「セプチン」の版間の差分

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== 歴史  ==
== 歴史  ==


 [[細胞質分裂]](septation)と形態形成の異常を呈する[[出芽酵母]]''Saccharomyces cerevisiae''の変異体''Cdc3''、''Cdc10''、''Cdc11''、''Cdc12''の原因遺伝子産物が[[出芽]]部位の[[細胞膜]]を環状に裏打ちするフィラメントの構成成分であることと、これらのホモログが多様な生物種に存在することが90年代半ばまでに判明し、セプチン(septin)と命名された<ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。  
 [[細胞質分裂]](septation)と形態形成の異常を呈する[[出芽酵母]]''Saccharomyces cerevisiae''の変異体''Cdc3''、''Cdc10''、''Cdc11''、''Cdc12''の原因遺伝子産物が[[出芽]]部位の[[細胞膜]]を環状に裏打ちするフィラメントの構成成分であることと、[[Image:図1.jpg|330px|thumb|right|図1:主なモデル生物におけるセプチンファミリーと一次構造による分類(SEPT13は霊長類に存在し、げっ歯類には存在しない]]これらのホモログが多様な生物種に存在することが90年代半ばまでに判明し、セプチン(septin)と命名された<ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。  


== ファミリー  ==
== ファミリー  ==


 セプチンファミリーに属する遺伝子は[[植物]]を除く真核生物のゲノム[[ゲノム]]に2-14種類存在し、[[一次構造]]によって種ごとに2-4グループに分類できる(図1)。[[菌類]]と[[後生動物]]の間ではグループ間の対応関係の推定が困難であることから、多細胞化の過程で[[生化学]]的特性(後述)を保存しつつ[[共進化]]したものと推測される。  
 セプチンファミリーに属する遺伝子は[[植物]]を除く真核生物のゲノム[[ゲノム]]に2-14種類存在し)[[一次構造|一次構造]]によって種ごとに2-4グループに分類できる(図1)。[[菌類]]と[[後生動物]]の間ではグループ間の対応関係の推定が困難であることから、多細胞化の過程で生化学]]的特性(後述)を保存しつつ[[共進化]]したものと推測される。  
 
[[Image:図1.jpg|frame|left|200|図1:主なモデル生物におけるセプチンファミリーと一次構造による分類(SEPT13は霊長類に存在し、げっ歯類には存在しない)]]


== 構造  ==
== 構造  ==


 中核部分に[[Rasタンパク質]]様のGTP結合領域とファミリー固有の相同領域を持ち、多くはC末側に可動性に富む100残基までの[[コイルドコイル]]領域を持つ。異なるグループ(図1)に属するセプチンが一定の規則で会合してヘテロ2/3/4量体を形成し、これら2つが対向した4/6/8量体が定型的な構造単位とされているが、非定型的な組み合わせの[[オリゴマー]]も試験管内で調製可能であり、生体内にも存在する可能性が高い。[[哺乳類]]の定型的なセプチン6量体[SEPT7(GDP):SEPT6(GTP):SEPT2(GDP)][SEPT2(GDP):SEPT6(GTP):SEPT7(GDP)]の[[結晶構造]]は解かれたが、[[ヌクレオチド]]の交換/水解反応が極端に遅いこともあり、[[酵素反応]]と[[共役]]した構造変換と[[重合反応]]/脱重合との関係は未だ不明である<ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。セプチン・ヘテロオリゴマーは長軸方向に連結して無極性フィラメントを形成するが、長軸と直交する方向にコイルドコイルが突出するため短軸方向には非対称となる。2本のフィラメントがコイルドコイルを対向させたpaired filamentも形成されるが、フィラメント濃度が高い場合は中核部分を介して密な線維束を形成する。線維束は湾曲して外径0.6 µm、内径0.4 µm前後の環状またはらせん状となって安定化する(図2.1) <ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。一方、[[イノシトールリン脂質]](PI)含有リポソーム上ではヘテロオリゴマーが柵状に2次元配列し、内径0.4 µm前後の曲率で管状化して脂質膜を変形させる(図2.2)。これら独特の高次集合性、線維束の[[曲率]]指向性、PI親和性は種を超えて保存された物性である<ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。さらに、哺乳類のセプチンはPI以外に多様な蛋白質([[チューブリン]]、シンタキシン、[[ミオシン]]、アニリン、グルタミン酸トランスポーター(GLAST)、α-シヌクレインなど)への親和性を有し、アクトミオシン線維束など既存の細胞内構造を鋳型にして集合する(図2.3)。  
 中核部分に[[Rasタンパク質]]様のGTP結合領域とファミリー固有の相同領域を持ち、多くはC末側に可動性に[[Image:図2.jpg|330px|thumb|right|図2:セプチンの3つの集合モード]]富む100残基までの[[コイルドコイル]]領域を持つ。異なるグループ(図1)に属するセプチンが一定の規則で会合してヘテロ2/3/4量体を形成し、これら2つが対向した4/6/8量体が定型的な構造単位とされているが、非定型的な組み合わせの[[オリゴマー]]も試験管内で調製可能であり、生体内にも存在する可能性が高い。[[哺乳類]]の定型的なセプチン6量体[SEPT7(GDP):SEPT6(GTP):SEPT2(GDP)][SEPT2(GDP):SEPT6(GTP):SEPT7(GDP)]の[[結晶構造]]は解かれたが、[[ヌクレオチド]]の交換/水解反応が極端に遅いこともあり、[[酵素反応]]と[[共役]]した構造変換と[[重合反応]]/脱重合との関係は未だ不明である<ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。セプチン・ヘテロオリゴマーは長軸方向に連結して無極性フィラメントを形成するが、長軸と直交する方向にコイルドコイルが突出するため短軸方向には非対称となる。2本のフィラメントがコイルドコイルを対向させたpaired filamentも形成されるが、フィラメント濃度が高い場合は中核部分を介して密な線維束を形成する。線維束は湾曲して外径0.6 µm、内径0.4 µm前後の環状またはらせん状となって安定化する(図2.1) <ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。一方、[[イノシトールリン脂質]](PI)含有リポソーム上ではヘテロオリゴマーが柵状に2次元配列し、内径0.4 µm前後の曲率で管状化して脂質膜を変形させる(図2.2)。これら独特の高次集合性、線維束の[[曲率]]指向性、PI親和性は種を超えて保存された物性である<ref><pubmed>8791410</pubmed></ref>。さらに、哺乳類のセプチンはPI以外に多様な蛋白質([[チューブリン]]、シンタキシン、[[ミオシン]]、アニリン、グルタミン酸トランスポーター(GLAST)、α-シヌクレインなど)への親和性を有し、アクトミオシン線維束など既存の細胞内構造を鋳型にして集合する(図2.3)。  
 
[[Image:図2.jpg|frame|center|200|図2:セプチンの3つの集合モード]]
 
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== 神経系における生理機能  ==
== 神経系における生理機能  ==


 セプチンを最も大量に発現する組織が神経系であることやヒトの精神・神経・筋疾患との関連から、神経系におけるセプチン機能に関心が集まっている。[[ショウジョウバエ]]の致死性セプチン変異体''pnut''は初期胚の表割(細胞膜形成/cellularization)の異常を呈し、神経系の形質は不明であるが、眼の光受容細胞R7を欠損する''sina''変異体の[[エンハンサー]]であることが知られている。線虫の運動障害(''unc'')変異体として見出されたセプチン欠損変異体''unc-59/-61''では細胞分裂は顕在化せず、神経突起形成ないしガイダンスの異常を呈する<ref><pubmed>12941631</pubmed></ref>。マウスでは脳におけるセプチンの発現・局在パターンは[[サブユニット]]や細胞ごとに大きく異なる。例えばSEPT3,5は神経細胞に発現して[[樹状突起スパイン]]や軸索末端に局在し、SEPT2,4は[[グリア細胞]]に発現して突起の特定の膜ドメインを裏打ちする(図3)<ref><pubmed>11064363</pubmed></ref>。これまでに報告されたセプチン遺伝子欠損マウスのうち、''Sept7'',''9''の欠損は胎生致死となる一方、''Sept3'',''4'',''5'',''6''の欠損による神経系の異常は軽度なレベルにとどまる<ref><pubmed>19588878</pubmed></ref>。後者の理由として同じグループに属する機能重複遺伝子による代償が推測されるが、興味深い事実も明らかになってきた。例えば''Sept4''欠損マウスでは聴覚性プレパルス抑制の減弱から、黒質-線条体投射系のドパミンニューロンの軸索末端においてドパミン代謝機構がダウンレギュレーションしていることがわかった<ref><pubmed>17296554</pubmed></ref>。一方、''Sept5''欠損マウスでは聴覚系シナプスcalyx of Heldの軸索末端におけるシナプス小胞の開口放出の調節が異常となる<ref><pubmed>20624595</pubmed></ref>。いずれも足場ないし拡散障壁機能の欠損によるものと想定されるが、詳細なメカニズムの解明や他のニューロンやグリアにおけるセプチン機能の探索は今後の課題である。  
 セプチンを最も大量に発現する組織が神経系であることやヒトの精神・神経・筋疾患との関連から神経系におけるセプチン機能に関心が集まっている。[[ショウジョウバエ]]の致死性セプチン変異体''pnut''は初期胚の表割(細胞膜形成/cellularization)の異常を呈し、神経系の形質は不明であるが、眼の光受容細胞R7を欠損する''sina''変異体の[[エンハンサー]]であることが知られている。線虫の運動障害(''unc'')変異体として見出されたセプチン欠損変異体''unc-59/-61''では細胞分裂は顕在化せず、神経突起形成ないしガイダンスの異常を呈する<ref><pubmed>12941631</pubmed></ref>。マウスでは脳におけるセプチンの発現・局在パターンは[[サブユニット]]や細胞ごとに大きく異なる。[[Image:図3.jpg|330px|thumb|right|図3:神経細胞やグリア細胞の特定の膜ドメインにおけるセプチンクラスター]]
 
例えばSEPT3,5は神経細胞に発現して[[樹状突起スパイン]]や軸索末端に局在し、SEPT2,4は[[グリア細胞]]に発現して突起の特定の膜ドメインを裏打ちする(図3)<ref><pubmed>11064363</pubmed></ref>。これまでに報告されたセプチン遺伝子欠損マウスのうち、''Sept7'',''9''の欠損は胎生致死となる一方、''Sept3'',''4'',''5'',''6''の欠損による神経系の異常は軽度なレベルにとどまる<ref><pubmed>19588878</pubmed></ref>。後者の理由として同じグループに属する機能重複遺伝子による代償が推測されるが、興味深い事実も明らかになってきた。例えば''Sept4''欠損マウスでは聴覚性プレパルス抑制の減弱から、黒質-線条体投射系のドパミンニューロンの軸索末端においてドパミン代謝機構がダウンレギュレーションしていることがわかった<ref><pubmed>17296554</pubmed></ref>。一方、''Sept5''欠損マウスでは聴覚系シナプスcalyx of Heldの軸索末端におけるシナプス小胞の開口放出の調節が異常となる<ref><pubmed>20624595</pubmed></ref>。いずれも足場ないし拡散障壁機能の欠損によるものと想定されるが、詳細なメカニズムの解明や他のニューロンやグリアにおけるセプチン機能の探索は今後の課題である。  
[[Image:図3.jpg|frame|center|200|図3:神経細胞やグリア細胞の特定の膜ドメインにおけるセプチンクラスター]]
   
   
== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


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