神経細胞移動

提供:脳科学辞典
細胞移動から転送)

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田畑 秀典
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所
仲嶋 一範
慶應義塾大学医学部
DOI:10.14931/bsd.3293 原稿受付日:2015年1月14日 原稿完成日:2015年1月14日
担当編集委員:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英語名:neuronal migration

 神経細胞移動は、中枢神経系の様々な部位の発生過程で認められる。これは多くの部位において、神経細胞が産生される部位と、配置されて実際に機能する部位とが異なることに起因する。このような発生様式は複雑な神経細胞の配置を可能にし、正しい神経回路の基礎を提供する。中でも大脳皮質を構成する興奮性神経細胞抑制性神経細胞の移動様式は詳しく研究されている。また小脳の顆粒細胞やプルキンエ細胞、さらに海馬の錐体細胞や顆粒細胞、脳幹の神経核、扁桃体の核など、様々な部位の神経細胞移動が研究されており、それぞれ独特の移動様式が認められている。また海馬の歯状回を構成する顆粒細胞や嗅球の介在神経細胞は成体になっても産生され、移動し、配置される。

大脳皮質興奮性神経細胞に見られる放射状移動

図1.放射状移動の模式図


 大脳皮質(大脳灰白質)においては神経細胞が整然と配置し、例えばそのうち大脳新皮質と呼ばれる部位では6層からなる層構造を形成する。大脳皮質の神経細胞はその70~80%が興奮性神経細胞であり、これらは胎生期に、外套(pallium;広義の大脳皮質)の脳室に面した部分である脳室帯(ventricular zone)、もしくはそれに隣接した脳室下帯(subventricular zone)において産生され、脳表面側へと移動する。これを放射状移動(radial migration)と呼ぶ(図1)。

 皮質神経細胞はマウスでは胎生12〜16日目に産生され、初期に産まれた皮質神経細胞の集団は、最初期に生まれてすでに脳表面側に形成されているプレプレート(preplate)に割って入り、これを脳表面側の辺縁帯(marginal zone)と、脳室側のサブプレート(subplate)とに分け、その間にサンドイッチされるように配置される。この辺縁帯とサブプレートに挟まれた部分は皮質板(cortical plate)と呼ばれ、その後に産まれた皮質板神経細胞も順次脳表面へと移動するが、その際にすでに移動を終了している神経細胞を乗り越えて辺縁帯直下に達し、その移動を終える。このため、大脳皮質では早生まれのものほど脳の深層側に、遅生まれのものほど表層側に配置される(辺縁帯の細胞は例外であり、皮質板神経細胞より早生まれであるが常に再表層に局在する)。これをインサイドアウト様式と呼ぶ。皮質板は、生後には灰白質(狭義の大脳皮質に相当)となる。

放射状移動の3つの様式

 放射状移動は、脳室帯から脳表面へと伸びる放射状グリア(radial glia)の長い突起、すなわち放射状線維(radial fiber)を足場として移動するモデルが広く受け入れられてきた[1]。この移動様式をロコモーション(locomotion)と呼ぶ。ロコモーション細胞は進行方向側に比較的太い先導突起(leading process)、反対側には細いトレーリングプロセス(trailing process)を持つ特徴的な双極性の形態をとる。ロコモーションでは、細胞体が動いている時期と静止している時期が周期的に繰り返される跳躍的な移動が観察される。

 近年になって、これとは異なる移動様式がライブイメージングにより観察され、ロコモーションと合わせて現在では3種類の移動様式が知られるようになった。その1つが細胞体トランスロケーション(somal translocation)である[2]。この移動様式では、移動方向側に長く伸びた突起が、その先端を固定しながら短縮し、細胞体が引き上げられる。第三の移動様式は、産生されて間もなくの神経細胞に見られる多極性移動(multipolar migration)である[3]。これらの細胞は多数の突起を色々な方向に伸ばしており、多極性細胞と呼ばれる。多極性移動では、その突起を活発に伸縮させながら、細胞体は様々な方向に漂い、全体としてはゆっくりと脳表面側へと向かう。細胞体トランスロケーションと多極性移動は放射状線維を使わないとされる(ビデオを参照)。

動画
ビデオ内略語 VZ: ventricular zone (脳室帯)、IZ: intermediate zone (中間帯)、CP: cortical plate (皮質板)

3つの移動様式の放射状移動での使われ方

図2.皮質発生後期に見られる脳室帯を離脱する2つの異なる移動集団


 前述した3つの移動様式は独立に存在するのではなく、個々の皮質神経細胞がこれらの移動様式の変遷をへて移動が達成される。皮質神経細胞の移動過程は時期による違いが大きいので、これらを区別して考える必要がある。

 まず 脳室帯、もしくは脳室下帯から産生された神経細胞の多くは発生の時期に関わらず多極性細胞の形態をとり、多極性移動を示す。これらの細胞は、基本的にはその後、ロコモーションの移動様式に変化して皮質板内へと進入する。

 しかし皮質神経細胞の最初の集団(マウスの胎生12日目に産生された集団)は、明確な多極性細胞からロコモーションへの転換をせずに移動が達成される[4]。よって、この時期の移動には足場としての放射状線維は必要無いと考えられている。また、皮質形成初期〜中期(マウスの胎生12〜14日目)に誕生した一部の皮質神経細胞は多極性細胞を経ずに細胞体トランスロケーションにより脳室帯から辺縁帯直下に至ることが観察されている[2][5]

 皮質形成後期(マウスの胎生15〜16日目)になると、脳室帯に直接由来する神経細胞と、脳室下帯でさらに分裂する集団での移動様式の違いが明確になってくる[6](図2)。脳室帯から直接産生された神経細胞は脳室帯内でしばらく留まった後、多極性細胞の形態をとり、脳室帯直上に帯状に蓄積して細胞密度の高い領域を形成する。これを多極性細胞蓄積帯(multipolar cell accumulation zone: MAZ)と呼ぶ。これらの多極性細胞は約24時間、MAZ内に留まった後、ロコモーションに変化して皮質板内へ移動する。MAZは脳室下帯の特に深部とオーバーラップするが、境界が比較的明瞭であるのが特徴である。一方、脳室下帯でさらに分裂する集団は、細胞体トランスロケーションにより脳室帯を離れ、MAZにオーバーラップしてそれより脳表面側へも広く分布する(従って、それら脳室面を離れてから分裂する細胞の分布域として定義される脳室下帯の上縁はMAZより高く、しかも不明瞭になる)。マウスの場合、これらの細胞の多くは脳室下帯で突起を失い、分裂して2つの神経細胞となるいわゆるbasal progenitorである。脳室帯由来の神経細胞と脳室下帯分裂細胞の移動パターンの違いに注目した場合、前者は後者よりも脳室帯を離れるタイミングが遅いので、前者をslowly exiting population (SEP)、後者をrapidly exiting population (REP)と呼ぶ[6]。皮質形成後期においては、細胞体トランスロケーションにより脳室帯から辺縁帯直下まで到達するケースは無いか、あっても非常に少数であると考えられる。

 皮質形成の初期においても後期においても、皮質神経細胞の移動終了地点においては、細胞体トランスロケーションの一形態であるターミナルトランスロケーション(terminal translocation)が観察される[2]。辺縁帯直下には皮質板の中でもさらに細胞密度が高い部位があり、これをprimitive cortical zone (PCZ)と呼ぶ[7]。ターミナルトランスロケーションはこのPCZを乗り越えるために必要であり、ロコモーションからの転換にはReelin分子が必要であることが示されている[7]

大脳皮質抑制性神経細胞に見られる接線方向移動

 大脳皮質の抑制性神経細胞は外套ではなく、その腹側にある基底核原基(ganglionic eminence)で産生され、接線方向に移動して大脳皮質へ入る[8][9]。基底核原基は内側、外側、尾側基底核原基(medial, lateral, and caudal ganglionic eminences; MGE, LGE, CGE)の3つの領域に大きく分けられる。大脳皮質に入る抑制性神経細胞(特にパルブアルブミン陽性細胞およびソマトスタチン陽性細胞)の多くはMGEに由来する。これらが外套に入る際には脳室下帯/中間帯を通るものと、辺縁帯を通るものに分かれ[10]、脳室下帯/中間帯を通過したグループはその後、脳表面側へと向かい、その一部は辺縁帯にまで達して接線方向にランダムウォークした後、再び皮質板内へと潜り込む[11]。大脳皮質の抑制性神経細胞の約3割はセロトニン5-HT(3A)受容体陽性であり、そのほとんどはCGEに由来する[12]。これらの細胞はReelin陽性細胞やCalretinin陽性細胞、VIP (vasoactive intestinal polypeptide) 陽性細胞を含む[13]。CGE(他の部位に由来してCGEを通過中の細胞も含まれている可能性がある)から外套へ向かう細胞は大脳の後方へ回り込むシャープな細胞の流れを作り、これをcaudal migratory stream (CMS)と呼ぶ[14][15]。CGEはさらに扁桃体の神経細胞を供給する。大脳皮質の抑制性神経細胞は上記の他、視索前野(preoptic area)にも由来する[16]。LGEに由来する神経細胞は主に線条体、および嗅球へ向かう神経細胞となり[17]、大脳皮質への細胞供給はあっても少数であると考えられている。

その他の部位における神経細胞移動

小脳

 出来上がった小脳では、脳表面から分子層、プルキンエ細胞層、顆粒層が全体として小脳皮質を形成する。その深部には軸索に富んだ小脳髄質があり、それに埋め込まれるように小脳核が位置する。プルキンエ細胞層には大型のプルキンエ細胞が、顆粒層には小型の顆粒細胞が存在する。顆粒細胞の軸索はT字型で、顆粒層から分子層へと伸び、左右に二股に分かれて小脳表面に平行に伸びる。この左右に伸びる部分は平行線維と呼ばれる。これに対して、プルキンエ細胞の樹状突起は分子層内で矢状面(左右軸に直交する面)に展開している。プルキンエ細胞の軸索は小脳核へと連絡しており、これを抑制的に支配している[18]

 さて、このような構造がいかに形成されるかを概観する。まず中枢神経系は神経管に由来し、もとは筒状の構造であるが、マウスでは胎生10日頃に中脳後脳境界部で背屈が起こり、チューブ状の構造が左右に大きく引き伸ばされて、結果として薄い天井(蓋板と呼ぶ)の下に菱形の空間が形成される。その上唇と下唇の実質部分をそれぞれ上菱脳唇(upper rhombic lip)、下菱脳唇(lower rhombic lip)と呼び、そのうち上菱脳唇から小脳が形成される。この構造の尾側縁(蓋板との連結部)は非常に細胞分裂が活発な部分であり、germinal trigoneと呼ばれる。この部位で顆粒細胞の前駆細胞が活発に産生され、これらは上菱脳唇の表面を後方から前方へと広がりながら被い、やがて、小脳原基表面に外顆粒層(external granular layer)を形成する。顆粒細胞前駆細胞は外顆粒層内でさらに分裂を繰り返す。一方、プルキンエ細胞、および小脳核を形成する神経細胞は上菱脳唇のgerminal trigoneより吻側よりの脳室面で産生され(マウスでは胎生10〜13日目)、脳室面から小脳表面へと伸びる放射状グリアの突起を足場として移動する。小脳核神経細胞は途中で放射状グリアの突起から離脱するが、プルキンエ細胞は外顆粒層直下まで移動する。これらの細胞移動が終了すると放射状グリアは突起を短縮して細胞体を引き上げ、プルキンエ細胞に隣接するようになり、バーグマングリアと呼ばれるようになる。周生期頃になると、外顆粒層の深部のものから分裂が停止し、左右軸に沿って細胞体の両端から軸索が伸び始め、まず平行線維が形成される。次に平行線維をその場に残し、これに垂直につながる軸索を形成しながら、細胞体が小脳深部へ潜りこみ、プルキンエ細胞層を通過してその下まで移動する。その結果、プルキンエ細胞層の下に新たな顆粒細胞の層が形成され、これを内顆粒層と呼ぶ。この軸索形成と細胞移動は、外顆粒層の深部のものから表層部のものへと順番に進行し、やがて外顆粒層からは細胞がいなくなり、分子層となり、内顆粒層は単に顆粒層と呼ばれるようになる。外顆粒層から内顆粒層への顆粒細胞の移動はバーグマングリアの突起を足場としている[19]

脳幹における細胞移動

 脳幹(中脳延髄)においても多くの細胞移動が観察されるが、小脳に投射する神経核(小脳前核)は、移動距離も長く、興味深い研究対象になっている。小脳前核には、橋にある橋核、及び橋被蓋網様核、延髄にある外側網様核、及び外側楔状束核(副楔状束核)が含まれる。これらは全て下菱脳唇に由来し、ここから橋に向かうanterior extramural migratory stream (AEMS)と延髄に向かうposterior extramural migratory stream (PEMS)の2条に分かれて、延髄表面に対して接線方向に腹側へ向かって移動する[20][21]。移動してきた橋核神経細胞は正中線手前で停止するが、橋被蓋網様核/外側網様核/外側楔状束核神経細胞は正中線を超えてさらに対側に移動し、それぞれしかるべき背腹軸の高さで移動を停止する。これらの細胞はさらに脳室帯から伸びる放射状線維に沿って脳の内側へ向かう移動に転換し、しかるべき深さで内側への移動を停止することにより、それぞれの神経核を定められた場所に形成する[22]

成体における神経細胞移動

 成体において神経細胞は新たに作られないと長い間信じられてきたが、近年、成体においても海馬の歯状回や嗅球の介在神経細胞においては神経細胞の新生が起きることが証明された[23][24]。これらの部位でも新生された神経細胞は所定の位置まで移動することが観察される。 成体の海馬歯状回においては、顆粒細胞層の深部に隣接してsubgranular zone があり、ここで神経細胞新生が起きる。これは、休止期にあったType-1細胞(放射状グリア様細胞)が分裂を再開することによる。やがてここからDCXなど幼若神経細胞のマーカーを持つがさらに分裂するType-2細胞を経て、新生神経細胞へと分化が進む。この時期に新生神経細胞はsubgranular zoneから顆粒細胞層へ移動する。 嗅球の介在神経細胞に関しては長い距離を移動することが特徴である。側脳室の前方に隣接するanterior subventricular zone (aSVZ)に由来した神経前駆細胞は、鎖状に連なり、お互いをお互いの足場として吻側へ移動する。これをchain migrationと呼ぶ。これらの支流はやがてまとまり、大きな細胞の流れとなる。これをrostral migratory stream (RMS)と呼ぶ。RMSは周囲をアストロサイトに囲まれ、このトンネルの中を細胞は移動する。嗅球の深部に到達すると、個々の細胞は分散して、放射状に移動し、介在神経(顆粒細胞や傍糸球細胞)へと分化する。

関連項目

参考文献

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