「縫線核」の版間の差分

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英語名:raphe nuclei 羅:nuclei raphe 独:Raphe-Kerne 仏:noyaux du raphé
英語名:raphe nuclei 羅:nuclei raphe 独:Raphe-Kerne 仏:noyaux du raphé


{{box|text= 縫線核は中脳から脳幹の内側部に分布する細胞集団で、複数の核よりなる縫線核「群」である。縫線核は元々ニッスル染色により同定されたが、後に免疫組織学的手法によりセロトニン細胞の分布とほぼ重なることが判明し、Dahlström とFuxe<ref><pubmed>5856530</pubmed></ref>によって9つの神経核B1-B9の集合体として記載された。ただし、セロトニン細胞は縫線核外の近傍領域にも存在し、逆に、縫線核にはセロトニン以外の伝達物質を含む神経細胞も存在する。異なる縫線核は、菱脳節(rhombomere)の異なる領域から発生し、マウスでは吻側のrhombomere1(r1)からB4,6,7、その後さらに尾側のr2からB5,8,9, r5-8からB1,2,3が発生する。縫線核は脳のほぼ全域へ投射するが、縫線核内の起始部位によって投射先が異なる。入力元は主に辺縁系に属する前頭葉皮質や皮質下領域である。縫線核ニューロンの発火は睡眠覚醒リズム・歩行・呼吸などのパターン的な運動のみならず、注意・報酬などの情動や認知機能にも関与する。}}
{{box|text= 縫線核は中脳から脳幹の内側部に分布する細胞集団で、複数の核よりなる縫線核「群」である。免疫組織学的手法によりセロトニン細胞の分布とほぼ重なり、DahlströmとFuxeによって9つの神経核B1-B9の集合体として記載された。ただし、セロトニン細胞は縫線核外の近傍領域にも存在し、逆に、縫線核にはセロトニン以外の伝達物質を含む神経細胞も存在する。異なる縫線核は、菱脳節 (rhombomere)の異なる領域から発生し、マウスでは吻側のrhombomere1 (r1)からB4、6、7が、その後さらに尾側のr2からB5、8、9が、r5-8からB1、2、3が発生する。縫線核は脳のほぼ全域へ投射するが、縫線核内の起始部位によって投射先が異なる。入力元は主に辺縁系に属する前頭葉皮質や皮質下領域である。縫線核ニューロンの発火は睡眠覚醒リズム・歩行・呼吸などのパターン的な運動のみならず、注意・報酬などの情動や認知機能にも関与する。}}
 
==縫線核とは==
 [[中脳]]から[[脳幹]]の内側部に分布する細胞集団で、複数の核よりなる縫線核「群」である。元々[[ニッスル染色]]により同定されたが、後に免疫組織学的手法により[[セロトニン]]細胞の分布とほぼ重なることが判明し、DahlströmとFuxe<ref><pubmed>5856530</pubmed></ref>によって9つの神経核B1-B9('''表''')の集合体として記載された。ただし、セロトニン細胞は縫線核外の近傍領域にも存在し、逆に、縫線核にはセロトニン以外の伝達物質を含む神経細胞も存在する。異なる縫線核は、菱脳節(rhombomere)の異なる領域から発生し、マウスでは吻側のrhombomere1 (r1)からB4、6、7が、その後さらに尾側のr2からB5、8、9が、r5-8からB1、2、3が発生する。


[[image:KaeNakamura-Fig.png|thumb|400px|'''図.霊長類の縫線核'''<br>DRN: [[背側縫線核]] ([[dorsal raphe nucleus]]); MRN: [[内側縫線核]] ([[median raphe nucleus]]); NRM: [[大縫線核]] ([[nucleus raphe magnus]]); NRP: [[淡蒼縫線核]] ([[nucleus raphe pallidus]]); NRO: [[不確縫線核]] ([[nucleus raphe obscures]])<br>
[[image:KaeNakamura-Fig.png|thumb|400px|'''図.霊長類の縫線核'''<br>DRN: [[背側縫線核]] ([[dorsal raphe nucleus]]); MRN: [[内側縫線核]] ([[median raphe nucleus]]); NRM: [[大縫線核]] ([[nucleus raphe magnus]]); NRP: [[淡蒼縫線核]] ([[nucleus raphe pallidus]]); NRO: [[不確縫線核]] ([[nucleus raphe obscures]])<br>
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 中脳・脳幹を中心に、尾側から吻側へ9つの神経核B1-B9が分布する。
 中脳・脳幹を中心に、尾側から吻側へ9つの神経核B1-B9が分布する。
==== 尾側核群 ====
==== 尾側核群 ====
 [[橋]]、[[延髄]]腹側に分布し、[[淡蒼縫線核]](nucleus raphe pallidus, NRP, B1)・[[不確縫線核]](nucleus raphe obscures, NRO, B2)・[[大縫線核]](nucleus raphe magnus ,B3)が含まれる。これらの核からは脊髄や脳幹内に投射している。
 [[橋]]、[[延髄]]腹側に分布し、[[淡蒼縫線核]](nucleus raphe pallidus, NRP, B1)・[[不確縫線核]](nucleus raphe obscures, NRO, B2)・[[大縫線核]](nucleus raphe magnus, B3)が含まれる。これらの核からは脊髄や脳幹内に投射している。


==== 吻側核群 ====
==== 吻側核群 ====
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 吻側核群からの軸索は[[小脳]]、[[中脳]]、[[間脳]]、辺縁系、[[大脳皮質]]に投射する。また、内側縫線核から背側縫線核への、または背側縫線核内のセロトニン細胞間の相互連絡が豊富であり、[[セロトニン]]細胞の[[自己受容体]]を介した自己の発火率の調節の制御にかかわっている可能性がある。
 吻側核群からの軸索は[[小脳]]、[[中脳]]、[[間脳]]、辺縁系、[[大脳皮質]]に投射する。また、内側縫線核から背側縫線核への、または背側縫線核内のセロトニン細胞間の相互連絡が豊富であり、[[セロトニン]]細胞の[[自己受容体]]を介した自己の発火率の調節の制御にかかわっている可能性がある。


 背側縫線核・内側縫線核からの投射線維はともに[[視床下部]]内を上行する[[内側前脳束]](medial forebrain bundle, MFB)の一部となって[[前脳]]領域に投射する。[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]では約25%の線維は[[有髄神経|有髄]]で<ref name=ref3 />, 背側縫線核から[[内包]]を通って皮質へ投射する経路が最大のものである。縫線核からの投射先は、[[ドーパミン]]系のそれに比べると広汎で脳のほとんどの部位に投射しているが、一定の規則性はあり、例えば核の吻側の細胞は脳の吻側に、外側の細胞は外側に投射する。
 背側縫線核・内側縫線核からの投射線維はともに[[視床下部]]内を上行する[[内側前脳束]](medial forebrain bundle, MFB)の一部となって[[前脳]]領域に投射する。[[wj:霊長類|霊長類]]では約25%の線維は[[有髄神経|有髄]]で<ref name=ref3 />, 背側縫線核から[[内包]]を通って皮質へ投射する経路が最大のものである。縫線核からの投射先は、[[ドーパミン]]系のそれに比べると広汎で脳のほとんどの部位に投射しているが、一定の規則性はあり、例えば核の吻側の細胞は脳の吻側に、外側の細胞は外側に投射する。


 縫線核細胞の前頭への投射線維の形態学的特徴や投射先はその起源核によって異なる<ref name=ref4><pubmed>16157378</pubmed></ref>。背側縫線核からの投射線維は小さな結節状構造バリコシティー (varicosity)を持つ細い軸索が広汎に微細に分岐し、小型の多形性のシナプスボタンを有し、[[大脳基底核]]や[[前頭皮質]]、外側[[中隔核]]、[[扁桃体]]、腹側[[海馬]]に投射する。内側縫線核からの投射線維は比較的太く結節状構造は有さず、分岐は短く細く、大きい球形のシナプスボタンを有し、背側海馬や内側中隔核、視床下部に投射する。この形態学的差異は[[アンフェタミン]]誘導体である神経毒 [[パラクロロアンフェタミン]] ([[parachloroamphetamine]], [[PCA]]) や[[3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン]] ([[3,4-methylenedioxymethamphetamine]],[[MDMA]], 通称‘ecstasy’)に対する脆弱性とも関連がある可能性があり、投与後、内側縫線核からの投射線維は保存されている一方、背側縫線核からの投射線維は障害される<ref name=ref5><pubmed>3323265</pubmed></ref>。神経毒への感受性の差は、投射先の[[セロトニントランスポーター]] ([[SERT]])の分布の差とも関連があり、背側縫線核から微細な投射を受ける[[側坐核]]のほとんどの部位はセロトニントランスポーター濃度が高く、内側縫線核から球状のシナプス投射を受ける尾側の[[側坐核]]shellではセロトニントランスポーター濃度が非常に低い。
 縫線核細胞の前頭への投射線維の形態学的特徴や投射先はその起源核によって異なる<ref name=ref4><pubmed>16157378</pubmed></ref>。背側縫線核からの投射線維は小さな結節状構造バリコシティー (varicosity)を持つ細い軸索が広汎に微細に分岐し、小型の多形性のシナプスボタンを有し、[[大脳基底核]]や[[前頭皮質]]、外側[[中隔核]]、[[扁桃体]]、腹側[[海馬]]に投射する。内側縫線核からの投射線維は比較的太く結節状構造は有さず、分岐は短く細く、大きい球形のシナプスボタンを有し、背側海馬や内側中隔核、視床下部に投射する。この形態学的差異は[[アンフェタミン]]誘導体である神経毒 [[パラクロロアンフェタミン]] ([[parachloroamphetamine]], [[PCA]]) や[[3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン]] ([[3,4-methylenedioxymethamphetamine]], [[MDMA]], 通称‘ecstasy’)に対する脆弱性とも関連がある可能性があり、投与後、内側縫線核からの投射線維は保存されている一方、背側縫線核からの投射線維は障害される<ref name=ref5><pubmed>3323265</pubmed></ref>。神経毒への感受性の差は、投射先の[[セロトニントランスポーター]] ([[SERT]])の分布の差とも関連があり、背側縫線核から微細な投射を受ける[[側坐核]]のほとんどの部位はセロトニントランスポーター濃度が高く、内側縫線核から球状のシナプス投射を受ける尾側の[[側坐核]]shellではセロトニントランスポーター濃度が非常に低い。


 一つの縫線核ニューロンからは複数の領域に枝分かれして投射するいわゆる側枝投射 (collateral projection)が報告されている。例えば、[[線条体]]と[[黒質]]、[[中隔野]]と[[嗅内野]]、[[前頭葉]]と側坐核、扁桃体中心核と視床下部[[室傍核]]、[[外側膝状体]]と[[上丘]]などがあるがその機能的意義は不明である。
 一つの縫線核ニューロンからは複数の領域に枝分かれして投射するいわゆる側枝投射 (collateral projection)が報告されている。例えば、[[線条体]]と[[黒質]]、[[中隔野]]と[[嗅内野]]、[[前頭葉]]と側坐核、扁桃体中心核と視床下部[[室傍核]]、[[外側膝状体]]と[[上丘]]などがあるがその機能的意義は不明である。
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 淡蒼縫線核・不確縫線核・大縫線核からは[[脊髄]]や[[脳幹]]内に投射している。脊髄への投射においては、すべてのレベルの脊髄において、[[後角]]表層部([[痛覚]]伝導の中継点)、[[前角]]内側部([[体幹部筋]]群を支配する運動ニューロンが分布する)に投射が強い。前者はセロトニンの内在性[[鎮痛]]作用、後者は運動機能との関連を示唆する。
 淡蒼縫線核・不確縫線核・大縫線核からは[[脊髄]]や[[脳幹]]内に投射している。脊髄への投射においては、すべてのレベルの脊髄において、[[後角]]表層部([[痛覚]]伝導の中継点)、[[前角]]内側部([[体幹部筋]]群を支配する運動ニューロンが分布する)に投射が強い。前者はセロトニンの内在性[[鎮痛]]作用、後者は運動機能との関連を示唆する。


 [[延髄]]への投射では、[[孤束核]]([[wikipedia:ja:内臓|内臓]]からの[[求心性神経]]が投射する)に密な投射があり、[[嘔吐]]調節に関与している。[[疑核]]([[wikipedia:ja:呼吸|呼吸]]中枢の一部)にも投射がある。
 [[延髄]]への投射では、[[孤束核]]([[wj:内臓|内臓]]からの[[求心性神経]]が投射する)に密な投射があり、[[嘔吐]]調節に関与している。[[疑核]]([[wj:呼吸|呼吸]]中枢の一部)にも投射がある。


===入力===
===入力===
 縫線核には前頭葉を中心とした皮質と辺縁系に属する皮質下領域からの投射があり、一定のトポグラフィを保っている。皮質では[[前頭眼窩皮質]](orbital cortex), [[帯状回皮質]](cingulate cortex), [[下辺縁皮質]](infralimbic cortex), [[島皮質]](insular cortices)、[[内側前頭野]] (medial prefrontal cortex)からの投射がある。内側前頭野から背側・内側縫線核のセロトニン細胞への投射は、直接投射と、縫線核内の[[GABA]]ニューロンを介した抑制性の投射がある<ref name=ref7><pubmed>6466989</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>9722144</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>   12542664</pubmed></ref>。
 縫線核には前頭葉を中心とした皮質と辺縁系に属する皮質下領域からの投射があり、一定のトポグラフィを保っている。皮質では[[前頭眼窩皮質]](orbital cortex), [[帯状回皮質]](cingulate cortex), [[下辺縁皮質]](infralimbic cortex), [[島皮質]](insular cortices)、[[内側前頭野]] (medial prefrontal cortex)からの投射がある。内側前頭野から背側・内側縫線核のセロトニン細胞への投射は、直接投射と、縫線核内の[[GABA]]ニューロンを介した抑制性の投射がある<ref name=ref7><pubmed>6466989</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>9722144</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>12542664</pubmed></ref>。


 皮質下領域では扁桃体(amygdala)、黒質網状体(substantia nigra reticulata , SNr)、黒質緻密部(substantia nigra compacta , SNc)、腹側淡蒼球(ventral pallidum), [[視索前野]](preoptic area)、[[前障]](calustrum)、[[分界条床核]](the bed nucleus of the stria terminalis, BNST)、[[不確帯]](zona incerta)、視床下部(hypothalamus)、外側[[手綱核]](lateral habenula nucleus)、[[青斑核]](Locus coeluleus)からのものがある。特に外側手綱核からの投射は強力で、[[fasciculus retroflexus]]を介した入力である。その効果は抑制または興奮と見解が異なる。外側手綱核の破壊で、嫌悪刺激に応じて増加するセロトニンの分泌が抑制される<ref name=ref10><pubmed>11602236</pubmed></ref>。
 皮質下領域では扁桃体(amygdala)、黒質網状体(substantia nigra reticulata , SNr)、黒質緻密部(substantia nigra compacta , SNc)、腹側淡蒼球(ventral pallidum), [[視索前野]](preoptic area)、[[前障]](calustrum)、[[分界条床核]](the bed nucleus of the stria terminalis, BNST)、[[不確帯]](zona incerta)、視床下部(hypothalamus)、外側[[手綱核]](lateral habenula nucleus)、[[青斑核]](Locus coeluleus)からのものがある。特に外側手綱核からの投射は強力で、[[fasciculus retroflexus]]を介した入力である。その効果は抑制または興奮と見解が異なる。外側手綱核の破壊で、嫌悪刺激に応じて増加するセロトニンの分泌が抑制される<ref name=ref10><pubmed>11602236</pubmed></ref>。


===細胞構築===
===細胞構築===
 セロトニン細胞の大半が縫線核に存在し、特に背側縫線核の多くの細胞はセロトニン細胞である。核内の細胞に占めるセロトニン細胞の割合は報告にもよるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の約30%, [[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]のmedium-sized neuronの70 %, ヒトでは70 %<ref name=ref11><pubmed>1720227</pubmed></ref>がセロトニン細胞であると報告されている。吻側核群のほうがこの割合は高い。その他GABA・ドーパミン・[[ノルアドレナリン]]、[[一酸化窒素]]・さまざまな[[神経ペプチド|ペプチド]]や[[アセチルコリン]]などを含む細胞がある。
 セロトニン細胞の大半が縫線核に存在し、特に背側縫線核の多くの細胞はセロトニン細胞である。核内の細胞に占めるセロトニン細胞の割合は報告にもよるが、[[wj:ラット|ラット]]の約30%, [[wj:ネコ|ネコ]]のmedium-sized neuronの70 %, ヒトでは70 %<ref name=ref11><pubmed>1720227</pubmed></ref>がセロトニン細胞であると報告されている。吻側核群のほうがこの割合は高い。その他GABA、ドーパミン、[[ノルアドレナリン]]、[[一酸化窒素]]、さまざまな[[神経ペプチド|ペプチド]]や[[アセチルコリン]]などを含む細胞がある。


 個々の縫線核細胞の化学的特性とその機能を明らかにするためには、細胞の発火パターンなどの電気生理学的な特性から細胞の化学的特性が推測できたら便利である。しかしこれまでのところ信頼できる電気生理学的な特性は特定されていない。例えば、活動電位の形状が幅広で、基底の発火頻度が低頻度(<3Hz)かつ発火パターンがメトロノームのように一定のものはセロトニン細胞であるとされたが、最近の研究結果では否定的である。例えば低頻度発火の縫線核細胞のうち半数はセロトニン細胞ではなく、高頻度発火の細胞のうち20%はセロトニン細胞であった<ref name=ref12><pubmed>14596860</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>16418294</pubmed></ref>。[[徐波睡眠]](slow-wave sleep)の際発火頻度が低下しないセロトニン細胞は22%にも及んだ<ref name=ref14><pubmed>16613874</pubmed></ref>。また、[[自己受容体]]である[[5-HT1A受容体|5-HT1<sub>A</sub>受容体]]はセロトニン細胞のみでなく非セロトニン細胞にも存在すること、5-HT1<sub>A</sub>作用薬に対する縫線核細胞の反応は一様でないことから<ref name=ref15><pubmed>7932189</pubmed></ref>、5-HT1<sub>A</sub>作用薬により発火が抑制される細胞はセロトニン細胞であるという薬理学的な同定も十分とはいえない<ref name=ref16><pubmed>12573710</pubmed></ref>。
 個々の縫線核細胞の化学的特性とその機能を明らかにするためには、細胞の発火パターンなどの電気生理学的な特性から細胞の化学的特性が推測できたら便利である。しかしこれまでのところ信頼できる電気生理学的な特性は特定されていない。例えば、活動電位の形状が幅広で、基底の発火頻度が低頻度(<3Hz)かつ発火パターンがメトロノームのように一定のものはセロトニン細胞であるとされたが、最近の研究結果では否定的である。例えば低頻度発火の縫線核細胞のうち半数はセロトニン細胞ではなく、高頻度発火の細胞のうち20%はセロトニン細胞であった<ref name=ref12><pubmed>14596860</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>16418294</pubmed></ref>。[[徐波睡眠]](slow-wave sleep)の際発火頻度が低下しないセロトニン細胞は22%にも及んだ<ref name=ref14><pubmed>16613874</pubmed></ref>。また、[[自己受容体]]である[[5-HT1A受容体|5-HT1<sub>A</sub>受容体]]はセロトニン細胞のみでなく非セロトニン細胞にも存在すること、5-HT1<sub>A</sub>作用薬に対する縫線核細胞の反応は一様でないことから<ref name=ref15><pubmed>7932189</pubmed></ref>、5-HT1<sub>A</sub>作用薬により発火が抑制される細胞はセロトニン細胞であるという薬理学的な同定も十分とはいえない<ref name=ref16><pubmed>12573710</pubmed></ref>。
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====歩行====
====歩行====
 ネコの歩行運動では、開始直後から持続的な発火率の上昇が開始し、歩行中止直後に停止する。発火パターンは歩行運動と同期しているものと、同期せず持続的に発火しているものとがある。
 ネコの歩行運動では、開始直後から持続的な発火率の上昇が開始し、歩行中止直後に停止する。発火パターンは歩行運動と同期しているものと、同期せず持続的に発火しているものとがある<ref name=ref18></ref>。


====呼吸中枢への興奮性入力====
====呼吸中枢への興奮性入力====
 延髄に分布する淡蒼縫線核, 不確縫線核には高[[wikipedia:ja:二酸化炭素|二酸化炭素]]状態で発火率が上昇する細胞がある。このような細胞のすべてが歩行によっても発火率が上昇した。これらの核からのセロトニンの投射は、呼吸中枢である[[疑核]]や[[舌下神経]]へ興奮性に働く。
 延髄に分布する淡蒼縫線核, 不確縫線核には高[[wj:二酸化炭素|二酸化炭素]]状態で発火率が上昇する細胞がある。このような細胞のすべてが歩行によっても発火率が上昇した。これらの核からのセロトニンの投射は、呼吸中枢である[[疑核]]や[[舌下神経]]へ興奮性に働く。


====摂食====
====摂食====
 淡蒼縫線核, 不確縫線核細胞は[[摂食|摂食行動]]そのものに反応し、中でも[[wikipedia:ja:咀嚼|咀嚼]]や[[wikipedia:ja:嚥下|嚥下]]に関与するもの、持続的に発火するので[[wikipedia:ja:消化管|消化管]]の運動に関与している可能性があるものがある。
 淡蒼縫線核, 不確縫線核細胞は[[摂食|摂食行動]]そのものに反応し、中でも[[wj:咀嚼|咀嚼]]や[[wj:嚥下|嚥下]]に関与するもの、持続的に発火するので[[wj:消化管|消化管]]の運動に関与している可能性があるものがある。


===吻側部===
===吻側部===
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====注意====
====注意====
 背側縫線核細胞の活動は注意を促す定位反応により抑制される。覚醒ネコではドアの開閉に対して眼球運動が起き、それに同期して数分の発火抑制が起きる。感覚刺激への応答は、[[視覚]]・[[聴覚]]刺激両方に反応するというbimodalである点、habituateしない点、phasicな興奮に引き続く200ms 以上の長い抑制が見られることが報告されている。phasic な興奮は発火率の上昇というよりは発火のタイミングが刺激入力にロックした結果であり、潜時は40-50ms と非常に短い。
 背側縫線核細胞の活動は注意を促す定位反応により抑制される。覚醒ネコではドアの開閉に対して眼球運動が起き、それに同期して数分の発火抑制が起きる。感覚刺激への応答は、[[視覚]]・[[聴覚]]刺激両方に反応するというbimodalである点、habituateしない点、phasicな興奮に引き続く200ms 以上の長い抑制が見られることが報告されている。phasicな興奮は発火率の上昇というよりは発火のタイミングが刺激入力にロックした結果であり、潜時は40-50ms と非常に短い。


====ストレス反応====
====ストレス反応====
 縫線核群はストレス、特に回避できないストレス負荷時に応答し<ref name=ref19><pubmed>15893820</pubmed></ref>、背側縫線核やその投射先である扁桃体や[[中心灰白質]]でセロトニン放出が増加し、ストレス反応を修飾する<ref name=ref20><pubmed>9630480</pubmed></ref>。このメカニズムには手綱核から縫線核群への投射や前頭葉内側部から縫線核への投射が関与しており、この系を破壊すると回避可能か否かによる行動の差が減弱する<ref name=ref10 />。ストレス反応において中心的な役割を果たす視床下部・[[下垂体]]・[[副腎系]]と縫線核群との相互関係も重要で、背側縫線核に見られる[[corticotropin-releasing factor]][[CRF]])陽性の細胞はセロトニン細胞でもある<ref name=ref21><pubmed>12589373</pubmed></ref>。セロトニン細胞は大きさが[[ホルモン]]によって影響を受ける。[[ステロイドホルモン]]の一つである[[糖質コルチコイド]]の量が減少すると細胞サイズが小さくなる。その他、[[エストロゲン]]、[[テストステロン]]、[[コレステロール]]、[[インターロイキン]]などが細胞の大きさに影響を及ぼす。縫線核群からは視索上核へも強い投射があるが、これは視床下部からのCRFの投射を介して、視床下部・下垂体・副腎系を亢進させる。従って、 縫線核からのセロトニン投射は神経伝達物質としてのみならず神経内分泌系の一部としても理解されなければいけない。
 縫線核群はストレス、特に回避できないストレス負荷時に応答し<ref name=ref19><pubmed>15893820</pubmed></ref>、背側縫線核やその投射先である扁桃体や[[中心灰白質]]でセロトニン放出が増加し、ストレス反応を修飾する<ref name=ref20><pubmed>9630480</pubmed></ref>。このメカニズムには手綱核から縫線核群への投射や前頭葉内側部から縫線核への投射が関与しており、この系を破壊すると回避可能か否かによる行動の差が減弱する<ref name=ref10 />。ストレス反応において中心的な役割を果たす視床下部・[[下垂体]]・[[副腎系]]と縫線核群との相互関係も重要で、背側縫線核に見られる[[コルチコトロピン放出因子]] ([[corticotropin-releasing factor]], [[CRF]])陽性の細胞はセロトニン細胞でもある<ref name=ref21><pubmed>12589373</pubmed></ref>。セロトニン細胞は大きさが[[ホルモン]]によって影響を受ける。[[ステロイドホルモン]]の一つである[[糖質コルチコイド]]の量が減少すると細胞サイズが小さくなる。その他、[[エストロゲン]]、[[テストステロン]]、[[コレステロール]]、[[インターロイキン]]などが細胞の大きさに影響を及ぼす。縫線核群からは視索上核へも強い投射があるが、これは視床下部からのCRFの投射を介して、視床下部・下垂体・副腎系を亢進させる。従って、 縫線核からのセロトニン投射は神経伝達物質としてのみならず神経内分泌系の一部としても理解されなければいけない。


====報酬====
====報酬====

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