可能性が高い。これらの放射状グリア細胞は視交叉の形成時期に一過的に[[Ephrin-B2]]を発現し、同側の脳へと投射する視神経軸索はEphrin-B2の受容体である[[EphB1]]を発現する。
 視交叉が形成される領域には、視神経軸索が伸びてくる前に、膜分子の[[CD44]]を発現する神経細胞が逆V字を描くように配列する。抗体反応を利用してCD44陽性細胞を欠失させたマウス胚では、視神経軸索は視交叉で交差する前に停止してしまい、脳の反対側へと伸長することができなくなる。これらの結果は、CD44陽性細胞は視神経軸索が視交叉で交差することをサポートするガイドポスト細胞である可能性を強く示唆している<ref><pubmed> 7514428 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7541558 </pubmed></ref>。


EphB1を欠失した
 マウスの視神経軸索の一部は視交叉で交差せずに同側の脳へと投射する。これら同側の脳へと投射する視神経軸索は受容体型膜分子である[[EphB1]]を発現するが、間脳の視交叉近傍の[[放射状グリア]]細胞(radial glia cells)は視交叉の形成時期に一過的にEphB1のリガンド分子である[[Ephrin-B2]]を発現する。それゆえEprin-B2/EphB1シグナルを受けた視神経軸索が視交叉の手前で反転して同側の脳へと投射するようガイドされている可能性がある。実際にEphB1を欠失したマウス胚では同側の脳へと投射する視神経軸索の量が減少することから、視交叉近傍の放射状グリア細胞は一部の視神経軸索に対して視交叉を交差しないように働きかけるガイドポスト細胞である可能性が高い<ref><pubmed> 7751940 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12971893 </pubmed></ref>。
 
 
Eprin-B2/EphB1シグナルを受けた視神経軸索は視交叉の手前で反転し、同側の脳へと投射する。<ref><pubmed> 7751940 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12971893 </pubmed></ref>。


=== サブプレート細胞 ===
=== サブプレート細胞 ===
'''視床軸索による大脳皮質投射のガイドポスト細胞'''
視床軸索による大脳皮質投射のガイドポスト細胞
 大脳皮質が形成される過程で[[皮質板]](cortical plate)の深層側に位置する[[サブプレート]] (subplate)には、発生の早い時期に誕生する神経細胞が一過的に分布する。これらサブプレートの神経細胞は視床から伸長してきた神経軸索に対して、皮質板への投射を一時的に待機(waiting period)させるように働く。
 大脳皮質が形成される過程で[[皮質板]](cortical plate)の深層側に位置する[[サブプレート]] (subplate)には、発生の早い時期に誕生する神経細胞が一過的に分布する。これらサブプレートの神経細胞は視床から伸長してきた神経軸索に対して、皮質板への投射を一時的に待機(waiting period)させるように働く。


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