「低親和性神経成長因子受容体」の版間の差分

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 低親和性神経成長因子受容体 (p75)は、[[神経栄養因子]] (neurotrophin)に対する、分子量75 kDaの一回膜貫通型[[受容体]]であり、[[腫瘍壊死因子]] ([[tumour necrosis factor]], [[TNF]])受容体スーパーファミリーに属する (図1)。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]において、単量体で神経栄養因子nerve growth factor (NGF)、[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])、[[neurotrophin-3]] ([[NT-3]])、[[neurotrophin-4/5]] ([[NT-4/5]])と低親和性(Kd = 10<sup>-9</sup> M)にて結合し、[[|Trk受容体|tropomyosin receptor kinases (Trk) 受容体]]とのヘテロ二量体の形成により、高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)にて結合するようになると考えられている。p75は神経栄養因子との結合により、[[細胞死]]や細胞生存の調節、[[軸索伸長]]の制御など、多彩な機能を示す。また、神経栄養因子前駆体と結合し、細胞死を誘導する <ref><pubmed> 11114882 </pubmed></ref>。  
 低親和性神経成長因子受容体 (p75)は、[[神経栄養因子]] (neurotrophin)に対する、分子量75 kDaの一回膜貫通型[[受容体]]であり、[[腫瘍壊死因子]] ([[tumour necrosis factor]], [[TNF]])受容体スーパーファミリーに属する (図1)。[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]において、単量体で神経栄養因子nerve growth factor (NGF)、[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])、[[neurotrophin-3]] ([[NT-3]])、[[neurotrophin-4/5]] ([[NT-4/5]])と低親和性(Kd = 10<sup>-9</sup> M)にて結合し、[[|Trk受容体|tropomyosin receptor kinases (Trk) 受容体]]とのヘテロ二量体の形成により、高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)にて結合するようになると考えられている。一方で、別の神経栄養因子受容体であるTrk受容体は、神経栄養因子と高親和性 (Kd = 10-11)に結合する。p75は神経栄養因子との結合により、[[細胞死]]や細胞生存の調節、[[軸索伸長]]の制御など、多彩な機能を示す。また、神経栄養因子前駆体と結合し、細胞死を誘導する <ref name=ref1><pubmed> 11114882 </pubmed></ref>。  
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==低親和性神経成長因子受容体とは==
==低親和性神経成長因子受容体とは==


 低親和性神経成長因子受容体 (p75)は、Johnsonらにより、神経栄養因子NGFの受容体として配列が同定された <ref><pubmed> 3022937 </pubmed></ref>。神経栄養因子とは、神経系において[[細胞増殖]]や[[分化]]の調節といった神経栄養作用を示す、構造や遺伝子配列の類似した液性因子である。哺乳類には、NGF、BDNF、NT-3、NT-4/5の4種類の神経栄養因子が存在し、Trkとp75の2種類の受容体を介して、神経系の細胞生存、細胞死、増殖、分化、軸索伸長といった多彩な作用を発揮する。Trk受容体には[[TrkA]]、[[TrkB]]、[[TrkC]]があり、各々の神経栄養因子は、特異的なTrk受容体に結合する。p75は全ての神経栄養因子と低親和性 (Kd = 10<sup>-9</sup> M)に結合する (図2)。多くの神経系の細胞において、p75はTrk受容体と共発現しており、リガンド依存性にも、非依存性にもTrk受容体と結合する。p75はTrk受容体とのヘテロ二量体の形成により、神経栄養因子と高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)に結合するようになると考えられている。
 低親和性神経成長因子受容体 (p75)は、Johnsonらにより、神経栄養因子NGFの受容体として配列が同定された <ref name=ref2><pubmed> 3022937 </pubmed></ref>。神経栄養因子とは、神経系において[[細胞増殖]]や[[分化]]の調節といった神経栄養作用を示す、構造や遺伝子配列の類似した液性因子である。哺乳類には、NGF、BDNF、NT-3、NT-4/5の4種類の神経栄養因子が存在し、Trkとp75の2種類の受容体を介して、神経系の細胞生存、細胞死、増殖、分化、軸索伸長といった多彩な作用を発揮する。Trk受容体には[[TrkA]]、[[TrkB]]、[[TrkC]]があり、各々の神経栄養因子は、特異的なTrk受容体に結合する。p75は全ての神経栄養因子と低親和性 (Kd = 10<sup>-9</sup> M)に結合する (図2)。多くの神経系の細胞において、p75はTrk受容体と共発現しており、リガンド依存性にも、非依存性にもTrk受容体と結合する。p75はTrk受容体とのヘテロ二量体の形成により、神経栄養因子と高親和性(Kd = 10<sup>-11</sup> M)に結合するようになると考えられている。


 一方、神経栄養因子は前駆体から合成される。神経栄養因子前駆体が、[[トランスゴルジネットワーク]]で転換酵素による切断を受けて、C末端から活性型神経栄養因子を生じる。神経栄養因子前駆体は、細胞外に分泌される神経栄養因子のうち40~60%を占めることから、それ自体が生理作用を有すると考えられており、[[proNGF]]が[[交感神経]]細胞や[[オリゴデンドロサイト]]などのp75を発現する細胞において、細胞死を誘導することが示された。p75は神経栄養因子前駆体と高親和性 (Kd = ~2x10<sup>-10</sup> M)に結合し、細胞死を誘導する。一方、Trk受容体は神経栄養因子前駆体に対して、低親和性 (Kd = ~2x10<sup>-8</sup> M)である <ref name="ref3"><pubmed> 11729324 </pubmed></ref>。  
 一方、神経栄養因子は前駆体から合成される。神経栄養因子前駆体が、[[トランスゴルジネットワーク]]で転換酵素による切断を受けて、C末端から活性型神経栄養因子を生じる。神経栄養因子前駆体は、細胞外に分泌される神経栄養因子のうち40~60%を占めることから、それ自体が生理作用を有すると考えられており、[[proNGF]]が[[交感神経]]細胞や[[オリゴデンドロサイト]]などのp75を発現する細胞において、細胞死を誘導することが示された。p75は神経栄養因子前駆体と高親和性 (Kd = ~2x10<sup>-10</sup> M)に結合し、細胞死を誘導する。一方、Trk受容体は神経栄養因子前駆体に対して、低親和性 (Kd = ~2x10<sup>-8</sup> M)である <ref name=ref3><pubmed> 11729324 </pubmed></ref>。  


==構造==
==構造==
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==ファミリー==
==ファミリー==


 腫瘍壊死因子(tumour necrosis factor, TNF)受容体スーパーファミリーに属する。(編集コメント:サブタイプや選択的スプライス型の有無など御記述ください)
 腫瘍壊死因子(tumour necrosis factor, TNF)受容体スーパーファミリーに属する。p75のホモログとして、neurotrophin receptor homolog 1 (NRH1), NRH2が報告されている<ref name=ref1 />。


 全長のp75タンパク質とともに、少量ではあるが、4つのcystein rich repeatのうち3つを欠いたp75 short isoform (s-p75)も存在する。s-p75は、神経栄養因子と結合しないが、Trk受容体や狂犬病ウイルス糖タンパク質との結合能は保持されている。  
 全長のp75タンパク質とともに、少量ではあるが、4つのcystein rich repeatのうち3つを欠いたp75 short isoform (s-p75)も存在する。s-p75は、神経栄養因子と結合しないが、Trk受容体や狂犬病ウイルス糖タンパク質との結合能は保持されている。  
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==発現==
==発現==
 
 p75は発生期には中枢神経系において広範囲に発現しているが、成体では発現が減少する<ref name=ref2 />。成体マウスにおいて、p75は脊髄後根神経節 (dorsal root ganglia; DRG)や網膜の一部の細胞で発現しているが、大脳皮質や小脳における発現はほとんど検出されていない<ref name=ref3 />。また、p75の発現は病態下で上昇することが知られている (“6 疾患との関連”参照)<ref name=ref2 /> <ref name=ref4 />。
 (編集コメント:組織発現、細胞内発現パタンなどについて御記述ください)


==神経系での機能  ==
==神経系での機能  ==
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=== 細胞死誘導===
=== 細胞死誘導===
====ニューロトロフィンと細胞死====
====ニューロトロフィンと細胞死====
 p75は細胞内にDeath domainを有することから、細胞死を誘導する。当初、p75の強制発現により、細胞死が誘導され、NGF投与により抑制されることが示された。研究が進み、p75は神経栄養因子との結合によっても、細胞死を誘導することが示された。培養オリゴデンドロサイトはp75を発現しており、培養液中にNGFを添加すると細胞死が誘導される <ref><pubmed> 8878481 </pubmed></ref>。in vivoの実験において、最初にp75を介したリガンド依存性の細胞死が示されたのは、発生期の[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]][[網膜]]神経細胞である <ref><pubmed> 8774880 </pubmed></ref>。中和[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]を用いてNGFやp75の活性を阻害すると、[[プログラム細胞死]]が抑制されたことから、内在性のNGFが網膜神経細胞死におけるプログラム細胞死を誘導することが示された。
 p75は細胞内にDeath domainを有することから、細胞死を誘導する。当初、p75の強制発現により、細胞死が誘導され、NGF投与により抑制されることが示された。研究が進み、p75は神経栄養因子との結合によっても、細胞死を誘導することが示された。培養オリゴデンドロサイトはp75を発現しており、培養液中にNGFを添加すると細胞死が誘導される <ref name=ref4><pubmed> 8878481 </pubmed></ref>。in vivoの実験において、最初にp75を介したリガンド依存性の細胞死が示されたのは、発生期の[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]][[網膜]]神経細胞である <ref><pubmed> 8774880 </pubmed></ref>。中和[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]を用いてNGFやp75の活性を阻害すると、[[プログラム細胞死]]が抑制されたことから、内在性のNGFが網膜神経細胞死におけるプログラム細胞死を誘導することが示された。


 NGFだけでなく、BDNFもまた、p75を介して神経細胞死を誘導する。[[交感神経細胞]]の培養系では、低濃度のNGF、[[wikipedia:ja:塩化カリウム|KCl]]で細胞生存が維持されるが、BDNFにより細胞死が誘導される(この細胞では、BDNFによるTrk受容体の活性化が誘導されない)。bdnf-/-マウス、p75-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞死が抑制されることが示された。また、BDNF-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞数が増加していることが示された。これらの結果から、内在性のBDNFも、p75を介した神経細胞死を誘導することが明らかになった。
 NGFだけでなく、BDNFもまた、p75を介して神経細胞死を誘導する。[[交感神経細胞]]の培養系では、低濃度のNGF、[[wikipedia:ja:塩化カリウム|KCl]]で細胞生存が維持されるが、BDNFにより細胞死が誘導される(この細胞では、BDNFによるTrk受容体の活性化が誘導されない)。bdnf-/-マウス、p75-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞死が抑制されることが示された。また、BDNF-/-マウスの交感神経細胞は、WTに比べ、細胞数が増加していることが示された。これらの結果から、内在性のBDNFも、p75を介した神経細胞死を誘導することが明らかになった。


 神経栄養因子前駆体もp75と結合して細胞死を誘導する。神経栄養因子前駆体は、成熟神経栄養因子よりも低濃度でp75に結合し、細胞死を誘導する <ref name="ref3" />。一方、Trk受容体に対する神経栄養因子の前駆体の親和性は、成熟神経栄養因子ほど高くない。神経栄養因子前駆体は、[[sortilin]]を介して、p75と結合する。sortilinは、分子量約95 kDaで、[[Vps10-domain]]を有する。sortilinは[[脳]]、[[脊髄]]、[[wikipedia:ja:筋|筋]]など様々な組織で発現している。神経栄養因子前駆体は、p75を介してアポトーシスを誘導するが、p75を発現する全ての細胞が神経栄養因子前駆体に反応するわけではない。sortilinがp75と共受容体を形成することが、神経栄養因子前駆体によるアポトーシスの誘導に必要である。sortilinとp75の両者を発現する[[上頸神経節]]神経細胞や[[wikipedia:ja:血管平滑筋|血管平滑筋]]細胞(SM-11)では、proNGFの投与で細胞死が誘導される。
 神経栄養因子前駆体もp75と結合して細胞死を誘導する。神経栄養因子前駆体は、成熟神経栄養因子よりも低濃度でp75に結合し、細胞死を誘導する <ref name=ef3/>。一方、Trk受容体に対する神経栄養因子の前駆体の親和性は、成熟神経栄養因子ほど高くない。神経栄養因子前駆体は、[[sortilin]]を介して、p75と結合する。sortilinは、分子量約95 kDaで、[[Vps10-domain]]を有する。sortilinは[[脳]]、[[脊髄]]、[[wikipedia:ja:筋|筋]]など様々な組織で発現している。神経栄養因子前駆体は、p75を介してアポトーシスを誘導するが、p75を発現する全ての細胞が神経栄養因子前駆体に反応するわけではない。sortilinがp75と共受容体を形成することが、神経栄養因子前駆体によるアポトーシスの誘導に必要である。sortilinとp75の両者を発現する[[上頸神経節]]神経細胞や[[wikipedia:ja:血管平滑筋|血管平滑筋]]細胞(SM-11)では、proNGFの投与で細胞死が誘導される。


 p75は神経栄養因子以外のリガンドとも結合する。神経毒性を示す[[プリオン]]ペプチドPrPや[[&beta;アミロイド]]と結合する。これらのペプチドはp75との結合を介して、細胞死を誘導する。また、p75は、[[wikipedia:ja:狂犬病ウイルス|狂犬病ウイルス]]の[[wikipedia:ja:エンベロープ|エンベロープ]]上の糖タンパク質と結合し、ウイルス受容体としても働く。
 p75は神経栄養因子以外のリガンドとも結合する。神経毒性を示す[[プリオン]]ペプチドPrPや[[&beta;アミロイド]]と結合する。これらのペプチドはp75との結合を介して、細胞死を誘導する。また、p75は、[[wikipedia:ja:狂犬病ウイルス|狂犬病ウイルス]]の[[wikipedia:ja:エンベロープ|エンベロープ]]上の糖タンパク質と結合し、ウイルス受容体としても働く。
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 p75は神経細胞死、細胞生存以外にも軸索伸長の制御を担うことが知られている。p75 exon III -/-マウスでは、交感神経と感覚神経の投射に異常が認められている <ref><pubmed> 8128229 </pubmed></ref>。野生型の成体マウスでは、上頸神経節から[[松果体]]へ(村上"の”削除)交感神経が投射しているが、p75 exon III-/-マウスでは、交感神経の投射が阻害されている。[[wikipedia:ja:汗腺|汗腺]]への交感神経の投射も阻害されている。これは、発生期における軸索伸長の異常が原因であると推察されている。また、このマウスでは、視床から大脳皮質への投射が障害されていることも示されている <ref><pubmed> 11978834 </pubmed></ref>。この投射経路は、発生期にsubplateの軸索を足場として利用すると考えられているが、p75exonIII-/-マウスでは、subplateの成長円錐が異常な形態(フィロポディアの減少)を示している。また、p75exonIII-/-マウスでは、subplateの軸索の一部が異常な投射を示している。これらの結果から、p75はin vivoで軸索の投射や伸長を制御することが示唆される。
 p75は神経細胞死、細胞生存以外にも軸索伸長の制御を担うことが知られている。p75 exon III -/-マウスでは、交感神経と感覚神経の投射に異常が認められている <ref><pubmed> 8128229 </pubmed></ref>。野生型の成体マウスでは、上頸神経節から[[松果体]]へ(村上"の”削除)交感神経が投射しているが、p75 exon III-/-マウスでは、交感神経の投射が阻害されている。[[wikipedia:ja:汗腺|汗腺]]への交感神経の投射も阻害されている。これは、発生期における軸索伸長の異常が原因であると推察されている。また、このマウスでは、視床から大脳皮質への投射が障害されていることも示されている <ref><pubmed> 11978834 </pubmed></ref>。この投射経路は、発生期にsubplateの軸索を足場として利用すると考えられているが、p75exonIII-/-マウスでは、subplateの成長円錐が異常な形態(フィロポディアの減少)を示している。また、p75exonIII-/-マウスでは、subplateの軸索の一部が異常な投射を示している。これらの結果から、p75はin vivoで軸索の投射や伸長を制御することが示唆される。


 内在性にp75を発現しているが、TrkAを発現していない[[wikipedia:ja:ニワトリ|ニワトリ]]胚の繊毛神経細胞(編集コメント:これで正しいかご確認ください)において、NGF刺激により軸索伸長が促進される。この分子機構として、p75によるRhoの活性制御が示されている。[[低分子量Gタンパク質]]の一種であるRhoファミリーは、[[アクチン]]骨格系を制御する因子で、RhoA、Rac、Cdc42などが含まれる。活性型であるGTP結合型RhoAは軸索伸長を抑制する。p75はRhoAと結合し、RhoAの活性を誘導するが、NGFがp75に結合すると、RhoAの活性が抑制され、神経突起の伸展が促進されることが示されている <ref><pubmed> 10595511 </pubmed></ref>。p75によるRhoAの不活性化には、[[cAMP]]-[[cAMP依存性タンパク質キナーゼ]][[PKA]]シグナルが関与している。神経栄養因子がp75に結合すると、細胞内cAMP濃度が上昇し、PKAが活性化される。p75はPKAによるリン酸化を受けて、RhoAを含む様々な分子が集積している[[脂質ラフト]]に移行し、下流へのシグナル伝える <ref><pubmed> 12682012 </pubmed></ref>。
 内在性にp75を発現しているが、TrkAを発現していない[[wikipedia:ja:ニワトリ|ニワトリ]]胚の毛様体神経節神経細胞において、NGF刺激により軸索伸長が促進される。この分子機構として、p75によるRhoの活性制御が示されている。[[低分子量Gタンパク質]]の一種であるRhoファミリーは、[[アクチン]]骨格系を制御する因子で、RhoA、Rac、Cdc42などが含まれる。活性型であるGTP結合型RhoAは軸索伸長を抑制する。p75はRhoAと結合し、RhoAの活性を誘導するが、NGFがp75に結合すると、RhoAの活性が抑制され、神経突起の伸展が促進されることが示されている <ref><pubmed> 10595511 </pubmed></ref>。p75によるRhoAの不活性化には、[[cAMP]]-[[cAMP依存性タンパク質キナーゼ]][[PKA]]シグナルが関与している。神経栄養因子がp75に結合すると、細胞内cAMP濃度が上昇し、PKAが活性化される。p75はPKAによるリン酸化を受けて、RhoAを含む様々な分子が集積している[[脂質ラフト]]に移行し、下流へのシグナル伝える <ref><pubmed> 12682012 </pubmed></ref>。


 一方で、p75はミエリンによる軸索伸長阻害にも関与することが報告されている。p75-/-マウスでは、通常は軸索の伸長が制限されるミエリンに富んだ領域であっても、異常な軸索伸長が観察されている <ref><pubmed> 10234043 </pubmed></ref>。ミエリンに含まれる軸索伸長阻害因子として、[[myelin associated glycoprotein]] ([[MAG]])、[[Nogo]]、[[oligodendrocyte glycoprotein]] ([[OMgp]]) などが存在する。これらの因子は構造は異なれど、全て[[Nogo受容体]] (NgR)に結合することが知られている。NgRは[[GPIアンカー型タンパク質]]で細胞内ドメインを持たない。そこで、p75がNgRと結合し、これらのミエリン由来軸索再生阻害因子のシグナルを細胞内に伝達する役割を担うことが明らかになった。この下流の分子機構には、p75を介したRhoの活性化が関与している。細胞内でRhoの活性は[[Rho guanine nucleotide dissociation inhibitor]] ([[Rho-GDI]])との結合により抑制されている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害することが示されている <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。
 一方で、p75はミエリンによる軸索伸長阻害にも関与することが報告されている。p75-/-マウスでは、通常は軸索の伸長が制限されるミエリンに富んだ領域であっても、異常な軸索伸長が観察されている <ref><pubmed> 10234043 </pubmed></ref>。ミエリンに含まれる軸索伸長阻害因子として、[[myelin associated glycoprotein]] ([[MAG]])、[[Nogo]]、[[oligodendrocyte glycoprotein]] ([[OMgp]]) などが存在する。これらの因子は構造は異なれど、全て[[Nogo受容体]] (NgR)に結合することが知られている。NgRは[[GPIアンカー型タンパク質]]で細胞内ドメインを持たない。そこで、p75がNgRと結合し、これらのミエリン由来軸索再生阻害因子のシグナルを細胞内に伝達する役割を担うことが明らかになった。この下流の分子機構には、p75を介したRhoの活性化が関与している。細胞内でRhoの活性は[[Rho guanine nucleotide dissociation inhibitor]] ([[Rho-GDI]])との結合により抑制されている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害することが示されている <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。
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=== 動物モデル  ===
=== 動物モデル  ===


 Leeらは[[ジーンターゲッティング]]によりp75のexon3を欠損したマウスを作成した <ref><pubmed> 1317267 </pubmed></ref>。このマウスでは、全長のp75の発現は欠損しているが、p75の細胞外ドメインを欠いたshort isoform (s-p75)の発現が残っている。s-p75はNGFと結合しないが、TrkAと結合しうる。表現型として、生存率や繁殖に異常は認められないが、[[wikipedia:ja:潰瘍|潰瘍]]などの皮膚の障害を生じることが知られている。また、[[カルシトニン遺伝子関連ペプチド]]や[[サブスタンスP]]を発現する末梢性感覚神経の障害を伴い、熱刺激に対する反応性が弱いことが報告されている。(編集 コメント:このマウスは前の節でも触れられているものでしょか?でしたら記述をまとめてはと思います)(村上:引用文献から推察すると別のマウスではないでしょうか)
 Leeらは[[ジーンターゲッティング]]によりp75のexon3を欠損したマウスを作成した <ref><pubmed> 1317267 </pubmed></ref>。このマウスでは、全長のp75の発現は欠損しているが、p75の細胞外ドメインを欠いたshort isoform (s-p75)の発現が残っている。s-p75はNGFと結合しないが、TrkAと結合しうる。表現型として、生存率や繁殖に異常は認められないが、[[wikipedia:ja:潰瘍|潰瘍]]などの皮膚の障害を生じることが知られている。また、[[カルシトニン遺伝子関連ペプチド]]や[[サブスタンスP]]を発現する末梢性感覚神経の障害を伴い、熱刺激に対する反応性が弱いことが報告されている。


 一方、von Schackらは、p75のexon4を欠損したマウスを作成した <ref><pubmed> 11559852 </pubmed></ref>。このマウスは、当初s-p75とFL-p75両方を欠損したものと考えられていたが、後に細胞膜貫通領域と細胞内ドメインを含む遺伝子産物が残存していることが判明した。この断片化されたタンパク質は、アポトーシスを誘導することが後に示された。それ故、exon4欠損マウスでは、血管障害などの原因で約40%のマウスが死亡する。また、これ以前にもp75の細胞内ドメインを発現するトランスジェニックマウスでは、交感神経や末梢感覚神経の細胞数の減少が認められている。これは、Trkの不活性化ではなく、p75の細胞内ドメイン自体が細胞死誘導経路の活性化因子として働くためと考えられている。
 一方、von Schackらは、p75のexon4を欠損したマウスを作成した <ref><pubmed> 11559852 </pubmed></ref>。このマウスは、当初s-p75とFL-p75両方を欠損したものと考えられていたが、後に細胞膜貫通領域と細胞内ドメインを含む遺伝子産物が残存していることが判明した。この断片化されたタンパク質は、アポトーシスを誘導することが後に示された。それ故、exon4欠損マウスでは、血管障害などの原因で約40%のマウスが死亡する。また、これ以前にもp75の細胞内ドメインを発現するトランスジェニックマウスでは、交感神経や末梢感覚神経の細胞数の減少が認められている。これは、Trkの不活性化ではなく、p75の細胞内ドメイン自体が細胞死誘導経路の活性化因子として働くためと考えられている。

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