セマフォリン

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五嶋良郎
横浜市立大学大学院医学研究科分子薬理神経生物学
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月6日 原稿完成日:2013年xx月xx日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:semaphorin

 セマフォリンはセマドメインを持つリガンドの総称で、分泌型と膜結合型があり、現在20種類以上存在する。その主要な受容体であるプレキシンもセマドメインを細胞外に持ち、細胞内領域と相互作用する低分子量Gタンパク質やタンパク質リン酸化酵素等を介して情報伝達を行う。セマフォリンが生体内で担う役割は、神経軸索ガイダンス、血管新生、免疫、骨代謝制御と多岐にわたる。

構造とファミリー分子

セマフォリン

 全てのセマフォリンの N末端側はセマドメインとなっており、C末端側の構造によって、分泌型、膜貫通型、 GPIアンカー型等の性質が付与される。これらの構造の違いにより、8つのサブファミリー (Sema1-7とV [ウイルス])に分類される(図1)。

プレキシン

 セマフォリンはプレキシンを受容体として機能する。

 プレキシンはA-Dの四つのサブファミリーに分類される。N末端はセマフォリンと同様にセマドメインとなっており、それ以外の細胞外ドメインも各サブタイプでほぼ共通である。立体構造の解析から、セマフォリンとプレキシンのセマドメインは七枚の羽のようなユニットからなるβプロペラ構造を持っていることが明らかとなった。セマフォリンとプレキシンの結合はお互いのセマドメイン同士を介して行われる。Sema3サブファミリーは直接プレキシンと結合しないが、ニューロピリンとの結合を介してプレキシンAのセマドメインと相互作用する。

 プレキシンの中には、膜貫通型チロシンキナーゼや免疫グロブリンスーパーファミリー等と会合するものがある。これらの分子はプレキシンによる情報伝達を修飾する役割を担っている。いくつかのセマフォリンはプレキシン以外の受容体と結合することが知られている。CD72、Tim-2、インテグリン等が該当するが、それらはセマドメインを持たず、共通性が見られない。今後、これらの非プレキシン型受容体に関しても解明が進むものと思われる。

情報伝達

低分子量Gタンパク質

 プレキシンは、現在まで知られている膜貫通型受容体のうち、低分子量Gタンパク質と直接結合できる唯一の受容体ファミリーである。結合できる低分子量Gタンパク質は主にR-RasとRnd1である。プレキシンの細胞内領域はR-Rasを不活化するGTPase activating protein (GAP) ドメインがRnd1に対する結合領域であるRas-binding domain (RBD) で二つに分割されたような一次構造を持つ。しかし、立体構造の解析から、通常は細胞の上で不活性な二量体を作っているプレキシン(センサー)は、同じく二量体を形成するセマフォリン(信号)がやってくると分離して別々にこれに結合し、パートナーを替えることにより細胞内に信号を伝えると推定されている(図2)。GAPドメインとRBD領域がそれぞれひとかたまりとなった構造を持つことが明らかとなっている。従って、細胞内領域の主要な機能は、リガンド依存的なRnd1の結合と、それに伴うGAP活性亢進によるR-Rasの不活化である(図2)。

 また構造解析の結果、R-Rasの不活化により、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ (PI3K) 活性が低下し、結果としてAkt-GSK-3β系の活性化をもたらす。また、インテグリンを介した細胞接着が低下する。プレキシンはグアニンヌクレオチド交換因子 (guanine nucleotide exchange factor: GEF) との結合を介して他の低分子量Gタンパク質の活性も制御できる。プレキシンAの場合は、膜直下にRacGEFの一種であるFARP2が結合する。受容体が刺激されると、FARP2がプレキシンAから解離し、結果として低分子量Gタンパク質Rac1及び下流のp21活性化キナーゼ (PAK) を活性化する。一方、プレキシンBの場合は、C末端にPDZドメイン結合配列があり、これを介してPDZ-RhoGEFやLARG等のRhoGEFが結合する。受容体が刺激されるとRhoGEFが活性化され、低分子量Gタンパク質Rhoと下流のRhoキナーゼ活性が亢進する。また、プレキシンBはRacとも相互作用することが知られている。これらをまとめると、プレキシンの基本的な機能は、Rnd1、R-Ras、Rac、Rhoの活性調節であり、これらの低分子量Gタンパク質を介して細胞骨格の再構成と細胞接着の制御を行っていると考えられる(図2)。

リン酸化酵素

 プレキシンAは低分子量Gタンパク質を介した情報伝達以外に、リン酸化酵素を介した情報伝達も行う。プレキシンAはSrcファミリーチロシンキナーゼの一種であるFynと相互作用する。Sema3Aが結合するとFynによるチロシンリン酸化を介してCdk5が活性化する。Cdk5はCollapsin Response Mediator Protein (CRMP) をリン酸化する。一旦Cdk5によりリン酸化されると(プライミング)、GSK-3βによりCRMPが認識されるようになり、追加的なリン酸化が行われる。これらのリン酸化を受けたCRMPは微小管を含む細胞骨格の再構成に関与する。CRMP1とCRMP2成長円錐局所の失活は、全く逆の軸索回旋が起こるため、CRMPサブファミリー分子の役割には相違があると考えられるが、詳細な機構は明らかではない。GSK-3βの基質には、CRMPのようなprimed substrateと 予めのリン酸化修飾を必要としないunprimed substrateが存在する。Sema3Aシグナルの下流にはunprimed substrateであるAxin-1が関与し、GSK3b/Axin-1/β-catenin複合体形成を経てエンドサイトーシスを誘起する。

酸化還元酵素

 プレキシンAは酸化還元酵素であるMolecules Interacting with CasL (MICAL) とも相互作用し、アクチンの重合を調節する。

機能

 セマフォリンの作用は、上記の情報伝達系を基本とし、さらに細胞外のリガンド分子、細胞膜分子、そして細胞内の情報伝達分子などによって修飾される。

 例えば、リガンド分子として血管内皮成長因子(VEGF)のスプライス変異体VEGF165はNRP1に結合し、Sema3Aに拮抗的に作用する。プレキシン-Aに直接結合するクラス6セマフォリンもSema3A作用を修飾する。ニューロピリン1と相互作用する細胞膜蛋白質として、L1や類縁のCHL1が報告されている。ニューロピリン1と複合体を形成したL1は、接着班キナーゼ(FAK)とMAPキナーゼ活性化を活性化する。CHL1はSema3A/NRP1で制御される視床皮質路の軸索投射に関与する。一方、プレキシン-Aはoff-Track、VEGFR2、TREM2、DAP12などの膜蛋白質と相互作用する。これら相互作用分子の発現は組織や細胞により異なり、セマフォリンがそれぞれの細胞で引きおこす反応の違いに寄与する。細胞内分子cGMPはセマフォリン作用に影響する。Sema3Aは末梢知覚神経軸索を反発するが、高濃度cGMPが存在する皮質錐体細胞の尖端樹状突起は、Sema3A濃度勾配に沿って脳表方向へ誘引される。

 セマフォリンシグナリングの細胞生物学的な機能は細胞骨格の再構成と細胞接着の調節である。これらの結果、セマフォリンは細胞の形態や移動を制御すると考えられる。神経系においては、軸索伸長、軸索ガイダンス、樹状突起スパインの形態・機能の制御を介して神経回路網形成やシナプス可塑性に関与すると考えられる。血管系においては、セマフォリンは血管内皮細胞の遊走を制御することにより、血管新生に重要な役割を果たしていると考えられる。また免疫系においては、細胞移動や細胞間認識による細胞分化・増殖の制御を介して免疫応答に関与する。

疾患との関係

 セマフォリン、受容体、及びその情報伝達の異常は統合失調症、自閉症アルツハイマー病等の神経疾患、及び、自己免疫疾患、アレルギーなどの免疫系の病態との関連が示唆されている。また、ガン細胞の浸潤や腫瘍血管新生にも関与することから、腫瘍の進行にも重要な役割を果たしている可能性がある。また、骨芽細胞や破骨細胞に作用し、骨量を制御する。

関連項目

参考文献