座標系

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前田 和孝
近畿大学大学院医学部システム脳科学
村田 哲
近畿大学医学部生理学
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年8月7日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:入來 篤史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名: coordinate system, frame of reference

 脳は、外部環境または対象物を認知し、適応的行動・運動を生成する。このためには、脳内には外部空間と身体との関係や身体の動きとトルク、力の関係が座標系として表現されている。外部空間が脳内に表象され、最終的に運動へ変換される各過程で、複数の座標系が並列的に階層的に処理される。これらの座標系は、おおきくわけて対象の空間位置情報を規定する空間座標系と身体の関節や筋肉の自由度を規定する関節・筋座標系の2つに分けることができる。また、身体の外部に基準をもつ場合には外部座標系、身体上に基準を持つ場合には内部座標系とも呼ばれる。

空間座標系と関節・筋座標系

 生体の運動や空間記憶、ナビゲーションなどの適応的行動ために、複数の感覚器官からの情報を統合することによって、外部環境が脳内に表現されている。しかし、決して単一の外部世界が脳内にあるわけではなく、複数の空間表現、すなわち空間座標系が並列的・階層的に処理される。霊長類においては、特に視覚による空間知覚が発達しているが、それぞれの必要に応じてその複数の空間座標系を使い分ける。例えば、腕の到達運動の際、まず網膜中心窩を中心とした網膜座標系に対象物の位置が表現されるが、これだけでは視点が変化した場合に不都合で、眼球位置を中心にした眼球中心座標系、頭部や身体軸を中心とした頭部中心座標系[1]、身体中心座標系が必要となる。腕を伸ばす際には肩や腕、手といった身体部位中心座標系[2] [3]において対象物との関係性が表現される。更に、空間座標系は自己を中心とした空間だけでなく、他者や物体[4] [5]、外界空間[6]にも拡大されることが知られる。また空間座標が、安定して表現されるためには、運動の結果得られるフィードバックの信号や、運動をおこすための信号のコピー(遠心性コピー・随伴発射)によって更新が行われる必要がある。

 一方で、身体の関節や筋肉の自由度を規定するのが関節・筋座標系である。脳は空間座標系によって対象物を規定し、身体を介してそれに働きかける軌道を決定し、運動指令を生成する。運動指令を生成するためには空間座標系にプランされた軌道から運動への変換をする過程で、関節座標系、筋座標系が必要となる[7]

空間座標系

図1.眼球中心、頭部中心、身体中心、外界中心座標系で表現される対象物
a. 上からみた模式図。眼球(青)、頭部(ピンク)、身体(茶)対象物(黒)。
b. 眼球だけを回転させる。眼球中心座標系で表現される対象物(青丸)は、眼球の回転に伴って表現される。
c. 眼球と頭部を回転させる。頭部中心座標系で表現される対象物(赤丸)は、頭部の回転にのみ伴って表現される。
d. 眼球、頭部、身体を回転させる。身体中心座標系で表現される対象物(茶丸)は、身体の回転にのみ伴って表現される。外界中心座標系で表現される対象物(黒丸)は,眼球、頭部、身体の動きに対して不変である。

網膜座標系・網膜中心座標系

網膜部位局在網膜部位対応
retinotopic coordinate・ retinotopy

 中心窩(fovea)を中心にした網膜上の位置に依って表現される座標系。脳内の視覚領野には、網膜の部位がその領野内の位置と点対点の対応関係にある領野が存在する。これを網膜部位局在というが、結果として網膜座標系としての情報表現が見られる。外側膝状体から、V1、V2、V3、V5、V4、V6[8] [9] [10]、あるいは上丘などにこのようなマップが見られる。また、LIP[11]、VIP[12]、PRR(parietal reach region)[1]、運動前野[13]などの到達運動に関わる領域や眼球運動に関連したFEF[14]などの領域でも、網膜部位局在的なマップは明確ではないが、網膜座標系としての性質を持つニューロン活動が見つかっている。

眼球中心座標系

eye-centerred corrdinate

 眼窩の中において、目の位置(向き)を中心にした空間座標。現在の眼球の位置情報を元にした眼球を中心とした不変な空間ベクトルで表現される(図1b、c、d青丸)。Angle –Gaze effect[15]は、網膜上同じ位置に視覚刺激を出しても眼球位置により、その視覚反応が異なるニューロン応答のことで、網膜座標系での視覚刺激の位置情報と眼球の位置情報の統合し、網膜座標系から頭部中心座標系への変換過程にあると考えられる。頭頂連合野のLIP、7a、PRR、VIP[1] [12]V3A[16]にそうした座標表現に関わるニューロン活動が認められる。

網膜座標系と眼球中心座標系

 網膜座標系は外界像を2次元座標系として記述する。網膜座標系を符号化する神経活動は、網膜上の刺激に依存するため、眼球の位置に関わらず網膜上の同じ位置に視覚刺激が像を結べば、同様の応答を示す。一方、眼球中心座標系は現在の眼球の位置情報を使い、注視点から対象物までの変位ベクトルを表現する。輻輳角も考えれば、3次元座標系での対象の位置の表現も可能となる[7]。眼球中心座標系を符号化する神経活動は、眼の位置によって、たとえ視覚刺激が網膜上同じ位置にあっても、異なる応答をしめす[1]。したがって、両者とも注視点が変化すると、見かけ上空間表現が変化するため、網膜座標系と眼球中心座標系は時として混同されるが、同じではない。

 この二つの座標系の違いを明らかにする例として、ダブルステップサッケード課題を考える。ある点を注視する被験者に二つのサッケードのターゲットA、Bを短時間順番に提示し(例:ターゲットA→B)、ターゲットを消した後に、それらの提示の順番に続けてサッケードを行わせる。まず、最初に網膜座標系にターゲットAとBの位置が表現される。その情報に従って1つ目のターゲット(A)にサッケードを行うことは可能である。しかし、Bへのサッケードは最初の網膜座標系に表現された情報だけでは不可能である。眼球位置が変化しているので、中心窩からターゲットBへのベクトルではターゲットに到達しない。これを成功させるためには、ターゲットAにおける眼球位置を元にしたターゲットBへのベクトルを表現(眼球中心座標系)しなければならない。HallettとLightstoneはこうした課題を用いることで、運動制御や空間認知には網膜座標系だけではなく、ターゲットの空間位置を修正するための他の座標系システムが必要であることを体系的に示した[17]。実際、後頭頂葉の患者では、ダブルステップサッケード課題で最初のターゲットにはうまくサッケードできるが、二番目のサッケードができない症状が知られている[18]。これは網膜座標系を使ってサッケードはできるが、目の位置に対するターゲットの位置を計算ができないことを示している[19]

頭部中心座標系・身体中心座標系

head centered/body centered coordinate

 眼球の位置によらず頭部ないしは身体軸を中心にした座標系(図1c、d)。LIP[20]、V6A[10]、VIP[12] [21]などの領域において、眼球位置に依存しない空間位置表現が認められる。たとえば、V6Aのニューロン[22]は、注視点の位置をいろいろに変えて、網膜中心座標系での同じ位置に視覚刺激を出してやると、視線がある方向にあるときにだけ反応した。一見、眼球中心座標系の表現に見えるが、実はこのニューロンは、視線の向きに関わらず、視覚刺激が頭部から見てある特定の位置にあるときにだけ反応するニューロンであった。つまり、頭部中心座標系での空間表現をしているといえる。また、VIPやPRR、聴覚関連領域では、聴覚のモダリティによる頭部中心座標系の表現が認められる[1]

身体部位中心座標系

body parts centered coordinate    身体の部位を中心とした座標系。主に体性感覚や視覚を統合した多種感覚ニューロンによって表現される。体性感覚受容野の存在する皮膚部位(手、腕、肩、顔の一部など)を中心として、その周辺の一定の空間内に視覚刺激が入ると反応する。身体部位が動いても受容野はその部位と共に動く。こういった神経活動は被殻[23]、 VIP[24]、腹側運動前野のF4[3]などに存在する。これらは、眼球や頭部の動きとは無関係で、ある身体部位を中心とした身体部位中心座標系で対象物を符号化していると考えられる[2]。また、視覚のみならず、聴覚のモダリティでも表現される。視覚の反応は、自己の身体の周辺の空間に限られ、身体周辺空間(ペリパーソナルスペース)と呼ばれる自己の身体の一体となった空間表現の神経基盤となっている。また、こうした身体周辺空間に関わるニューロンの視覚受容野が、道具を使った時に道具先端にまで拡大する現象が知られている[25]。これは、道具の使用による身体イメージの拡張に関わると考えられている。

物体中心座標系

object-centered coordinates

 物体の中での目標の相対的位置。目標とする物体の中での位置(前後左右上下)を表現する。複雑な形状をした物体のある部分に働きかけるためには、物体を中心としてその位置がどこにあるのかを表現しておく必要がある。さらに、自己の身体を中心とした座標系のみでは、自分が動いたときにその都度、表現モデルを変更しなければならないが、物体を中心とした座標系で対象物を記述しておけば、自己の動きに不変な内部表現を得ることができる[7]。このような空間表現は物体中心座標系で規定されると考えられており、サルの7a野やAIPでは物体内での相対的位置や物体中心座標系に関わると考えられる神経活動がみつかっている[26] [27] [28]。またこうした座標系は物体の構造の記述にも必要であり、把持運動に関わるAIPやF5では、把持運動の対象となる三次元的物体を表現している[29]が、これらの領域のニューロンが両眼視差に応答することが明らかになっている[30]

外界中心座標系・環境中心座標系

world-centered coordinates

 外界あるいは環境の中での自己の位置。移動においては、自己が環境の中でどの位置にいるかを脳内では表現される必要がある。Allocentric reference frameとも呼ばれる。これに対応する自己の位置を中心した座標系をEgocentric reference frameという。齧歯類の海馬では、ある特定の場所に動物が来たときに反応する場所細胞(place neuron)が知られている。サルでは7a野のニューロンは、自己の身体の向きに依存しない空間内の位置を表現するニューロン活動が知られている[20]。また、この領域と結合のある内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域、海馬を含む内側側頭葉で環境内のある特定の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系における空間表現が知られている[5] [31]。これらの領域は、ナビゲーションや認知地図に関わると考えられている[5]

運動と空間座標

 空間座標は主に、視覚の背側経路にて表現され、特に頭頂連合野には複数の座標表現が存在する。このような脳内の空間座標は、運動や空間記憶、行動決定などの行動に使われる。特に運動にとっては、欠くことができない。使われる空間座標は、運動の効果器によって異なるのは当然であり、脳内のある特定の運動を制御する領域に、その運動が必要とする座標表現が存在する。例えば、網膜中心座標系や眼球中心座標系は、眼球運動に使われるが、これらは眼球運動の制御に関わる上丘、LIP等で表現される。眼球中心座標系や頭部中心座標系や身体中心座標系、あるいは身体部位中心座標系は到達運動に取って必要であるが、これらは到達運動に関わるPRRやMIP、VIP、V6A等で表現されている。また、物体中心座標系に関わる神経活動は、把持運動に関わるAIPで見つかる。また、移動に関しては、外界中心座標系(環境中心座標系)がもちいられるが、場所の記憶やナビゲーションに関わる内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域、内側側頭皮質などが、このような空間表現を持っている。以上を以下の表にまとめる。   

座標系 網膜中心座標系 網膜中心座標系 頭部/身体中心座標系 身体部位中心座標系 物体中心座標系 外界中心座標系
脳領域 外側膝状体、上丘、視床枕、V1、V2、V3、V4、LIP、FEF MIP、PRR、LIP、V3A VIP、V6A、LIP VIP、被殻、F4 7a、AIP、F5 LIP、内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域、海馬
参考文献 [1] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [1] [12] [15] [16] [12] [20] [21] [22] [3] [23] [24] [26] [27] [28] [5] [20]

関節・筋座標系

 運動の実行に際しては、空間座標を関節や筋の座標に変換する必要がある。到達運動を考えるとき、空間内の目標がきまると、身体中心座標系において物体と現在の手先の位置をマップする。これを作業空間ともいう[7]。また、身体部位中心座標系(手先座標系)において、手先を中心にした物体の位置も記述される。このときの姿勢(関節角)は、筋や関節などからの固有感覚や皮膚からの触覚によって、体性感覚野あるいは運動野にマップされる[32]。この情報は視覚や前庭覚などの情報と共に統合されて身体の表現として頭頂連合野にも表現されている。このような、脳内の身体表現は身体図式(Body schema)ないしは身体イメージ(body image)と呼ばれる。古典的には身体図式は、体性感覚入力を主に念頭に置き、無意識下の表現であると考えられている。一方、視覚が関わり意識に上る場合には身体イメージと呼んで区別されている[33]。いずれにしろ身体の表現は、動きとともに常に変化するため、感覚フィードバックや遠心性コピーにより常にアップデートされる必要がある。

 運動の計画においては、作業空間内に手先の軌道がマップされる必要がある。目標の運動を実行するにあたっては、どの身体部位をどのような順序で動かすかの運動という運動の系列がプレランされ、それをどのように動かすか運動のパターン、手先の軌道が決められる[7]

 軌道を実現するためには、関節座標へ、さらに筋座標への変換が行われる、計算論においては、手先位置と関節角あるいは関節トルクとの関係を、関節座標系と呼ぶ。さらに、筋の長さ・張力と関節角・トルクとの関係を筋座標系という。手先の軌道を実現するために、手先の位置から関節角度、関節トルクへの変換が起こり、さらに個々の筋活動への変換を経て適切な運動が実行される。この際、関節・筋座標系における冗長な自由度をへらすために、適切な拘束条件をみいだし筋や関節レベルのインピーダンス調整が行われている[7]

 脳内でのこのような、空間座標、関節座標、筋座標への変換過程しめす神経活動が、上頭頂葉、腹側運動前野、一次運動野などの領域で知られている。例えば、手首の屈曲伸展運動を考える場合に、手掌が上向きか下向きの姿勢によって、外部空間内での手首の動きの向きと、関節や筋肉が表現するベクトルを区別することができる。このとき、サルの頭頂連合野のニューロンは、関節の屈曲か伸展か表現するニューロンとともに、手のひらの向きに関わらず、(暗闇の中で)空間内の手のうごきの方向を表現するニューロンが見つかっている[34]。また、腹側運動前野では、関節の屈曲・伸展に関わらず手の動きを外部空間内の向きで表現するニューロンが多く、一次運動野では、空間内の向きとともに筋のベクトルで表現するニューロンがあることがわかっている[35] [36]

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 Resource not found in PubMed.
  2. 2.0 2.1 Resource not found in PubMed.
  3. 3.0 3.1 3.2 Resource not found in PubMed.
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  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 Resource not found in PubMed.
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  15. 15.0 15.1 Resource not found in PubMed.
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  19. Resource not found in PubMed.
  20. 20.0 20.1 20.2 20.3 Resource not found in PubMed.
  21. 21.0 21.1 Resource not found in PubMed.
  22. 22.0 22.1 Resource not found in PubMed.
  23. 23.0 23.1 Resource not found in PubMed.
  24. 24.0 24.1 Resource not found in PubMed.
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  36. Resource not found in PubMed.