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モデル動物は動物実験に役立つ動物と定義され、動物実験の大きな目的は得られたデータをヒトヘ当てはめる外挿である。外挿の研究というと従来は、比較形態、比較解剖、比較生理、比較代謝など実験動物とヒトと間の正常な形質の比較が主であった。しかし近年では[[wikipedia:ja:遺伝子工学|遺伝子工学]]の発展に伴い、ヒトの疾患の原因や成因の究明、症状や病態の解析、診断や治療法の確立のために利用される疾患モデル動物を用いた研究が多く行われている。疾患モデル動物の研究成果を効果的にヒトヘ外挿することを考えるとき、まず、遺伝子配列部位の相違、変異遺伝子の機能変化の相違、病態の相違の解明に加え、遺伝子機能の動物種差を考慮する必要がある。 | |||
個々のモデル動物を用いてヒトの形質との相違についての全てを解明するには多くの時間と努力が必要であるが、これらの一つ一つの知見をデータベース化し研究者に提供できるようにすることは、モデル動物の研究成果のヒトヘの外挿に大きな力となると思われる。 | 個々のモデル動物を用いてヒトの形質との相違についての全てを解明するには多くの時間と努力が必要であるが、これらの一つ一つの知見をデータベース化し研究者に提供できるようにすることは、モデル動物の研究成果のヒトヘの外挿に大きな力となると思われる。 | ||
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==各種実験動物について== | ==各種実験動物について== | ||
===線虫=== | ===線虫=== | ||
[[線虫]]は、分類学上は[[wikipedia:ja:線形動物門|線形動物門]]に属する([[Caenorhabditis elegans|''Caenorhabditis elegans'']])。成虫の体長は約1mmで雌雄同体である。全ての神経細胞が同定されており、電子顕微鏡での解析により神経細胞同士の接続関係が解明されている。[[wikipedia:ja:多細胞生物|多細胞生物]]として初めて全[[wikipedia:ja:ゲノム配列|ゲノム配列]]が解読された種であり、遺伝子発現調節領域に連結させた[[マーカー遺伝子]]を発現させることにより発生研究などを行うのに適したモデル動物である。 | |||
===ショウジョウバエ=== | ===ショウジョウバエ=== | ||
線形動物門に属する[[wikipedia:ja:ハエ目|ハエ目]]([[wikipedia:ja:双翅目|双翅目]])[[wikipedia:ja:ショウジョウバエ科|ショウジョウバエ科]]([[wikipedia:ja:Drosophilidae|''Drosophilidae'']])に属するハエの一種である[[キイロショウジョウバエ]]([[Drosophila melanogaster|''Drosophila melanogaster'']] | 線形動物門に属する[[wikipedia:ja:ハエ目|ハエ目]]([[wikipedia:ja:双翅目|双翅目]])[[wikipedia:ja:ショウジョウバエ科|ショウジョウバエ科]]([[wikipedia:ja:Drosophilidae|''Drosophilidae'']])に属するハエの一種である[[キイロショウジョウバエ]]([[Drosophila melanogaster|''Drosophila melanogaster'']])が研究によく用いられている。[[ショウジョウバエ]]は飼育が容易で、体長2〜3 mmで世代間隔は10日と短い生活環であり、寿命は約2か月である。多細胞生物としては線虫に次いで二番目に全ゲノム配列が解読された。ショウジョウバエは、夜(暗期)には[[哺乳類]]の睡眠に類似した行動を示すサーカディアンリズム(概日周期)を刻み、この周期が変化する変異体が得られている。また記憶・学習に関係する遺伝子が同定され記憶や学習に関与する脳神経回路の解析に用いられている。 | ||
===ヤリイカ=== | ===ヤリイカ=== | ||
[[ヤリイカ]]は、分類学上は[[軟体動物門]][[ヤリイカ科]]に属するイカの一種(''Heterololigo bleekeri'')である。イカ類は飼育が非常に難しいとされていたが、1975年に人工飼育が成功し実験動物としての利用が容易となった。非常に太い[[神経線維]]と、巨大な[[シナプス]]を持っているため、神経生理学分野でのモデル生物として用いられる。 | |||
===アフリカツメガエル=== | ===アフリカツメガエル=== | ||
[[アフリカツメガエル]]は、分類学上は[[wikipedia:ja:ピパ科|ピパ科]][[wikipedia:ja:クセノプス属|クセノプス属]]の[[カエル]]の一種([[Xenopus laevis|''Xenopus laevis'']])である。成体も水中で生活し、他のカエルと異なり生き餌を必要せず人工飼料で飼育が容易である。卵は他の[[脊椎動物]]卵と比較してサイズが大きく、[[胚]]操作が容易であることから、特に発生学の分野において有用なモデル動物である。 | |||
===セブラフィッシュ=== | ===セブラフィッシュ=== | ||
[[セブラフィッシュ]]は、分類学上では[[wikipedia:ja:コイ目|コイ目]][[wikipedia:ja:コイ科|コイ科]][[wikipedia:ja:ラスボラ亜科|ラスボラ亜科]]([[Danio rerio|''Danio rerio'']])に属し、体長5cm ほどの小型の魚である。生活環は約3か月で寿命は約5年である。雑食であるため飼育が容易であること、多産であり1組の雌雄から数百個の卵を得ることができること、得られた卵が透明であり発生が早いこと(受精後24時間で器官形成がほぼ終了し、数日で孵化する)、などの特徴をもつ。2013年に全ゲノム解読が完了し、胚の観察や遺伝子改変が比較的容易であることから、様々な遺伝子改変[[ゼブラフィッシュ]]が作製され研究に利用されている。 | |||
===キンカチョウ=== | ===キンカチョウ=== | ||
[[キンカチョウ]]は[[wikipedia:ja:スズメ目|スズメ目]][[wikipedia:ja:カエデチョウ科|カエデチョウ科]]に分類される鳥の一種([[Taeniopygia guttata|''Taeniopygia guttata'']])で、体長は10~11cmで寿命は約5年である。性成熟は3ヶ月、1回の産卵数は5~6個、排卵日数は約16日、巣立ちには約21日かかる。キンカチョウは歌を歌う鳥として、[[発声学習]]の研究に適したモデル動物として用いられている。 | |||
===マウス=== | ===マウス=== | ||
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=====トランスジェニックマウス===== | =====トランスジェニックマウス===== | ||
人為的に外来遺伝子を導入し発現させたマウス。トランスジェニックマウスが初めて報告されたのは、1980年のGordonらによる現在も主流となっているマイクロインジェクション法によるトランスジェニックマウスの作製である<ref name=ref1><pubmed>6261253</pubmed></ref>。また、1982年にはメタロチオネイン[[プロモーター]] | 人為的に外来遺伝子を導入し発現させたマウス。トランスジェニックマウスが初めて報告されたのは、1980年のGordonらによる現在も主流となっているマイクロインジェクション法によるトランスジェニックマウスの作製である<ref name=ref1><pubmed>6261253</pubmed></ref>。また、1982年にはメタロチオネイン[[プロモーター]]を用いたラット[[成長ホルモン]]遺伝子の導入による巨大マウスの作製がPalmiter、BrinsterらによりNatureに投稿された<ref name=ref2><pubmed>6958982</pubmed></ref>。本論文は人為的に導入された外来遺伝子が生体内で機能することを初めて具体的に示した例であり、これ以降多くのトランスジェニックマウスが作製されている。 | ||
=====ノックアウトマウス===== | =====ノックアウトマウス===== | ||
1つ以上の遺伝子の機能が無効化されたマウス。2007年に[[wikipedia:ja:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]を受賞した[[wikipedia:ja:マーティン・エヴァンズ|Evans]]、[[wikipedia:ja:マリオ・カペッキ|Capecchi]]、[[wikipedia:ja:オリヴァー・スミティーズ|Smithies]]らの相同組換え法の応用により、最初のノックアウトマウスは1988年に誕生した<ref name=ref3><pubmed>3821905</pubmed></ref>。ノックアウトマウスでは特定の遺伝子が無効化されるため、正常マウスと比較することでその遺伝子機能の研究に有用である。 | |||
近年では[[Zinc-finger nuclease]]([[ZFN]])や[[Transcription activator-like effector nuclease]]([[TALEN]])などの人工制限酵素を用いたゲノム編集が報告され、さらに[[CRISPR/Cas]]法などのより簡便な方法での[[遺伝子組換え動物]]の作製が行われている<ref name=ref4><pubmed>23664777</pubmed></ref>。 | |||
===ラット=== | ===ラット=== | ||
分類学上では、[[wikipedia:ja:クマネズミ属|クマネズミ属]]の[[wikipedia:ja:ドブネズミ|ドブネズミ]]([[Rattus norvegicus|''Rattus norvegicus'']])が該当する。成熟[[ラット]]の体重は雌200〜400g、雄で300〜700gと雌雄で倍近い差があることが特徴である。性周期は平均4日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約21日、1回の産子数は6〜14匹、哺乳期間は約4週間である。雌で60〜70日、雄で60〜80日で性成熟し、繁殖が可能となる。ラットはマウスと比較して体が大きいため、[[wikipedia:ja:血液|血液]]や[[wikipedia:ja:尿|尿]]など試料を多量に採取しやすく、外科手術等の処置も容易に行うことができるという利点がある。しかしながら、遺伝子組換え動物としては作製がマウスのほうが容易なためラットでの使用頻度は少ない。 | |||
===ハダカデバネズミ=== | ===ハダカデバネズミ=== | ||
分類学上は[[wikipedia:ja:ハダカデバネズミ属|ハダカデバネズミ属]]に分類される[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]である。[[ハダカデバネズミ]]([[Heterocephalus glaber|''Heterocephalus glaber'']])は、体長8~9cm、尾長3~4.5cm、体重30~80gで、体表には細かい体毛しか生えておらず地中で生活する。寿命は長く(平均寿命28歳)、癌に耐性であり、真社会性の社会構造を持つことが大きな特徴である。 | |||
===コモンマーモセット=== | ===コモンマーモセット=== | ||
[[ | [[wikipedia:ja:マーモセット属|マーモセット属]]は[[wikipedia:ja:霊長目|霊長目]][[wikipedia:ja:オマキザル科|オマキザル科]]([[wikipedia:ja:Cebidae|''Cebidae'']])に含まれる。[[コモンマーモセット]]([[Callithrix jacchus|''Callithrix jacchus'']])は、体長が約20cm、体重が200〜400g程度で、寿命は10〜15年である。妊娠期間は約145日、周年繁殖で年間2回出産し、1産で2〜3頭を出産する。3〜4ヶ月程度の授乳期間を経て生後1年〜1年半で性成熟し、繁殖が可能となる。2009年に[[霊長類]]初の遺伝子組換え動物トランスジェニックマーモセットの作製が報告された<ref name=ref5><pubmed>19478777</pubmed></ref>。 | ||
===マカク属サル=== | ===マカク属サル=== | ||
[[マカク属]] | [[マカク属]]は[[wikipedia:ja:霊長目|霊長目]][[wikipedia:ja:オナガザル科|オナガザル科]](''Cercopithecidae'')に含まれる。実験動物としては、主に[[カニクイザル]]、[[アカゲザル]]、[[ニホンザル]]が使用されている。ヒトと同じ霊長類であることから、他の動物と比較してヒトに近い研究が可能である。 | ||
====カニクイザル==== | ====カニクイザル==== | ||
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==脳機能研究におけるモデル生物の有用性== | ==脳機能研究におけるモデル生物の有用性== | ||
脳神経は、[[感覚]]、[[運動]]、[[記憶]]や[[情動]]などの機能を担っているため、そのメカニズム解析には遺伝子や細胞レベルの研究だけでは不十分であり、実際に生体を用いて経時的に考察ができる動物実験が必要不可欠である。 | |||
基礎的な研究においては、線虫などの発生上下位の生物が用いられている。線虫は全ての神経細胞が同定されており、神経発生や個々の神経細胞の機能、神経回路を研究するために有用なモデル動物である。ヤリイカは非常に太い神経線維と巨大なシナプスを持っており神経生理学の分野では非常に有用なモデル動物である。アフリカツメガエルは母体外で発生するため、その発生過程を実体顕微鏡下で直接観察することができる利点を持ち、特に[[神経管]]形成の仕組みを解明するためのモデル動物として古くから用いられている。 | |||
[[鳥類]]は鳴くことで音声コミュニケーションをとっていると考えられており、その中でもキンカチョウはよく利用されている。幼鳥は親鳥の鳴き声から学習し、また発声練習をしてさえずりを学習する。音声コミュニケーションでの社会性行動やさえずりの学習能力に関するモデル動物として有用であると考えられている。 | [[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]は鳴くことで音声コミュニケーションをとっていると考えられており、その中でもキンカチョウはよく利用されている。幼鳥は親鳥の鳴き声から学習し、また発声練習をしてさえずりを学習する。音声コミュニケーションでの社会性行動やさえずりの学習能力に関するモデル動物として有用であると考えられている。 | ||
長期増強など脳神経に直接処置を加えそれに対する影響や反応を観察する電気生理学的実験や記憶や情動などの高次脳機能や運動機能を調べる行動学的実験などでは、マウス、ラット、マカク属サルなどの実験動物が有用である。特にマウスやラットでは行動解析実験の実験方法や実験機器等が確立されているものが多くあり、実際に動物の行動を観察することで、脳機能に関する様々な情報を得ることが可能である。行動解析実験機器としては、学習・記憶能力を調べる[[モーリス水迷路]]、[[バーンズ円形迷路]]や[[恐怖条件づけ実験装置]]、[[運動協調性]]を調べる[[ローターロッド]]試験、[[不安]]様行動を調べる[[高架式十字迷路]]や[[明暗往来実験]]装置、[[鬱病]]様行動を評価する[[強制水泳]]実験装置や[[テールサスペンションテスト]]装置、[[総合失調症]]を評価する[[プレパルスインヒビション]]テスト装置、[[概日リズム]]の評価を行う[[回転かご走行試験]]装置などがある。 | |||
ヒトの病気に類似した疾患を呈する実験動物は疾患モデル動物とよばれる。疾患モデル動物の原因遺伝子の特定とその機能解析は、疾患モデル動物の有用性に大きく関わる。疾患モデル動物への遺伝学的アプローチ法には、[[フォワードジェネティクス]]([[順行性遺伝学]])と[[リバースジェネティクス]]([[逆行性遺伝学]])のふたつの方法がある。 | |||
*順行性遺伝学<br> | *順行性遺伝学<br> |