RNA結合タンパク質

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矢野 真人
新潟大学
DOI:10.14931/bsd.6734 原稿受付日:2016年1月23日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:上口 裕之(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英:RNA-binding protein

英語略:RNABPs、RBPs

同義語:RNA結合性タンパク質

 RNA結合タンパク質は、細胞内に発現する1本鎖、あるいは2本鎖RNAと結合するタンパク質の総称で、リボヌクレオタンパク質複合体の構成因子である。RNA結合タンパク質は細胞質もしくは核内に局在し、mRNAが成熟し核外へと輸送される過程において、核内ではヘテロリボヌクレオタンパク質(hnRNPs)と呼ばれるタンパク質群と未成熟な前駆体mRNA(pre-mRNA)との複合体として存在する。RNA結合タンパク質は様々な細胞機能において重要な役割を担っているが、特に転写後調節機構、すなわちRNAのスプライシング、ポリアデニル化、mRNAの安定化、局在、翻訳において主要な役割を果たしている。近年の研究によりRNA結合タンパク質の数は予想をはるかに超え、ヒトゲノム中のタンパク質をコードする遺伝子の約7.5%にあたる約1542種類も存在する事が分かってきた1。このRNA結合タンパク質の多様性は、進化に伴うイントロン配列や非コードRNAの増大と発現制御の仕組みと密接に関わることが考えられている。また近年の解析技術の進展により、それぞれのRNA結合タンパク質の詳細な脳機能における役割が理解され始めている。

構造と機能

RNA結合タンパク質の構造

 RNA結合タンパク質は、RNA結合ドメイン(モチーフ)を持つタンパク質で、その中でもRRM型(RNA-recognition motif)のドメインを有するタンパク質が最も多く存在する。その他、アルギニン/グリシンリッチなRGGドメイン、RNAヘリカーゼに多く存在するDEAD-box型、二本鎖RNA結合ドメイン(dsRBD)、Znフィンガー型、KH型ドメインを有するRNA結合タンパク質とつづく。また、これらのRNA結合性ドメインを有するものより少数にはなるが、生殖細胞の分化やゲノム情報維持機構に働く、Tudor、PiwiもRNA結合ドメインの一種に数えられる[1]

RNA結合タンパク質の機能

 RNA結合タンパク質は、ゲノム上の約90%近くと見積もられる領域から転写された膨大なRNA群に結合する因子の総称である。そのため、それぞれのRNA結合タンパク質は、固有の結合特異性を持ちながら、mRNAや非コードRNAであるtRNArRNA、snRNA、snoRNA、lncRNA、miRNA、piRNAの生合成経路全てを標的対象とし機能している。その生合成過程は、RNAとその他の制御タンパク質との複合体を形成することで、RNAのプロセシング、RNAの輸送/局在化/凝集体形成、RNAの分解、mRNAに対してはタンパク質への翻訳、トランスポゾンのトランスポジションなどを含み多岐に渡る[1]。これらの制御を総称して転写後調節機構(post-transcriptional reulation)と呼ぶ。

脳神経系における機能

神経発生の制御因子としてのRNA結合タンパク質

 神経系の発達や機能に寄与するRNA結合タンパク質の中で最も古典的な遺伝子としてショウジョウバエElav (embryonic lethal abnormal vision)がある。ショウジョウバエ遺伝学により同定された分子で、神経細胞の生存や発達に重要な遺伝子であるが、神経科学分野において神経細胞の分子マーカー/発現ドライバーとしても有名である。哺乳類の神経系研究においても、NeuN (NeuN抗体は、RbFox3というRNA結合タンパク質をエピトープとする)やHu (Elavの哺乳類ホモログ)などの神経細胞分子マーカーがあるが、これらもまたRNA結合タンパク質をコードする遺伝子群である[2] [3]。また、Musashi遺伝子は、ショウジョウバエの外感覚器の分化における非対称性分裂の異常を示す原因遺伝子として同定され、その後、哺乳類においては神経幹細胞のマーカー分子として広く利用されている(現在では、様々な組織及び癌幹細胞因子としても知られる)[4]。また、1998年の成体脳における神経新生の発見においても、Musashi1は、成体神経幹細胞マーカー分子の一つとして成体神経新生の発見に寄与している[5]。これら、マーカー分子としても知られるRNA結合タンパク質群は、それぞれ固有のRNA配列を持ち、標的RNA群に結合し、転写後調節を制御する事で神経系の発生や機能に関わっている。例えば、神経特異的RNA結合タンパク質Nova2は、500以上(あるいは、その数倍!)の遺伝子のRNA制御、特に選択的スプライシング制御を行い、神経細胞の生存やシナプス機能に関わる分子であることが明らかとなっている[6]。神経系の発生において、Nova2は、リーリン受容体のアダプター分子Dab1遺伝子の選択的スプライシングを制御する事で、リーリンシグナル伝達系同様に大脳新皮質興奮性神経細胞と小脳プルキンエ細胞の放射状神経細胞移動を制御する分子であることが報告されている[7]

病理マーカーとしてのRNA結合タンパク質

 RNA結合タンパク質研究が医学研究分野で注目を集めたのは、臨床、病理マーカーとしての発見に始まったと考えられる。1990年代に、傍腫瘍性神経症候群の患者の血清中に含まれる自己抗体の標的抗原として、HuとNovaタンパク質が同定された[8] [9]。興味深い事にこれら二つのタンパク質は、共に神経細胞に特異的に発現するRNA結合タンパク質であった。その後、様々なグループよりこれら神経特異的なRNA結合タンパク質が神経細胞のマーカー分子として利用されると同時にタンパク質そのものの機能解析が進められてきた。さらに、現在のRNA結合タンパク質研究分野の研究者人口を急速に増大させたのが、2006年の病理組織におけるTDP43タンパク質の発見が一つの要因といえる[10]。TDP-43は、筋萎縮性側索硬化症ALS)や前頭側頭葉変性症(FTLD)の患者の神経細胞やグリア細胞内において、リン酸化あるいはユビキチン化された病原性凝集体の構成分子として共通病理所見として認められている[10] [11]。現在では、孤発性、家族性含めたALS患者の97%でTDP43陽性の封入体が病理像として確認されている[12]

病態の原因としてのRNA結合タンパク質

 神経疾患の原因遺伝子として同定されたRNA結合タンパク質の代表例として、長期にわたり世界中で研究されてきた分子が、脆弱性X症候群の原因遺伝子であるFMRPである。RNA結合タンパク質FMRPは、さまざまな標的RNA群に対する翻訳抑制、生理学的にはシナプス機能への関与など様々な知見が積み重ねられてきた。さらに、後述する高解像度な解析技術によりFMRPが制御するRNA群の包括的解明が進むことで、脆弱性X症候群の病態解明へと近づきつつある[13]。前述した病理マーカーとしてのTDP43の発見から2年後には、孤発性、及び家族性ALSの患者にTDP43のアミノ酸変異を伴う変異型の報告が相次ぎ、特にTDP43遺伝子のC末領域のプリオン様構造領域にその多くの変異が見つけられた[14]。このことよりTDP43は、病理マーカーとしてだけでなく、タンパク質そのものの機能に病態解明を考える上で注目が集まった。その後、家族歴があるALS患者間で、TDP43だけでなく、FUSやhnRNPA2B1といった多くのRNA結合タンパク質が同様にALSの原因遺伝子として同定された[15] [12]。これらRNA結合タンパク質の機能解析が、病気の原因解明や治療応用の可能性を秘めているため、現在、世界中で研究が盛んに行われている。また、RNA結合タンパク質をコードする遺伝子そのものに欠失、変異が生じないような疾患の多くもRNA結合タンパク質が病態の原因となる事が想定されている。例えばトリプレット病といった繰り返し配列を有し、繰り返し配列のRNAを高レベルで発現するような変異を持つ場合、これら非コードRNAがある特定の内在性RNA結合タンパク質のシークエスターとなり、このRNA結合タンパク質が制御する遺伝子発現プログラムに異常が生じる事が病気の一つの原因となることも考えられる。

創薬の標的としてのRNA結合タンパク質

 病態解明の鍵を握るRNA結合タンパク質研究であるが、今後1542種あるRNA結合タンパク質の中からも新たな創薬の標的が発見されることが期待される。脊髄性筋萎縮症(SMA)は、1万人に1人程度の割合で新生児に発症する運動ニューロン病の一つであり、原因遺伝子SMN(survival motor neuron)の常染色体性劣性遺伝を示す神経難病である。SMN遺伝子には、相同遺伝子のコピーSMN2が存在することから、SMN2の選択的スプライシングスイッチをする核酸ASO (Antisense Oligonucleotides)を用いることで、SMN2タンパク質の合成量を増加させ、SMNタンパク質の減少を補う方法でモデル動物を用いた実験で有効性が実証された[16]。これは、ある種のRNA結合タンパク質-RNA相互作用を直接、核酸が抑えることで、スプライシングを制御するものだが、さらに簡便な小分子化合物の経口投与によってSMN2のスプライシング制御が可能であることが発見されるなど、急速に疾患治療へ向け進みつつある[17]

解析技術

タンパク質-RNA相互作用解析技術

 RNA結合タンパク質の機能解析を考える上で最も本質的な生化学的イベントがタンパク質-RNA相互作用である。とくにin vivoでRNA結合するリガンド(標的)の同定は歴史的に困難を極めた。なぜなら、RNA結合タンパク質の固有の結合コードは、非常に複雑な二次構造を認識するものからシンプルな暗号を認識するものまで様々であり、in vitroの知見からin vivoにおいて真実の標的となることを示すことは技術的に難しかった[18]。その中で、現在最も信頼のおける解析戦略がHITS-CLIP法(High Through put Sequencing UV Cross Linked ImmunoPrecipitation)である6。CLIP法の特徴の一つは、生きた細胞や組織をそのままUV照射する事により、細胞内で直接RNAと結合しているタンパク質の間(タンパク質-RNA=1 Å)に共有結合させるところにある。これにより、タンパク質-RNAの再結合問題を克服し、生体内における直接結合しているタンパク質-RNAの複合体中のRNAを細胞抽出液よりスナップショットする事ができる。さらに、次世代シークエンサーによる膨大なRNA配列を読み込む事で、まさにUV照射時の生体内でのタンパク質-RNA相互作用をトランスクリプトームワイドに眺めることが可能となった。また、現在ではさらに進化を遂げ、一塩基解像度でタンパク質-RNA相互作用を同定できるようになっている[19]

マイクロアレイ、RNAseq解析

 マイクロアレイ技術の進展により詳細な遺伝子発現プログラムの理解が進みつつあり、感度良く網羅的にトランスクリプトームが調べられるようになった。特に、詳細なプローブ設計を元に選択的スプライシングの割合定量も様々なアルゴリズム解析のおかげで進展してきた[20]。その一方で、ゲノム上の約90%の領域から転写されるRNAとそのプロセシングを対象とするRNA結合タンパク質の解析では、現在ではそのまま発現しているmRNAをシークエンスするRNAseq解析が主流になりつつある[21]

リボソームプロファイリング

 RNA結合タンパク質が対象とする制御システムは、RNAのプロセシングやRNA量だけではない。特に、その中でも包括的な翻訳制御解析はまだまだ技術的制限があった。その中でIngoliaらが開発したリボソームプロファイリング法は、RNAを対象とするシークエンス技術で、細胞内のタンパク質レベルをモニターすることに成功した[22]。原理は、細胞中の翻訳状態を、翻訳阻害剤シクロヘキシムドでリボソームの挙動を停止させ、次に、RNase処理により、リボソームで取り込まれていないRNAを除去し、まさにリボソームでマスクされているRNA約26-28塩基のみを生け捕りにし、シークエンス解析するという方法であった。これを全RNAシークエンスのデータからリボソームでマスクされた断片の発現量を標準化することで、翻訳効率を定量化するという戦略である。他にも、翻訳開始点の同定などにも応用可能であるが、本手法によりRNAを測定する事で、細胞内のタンパク質レベルと比較的、相関性高く解析が可能となった。

関連項目

参考文献

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