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== 病識への治療的介入とその効果 == | == 病識への治療的介入とその効果 == | ||
=== 薬物療法 === | === 薬物療法 === | ||
初発統合失調症への薬物療法の大規模な効果試験 The European First Episode Schizophrenia Trial (EUFEST)<ref name=Pijnenborg2015><pubmed>25907250</pubmed></ref>23)の二次解析で、455名の病識の改善度を[[陽性・陰性症状評価尺度]] ([[Positive and Negative Syndrome Scale]], [[PANSS]])のG12項目(現実検討と病識の評価項目)で検討したところ、急性症状の改善と並行して、特に治療開始3か月で明らかな改善が見られた。しかしPhahladira ら<ref name=Phahladira2019><pubmed>30385130</pubmed></ref>24) | 初発統合失調症への薬物療法の大規模な効果試験 The European First Episode Schizophrenia Trial (EUFEST)<ref name=Pijnenborg2015><pubmed>25907250</pubmed></ref>23)の二次解析で、455名の病識の改善度を[[陽性・陰性症状評価尺度]] ([[Positive and Negative Syndrome Scale]], [[PANSS]])のG12項目(現実検討と病識の評価項目)で検討したところ、急性症状の改善と並行して、特に治療開始3か月で明らかな改善が見られた。しかしPhahladira ら<ref name=Phahladira2019><pubmed>30385130</pubmed></ref>24)は、105名の初発の統合失調症圏(妄想性障害や統合失調感情障害を含む)の人を回復過程に沿って評価したところ、PANSS・G12項目は精神症状の回復とともに有意に改善したが、患者の評価したThe Birchwood Insight Scale(BIS)は、治療の必要性についての下位尺度のみが改善し、精神疾患についての気づきや、症状の原因帰属は有意な改善が見られなかった。Clinical antipsychotic trials of intervention effectiveness (CATIE)試験<ref name=Ozzoude2019><pubmed>30172739</pubmed></ref>25)の中で、373名の統合失調症について、PANSS・G12の改善は、血中濃度から推定した[[ドーパミン]][[D2受容体]]の占拠率からは予測することができなかった。 | ||
=== 個人精神療法 === | === 個人精神療法 === | ||
治療関係の中で[[不安]]や挫折感を受け止めつつ、病気によって起こってきた変化や病感を一緒に確認し、病識へと高めていく[[個人精神療法]]のアプローチがこれまで行われてきた。Ruschら<ref name=Rusch2002><pubmed>12171279</pubmed></ref>26)は、[[動機づけ面接]] (motivational interviewing)で、個人的なゴール(たとえば服薬遵守)をめざす上での負担と利益や、そのためのさまざまなサービスの有利な点や不利な点を本人の立場から丁寧に検討することで、治療への動機を高めることを企図し、討論を避け共感を持って傾聴することの重要性について述べている。 | |||
1990年代より心理教育が活発に行われるようになると、個人精神療法はあまり顧みられなくなったが、近年再びメタ認知や cognitive insight などを高める目的の個人精神療法が注目されている。重い精神障害を持つ人の内省力を高めるために開発されたmetacognitive reflection and insight therapy, MERITは、無作為割り付け統制試験において、clinical insight が通常治療と比較して有意に改善することが報告されている<ref name=Vohs2016><pubmed>27278672</pubmed></ref>20)。Lysakerら<ref name=Lysaker2015><pubmed>26121151</pubmed></ref>27)は、病識欠如は複雑でトラウマになるかもしれない体験を妥当に認識できない状態であり、自らの体験を人生の中に位置づけるときに、明確な病識を持つことができるとし、単に精神疾患の情報を教育するだけでは、病識は改善しないとしている。Vohsら<ref name=Vohs2016><pubmed>27278672</pubmed></ref>20)は、これまでの多くの病識モデルでは、患者は受け身で人生を生きており、彼らに病気について教育する必要があると考えられてきたが、実際は病識が形成されるということは、個々の人生に自分なりに道筋をつけていく能動的な過程であると述べている。 | 1990年代より心理教育が活発に行われるようになると、個人精神療法はあまり顧みられなくなったが、近年再びメタ認知や cognitive insight などを高める目的の個人精神療法が注目されている。重い精神障害を持つ人の内省力を高めるために開発されたmetacognitive reflection and insight therapy, MERITは、無作為割り付け統制試験において、clinical insight が通常治療と比較して有意に改善することが報告されている<ref name=Vohs2016><pubmed>27278672</pubmed></ref>20)。Lysakerら<ref name=Lysaker2015><pubmed>26121151</pubmed></ref>27)は、病識欠如は複雑でトラウマになるかもしれない体験を妥当に認識できない状態であり、自らの体験を人生の中に位置づけるときに、明確な病識を持つことができるとし、単に精神疾患の情報を教育するだけでは、病識は改善しないとしている。Vohsら<ref name=Vohs2016><pubmed>27278672</pubmed></ref>20)は、これまでの多くの病識モデルでは、患者は受け身で人生を生きており、彼らに病気について教育する必要があると考えられてきたが、実際は病識が形成されるということは、個々の人生に自分なりに道筋をつけていく能動的な過程であると述べている。 | ||
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=== 認知行動療法 === | === 認知行動療法 === | ||
[[認知行動療法]]では、病識欠如をより具体的かつ観察可能な対処行動のレベルでとらえ、改善の標的とする。Woodら<ref name=Wood2016><pubmed>27256518</pubmed></ref>30)は、内的スティグマへの認知行動療法、[[心理教育]]、[[社会生活スキルトレーニング]](social skills training, SST)もしくはこれらを組み合わせた心理社会的介入についてメタ解析を試み、自己効力感と病識が有意な改善を示したとしている。 | |||
=== 相互受容のアプローチ === | === 相互受容のアプローチ === | ||
仲間体験を通して、精神障害やそれに伴うさまざまなハンディの受容をはぐくむ[[集団アプローチ]]や、[[セルフヘルプ]]の体験は、clinical insight の形成に有用と思われる。安永<ref name=安永浩1988>'''安永浩 (1988).'''<br>いわゆる病識から"姿勢"覚へ ''精神科治療学'' 3:43-50</ref>31)は、障害認識を[[姿勢覚]]になぞらえた上で、「この機能が多少とも進歩、分化するためには他者の運動観察とその取り入れ(同一化と再同一化)がきわめて重要である」と述べている。Rommeら<ref name=Romme1989><pubmed>2749184</pubmed></ref><ref name=Romme1996>'''Romme MAJ, Escher ADMAC. (1996)''': Empowering people who hear voices. In: G. Haddock, P.D.Slade eds. Cognitive-Behavioral Interventions with Psychotic Disorders. pp137-150, Routledge, London [https://doi.org/10.4324/9781315812663-8]</ref>32,33)は人々の「[[幻聴]]とのつきあい方」を調べて、幻聴を病気としてのサインではなく、その人の人生の中で必然的に生じた個性の一部としてとらえ、幻聴などと共存して生活している人たちがいることから、ヒアリング・ヴォイシーズと名付けたセルフヘルプの会を広めた。 | |||
=== 社会認知やメタ認知への介入 === | === 社会認知やメタ認知への介入 === | ||
Gawedaら<ref name=Gaweda2015><pubmed>25775947</pubmed></ref>34) | Gawedaら<ref name=Gaweda2015><pubmed>25775947</pubmed></ref>34)は、[[メタ認知トレーニング]] (Metacognitive training)によって、clinical insightが改善したことを報告している(精神病症状、[[心の理論]]、理解力のバイアスには改善がなかった)。無作為割り付け統制研究で、cognitive insight に有意な改善は見られなかったなど、ネガティブな結果が複数みられる。Philippら<ref name=Philipp2019><pubmed>30456821</pubmed></ref>35)は、メタ認知への介入試験49件についてメタ解析しているが、Metacognitive trainingは[[認知機能リハビリテーション]]よりも有効であった。Pijnenborgら<ref name=Pijnenborg2019><pubmed>30429078</pubmed></ref>36)は、病識を改善するための介入(REFLEXと名付けられている)を開発したが、REFLEX実施群と認知機能リハビリテーション群ともに、終了直後及び追跡期間に、Clinical insightが改善し、群間差は認めなかった<ref name=Pijnenborg2019><pubmed>30429078</pubmed></ref>37)。 | ||
メタ認知や社会認知への介入治験は、おおむねサンプルサイズが小さく、さらに検証が必要な段階にある。 | メタ認知や社会認知への介入治験は、おおむねサンプルサイズが小さく、さらに検証が必要な段階にある。 | ||
=== 認知機能リハビリテーション === | === 認知機能リハビリテーション === | ||
Lalovaら<ref name=Lalova2013><pubmed>23199566</pubmed></ref>38) | Lalovaら<ref name=Lalova2013><pubmed>23199566</pubmed></ref>38)は、63例の外来患者を、基本的な認知機能、[[自伝的記憶]]、メタ認知を標的とする3群に振り分けたが、3群ともclinical insight に改善がみられ、さらに自伝的記憶群とメタ認知群では、症状への気づき、症状の原因帰属などがより改善していた。神経性食思不振症においては、やせへのこだわりが顕著で、思考の柔軟性が乏しいところから、認知機能リハビリテーションが試みられている。 | ||
=== 環境や社会への介入 === | === 環境や社会への介入 === | ||
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==註== | ==註== | ||
本項は、池淵恵美: | 本項は、池淵恵美:統合失調症の「病識」を再考する。''精神医学'' 63:395-414, 2021 を参照して書かれたものである。医学書院許可済み。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references/> | <references/> |