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==アミロイドβタンパク質とは== | ==アミロイドβタンパク質とは== | ||
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]] | [[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]] | ||
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。(編集コメント:ダウン症との関連はいかがでしょうか) | |||
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]] | |||
==産生== | ==産生== | ||
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一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。 | 一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。 | ||
(編集コメント:エクトドメインシェディングは本題とは甘い関係ないのではないでしょうか?むしろ、セクレターゼに関する詳細を御記述頂いてはと思います。たとえば家族性アルツハイマー病遺伝子産物であるプレシニリンとの関連など) | |||
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。 | APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。 | ||
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。 | 一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。 | ||
== | ==凝集性と沈着様式== | ||
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。 | Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。 | ||
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。 | このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。 | ||
(編集コメント:Aβの毒性が最近言われております。その毒性と受容体などのメカニズムに関してはいかがでしょうか。) | |||
==家族性アルツハイマー病とAβ== | ==家族性アルツハイマー病とAβ== | ||
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βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。 | βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。 | ||
=== | ===凝集性を変化させる遺伝子変異=== | ||
[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]] | [[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]] | ||
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一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。 | 一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。 | ||
== | ==分解== | ||
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[ | 生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[細胞外プロテアーゼ#マトリックスメタロプロテアーゼ|マトリックスメタロプロテアーゼ]]などがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介した[[wikipedia:ja:トランスエンドサイトーシス|トランスエンドサイトーシス]]によって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。 | ||
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能== | ==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能== |