遺伝子導入

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平井宏和
群馬大学 医学系研究科
DOI:10.14931/bsd.7623 原稿受付日:2018年3月27日 原稿完成日:2018年6月28日
担当編集委員:上口裕之(理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:transgenesis

 遺伝子を培養細胞に導入し、細胞機能を変化させる研究は半世紀以上前から行われているが、近年、ウイルスベクターの開発が進み、極めて効率的な遺伝子導入が生体動物においても可能になった。またCRISPR/Cas9技術の発見は、遺伝子導入によるゲノム編集を可能にし、遺伝子導入を用いた研究の幅が大きく広がりつつある。

遺伝子導入とは

 物理化学的、あるいは生物学的手法を用いて遺伝子を細胞の外から中へ入れること。細胞の中に入った遺伝子がRNAの場合は細胞質タンパク質へ翻訳されたり、mRNAと相補的に結合して翻訳を阻害したりして、細胞機能に影響を及ぼす。導入された遺伝子がDNAの場合は核内へと移行し、そのまま、あるいは細胞の染色体に組み込まれたのちmRNAへと転写される。

目的

過剰発現

 1980年代から90年代にかけて、多くの遺伝子がクローニングされた。神経科学領域では電位依存性イオンチャネルアセチルコリン受容体グルタミン酸受容体GABA受容体グリシン受容体など、重要な膜タンパク質イオンチャネル神経伝達物質受容体遺伝子クローニングの報告が相次いだ。これら膜タンパク質のmRNAやcDNAを、それぞれアフリカツメガエルやHEK293細胞などの培養細胞に導入すると、転写翻訳されてタンパク質が発現する。遺伝子が導入されていない細胞をコントロールとして、遺伝子導入した細胞を様々なアプローチで解析することにより、発現タンパク質の性質や機能が解析された。

 野生型のcDNAを導入することに加えて、様々な場所に変異を導入した遺伝子を導入し、発現したミュータントを野生型と比較することで、変異部位が果たす役割を解析することができる。また疾患の原因遺伝子に見られる変異を導入したミュータントを発現・解析することで、その変異と疾患の関連を調べることが可能となる。

 遺伝子の過剰発現は遺伝子治療の基礎研究や臨床応用にも用いられる。例えばムコ多糖代謝異常症ではリソソーム内の加水分解酵素の先天的欠損や機能障害により、リソソーム内にムコ多糖の一種であるグリコサミノグリカンが蓄積し多様な症状を示す。欠損酵素の遺伝子を細胞に導入し発現させることで、疾患の根治が期待できる[1]

 またパーキンソン病では黒質緻密部ドーパミン作動性ニューロンが変性脱落し、大脳基底核の機能不全となり、運動障害をはじめ様々な症状が引き起こされる。線条体のドーパミンを増やす遺伝子を導入することで、顕著に運動障害を治療することが可能となる[2]

発現抑制

 microRNA (miRNA)やshort interfering RNAsiRNA)の導入・発現によって、細胞の遺伝子発現抑制が可能となる。

ゲノム編集

 DNAの標的部位と相補的な配列をもつガイドRNAと、ガイドRNAに結合し二本鎖DNAを切断するヌクレアーぜCas9を発現する遺伝子を導入することで、任意のゲノム領域の編集(ノックアウトノックインなど)が可能となる。

種類

リン酸カルシウム法

 リン酸緩衝生理食塩水中で、負の電荷をもつDNAと正の電荷をもつカルシウムイオンを混合するとリン酸カルシウム-DNA複合体の沈殿物を作るが、この沈殿物が培養細胞に取り込まれる性質を利用した遺伝子導入法[3]。沈殿した複合体はエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれて核に運ばれる。リン酸カルシウムはDNAが細胞表面に結合するのを促進する働きがある。安価で簡便であるが、リン酸緩衝液のpH値が最適値からわずかにずれるだけで導入効率が著しく低下することが欠点である。

リポフェクション法

 負の電荷をもつDNAを正電荷脂質(カチオニックリポソーム)で取り囲み、細胞の貪食作用によってリポソーム・DNA複合体を取り込ませる方法[4]。複合体(リポプレックス)は、負に荷電したDNAを正に電荷したリポソームが取り囲み、全体として正に荷電しているため、負に荷電した細胞表面に容易に結合し、エンドサイトーシスによって取り込まれる。

電気穿孔法

エレクトロポレーション

 細胞とプラスミドDNAの懸濁液に電気パルスをかけることで細胞膜に微小な穴を一過性にあけ、DNAを細胞内部に送り込む方法。浮遊細胞や接着細胞だけでなく、子宮内胎仔脳への遺伝子導入にも用いられる。遺伝子導入効率は高く、他の遺伝子導入法に比べて簡単であるが、専用の器械を必要とする。

詳細は電気穿孔法の項目参照。

マイクロインジェクション法

 微小ガラスキャピラリーを用いて DNAやRNAを細胞に注入する方法。DNAやRNAを注入したマイクロマニピュレータを、顕微鏡下で操作して細胞に差し込み微量注入する。不均一な細胞集団でも特定の細胞を選別しながら、一つ一つ確実に注入することができ,発現効率も良いが、一度に多数の細胞に対しては行えず、また専用の機器と、ある程度の練習が必要である。

遺伝子銃法

パーティクル・ガン法

 タングステンなどの金属微粒子にDNAをコーティングし、ヘリウムなどの高圧ガスを用いて高速で細胞内にDNAを導入する方法[5]。ガス圧や射出口と試料の距離を変えることで、金属微粒子の射出強度を調節することができ、培養細胞、スライス培養標本や動植物個体へ打ち込むことが可能である。簡便な方法であるが、機材が高価でランニングコストもかかるという欠点がある。

超音波遺伝子導入法

ソノポレーション

 すでに臨床で使用されている直径 1 – 10μmの超音波造影剤(マイクロバブル)へ超音波を照射することでバブルの圧壊(キャビテーション)が誘導される。そのときに生じるジェット流が一過性に開ける細胞の小孔から、外来遺伝子を細胞内に導入する方法[6]。標的部位を正確に制御することが可能で、電気穿孔法よりも組織へのダメージが少ない。まだ完全に確立された手法はなく、試行錯誤が必要である。

ウイルスベクター

 細胞に吸着して自らのゲノムを細胞内に送り込むウイルスの性質を利用した遺伝子導入法。複製に関与する遺伝子領域および、カプシドなどの構造タンパク質のコード領域はもたず、代わりに目的とする外来遺伝子が組み込まれている。細胞に吸着して外来遺伝子を細胞内に送り込むが、ウイルス粒子の複製・増殖能はない(癌の遺伝子治療においては、複製・増殖能を保持したまま弱毒化したウイルスも使われている)。アデノウイルスレトロウイルスレンチウイルス狂犬病ウイルスセンダイウイルスアデノ随伴ウイルスなど様々なウイルス由来のベクターが開発されている。

詳細はウイルスベクターの項目参照。

関連項目

参考文献

  1. Kazuki Sawamoto, Hui-Hsuan Chen, Carlos J Alméciga-Díaz, Robert W Mason, Shunji Tomatsu

    Gene therapy for Mucopolysaccharidoses.
    Mol. Genet. Metab.: 2018, 123(2);59-68 [PubMed:29295764] [WorldCat.org] [DOI]

  2. Lorraine V Kalia, Suneil K Kalia, Anthony E Lang

    Disease-modifying strategies for Parkinson's disease.
    Mov. Disord.: 2015, 30(11);1442-50 [PubMed:26208210] [WorldCat.org] [DOI]

  3. C Chen, H Okayama

    High-efficiency transformation of mammalian cells by plasmid DNA.
    Mol. Cell. Biol.: 1987, 7(8);2745-52 [PubMed:3670292] [WorldCat.org]

  4. P L Felgner, T R Gadek, M Holm, R Roman, H W Chan, M Wenz, J P Northrop, G M Ringold, M Danielsen

    Lipofection: a highly efficient, lipid-mediated DNA-transfection procedure.
    Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.: 1987, 84(21);7413-7 [PubMed:2823261] [WorldCat.org]

  5. R M Klein, E D Wolf, R Wu, J C Sanford

    High-velocity microprojectiles for delivering nucleic acids into living cells. 1987.
    Biotechnology: 1992, 24();384-6 [PubMed:1422046] [WorldCat.org]

  6. 谷山 義明、森下 竜一
    超音波を用いた核酸導入法の開発
    Yakugaku zasshi : Journal of the Pharmaceutical Society of Japan: 126:1039-45:2006.