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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0127854 田積 徹]</font><br> | |||
''文教大学 人間科学部 心理学科''<br> | |||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/hisaonishijo 西条 寿夫]</font><br> | |||
''富山大学 医学部大学院システム情動科学''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月11日 原稿完成日:2015年3月16日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br> | |||
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= | {{box|text= | ||
古くから情動発現に介在する神経回路の研究が進められてきた。情動系神経回路は大きく中枢起源説と末梢起源説に分類される。前者にはCannon- Bardの中枢(視床)説やパペッツの情動回路がある。後者にはJames-Lange説があり、この流れをくむソマティックマーカー仮説は最近注目されている。また、心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder; PTSD)などの後天的な感情異常発症の脳内メカニズムの解明につながる後天的に獲得された情動系神経回路として、恐怖の古典的条件づけによって後天的に獲得された恐怖に介在する神経回路が提唱されている。これらの研究では、扁桃体の外側核は音刺激をCSに用いた恐怖の古典的条件づけにおいてCSとUSの連合学習を担い、扁桃体の中心核は恐怖の指標となる反応の表出に関係する脳部位への扁桃体からの出力部位であると考えられている。近年、扁桃体外側核で生じる連合学習・記憶を担うシナプスの可塑性の分子メカニズムに関する仮説が提唱されている。また、学習心理学の分野において構築されてきた古典的条件づけの学習理論に対応する神経基盤をも含めた後天的情動系神経経路の研究が行われている。さらに、恐怖の古典的条件づけの獲得に関係する脳内神経経路を構成する脳部位が担う心理学的機能や情報処理様式は1対1関係の単純なものではなく、分散的に複数の脳部位で処理されていることが示唆されている。 | |||
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[[Image:情動系神経回路1.png|thumb|300px|'''図1.Papezの情動回路 ''']] [[不安神経症]]や[[恐怖症]]などの情動異常の治療を効果的に行うためには、情動発現に介在する神経回路を明らかにし、この基礎的知見に基づいた新薬の開発や直接的な神経系の活性化に結びつく[[認知行動療法]]などの[[心理療法]]を行うことであろう。古くから多くの研究者がそのような有効活用に通じる情動発現に介在する神経回路の解明を試みてきた。 | [[Image:情動系神経回路1.png|thumb|300px|'''図1.Papezの情動回路 ''']] [[不安神経症]]や[[恐怖症]]などの情動異常の治療を効果的に行うためには、情動発現に介在する神経回路を明らかにし、この基礎的知見に基づいた新薬の開発や直接的な神経系の活性化に結びつく[[認知行動療法]]などの[[心理療法]]を行うことであろう。古くから多くの研究者がそのような有効活用に通じる情動発現に介在する神経回路の解明を試みてきた。 | ||
== 情動系神経回路同定の歴史 == | |||
<ref>'''大平英樹'''<br>感情と脳・自律反応. 鈴木直人(編)<br>''感情心理学 ''朝倉書店 pp.88-109. (2007)</ref> | |||
<ref name=ref01>'''西条寿夫'''<br>大脳辺縁系と情動のメカニズム<br>''神経研究の進歩,'' 41, 511-531. (1997)</ref> | |||
[[wikipedia:de:Philip Bard|Bard]]が唱えた情動体験における視床下部の重要性とともに、[[新皮質]]から[[視床下部]]に加えられていた抑制が解放されることによって情動が生じるとする[[wikipedia:Walter Bradford Cannon|Cannon]]の視床説は、Cannon- Bardの中枢(視床)説と呼ばれている<ref>'''Cannon, W. B.'''<br>The James-Lange theory of emotion: a critical examination and an alternative theory. <br>''American Journal of Psychology'', 39, 10-124 (1927)</ref>。 | [[wikipedia:de:Philip Bard|Bard]]が唱えた情動体験における視床下部の重要性とともに、[[新皮質]]から[[視床下部]]に加えられていた抑制が解放されることによって情動が生じるとする[[wikipedia:Walter Bradford Cannon|Cannon]]の視床説は、Cannon- Bardの中枢(視床)説と呼ばれている<ref>'''Cannon, W. B.'''<br>The James-Lange theory of emotion: a critical examination and an alternative theory. <br>''American Journal of Psychology'', 39, 10-124 (1927)</ref>。 | ||
そして、[[wikipedia:James Papez|Papez]]は視床下部を含む情動回路(Papezの情動回路)を提唱した(図1)<ref>'''Papez, J.W.''' <br>A proposed mechanism of emotion. <br>''Arch Neurol Psychiatry'', 38, 725-743.(1937). </ref>。Papezの情動回路では、情動表出の中枢は視床下部[[乳頭体]]が担い、情動表出は乳頭体から[[中脳]]への出力によりなされると考えられている。感覚刺激の情報は[[腹側視床]]を介して視床下部に入力され、その情報は[[視床前核]]を経て[[帯状回]]に伝達される。そして、Papezは視床前核から入力を受ける帯状回が大脳皮質における情動の受容野であり、主観的な情動体験の座であると考えた。また、海馬体はこの帯状回や他の領域からの入力を組織化し、中枢性の情動過程を形成して、[[脳弓]]を介して視床下部乳頭体に出力する。すなわち、帯状回-海馬体-視床下部の経路により、皮質レベルにおける情動体験が視床下部から出力される情動表出に統合される。 | そして、[[wikipedia:James Papez|Papez]]は視床下部を含む情動回路(Papezの情動回路)を提唱した(図1)<ref>'''Papez, J.W.''' <br>A proposed mechanism of emotion. <br>''Arch Neurol Psychiatry'', 38, 725-743.(1937). </ref> <ref name=ref01 />。Papezの情動回路では、情動表出の中枢は視床下部[[乳頭体]]が担い、情動表出は乳頭体から[[中脳]]への出力によりなされると考えられている。感覚刺激の情報は[[腹側視床]]を介して視床下部に入力され、その情報は[[視床前核]]を経て[[帯状回]]に伝達される。そして、Papezは視床前核から入力を受ける帯状回が大脳皮質における情動の受容野であり、主観的な情動体験の座であると考えた。また、海馬体はこの帯状回や他の領域からの入力を組織化し、中枢性の情動過程を形成して、[[脳弓]]を介して視床下部乳頭体に出力する。すなわち、帯状回-海馬体-視床下部の経路により、皮質レベルにおける情動体験が視床下部から出力される情動表出に統合される。 | ||
その後、[[wikipedia:Paul D. MacLean|MacLean]]はPapezの情動回路を“[[大脳辺縁系]]([[辺縁系]]:limbic system)”と名づけ、さらにこの辺縁系に視床下部の一部、扁桃体、[[前頭葉眼窩皮質]]、および、[[側坐核]]を付け加えている<ref>'''MacLean, P.'''<br>The limbic brain in relation to the pshychoses. In P. Black (Ed.), Physiological correlates of emotion.<br>New York, London: Academic Press. pp.129-146. (1970).</ref> 。 | その後、[[wikipedia:Paul D. MacLean|MacLean]]はPapezの情動回路を“[[大脳辺縁系]]([[辺縁系]]:limbic system)”と名づけ、さらにこの辺縁系に視床下部の一部、扁桃体、[[前頭葉眼窩皮質]]、および、[[側坐核]]を付け加えている<ref>'''MacLean, P.'''<br>The limbic brain in relation to the pshychoses. In P. Black (Ed.), Physiological correlates of emotion.<br>New York, London: Academic Press. pp.129-146. (1970).</ref> 。 | ||
上記の提唱された情動系神経回路は、中枢神経である脳が、入力された感覚刺激の処理によって情動が生じるという立場であり、情動の中枢起源説と呼ばれている。一方、刺激によって引き起こされた身体的反応の状態が脳に入力されることによって情動体験が生じるという立場もある(情動の末梢起源説)。この末梢起源説で有名な仮説としては[[James-Lange説]]があり、この流れをくむ最近注目されている仮説としては、[[wikipedia:Antonio Damasio|Damasio]]のグループらが提唱している[[Somatic marker仮説]]がある<ref>'''Damasio, A.R., Tranel, D., Damasio, H.'''<br>Somatic markers and the guidance of behaviour: theory and preliminary testing. <br>In H.S. Levin, H.M. Eisenberg & A.L. Benton (Eds.). Frontal lobe function and dysfunction. <br>New York: Oxford University Press. pp. 217–229. (1991).</ref>。彼らはリスクを引き起こす刺激や状況が自動的に身体の変化を生じさせるとともに、実際に身体の変化を引き起こす末梢からの中枢への回路とは別に、この身体ループをシュミレートした回路が[[前頭前野]]を中心とした中枢に存在していると仮定している。 | |||
== 後天的に獲得された情動系神経回路 == | == 後天的に獲得された情動系神経回路 == | ||
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[[Image:情動系神経回路2.png|thumb|300px|'''図2. 音刺激をCSとした恐怖の古典的条件づけに介在する神経経路'''(<ref name=ref3><pubmed>22036561</pubmed></ref>を改変)<br>LAd, [[the dorsal subnucleus in the lateral nucleus of the amygdala]]; LAvl, [[The ventrolateral subnucleus in the lateral nucleus of the amygdala]]; LAm, [[The medial subnucleus in the lateral nucleus of the amygdala]]; ICM, [[Intercalated cell masses]]]] | [[Image:情動系神経回路2.png|thumb|300px|'''図2. 音刺激をCSとした恐怖の古典的条件づけに介在する神経経路'''(<ref name=ref3><pubmed>22036561</pubmed></ref>を改変)<br>LAd, [[the dorsal subnucleus in the lateral nucleus of the amygdala]]; LAvl, [[The ventrolateral subnucleus in the lateral nucleus of the amygdala]]; LAm, [[The medial subnucleus in the lateral nucleus of the amygdala]]; ICM, [[Intercalated cell masses]]]] | ||
[[Image:情動系神経回路3.png|thumb|300px|'''図3. 恐怖の古典的条件づけに介在する連合学習・記憶を担うシナプスの可塑性の分子メカニズムに関する仮説'''(<ref name=ref3 />を改変)<br>[[AC]], [[アデニル酸シクラーゼ]] ([[Adenyl cyclase]]); [[AKAP]], [[Aキナーゼアンカータンパク質]] ([[A-kinase anchoring protein]]); [[Arc]], [[Activity-regulated cytoskeletal-associated protein]];[[ | [[Image:情動系神経回路3.png|thumb|300px|'''図3. 恐怖の古典的条件づけに介在する連合学習・記憶を担うシナプスの可塑性の分子メカニズムに関する仮説'''(<ref name=ref3 />を改変)<br>[[AC]], [[アデニル酸シクラーゼ]] ([[Adenyl cyclase]]); [[AKAP]], [[Aキナーゼアンカータンパク質]] ([[A-kinase anchoring protein]]); [[Arc]], [[Activity-regulated cytoskeletal-associated protein]];[[β-AR]], [[β-アドレナリン受容体]] ([[β-adrenergic receptor]]); [[BDNF]], [[脳由来神経栄養因子]]([[Brain-derived neurotrophic factor]]); [[CaMKⅡ]], [[カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質リン酸化酵素]] ([[Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II|Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinase II]]); [[CREB]], [[CAMP応答配列結合タンパク質|cAMP応答配列結合タンパク質]] ([[cAMP response element binding protein|cAMP response element (CRE) binding protein]]); [[EGR-1]], [[Early growth response gene 1]]; [[GluA1]], [[AMPA型グルタミン酸受容体]]サブユニット1; [[GluA2/3]], AMPA型グルタミン酸受容体サブユニット2/3; [[IP3|IP<sub>3</sub>]], イノシトール-1.4.5-三リン酸 ([[Inositol 1,4,5-triphosphate]]); [[MAPK]], [[分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ]] ([[Mitogen-activated protein kinase]]); [[mGluR]], [[代謝活性型グルタミン酸受容体]] ([[metabotropic glutamate receptor]]); [[mTOR]], [[Mammalian target of rapamycin]]; [[NF-kB]], [[Nuclear factor κ light-chain enhancer of activated B cells]]; [[NMDAR]], [[NMDA型グルタミン酸受容体]]; [[NO]], [[Nitric oxide]]; [[NOS]], [[一酸化窒素]] ([[Nitric oxide synthase]]); [[NSF]], [[N-エチルマレイミド感受性因子]] ([[N-ethylmaleimide-sensitive factor]]); [[Pl3-K]], [[ホスファチジルイノシトール-3-リン酸化酵素]] ([[Phosphatidylinositol-3 kinase]]); [[PKA]], [[cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素|cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] ([[Protein kinase A]]); [[PKC]], [[Ca2+/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素|Ca<sup>2+</sup>/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素]][[Protein kinase C]]; [[PKG]], [[cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素|cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] ([[cGMP-dependent protein kinase|cGMP-dependent protein kinase]]); [[PKMζ]], [[タンパク質リン酸化酵素Mζ]] ([[Protein kinase Mζ]]); [[wikipedia:ja:RNA|RNA]], [[wikipedia:ribonucleic acid|ribonucleic acid]]; [[TrkB]], [[Tyrosine-related kinase B]]; [[VGCC]], [[電位依存性カルシウムチャネル]] ([[Voltage-gated calcium channel]])]] | ||
情動は生存に適応的な機能を有していると考えられている。たとえば、危険な状況に遭遇した時に、恐怖が喚起されることによって逃走や闘争のための身体反応の準備が整い、適応的にその状況に対処することができる。しかしながら、たいていの人々が恐くもなんともない事物に対して恐怖を示したり、状況に即さない過剰な情動の喚起は身体的な消耗を引き起こし、適切な社会生活を行うことに支障を来たすことになる。このような情動異常に介在する神経回路を明らかにするために、もともと恐怖反応を示さなかった刺激に対して後天的に恐怖反応を引き起こす恐怖の古典的条件づけという手続きを実験動物に行い、後天的に獲得された恐怖に介在する神経回路の研究が進められている。このような研究は心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder; PTSD)などの後天的な感情異常発症の脳内メカニズムの解明に有効な手段の1つと考えられている。 | 情動は生存に適応的な機能を有していると考えられている。たとえば、危険な状況に遭遇した時に、恐怖が喚起されることによって逃走や闘争のための身体反応の準備が整い、適応的にその状況に対処することができる。しかしながら、たいていの人々が恐くもなんともない事物に対して恐怖を示したり、状況に即さない過剰な情動の喚起は身体的な消耗を引き起こし、適切な社会生活を行うことに支障を来たすことになる。このような情動異常に介在する神経回路を明らかにするために、もともと恐怖反応を示さなかった刺激に対して後天的に恐怖反応を引き起こす恐怖の古典的条件づけという手続きを実験動物に行い、後天的に獲得された恐怖に介在する神経回路の研究が進められている。このような研究は心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder; PTSD)などの後天的な感情異常発症の脳内メカニズムの解明に有効な手段の1つと考えられている。 | ||
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=== 恐怖の古典的条件づけにおける情動系神経経路 === | === 恐怖の古典的条件づけにおける情動系神経経路 === | ||
図2に示されているように、扁桃体中心核はフリージングに関係する中脳[[中心灰白質]]や自律反応に関係する外側の視床下部、[[ストレス]][[ホルモン]] | 図2に示されているように、扁桃体中心核はフリージングに関係する中脳[[中心灰白質]]や自律反応に関係する外側の視床下部、[[ストレス]][[ホルモン]]の分泌に関係する[[視床下部室傍核]]に投射しており、扁桃体中心核からの投射が恐怖の古典的条件づけにおける情動表出の神経経路としての役割をはたしていると考えられている。 | ||
== 最近の研究の動向 == | == 最近の研究の動向 == | ||
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[[Image:情動系神経回路4.png|thumb|300px|'''図4.恐怖の古典的条件づけにおける認知的情報処理経路のモデル'''(<ref name=ref5><pubmed>21549434</pubmed></ref>に基づいて作成) ]] | [[Image:情動系神経回路4.png|thumb|300px|'''図4.恐怖の古典的条件づけにおける認知的情報処理経路のモデル'''(<ref name=ref5><pubmed>21549434</pubmed></ref>に基づいて作成) ]] | ||
近年、これまで学習心理学の分野において構築されてきた多様で高次な古典的条件づけの学習理論に対応する神経基盤をも含めた後天的情動系神経経路が詳細に描かれつつあり、ヒトの後天的な感情異常の治療に対して認知的にアプローチできる可能性が示されている。 | |||
情動の神経科学者が学習理論に注目している点は、実際に呈示されたUS強度と、被験体が予期しているUS強度である。たとえば、[[レスコーラ-ワグナーモデル]]([[Rescorla-Wagner model])では、あるCSとUSの対呈示試行における条件づけ強度の変化は、実際のUSの強度とCSに対して条件づけられた総強度(予期的US強度)の差([[Error signal]])に、CSの明瞭度などの定数をかけた値として定義される。Error signalがプラスの時には興奮性の条件づけ強度の変化が生じ、マイナスのときには制止性の変化が生じる。神経生理学的には、error signalがプラスの時には神経細胞は発火頻度を増加し、マイナスの時にはその頻度は減少すると考えられている。 | 情動の神経科学者が学習理論に注目している点は、実際に呈示されたUS強度と、被験体が予期しているUS強度である。たとえば、[[レスコーラ-ワグナーモデル]]([[Rescorla-Wagner model]])では、あるCSとUSの対呈示試行における条件づけ強度の変化は、実際のUSの強度とCSに対して条件づけられた総強度(予期的US強度)の差([[Error signal]])に、CSの明瞭度などの定数をかけた値として定義される。Error signalがプラスの時には興奮性の条件づけ強度の変化が生じ、マイナスのときには制止性の変化が生じる。神経生理学的には、error signalがプラスの時には神経細胞は発火頻度を増加し、マイナスの時にはその頻度は減少すると考えられている。 | ||
CSとUSの連合学習・記憶は扁桃体外側核ニューロンにおいて生じるシナプスの可塑性が担っていることは前述した。このことから、扁桃体外側核はerror signalの情報を受け取り、それらの情報によってシナプスの可塑性が調節されると考えられる。これまでの研究により、error signalの情報はフリージングなどの表出に関係している中脳中心灰白質から生じていると考えられている。たとえば、音CSとショックUSの対呈示が進むにつれて、外側核と中脳中心灰白質のUSに対する応答強度は減少したが、条件性恐怖反応の表出は増加したという結果が報告されている。 | CSとUSの連合学習・記憶は扁桃体外側核ニューロンにおいて生じるシナプスの可塑性が担っていることは前述した。このことから、扁桃体外側核はerror signalの情報を受け取り、それらの情報によってシナプスの可塑性が調節されると考えられる。これまでの研究により、error signalの情報はフリージングなどの表出に関係している中脳中心灰白質から生じていると考えられている。たとえば、音CSとショックUSの対呈示が進むにつれて、外側核と中脳中心灰白質のUSに対する応答強度は減少したが、条件性恐怖反応の表出は増加したという結果が報告されている。 | ||
また、十分にCSとUSの対呈示訓練を受けた[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]において、外側核と中脳中心灰白質のUSに対する応答強度は、CSによってシグナルされたときよりもシグナルされなかったときの方が強かった。これらの結果は、外側核と中脳中心灰白質のUSに対する応答の減少が、USの予期の形成とerror signalの減少によって生じたことを示唆する。[[中脳]][[中心灰白質]]は扁桃体外側核に直接の神経投射をしていないため、神経解剖学的知見に基づいて、中脳中心灰白質からいくつかの脳部位を経由して扁桃体外側核にerror signalの情報が伝達される仮説が提唱されている。図4は予期的US強度やerror | また、十分にCSとUSの対呈示訓練を受けた[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]において、外側核と中脳中心灰白質のUSに対する応答強度は、CSによってシグナルされたときよりもシグナルされなかったときの方が強かった。これらの結果は、外側核と中脳中心灰白質のUSに対する応答の減少が、USの予期の形成とerror signalの減少によって生じたことを示唆する。[[中脳]][[中心灰白質]]は扁桃体外側核に直接の神経投射をしていないため、神経解剖学的知見に基づいて、中脳中心灰白質からいくつかの脳部位を経由して扁桃体外側核にerror signalの情報が伝達される仮説が提唱されている。図4は予期的US強度やerror signalなどの情報の処理回路として提唱されているモデルである。今後、この認知的情報処理経路モデルの脳部位の同定のような実証的研究が進むと思われるが、実証された知見は、感情異常の治療に対する[[認知行動療法]]のエビデンスとして活用が期待される。 | ||
=== 扁桃体中心核もCSとUSの連合学習・記憶に関与 === | === 扁桃体中心核もCSとUSの連合学習・記憶に関与 === | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||