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英語名:frontal cortex, frontal | 英語名:frontal cortex, frontal lobe 独:Frontallappen, Stirnlappen 仏:lobe frontal | ||
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[[image:前頭葉4.png|thumb|300px|'''図4.前頭前野と高次運動野の内外軸の機能分化''']] | [[image:前頭葉4.png|thumb|300px|'''図4.前頭前野と高次運動野の内外軸の機能分化''']] | ||
[[ヒト]]を初めとする[[霊長類]]の[[大脳皮質]]は大きく発達しており、前頭葉、[[頭頂葉]]、[[側頭葉]]および[[後頭葉]]がある。前頭葉は、中心溝より前方にある広い領域である。 | |||
[[wikipedia:Korbinian Brodmann|Brodmann]]は、大脳皮質を細胞構築学的に52の領野に分けたが、機能区分との関連性が高いため、現在でも重要な指標となっている。[[一次運動野]]は[[Brodmann 4野]]に、[[高次運動野]]は[[6野]]と[[24野]]に相当する。[[前頭前野]]は、[[9野]]、[[46野]]などの複数の領野からなっている。また、前頭前野の最後方部に[[8野]]があり、[[注意]]や[[眼球運動]]に関連する。 | [[wikipedia:Korbinian Brodmann|Brodmann]]は、大脳皮質を細胞構築学的に52の領野に分けたが、機能区分との関連性が高いため、現在でも重要な指標となっている。[[一次運動野]]は[[Brodmann 4野]]に、[[高次運動野]]は[[6野]]と[[24野]]に相当する。[[前頭前野]]は、[[9野]]、[[46野]]などの複数の領野からなっている。また、前頭前野の最後方部に[[8野]]があり、[[注意]]や[[眼球運動]]に関連する。 | ||
前頭葉の各領域の特徴を「[[前後軸]]」と「[[内外軸]] | 前頭葉の各領域の特徴を「[[前後軸]]」と「[[内外軸]]」の観点から捉え直すことができる。前方から後方へ向かう「前後軸」にそって、[[前頭前野]]、[[高次運動野]](6野、24野)、[[一次運動野]](4野)がある(図1)。前方から後方へ向かって、表現される内容が抽象的内容から具体的動作へと移り変わる(「前後軸」、図2)。さらに、内側から外側の方向にも別の機能[[分化]]がある(「内外軸」、図3、4)。 | ||
==一次運動野== | ==一次運動野== | ||
一次運動野(primary motor area)は、[[中心溝]] | 一次運動野(primary motor area)は、[[中心溝]]の前方([[中心前回]])にあり、4野に相当する(図1)。「内外軸」にそって[[体部位再現]]があり、内側から外側へと向かって、下肢、体幹、上肢、手指、顔と口唇の動きを司る部位がある(図3)。精緻な動きを行う手指や口唇の動きを支配する部位が広い領域を占める一方で、それが必要とされない体幹や下肢を支配する部位は狭い。一次運動野は最終的な運動出力を形成する場である(「前後軸」、図2)。皮質脊髄路の大部分が[[延髄錐体]]から脊髄へ入る際に左右が入れ替わるため([[錐体交叉]])、左側(右側)の一次運動野は右側(左側)の体の動きを、主として制御するという特徴がある。したがって、一次運動野の[[脳出血|出血]]や[[脳梗塞|梗塞]]によってその機能が失われると、体部位再現に対応した強い麻痺が対側の体に生じる。 | ||
==高次運動野== | ==高次運動野== | ||
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背側運動前野と腹側運動前野の機能障害は異なった病像を呈する。背側運動前野系の障害では動作選択や手を物のある方向へ向かわせることに問題が生じる。これに対し、腹側運動前野系の障害では、手や口で物をつかむことに加えて、発語過程に問題が生じる(口唇部の巧緻な運動制御ができなくなるため)。 | 背側運動前野と腹側運動前野の機能障害は異なった病像を呈する。背側運動前野系の障害では動作選択や手を物のある方向へ向かわせることに問題が生じる。これに対し、腹側運動前野系の障害では、手や口で物をつかむことに加えて、発語過程に問題が生じる(口唇部の巧緻な運動制御ができなくなるため)。 | ||
腹側運動前野には、[[wikipedia:Giacomo Rizzolatti|リゾラティー]](Rizzolatti)らによって、[[ミラーニューロン]]が報告されている<ref name=ref5><pubmed>15217330</pubmed></ref> | 腹側運動前野には、[[wikipedia:Giacomo Rizzolatti|リゾラティー]](Rizzolatti)らによって、[[ミラーニューロン]]が報告されている<ref name=ref5><pubmed>15217330</pubmed></ref>。ミラーニューロンは自分自身で物をつかむ動作を行う際に活動するだけでなく、他者が同じつかむ動作を行うのを観察する際にも同様な活動を示す。ある物体をつかむという特定の動作内容を、自己と他者を超えて表現している。こうした特徴は、他者の動作を観察し、その内容を[[取り入れ]]て自身の動作を構築する際に大変有用である。 | ||
===補足運動野=== | ===補足運動野=== | ||
前頭葉内側面の補足運動野([[supplementary motor area]])を電気刺激すると、前方から後方へ向かって、[[wikipedia:ja:顔|顔]]、[[wikipedia:ja:前肢|前肢]]、[[wikipedia:ja:後肢|後肢]]の運動が誘発される。一次運動野では単純な運動が誘発されるが、補足運動野では複数の[[wikipedia:ja:間節|間節]]にまたがる複雑な運動が誘発される。補足運動野よりも前方に、体部位再現が明瞭ではないが、高次な運動制御に関与する部位がある。この部位も6野にあり、[[前補足運動野]]と呼ばれる<ref name=ref6><pubmed>8058203</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>9000016</pubmed></ref>。 | |||
感覚誘導性の制御で特徴づけられる運動前野とは対照的に、補足運動野は自発的な動作開始、記憶された情報にもとづいた動作の順序制御に関与する(「内外軸」、図4)。さらに、補足運動野は、左右の手に異なる動作をさせて両手を協調的に使用する過程で中心となる。前補足運動野は、順序動作を組み替える過程、動作の中止や変更、複数動作の段階の制御(例:1番目、2番目など)といった、動作制御の高次的側面に関与する。補足運動野が障害されると、一次運動野でみられるような麻痺症状は示さないが、自発的な動作発現、順序動作の制御、左右の手の[[協調制御]]に問題が生じる。 | 感覚誘導性の制御で特徴づけられる運動前野とは対照的に、補足運動野は自発的な動作開始、記憶された情報にもとづいた動作の順序制御に関与する(「内外軸」、図4)。さらに、補足運動野は、左右の手に異なる動作をさせて両手を協調的に使用する過程で中心となる。前補足運動野は、順序動作を組み替える過程、動作の中止や変更、複数動作の段階の制御(例:1番目、2番目など)といった、動作制御の高次的側面に関与する。補足運動野が障害されると、一次運動野でみられるような麻痺症状は示さないが、自発的な動作発現、順序動作の制御、左右の手の[[協調制御]]に問題が生じる。 | ||
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[[帯状溝]]の中に[[帯状皮質運動野]](cingulate motor area)がある(図1)。帯状皮質運動野は[[大脳辺縁系]]([[帯状皮質]]、[[扁桃体]]、[[海馬]]、[[視床下部]]、[[島皮質]]、[[大脳基底核]]の前方腹側系など)からの豊富な入力によって特徴づけられる<ref name=ref8><pubmed>11389475</pubmed></ref>(「内外軸」、図4)。 | [[帯状溝]]の中に[[帯状皮質運動野]](cingulate motor area)がある(図1)。帯状皮質運動野は[[大脳辺縁系]]([[帯状皮質]]、[[扁桃体]]、[[海馬]]、[[視床下部]]、[[島皮質]]、[[大脳基底核]]の前方腹側系など)からの豊富な入力によって特徴づけられる<ref name=ref8><pubmed>11389475</pubmed></ref>(「内外軸」、図4)。 | ||
大脳辺縁系は系統発生的に古い部位である、帯状皮質、扁桃体、海馬、視床下部、島皮質、大脳基底核の前方腹側系などからなる。扁桃体や海馬は現在の状況や環境の記憶にもとづいて[[快感]]、[[嗜癖]]、[[恐怖]]といった[[情動]]を生成する過程に関与する。視床下部は体内環境情報にもとづいて[[空腹満腹感]]や[[乾き]]の感覚を生成する過程に関与する。島皮質は[[痛み]] | 大脳辺縁系は系統発生的に古い部位である、帯状皮質、扁桃体、海馬、視床下部、島皮質、大脳基底核の前方腹側系などからなる。扁桃体や海馬は現在の状況や環境の記憶にもとづいて[[快感]]、[[嗜癖]]、[[恐怖]]といった[[情動]]を生成する過程に関与する。視床下部は体内環境情報にもとづいて[[空腹満腹感]]や[[乾き]]の感覚を生成する過程に関与する。島皮質は[[痛み]]の処理に重要である。痛みは、感覚要素(痛みの強度の[[知覚]])と情動要素(痛みの不快感)からなる。感覚要素の処理は[[一次体性感覚野]]と[[二次体性感覚野]]によってなされ、島皮質でこれが情動要素へと変換される。扁桃体、海馬、視床下部、島皮質から入力を受ける大脳基底核の部位([[側坐核]])は、これらで処理された情報と[[ドーパミン]]や[[セロトニン]]がもたらす[[報酬]]や[[罰]]に関する情報を統合する。 | ||
帯状皮質は、情動、痛み、体内環境情報に関する情報を集約する。帯状皮質運動野は、こうした情報に基づいた動作の制御に関与する。集めた情報を意識レベルまで高めることにより、動機付けとなる信号を生成して動作発現へとつなげる。帯状皮質を含む脳損傷では、無動無言症という病態に陥り、自発的な動作や発語が減少する。これは、動機付けとなる信号の消失によるものと思われる。 | 帯状皮質は、情動、痛み、体内環境情報に関する情報を集約する。帯状皮質運動野は、こうした情報に基づいた動作の制御に関与する。集めた情報を意識レベルまで高めることにより、動機付けとなる信号を生成して動作発現へとつなげる。帯状皮質を含む脳損傷では、無動無言症という病態に陥り、自発的な動作や発語が減少する。これは、動機付けとなる信号の消失によるものと思われる。 | ||
==前頭前野== | ==前頭前野== | ||
高次運動野よりも前方に、[[前頭前野]](prefrontal cortex)がある<ref name=ref9><pubmed>18195082</pubmed></ref> <ref name=ref10>'''Passingham, R.E. and S.P. Wise'''<br>The neurobiology of the prefrontal cortex : anatomy, evolution, and the origin of insight. <br>1st ed. Oxford psychology series. 2012, Oxford, United Kingdom: Oxford University Press. xxii, 399 p.</ref> <ref name=ref11><pubmed>25175878</pubmed></ref>。前頭前野は高次脳機能の中枢であり、人間で特に大きく発達している。一次運動野では具体的動作が主表現であるのに対して、前頭前野では抽象的行動が主表現である(前頭葉の「前後軸」、図2)。 | 高次運動野よりも前方に、[[前頭前野]](prefrontal cortex)がある<ref name=ref9><pubmed>18195082</pubmed></ref> <ref name=ref10>'''Passingham, R.E. and S.P. Wise'''<br>The neurobiology of the prefrontal cortex : anatomy, evolution, and the origin of insight. <br>1st ed. Oxford psychology series. 2012, Oxford, [[United Kingdom]]: Oxford University Press. xxii, 399 p.</ref> <ref name=ref11><pubmed>25175878</pubmed></ref>。前頭前野は高次脳機能の中枢であり、人間で特に大きく発達している。一次運動野では具体的動作が主表現であるのに対して、前頭前野では抽象的行動が主表現である(前頭葉の「前後軸」、図2)。 | ||
前頭前野内にも、前後方向の機能分化がある(前頭前野内の「前後軸」)。行動を適切に制御するために、感覚、記憶、情動、運動などに関する幅広い情報を集めるが、こうした特徴は前頭前野の後方部によく当てはまる。一方で、前頭前野の前方部では、他の脳部位から情報を集めるという側面は薄れ、前頭前野内でのやりとりが顕著になる。前方部は抽象的で長期間にわたる行動計画に関与し、後方部は具体的でより直近の行動計画に関与するという傾向がある<ref name=ref12><pubmed>14615530</pubmed></ref>。 | 前頭前野内にも、前後方向の機能分化がある(前頭前野内の「前後軸」)。行動を適切に制御するために、感覚、記憶、情動、運動などに関する幅広い情報を集めるが、こうした特徴は前頭前野の後方部によく当てはまる。一方で、前頭前野の前方部では、他の脳部位から情報を集めるという側面は薄れ、前頭前野内でのやりとりが顕著になる。前方部は抽象的で長期間にわたる行動計画に関与し、後方部は具体的でより直近の行動計画に関与するという傾向がある<ref name=ref12><pubmed>14615530</pubmed></ref>。 | ||
=== 内側前頭前野 === | |||
前頭前野の内側面([[内側前頭前野]])は、行動を発現するための動機付けの制御に関与する(「内外軸」)。帯状皮質運動野や補足運動野の障害のように、内側前頭前野の障害でも自発的な動作や発語の減少がみられる。内側前頭前野はこれらの領域と密接な関係があるので、前頭葉の内側面には行動発現の動機付けを制御するネットワークが存在するとみなせる。 | 前頭前野の内側面([[内側前頭前野]])は、行動を発現するための動機付けの制御に関与する(「内外軸」)。帯状皮質運動野や補足運動野の障害のように、内側前頭前野の障害でも自発的な動作や発語の減少がみられる。内側前頭前野はこれらの領域と密接な関係があるので、前頭葉の内側面には行動発現の動機付けを制御するネットワークが存在するとみなせる。 | ||
=== 眼窩前頭皮質 === | |||
「内外軸」の観点から最も外側にあるとみなせる前頭前野の眼窩面([[眼窩前頭皮質]])は、多種感覚の情報が入力する一方で、扁桃体からも豊富な入力を受け取る。眼窩前頭皮質は、こうして集められた情報を総合することによって、感覚情報の価値(生体とっての意味)を判断し、適切な行動へと結びつける。その一方で、眼窩前頭皮質の障害で、感覚刺激に誘発されて文脈に適さない行動をとったり、容易に無関係な感覚刺激によって行動への集中が削がれたりするようになる。これは、眼窩前頭皮質が感覚刺激の取捨選択にも関与することを示す。さらに、眼窩前頭皮質の障害で社会性に問題が生じる。社会的認知においては、大量の情報からの取捨選択や、相手の表情や声の調子といった複雑な感覚情報の価値判断処理が必要でありが状況に応じて要求されるが、こうした処理過程の問題によると思われる。加えて、眼窩前頭皮質の障害でムードや性格が変化するが、これは扁桃体との機能的なやりとりの不全によると考えられる。 | |||
=== 外側前頭前野 === | |||
内側前頭前野と眼窩前頭皮質の間には、[[外側前頭前野]]がある(「内外軸」)。内側前頭前野と眼窩前頭皮質は大脳辺縁系と密接な関連があるのに対して、外側前頭前野は比較的弱い。一方、外側前頭前野は、他の前頭前野領域、[[頭頂葉]]、[[側頭葉]]、高次運動野などと連携することによって、行動の企画をする場であり、中枢[[実行機能]]を担っている。行動の目的を決定し、それを達成するために必要な行動や動作を時間立てて計画する過程において、外側前頭前野が必須である。外側前頭前野の障害ではこうした機能が失われるため、料理をつくるといった一連の工程を順序立てる必要がある作業が困難になる。 | |||
==まとめ== | ==まとめ== | ||
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もう一つの機能軸は、「内外軸」であって、一次運動野ではこれに沿って、体部位再現がある。内側から外側に向かって、高次運動野では、帯状皮質運動野、補足運動野、運動前野があり、前頭前野では、内側前頭前野、外側前頭前野、眼窩前頭皮質がある。高次運動野と前頭前野の双方で、内側に向かうほど、体内情報、記憶情報、辺縁系情報への依存が大きくなり、外側に向かうほど、感覚情報への依存が大きくなるという傾向がある。こうした基本ルールは、前頭葉の機能だけでなく、脳機能全般やその病態を理解するための枠組みを提供する。 | もう一つの機能軸は、「内外軸」であって、一次運動野ではこれに沿って、体部位再現がある。内側から外側に向かって、高次運動野では、帯状皮質運動野、補足運動野、運動前野があり、前頭前野では、内側前頭前野、外側前頭前野、眼窩前頭皮質がある。高次運動野と前頭前野の双方で、内側に向かうほど、体内情報、記憶情報、辺縁系情報への依存が大きくなり、外側に向かうほど、感覚情報への依存が大きくなるという傾向がある。こうした基本ルールは、前頭葉の機能だけでなく、脳機能全般やその病態を理解するための枠組みを提供する。 | ||
== 関連項目 == | |||
* [[一次運動野]] | |||
* [[高次運動野]] | |||
* [[運動前野]] | |||
* [[補足運動野]] | |||
* [[帯状皮質運動野]] | |||
* [[内側前頭前野]] | |||
* [[眼窩前頭皮質]] | |||
* [[外側前頭前野]] | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |