変換症
柴山 雅俊
東京女子大学
DOI:10.14931/bsd.7046 原稿受付日:2016年3月30日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:conversion disorder 独:Konversionsstörung 仏:troubles de conversion
同義語:転換、転換性障害
変換とは、受け容れがたい無意識の心的葛藤が抑圧され、身体症状へと置き換えられる過程を意味する。変換症とは、その症状が神経学的あるいは医学的状態と矛盾しているにも関わらず、運動または感覚に関する症状のために日常生活において苦痛や機能の障害がみられる病態をいう。運動症状としては、脱力・麻痺、振戦、異常運動、異常な肢位、歩行障害、嚥下困難、失声、けいれん発作などがある。感覚症状としては、知覚麻痺や感覚脱失、複視や筒状視野などの視力障害、聴力障害などがある。要因としては幼少期の虐待やネグレクトなどが指摘されている。予後は症状の持続期間と大いに関連しているため、早期に精神医学的治療を開始することが望まれる。認知行動療法や行動療法、精神分析療法、薬物療法などの効果が報告されており、これらの治療法と理学療法などを適宜組み合わせることが推奨される。
変換症とは
変換症とは、訴える症状が運動機能ないしは感覚機能の変化であるが、その症状が生理・解剖学的には説明できない状態を指す。以前は解離性障害と訳され、さらに以前には、転換ヒステリーとも呼ばれていたが、アメリカ精神医学会によるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition)の日本語版では、変換症との訳語が併記されるようになった。
19世紀末、ジャネは正常にあっては統合されている自己の意識、記憶、同一性、行動、運動、身体感覚などが、強い外傷体験によって分離するという解離の視点からヒステリーを捉えようとした。
ほぼ同じ時期にフロイトは、受け容れがたい無意識の心的葛藤が抑圧され、身体症状へと置き換えられる過程を転換/変換(conversion)と呼び、こうした転換型ヒステリーに注目することで精神分析を創始した。
Van der Hart, Oらによれば、解離の諸症状は精神に現れる精神表現性解離症状(psychoform dissociative symptoms)と身体に現れる身体表現性解離症状(somatoform dissociative symptoms)に分けられ、変換症は、このうち身体表現性解離に含まれる。また精神表現性解離と身体表現性解離は、それぞれ陰性(機能の喪失)と陽性(正常では存在しない症状の出現)とに分けることができる。通常これら身体表現性と精神表現性、陰性と陽性の症状は互いに交代し合い、時に同時に存在する[1]。陰性の身体表現性解離症状には、運動機能の喪失、種々の感覚の喪失などがある。陽性の身体表現性解離症状には、「させられ」的な身体感覚、チックや震えなどの身体運動、非てんかん性発作、外傷的出来事の再体験による感覚や運動などがある。
症状
運動症状には、脱力・麻痺、振戦やジストニア、ミオクローヌスなどの異常運動、協調運動の障害、異常な肢位、歩行障害や失立失歩、嚥下困難、失声や構音障害、けいれん発作などがある。また感覚症状には、知覚麻痺や感覚脱失、複視や筒状視野などの視力障害、聴覚の変化、減弱、欠如、嗅覚異常、失神や昏睡に似た無反応エピソードなどがある。
診断基準
以前(DSM-Ⅲ、DSM-Ⅳ)は、それまでのヒステリー神経症を転換型と解離型に分け、前者を転換性障害、後者を解離性障害と名づけていた。転換性障害は身体表現性障害の下位診断の1つとされていた[2]。この点はDSM-Ⅳ、DSM-Ⅳ-TRでも同様である[3]。 DSM-5でもこうした分類の基本は変わらないが、身体表現性障害(somatoform disorder)は身体症状症(somatic symptom disorder)に置き換えられ[4]。変換症/転換性障害 (conversion disorder)(以下、変換症と表記)は身体症状症群の下位分類となった。また変換症には機能性神経症状症 (functional neurological symptom disorder)が併記された。DSM-5では、変換症はその持続が6ヶ月未満であれば急性エピソード、6ヶ月以上であれば持続性と特定する。
A. 1つまたはそれ以上の随意運動、または感覚機能の変化の症状 B. その症状と、認められた神経学的または医学的状態との間に、明らかに相容れない臨床所見があること |
ちなみにWHOの診断基準であるICD-10では、解離性障害の概念がDSMより広く、変換症は解離性障害に含められ「運動および感覚の解離性障害」に分類されている。「運動および感覚の解離性障害」には解離性運動障害、解離性けいれん、解離性知覚麻痺[無感覚]および知覚[感覚]脱失、混合性解離性(転換性)障害などが含まれる。 DSM-Ⅳでは解離を「意識、記憶、同一性、または周囲の知覚についての、通常は統合されている機能の破綻(disruption)」と定義していた。しかし、DSM-5では解離症群の特徴を「意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻(disruption)および/または不連続(discontinuity)」と変更しため、解離の定義は若干広くなり、ICD-10に近づいた。そのため、DSM-5の解離症と変換症の間の境界はより曖昧になった。
身体表現性解離を評価するための質問紙としては、NijenhuisによるSomatoform Dissociation Questionnaire(SDQ-20)がある[5]。
心因と疾病利得
DSM-5にみられる変更で重要なことは、変換症が心理的ストレス因を伴う場合と伴わない場合があるとされたことである。DSM-Ⅳ-TRでは、先行する葛藤、ストレス因や外傷が認められることが診断基準に含まれていたが、DSM-5では心理的ストレス因が認められない場合でも変換症の診断が可能になったことになる。
また二次的疾病利得や美しき無関心(la belle indifference)は変換症に特異的であるとはいえないため、診断に際して用いるべきではないと明記された。二次疾病利得とは病気になることで二次的に生じる利得のことである。(ちなみに一次疾病利得とは無意識的葛藤が症状形成によって回避されることである。)一般に二次疾病利得は神経症の症状を維持する要因として働くとされる。心理的ストレス因や二次疾病利得など、従来重視されがちであった特徴はあくまで付随的情報にとどめるべきであるとされている。また症状が故意に生み出されたことが明らかである場合には、変換症ではなく作為症 (factitious disorder)や詐病 (malingering)と診断されるべきであり、変換症とは診断されない。DSM-Ⅳ-TRで診断基準に含まれていたこうした確認が実際には困難であることから、変換症の診断基準から削除された。
過去においてヒステリーに向けられがちであったのは、症状の背後に、隠された(意識的ないしは無意識的な)真の意図を見つけ出そうとする眼差しであった。前述の、心因、美しき無関心、疾病利得などは、こうした眼差しに通じるものであり、これらにとらわれることは診断や治療において好ましくないことから、こうした今回のDSM-5の変更は、臨床に沿った望ましいものである。
危険因子
ジャネは解離と幼児期の外傷体験との関連を指摘していたが、変換症の患者には小児期の虐待やネグレクトがみられるという報告はいくつかある[6]。Rolofsらは、変換症の患者54名と感情障害の患者50名を比較した結果、変換症群は虐待の頻度がより高く、性的虐待がより長期間にわたり、近親姦の回数がより多かったこと報告した。また変換症の症状は、心的外傷体験に対する防衛反応としての自己催眠により生じるという理論があるが、虐待後の変換症の発症に催眠感受性がある程度影響することは、この理論を支持していると考えられる[7]。
併存症
変換症の併存診断には、気分障害、パニック症、全般不安症、外傷後ストレス障害、解離症、社交不安症、強迫症などが多い。変換症の1/3に大うつ病が併存しているという報告もある[8]。大うつ病と診断されたならば、抗うつ剤などで治療することが望ましい。パーソナリティ障害が変換症に認められることは多い。神経疾患あるいは他の医学的疾患もまた変換症とよく併存する。
非てんかん性発作の患者の併存症としては、うつ病が12—100%、不安症が11—80%、解離症が90%、他の身体症状症が42—93%、パーソナリティ障害が33—66%である[9]。Reuberらは、非てんかん性発作の患者にはパーソナリティ障害が多くみられ、転帰はパーソナリティの特徴によって異なることを示した[10]。
変換症は離人感、現実感消失、解離性健忘などの解離症状を伴っていることがある。とりわけ発症時や発作時に多いとされる。DSM-5では、変換症と解離症がともに存在するならば両方の診断が示唆されるとしている。Yayla, S[11]らの報告によると、変換症と診断された患者54名のうち37%が解離症状を呈していた。この群は解離症状がみられなかった変換症群に比較して、家族に精神病性障害、気分障害、不安症の患者が多かった。また変換症の発症年齢が早期であり、罹病期間が長かった。また双極性障害や外傷後ストレス障害の併存率が高く、変換症としてはより重症であることが示唆されたとしている。Sarらの報告でも、解離症状を呈する症例では、より多くの併存診断、幼少時の外傷歴、自殺企図がみられた[12]。解離症との高い併存率から、ICD-10のように変換症を解離症に含めたほうがよいと考える臨床家も多い[9]。
経過と予後
変換症は、数週間で症状が軽快することが多いが、そのうち20-25%は1年以内に再発したり、新しい変換症状を呈したりする[13] [14]。予後が良いのは、発症が急性であること、症状の持続が短期間であること、ストレス因が明らかである場合などである。長期間の症状持続、精神疾患の併存、非てんかん性発作のタイプなどは予後が悪いといわれる[15]。変換症の10年後の予後について報告によれば、73名の変換症患者のうち30名の症状は慢性化しており、11名は明らかな神経疾患が判明したという[16]。
治療
変換症の予後は症状の持続期間と大いに関連しているため、神経科医は時期を失せずに早期に精神科医に紹介することが望まれる。変換症に対しては、認知行動療法や行動療法、精神分析療法、抗うつ剤療法、経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation:TMS)などの効果が報告されており、薬物療法、精神療法、理学療法などを適宜組み合わせることが推奨される。しかし、現状ではそれらを支持する経験的データは乏しいといわざるをえない。臨床家は過剰な検査や不適切な医学的治療による医原性の問題に注意しながら治療することが必要である。
疫学
変換症の症状は短期間で回復することが多いが、慢性症状については10万人あたり2〜5人といわれる。神経内科外来では患者の0.3%-5%が変換症ともいわれる。性別については女性が60-75%であり、女性は男性の2〜3倍とされる[4] [10] [17]。年齢は児童から高齢者まで広範囲にわたるが、8歳以下の児童ではまれである[18]。非てんかん性発作(偽発作)群は運動機能の障害を呈する群に比較して、発症年齢が低い、パーソナリティ障害の併存が多い、親から養育された感覚に乏しいなどの特徴がある[19]。
関連項目
参考文献
- ↑ van der Hart O, Nijenhuis ERS, Steele K
The Haunted Self: Structural dissociation and the treatment of chronic traumatization.
W.W.Norton & Company, New York, 2006
(野間俊一、岡野憲一郎訳
構造的解離:慢性外傷の理解と治療 上巻 基本概念編
星和書店、東京、2011) - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and statistical manual of mental disorders (3rd ed.)
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Diagnostic and statistical manual of mental disorders (4th ed.)
Washington, DC: 1994 - ↑ 4.0 4.1 American Psychiatric Association
Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.)
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