後悔回避
楠見 孝
京都大学 大学院教育学研究科
小宮 あすか
高知工科大学総合研究所制度設計工学研究センター
DOI:10.14931/bsd.6474 原稿受付日:2015年9月9日 原稿完成日:2015年9月15日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所大脳皮質機能研究系)
英語名:regret aversion
後悔回避とは、意思決定場面において、将来の結果について予測をおこない、後悔による不快な状態を避けるように決定を行うことを指す。余計な行動をして失敗したときや、普段と違うような行動をとって失敗したときには、後悔が大きいため、リスク回避に結びつく。逆に行動しなかったことの予期的後悔が大きいときは、リスクをとることもある。神経基盤として、内側前頭眼窩皮質と扁桃体の活動が増すことが知られている。このことは、特に内側前頭眼窩皮質が、後悔という高次感情に基づく適応的な意思決定を支えていることを示唆している。
後悔回避とは
後悔回避とは、意思決定場面において、将来の結果について予測をおこない、後悔による不快な状態を避けるように決定を行うことを指す。
後悔とは、意思決定によって生じた悪い結果を、現実とは異なる良い状況(以前の状況や他の選択肢を選んだ状況)と対比する反実仮想(counterfactual thinking)によって生じるネガティブな感情である(例:もし…だったら)。これを経験についての後悔(experienced regret)という。
一方、予期的後悔(anticipated regret)とは、意思決定場面において、未来の結果についてのメンタルシミュレーションを行い、選択肢間の比較をすることによって生じる。たとえば、これからある選択をおこなったとして、将来失敗したときに、その選択をどの程度後悔するか(たとえば、行動して失敗したときに、「行動しなければ良かった」とどの程度ネガティブに感じるかどうか)を予測し、比較判断する。こうした仮想的比較によって、後悔を回避するように意思決定を行うことが、後悔回避である[1]。
後悔は、自責感(self-blame)と、「もう一度決定をやり直したい」という欲求に特徴づけられる。一方、失望(disappointment)や悲しみ、フラストレーションは、後悔と同様に悪い結果に伴って生じるネガティブな感情ではあるが、期待や要求水準(aspiration level)との対比にとどまり、欲求を引き起こさない点が後悔とは異なる(例:がっかりした、期待はずれだった)[2]。
心理学研究、行動経済学研究
後悔回避は、期待効用理論に基づいては説明できない意思決定の現象を説明するものとして、心理学や行動経済学において研究が進められてきた。
後悔回避は、予期的後悔による現象として位置づけられる。たとえば、失敗から生じる後悔を回避しようとして、結果の曖昧な選択肢やリスクのある選択肢を避けて、確実に失敗しない(ただし大成功もしない)選択肢を選んだり(確実性効果)、商品選択において、「既知の物は良い物だ」と直観的に判断するバイアス(再認ヒューリスティック)によって既知のメーカーやブランドを選んだりすることが後悔回避の例として挙げられる。そのほかにも、自ら行動を起こすことによってより強い後悔が想定される場合には損をしても動かなかったり(例:レジ待ちの列を移らない)、そもそも自分の選択しなかった結果がフィードバックされないようにして後悔しないようにしたりする(例:友人と同じメニューを選ぶ)ことなどがある。
とくに、後悔回避は、リスク回避・リスク志向のどちらの行動とも結びつく。余計な行動をして失敗したとき(例:転職しなければ良かった)や、普段と違うような行動をとって失敗したとき(例:いつもと同じ店に行けば良かった)には、後悔が大きいため、リスクのある決定を避けること(例:現状維持をする)が習慣になったりすることが多い[3]。このような場合には、後悔回避の行動はリスク回避に結びつく。逆に行動しなかったことの予期的後悔が大きいときは、リスクをとることもある(例:株式投資)[2]。
神経基盤
脳神経科学的研究の中では、内側前頭眼窩皮質(medial orbitofrontal cortex、ブロードマン11野、12野)の脳損傷患者および健常者を対象に心理実験課題(ルーレット課題)を行ったCoricelliらのグループの研究が有名である[4][5] [6]。この研究では、経験後悔・予期後悔の強さおよび後悔回避的な選択と、内側前頭眼窩皮質(medial orbitofrontal cortex)の活動との間に相関が見いだされている。その他の研究でも、後悔に前頭眼窩皮質が関わることが追試されている[7] [8]。
Camilleら[5]の研究では、実験参加者は、提示された2つのルーレットからどちらかひとつのルーレット(賭)を選ぶことを求められた。そして、選んだ賭で得られたポイントによって実験参加者の報酬が決まるという課題になっていた。実験では、賭選択後に選択した賭の結果だけをフィードバックする条件(部分フィードバック条件;期待との比較による失望を仮定)と選択した賭と選択しなかった賭のどちらも結果をフィードバックする条件(完全フィードバック条件;選ばなかった賭との比較による後悔を仮定)を比較した。その結果、健常者は、選んだ賭によって損失を被った場合(かつ、選ばなかった賭、あるいは期待がそれよりも良い結果だった場合)、完全フィードバック条件では不完全フィードバック条件よりも、自己報告によるネガティブ感情の評価と皮膚電位反応の双方において強い感情反応が見られた。一方、内側前頭眼窩皮質損傷患者は両条件に差がなかった[5]。
同様の課題を健常参加者に対して実施したfMRI研究[4]は、経験後悔の大きさ(ここでは得られた結果と得られなかった結果の差分)が、背側前帯状皮質(Dorsal anterior cingulate cortex、ブロードマン32野)、内側前頭眼窩皮質、および海馬前部(anterior hippocampus、ブロードマン27野、28野、34野、35野、36野)の活動と関連することを示した。また同時に、予期的後悔の神経基盤として、決定直前の内側前頭眼窩皮質と扁桃体の活動が、当該の試行までに経験された、累積された後悔の大きさと関連していることを示した。この知見は、内側前頭眼窩皮質が経験後悔・予期的後悔双方に共通する神経基盤として、後悔という高次の感情を用いた適応的な意思決定に重要な役割を果たしていることを示唆している[4]。
関連項目
参考文献
- ↑
Gilovich, T., & Medvec, V.H. (1995).
The experience of regret: what, when, and why. Psychological review, 102(2), 379-95. [PubMed:7740094] [WorldCat] [DOI] - ↑ 2.0 2.1
Zeelenberg, M., van Dijk WW, & Manstead, A.S.R. (1998).
Reconsidering the Relation between Regret and Responsibility. Organizational behavior and human decision processes, 74(3), 254-72. [PubMed:9719654] [WorldCat] - ↑ D Kahneman, A Tversky
The simulation heuristic.
In D. Kahneman, P. Slovic, & A. Tversky (Eds.). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases.
Cambridge University Press 1982 - ↑ 4.0 4.1 4.2
Coricelli, G., Critchley, H.D., Joffily, M., O'Doherty, J.P., Sirigu, A., & Dolan, R.J. (2005).
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Camille, N., Coricelli, G., Sallet, J., Pradat-Diehl, P., Duhamel, J.R., & Sirigu, A. (2004).
The involvement of the orbitofrontal cortex in the experience of regret. Science (New York, N.Y.), 304(5674), 1167-70. [PubMed:15155951] [WorldCat] [DOI] - ↑
Coricelli, G., Dolan, R.J., & Sirigu, A. (2007).
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Sommer, T., Peters, J., Gläscher, J., & Büchel, C. (2009).
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