「行動テストバッテリー」の版間の差分

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===脳・神経科学研究のハブ===
===脳・神経科学研究のハブ===
 マウスはヒトと同じ哺乳類であり、個体レベルで認知や情動などの高次機能を解析することができ、さらに遺伝子を任意に改変できるといった特長がある。マウスで発現している遺伝子の99%はヒトでホモログがあり、マウスで効果があった遺伝子の変異や多型がヒトの脳の活動や高次認知機能にどういった影響を及ぼすかを調べることができる。これらの理由から、現在の脳神経科学研究において、マウスは実験動物として最も広く使われている。遺伝子改変マウスで行動表現型を見出すことができれば、その行動と関係している可能性の高い脳部位や回路、分子などを推測することができる。これに基づいて分子・細胞・回路・個体レベルなど、さまざまな階層においてその遺伝子の機能を解析する研究に繋がる<ref name=ref67><pubmed></pubmed></ref>。このように、遺伝子改変マウスの行動テストバッテリーは、脳・神経科学研究における各階層の研究を繋げるハブとして機能することが可能である。
 マウスはヒトと同じ哺乳類であり、個体レベルで認知や情動などの高次機能を解析することができ、さらに遺伝子を任意に改変できるといった特長がある。マウスで発現している遺伝子の99%はヒトでホモログがあり、マウスで効果があった遺伝子の変異や多型がヒトの脳の活動や高次認知機能にどういった影響を及ぼすかを調べることができる。これらの理由から、現在の脳神経科学研究において、マウスは実験動物として最も広く使われている。遺伝子改変マウスで行動表現型を見出すことができれば、その行動と関係している可能性の高い脳部位や回路、分子などを推測することができる。これに基づいて分子・細胞・回路・個体レベルなど、さまざまな階層においてその遺伝子の機能を解析する研究に繋がる<ref name=ref67><pubmed>17524507</pubmed></ref>。このように、遺伝子改変マウスの行動テストバッテリーは、脳・神経科学研究における各階層の研究を繋げるハブとして機能することが可能である。


===脳内中間表現型の探索===
===脳内中間表現型の探索===
 行動テストバッテリーでさまざまなマウス系統を解析すると、行動表現型のパターンが類似する複数の系統が見つかり、さらにそれらの系統の脳を解析すると、共通した脳内の特徴(中間表現型, 脳科学辞典の対応項目参照)が見出されることがある。α-CaMKIIヘテロ欠損マウスは攻撃性の増大、活動性の亢進、不安様行動の低下、うつ様行動の低下、作業記憶の障害など一連の顕著な精神疾患様行動異常を示すことが行動テストバッテリーを用いた解析で明らかになった<ref name=ref68><pubmed></pubmed></ref>。このマウスの脳を解析したところ、海馬歯状回の神経細胞が、分子生物学的、形態学的、電気生理学的に未成熟な細胞の特性を示しており、このマウスの海馬歯状回は非成熟歯状回 (iDG, immature dentate gyrus) であることがわかった<ref name=ref68 />。行動テストバッテリーでさまざまなマウス系統の解析を行った結果、他の遺伝子改変マウス(Schnurri-2欠損マウス、SNAP-25 変異マウスなど)および薬物投与マウスでも活動性の亢進、不安様行動の低下、作業記憶の障害というα-CaMKIIヘテロ欠損マウスと共通する行動異常パターンを示すものが発見された<ref name=ref69><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>23497716</pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed>20404165</pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>23560889</pubmed></ref>。これらのマウスの脳を調べたところ、共通して非成熟歯状回を持つことが確認された<ref name=ref69 /> <ref name=ref70 /> <ref name=ref71 /> <ref name=ref72 />。非成熟歯状回は、最近の研究によって統合失調症および双極性気分障害患者の死後脳でも見つかっており<ref name=ref73><pubmed>22781168</pubmed></ref>、統合失調症をはじめとした精神疾患の中間表現型となる可能性がある。このように、類型化できるような行動異常のパターンが見られるマウスには、共通した脳内の異常、すなわち行動異常に対応する中間表現型が存在する可能性がある。現在ではヒトの精神疾患ではそれぞれの診断に対応するような生物学的マーカーが存在しておらず、それが精神疾患の治療及び研究を難しくしている。ヒトの精神疾患で各疾患に対応するような生物学的な指標を確立させることができれば、これまでは主観的な所見によって診断されていた精神・神経疾患を、生物学的な特徴に基づいて診断することができ、各患者が示す生物学的な指標に応じた適切な予防・治療法の開発が可能になると期待される<ref name=ref74><pubmed>23840971</pubmed></ref>。
 行動テストバッテリーでさまざまなマウス系統を解析すると、行動表現型のパターンが類似する複数の系統が見つかり、さらにそれらの系統の脳を解析すると、共通した脳内の特徴(中間表現型, 脳科学辞典の対応項目参照)が見出されることがある。α-CaMKIIヘテロ欠損マウスは攻撃性の増大、活動性の亢進、不安様行動の低下、うつ様行動の低下、作業記憶の障害など一連の顕著な精神疾患様行動異常を示すことが行動テストバッテリーを用いた解析で明らかになった<ref name=ref68><pubmed>18803808</pubmed></ref>。このマウスの脳を解析したところ、海馬歯状回の神経細胞が、分子生物学的、形態学的、電気生理学的に未成熟な細胞の特性を示しており、このマウスの海馬歯状回は非成熟歯状回 (iDG, immature dentate gyrus) であることがわかった<ref name=ref68 />。行動テストバッテリーでさまざまなマウス系統の解析を行った結果、他の遺伝子改変マウス(Schnurri-2欠損マウス、SNAP-25 変異マウスなど)および薬物投与マウスでも活動性の亢進、不安様行動の低下、作業記憶の障害というα-CaMKIIヘテロ欠損マウスと共通する行動異常パターンを示すものが発見された<ref name=ref69><pubmed>23389689</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>23497716</pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed>20404165</pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>23560889</pubmed></ref>。これらのマウスの脳を調べたところ、共通して非成熟歯状回を持つことが確認された<ref name=ref69 /> <ref name=ref70 /> <ref name=ref71 /> <ref name=ref72 />。非成熟歯状回は、最近の研究によって統合失調症および双極性気分障害患者の死後脳でも見つかっており<ref name=ref73><pubmed>22781168</pubmed></ref>、統合失調症をはじめとした精神疾患の中間表現型となる可能性がある。このように、類型化できるような行動異常のパターンが見られるマウスには、共通した脳内の異常、すなわち行動異常に対応する中間表現型が存在する可能性がある。現在ではヒトの精神疾患ではそれぞれの診断に対応するような生物学的マーカーが存在しておらず、それが精神疾患の治療及び研究を難しくしている。ヒトの精神疾患で各疾患に対応するような生物学的な指標を確立させることができれば、これまでは主観的な所見によって診断されていた精神・神経疾患を、生物学的な特徴に基づいて診断することができ、各患者が示す生物学的な指標に応じた適切な予防・治療法の開発が可能になると期待される<ref name=ref74><pubmed>23840971</pubmed></ref>。


==今後の展望==
==今後の展望==

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