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===IP<sub>3</sub>誘導Ca<sup>2+</sup>放出(IICR)の特徴と細胞内シグナル伝達=== | ===IP<sub>3</sub>誘導Ca<sup>2+</sup>放出(IICR)の特徴と細胞内シグナル伝達=== | ||
==== IICRとCICR ==== | |||
IP<sub>3</sub>Rを介するIICRは、興奮性と非興奮性を問わず、広範な細胞タイプにおける多彩な生命現象や神経疾患などではたらく細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達に関与している<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge1989><pubmed>2550825</pubmed></ref><ref name=Hisatsune2017><pubmed>28211945</pubmed></ref><ref name=Matsumoto1996><pubmed>8538767</pubmed></ref><ref name=Mikoshiba2007><pubmed>17697045</pubmed></ref> 。もう一つの細胞内Ca<sup>2+</sup>放出現象には、リアノジン受容体(ryanodine receptor、略語:RyR;RyR1/RyR2/RyR3の3種類)によるCa<sup>2+</sup>誘導Ca<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup>-induced Ca<sup>2+</sup> release、略語:CICR)がある <ref name=Furuichi1994><pubmed>7522674</pubmed></ref><ref name=Takeshima1989><pubmed>2725677</pubmed></ref><ref name=Woll2022><pubmed>34280054</pubmed></ref> 。RyRによるCICRは、Ca<sup>2+</sup>シグナルの増幅にはたらき、IICRと共同して細胞内Ca<sup>2+</sup>動態に重要な役割をもつ<ref name=Berridge1993><pubmed>8381210</pubmed></ref> 。IP<sub>3</sub>の他に細胞内ストアからのCa<sup>2+</sup>動員のメッセンジャーとしてはたらく代謝化合物には、cADPリボース(cyclic adenosine diphosphate ribose, cADPR)とニコチン酸アデニンジヌクレオチドリン酸(nicotinic acid adenine dinucleotide phosphate, NAADP)がある。いずれも補助分子を介してCa<sup>2+</sup>動員を媒介すると考えられている<ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Marchant2022><pubmed>34810081</pubmed></ref> 。cADPRはRyRによるCICRを媒介するが、NAADPは2孔型チャネルTPC(two-pore channel)による酸性オルガネラ(エンドソームやリソソーム)(IICR/CICRとは異なるCa<sup>2+</sup>ストア)からのCa<sup>2+</sup>放出を媒介する<ref name=Calcraft2009><pubmed>19387438</pubmed></ref><ref name=Marchant2022><pubmed>34810081</pubmed></ref><ref name=Ogunbayo2011><pubmed>21216967</pubmed></ref> 。 | |||
==== シグナルとしての細胞内濃度 ==== | |||
IP<sub>3</sub>シグナルが標的のIP<sub>3</sub>Rに作用する有効濃度は、細胞・組織やIP<sub>3</sub>Rのタイプによるが、例えば発現させたIP<sub>3</sub>結合ドメインのIP<sub>3</sub>結合親和性(Kd)が10~100 nMオーダー<ref name=Iwai2007><pubmed>17327232</pubmed></ref><ref name=Iwai2005><pubmed>15632133</pubmed></ref> であることや、精製したIP<sub>3</sub>R1タンパク質や発現させたIP<sub>3</sub>R1タンパク質の単一チャネル記録での開口確率(open probability)から推定されるIP<sub>3</sub>感受性(kInsP3)が、それぞれ220 nM <ref name=Michikawa1999><pubmed>10482245</pubmed></ref> と100~400 nM <ref name=Tu2005><pubmed>15533917</pubmed></ref> との報告から、おおよそsub-micromolarのIP<sub>3</sub>濃度が十分にIICRを引き起こすシグナル濃度に相当すると考えられる。但し、アフリカツメガエル卵母細胞では、数pMのIP<sub>3</sub>注入で要素的なIICRが起きるとの報告もあり<ref name=Demuro2015><pubmed>26344104</pubmed></ref> 、in vitroとin vivoのアッセイ方法、あるいは細胞によって違いがある可能性はある。 | |||
==== 細胞内におけるシグナルとしての寿命と局所性 ==== | |||
IP<sub>3</sub>を引き継ぐCa<sup>2+</sup>は、短寿命で、細胞局所的な(ローカルな)メッセンジャー(short-lived local messenger)である。2族元素でアルカリ土類金属のカルシウムは自然界では豊富に化合物として存在し(地殻中で5番目に多い)、ヒトの体内でも最も多いミネラルである(約99%が骨や歯に存在)。しかし、遊離イオン状態で高濃度のCa<sup>2+</sup>は細胞毒性が強いため、通常、細胞では厳密なCa<sup>2+</sup>ホメオスタシス機構によって、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]i)は極めて低い(能動的な細胞外へのCa<sup>2+</sup>排出や細胞内ストアへのCa<sup>2+</sup>封じ込め、ミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>取り込み、結合タンパク質による緩衝作用[結合Ca<sup>2+</sup>(bound Ca<sup>2+</sup>)の状態]などが[Ca<sup>2+</sup>]iを低く抑えている)。この機構によって、体液中などの細胞外Ca<sup>2+</sup>濃度([Ca<sup>2+</sup>]o)が1~数mMに対して、細胞内の遊離Ca<sup>2+</sup>(free Ca<sup>2+</sup>)濃度[Ca<sup>2+</sup>]iは50~100 nM <ref name=Collins2011><pubmed>21288721</pubmed></ref><ref name=Harraz2014><pubmed>24605083</pubmed></ref> と、約1万倍までに低減される。この堅牢な機構下で、Ca<sup>2+</sup>が定常レベルを超えて上昇した濃度でシグナルとしてはたらき、[Ca<sup>2+</sup>]iは発生部位をピークとして、周辺部へ段階的な濃度勾配を示すCa<sup>2+</sup>微小領域/マイクロドメイン(Ca<sup>2+</sup> microdomain)を形成しやすい<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref> 。 | |||
一方、IP<sub>3</sub>については、産生されて代謝によって低減するまでの間、シグナルとして機能する。アフリカツメガエル卵母細胞を用いた先駆的な研究によって、IP<sub>3</sub>は通常サイズの細胞では産生される細胞膜付近から細胞内のほぼ全域まで、シグナルとしての濃度レベルを保って拡散することができる長寿命で広域的な(グルーバルな)メッセンジャー(long-lived global messenger)と提案された。脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid, LPA)のGPCRを刺激して数分以内に、卵母細胞内のIP<sub>3</sub>濃度が10 nMオーダーから数µMオーダーへ増加することが示された<ref name=Luzzi1998><pubmed>9786859</pubmed></ref> 。卵母細胞の抽出液中で測定されたIP<sub>3</sub>の拡散定数(diffusion coefficient [D])が280 µm2/sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>が13~65 µm2/s(Ca<sup>2+</sup>を90 nMから1 µMに増加した時のD値)(IP<sub>3</sub>が4~20倍以上の拡散定数をもつ)、IP<sub>3</sub>の有効時間が1 sに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は30 µs(IP<sub>3</sub>が5桁長い有効時間をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は1 sとIP<sub>3</sub>と同等)、また拡散範囲はIP<sub>3</sub>が24 µmに対して遊離Ca<sup>2+</sup>は0.1 µm(IP<sub>3</sub>が3桁広い拡散範囲をもつ)(結合Ca<sup>2+</sup>は5 µmとIP<sub>3</sub>の約1/5)であることも示された<ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref> (表1)。 | |||
こうした研究報告から、Ca<sup>2+</sup>と比較して、IP<sub>3</sub>はグローバルメッセンジャーと考えられてきた。また、マウス神経芽細胞腫株N1E-115では、カルバコールでアセチルコリン受容体を刺激刺激して産生されるIP<sub>3</sub>の半減期が約9 sとの報告もある<ref name=Wang1995><pubmed>7730788</pubmed></ref> 。その後、ヒト神経芽細胞腫株SH-SY5Yを用いたケージドIP<sub>3</sub>の光解離で誘導されるCa<sup>2+</sup>パフ(puff)(ストア上に散在するIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きる要素的なCa<sup>2+</sup>放出[elementary Ca<sup>2+</sup> release])では、IP<sub>3</sub>の拡散定数は≤10 m2/sec(アフリカツメガエル卵母細胞での遊離Ca<sup>2+</sup>のDに匹敵)で推定される作用範囲も< 5 µmと、典型的な哺乳類細胞のサイズよりもやや小さいことから、IP<sub>3</sub>もローカルメッセンジャーとしてはたらくと報告された<ref name=Dickinson2016><pubmed>27919026</pubmed></ref>('''表1''')。 | |||
{| class="wikitable" | |||
|+'''表1'''. アフリカツメガエル卵母細胞とヒト神経芽細胞腫株におけるCa<sup>2+</sup>とIP<sub>3</sub>の動態 | |||
! !! 拡散定数 !! 有効時間 !! 拡散範囲 !! 文献 | |||
|- | |||
| Oocyte Ca<sup>2+</sup> || 13-65 mm<sup>2</sup>/s || 30 ms || 0.1 mm || <ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref> | |||
|- | |||
| Oocyte IP<sub>3</sub> || 280 mm<sup>2</sup>/s || 1 s || 24 mm || <ref name=Allbritton1992><pubmed>1465619</pubmed></ref> | |||
|- | |||
| SH-SY5Y IP<sub>3</sub> || ≤10 mm<sup>2</sup>/s || || < 5 mm || <ref name=Dickinson2016><pubmed>27919026</pubmed></ref> | |||
|} | |||
代謝化合物であるIP<sub>3</sub>シグナルと、陽イオンであるCa<sup>2+</sup>シグナルとでは、刺激後に細胞内で発生して、その後低減されるまでのメカニズムが全く異なる。このため、2つの二次メッセンジャーが変換されるIICRにおいて、IP<sub>3</sub>の代謝活性やCa<sup>2+</sup>のホメオスタシス制御が細胞によって異なるため、両者のシグナル寿命は細胞によっても異なることになる。加えて、細胞タイプによって活性化状態のIP<sub>3</sub>Rの局所的な密度やCa<sup>2+</sup>ストアの細胞内分布パターンに多様性があることも(例えば、アフリカツメガエル卵母細胞はIP<sub>3</sub>Rが細胞膜直下の小胞体に分布するが、通常の動物細胞では細胞質内のsERネットワークに比較的広く分布する)、時空間的なCa<sup>2+</sup>動態へ影響する<ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Lock2019><pubmed>30703557</pubmed></ref> 。 | |||
ニューロンは神経伝達物質や神経栄養因子などをシナプスなどの特定の細胞部位で受容してPIP<sub>2</sub>加水分解が起きるため、この場合のIP<sub>3</sub>シグナルは局所的である。また、ポストシナプス‐樹状突起-細胞体、そして核膜近傍に至るまで、IP<sub>3</sub>Rが局在できるsERネットワークは分布しており、IP<sub>3</sub>シグナルの持続性に応じた(また、次項で述べるCa<sup>2+</sup>によるIP<sub>3</sub>Rの二相性の調節も関係した)時空間的なIICRによるCa<sup>2+</sup>伝播が、細胞応答や遺伝子発現の制御に関係する知見が得られている<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref> 。 | |||
==== IICRの細胞内動態 ==== | |||
電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。 | |||
一定のIP<sub>3</sub>濃度([IP<sub>3</sub>])下で、IICRにより上昇した[Ca<sup>2+</sup>]iが至適濃度域(~200 nM)では正に(RyRのようなCICRモードで活性化)、高濃度域(>200 nM)では逆に負にフィードバック調節をする<ref name=Bezprozvanny1991><pubmed>1648178</pubmed></ref><ref name=Iino1990><pubmed>2373998</pubmed></ref><ref name=Parker1990><pubmed>2296584</pubmed></ref> (図4)。この放出Ca<sup>2+</sup>による二相性の調節も、IICRによる多彩なCa<sup>2+</sup>動態に関係している(負の調節はCa<sup>2+</sup>/CaMがIP<sub>3</sub>Rに結合しチャネル活性を阻害することによる<ref name=Michikawa1999><pubmed>10482245</pubmed></ref> )。ストア上のIP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル(4量体の複合体)は、単独あるいは数個~10数個のクラスターで分布する(クラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネル数は細胞によって異なる)。細胞の種類やニューロンの細胞区画によって多様性はあるであろうが、一般的な動物細胞ではクラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネルは主に細胞膜近傍のストアにアンカーされて動かない定常状態で(核周辺との報告もある)、この他にIP<sub>3</sub>Rチャネルはクラスター化せずに広く細胞質内のストアに動的な状態で点在しているとの考えがある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。個々のIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きるIICRの要素的な現象をCa<sup>2+</sup>パフ(Ca<sup>2+</sup> puff)と呼ぶ(図4)(RyRによる類似した要素的な現象に心筋細胞で見られるCa<sup>2+</sup>スパーク[Ca<sup>2+</sup> spark]がある)。低[IP<sub>3</sub>]域では、単独あるいはクラスター中の一部のIP<sub>3</sub>Rチャネルが確率論的にIICRを起こし、この現象はCa<sup>2+</sup>ブリップ(Ca<sup>2+</sup> blip)と呼ぶ。中程度 [IP<sub>3</sub>]域では、クラスターを構成するIP<sub>3</sub>Rチャネルの同調した活性化によって、Ca<sup>2+</sup>ブリップより大きいCa<sup>2+</sup>パフが起きる(細胞と刺激の種類によるが、ヒスタミン処理したHeLa細胞では、ブリップのCa<sup>2+</sup>増幅が~30 nM、寿命が<0.5 s、拡散範囲が<2 mに対し、パフはそれぞれ~170 nM、~1 s、~4-7 µmと大きい<ref name=Bootman1997><pubmed>9080361</pubmed></ref> )。上昇した[Ca<sup>2+</sup>]i域にある近傍IP<sub>3</sub>Rは、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御によってCICRモードとなり、さらなる[Ca<sup>2+</sup>]iの上昇につながる。高[IP<sub>3</sub>]域では、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御がさらに近位から遠位へと段階的に伝播し、細胞内に広がるストアネットワーク上のIP<sub>3</sub>Rチャネルが連続的にCICRモードとなることで(また、低[IP<sub>3</sub>]では不活性状態(silent)のIP<sub>3</sub>Rが、高[IP<sub>3</sub>]で活性化すると示唆されている)、グローバルなCa<sup>2+</sup>波(Ca<sup>2+</sup> wave)などの複雑なCa<sup>2+</sup>動態が生み出されるモデルが提唱されている<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> 。 | |||
このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。 | |||
図4 IICRおけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの細胞内動態 | 図4 IICRおけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの細胞内動態 | ||
IICRによる階層的なCa<sup>2+</sup>動態(Ca<sup>2+</sup> blip→Ca<sup>2+</sup> puff→Ca<sup>2+</sup> wave)を図示している(Parker I et al. <ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> と Lock JT et al. <ref name=Lock2019><pubmed>30703557</pubmed></ref> を改変)。図中では、放出Ca<sup>2+</sup>による負の制御で変化する動態は割愛している。(a)は細胞外刺激を受けて細胞膜近傍でPI代謝回転の誘導が開始される段階。(b)は低[IP<sub>3</sub>]、(c)は中程度[IP<sub>3</sub>]、(d)は高[IP<sub>3</sub>]におけるIP<sub>3</sub>/ | IICRによる階層的なCa<sup>2+</sup>動態(Ca<sup>2+</sup> blip→Ca<sup>2+</sup> puff→Ca<sup>2+</sup> wave)を図示している(Parker I et al. <ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> と Lock JT et al. <ref name=Lock2019><pubmed>30703557</pubmed></ref> を改変)。図中では、放出Ca<sup>2+</sup>による負の制御で変化する動態は割愛している。(a)は細胞外刺激を受けて細胞膜近傍でPI代謝回転の誘導が開始される段階。(b)は低[IP<sub>3</sub>]、(c)は中程度[IP<sub>3</sub>]、(d)は高[IP<sub>3</sub>]におけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの動態を図示している。PI代謝回転が起きた細胞膜付近からIP<sub>3</sub>が細胞内を拡散してできる濃度勾配を青色濃淡で示している。IP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネルによってCa<sup>2+</sup>ストアから放出されるCa<sup>2+</sup>が細胞内を拡散してできる濃度勾配を赤色濃淡で示している。ギャップ結合(GAP junction)をもつ細胞間では、IP<sub>3</sub>は細胞間シグナルとしてもはたらく。図では、Ca<sup>2+</sup>が細胞内を局所的(local)に、IP<sub>3</sub>がより細胞内を広域(global)に拡散する様子を示しているが、動態は細胞タイプなどによって多様性があり、IP<sub>3</sub>がより局所的なメッセンジャーとしてはたらく細胞もある。(b)低[IP<sub>3</sub>]では、IP<sub>3</sub>Rチャネルの単独とクラスターを問わず、確率論的にIP<sub>3</sub>と結合したIP<sub>3</sub>RチャネルにおいてCa<sup>2+</sup>ブリップが起きる。(c)中程度[IP<sub>3</sub>]では、IP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター(アンカーされて不動性)が活性化され、Ca<sup>2+</sup>パフが起きる。また、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>は濃度に依存して二相性にIP<sub>3</sub>Rを制御する:至適[Ca<sup>2+</sup>]濃度を超えた高[Ca<sup>2+</sup>]域ではIP<sub>3</sub>Rを負にフィードバック制御、至適[Ca<sup>2+</sup>]域であれば(一定レベルのIP<sub>3</sub>下で)隣接するIP<sub>3</sub>Rを活性化(正の制御)する。(d)高[IP<sub>3</sub>]では、正のCa<sup>2+</sup>制御により(RyRによるCICR様のモードで)、隣接する一連のIP<sub>3</sub>R集団の連続的な活性化によって細胞内Ca<sup>2+</sup>波(intracellular Ca<sup>2+</sup> wave)が伝播し<ref name=Leybaert2012><pubmed>22811430</pubmed></ref> 、その結果、空間的および速度論的に広域Ca<sup>2+</sup>シグナルの特性が発揮される<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。サイレントIP<sub>3</sub>Rの活性化も示唆されている。高[IP<sub>3</sub>]下でのグローバルなCa<sup>2+</sup>放出には、Ca<sup>2+</sup>パフの他に、ストアに分散して局在するIP<sub>3</sub>R(可動性)による時空間的に持続性のあるCa<sup>2+</sup>上昇が寄与するモデルもある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。 | ||
細胞内には、nMからmMに至るまで100万倍の範囲で異なったCa<sup>2+</sup>親和性をもつ多くの標的タンパク質<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> が、局所的に存在している。こうしたCa<sup>2+</sup>で制御されるタンパク質の活性は、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>マイクロドメインの時空間的な動態で制御され<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 、また異なった振幅(AM)や周波数(FM)のパターンをもつCa<sup>2+</sup>動態<ref name=Berridge1997><pubmed>9126727</pubmed></ref><ref name=Dolmetsch1997><pubmed>9126747</pubmed></ref><ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref><ref name=Parekh2011><pubmed>20810284</pubmed></ref><ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> によっても多様に制御される(例えば、MAPKとCaMKII を活性化するCa<sup>2+</sup>振動の周波数域に違いがあり<ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> 、カルシニューリンとCaMKIIを活性化する周波数域と増加Ca<sup>2+</sup>総量にも違いがある<ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref> )。このように、IICRによる細胞内Ca<sup>2+</sup>動態の多様性と、標的タンパク質がもつCa<sup>2+</sup>親和性と細胞内分布の多様性が、多くの細胞機能ではたらく多彩なIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達に関係している<ref name=Augustine2003><pubmed>14556712</pubmed></ref><ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。また、CaM結合Ca<sup>2+</sup>(CaM-bound Ca<sup>2+</sup>)になることで、遊離Ca<sup>2+</sup>よりも長寿命シグナルとなり、新たにCa<sup>2+</sup>/CaM依存性の標的分子へ作用できる適応性や融通性も増すことができる<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。 | 細胞内には、nMからmMに至るまで100万倍の範囲で異なったCa<sup>2+</sup>親和性をもつ多くの標的タンパク質<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> が、局所的に存在している。こうしたCa<sup>2+</sup>で制御されるタンパク質の活性は、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>マイクロドメインの時空間的な動態で制御され<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 、また異なった振幅(AM)や周波数(FM)のパターンをもつCa<sup>2+</sup>動態<ref name=Berridge1997><pubmed>9126727</pubmed></ref><ref name=Dolmetsch1997><pubmed>9126747</pubmed></ref><ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref><ref name=Parekh2011><pubmed>20810284</pubmed></ref><ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> によっても多様に制御される(例えば、MAPKとCaMKII を活性化するCa<sup>2+</sup>振動の周波数域に違いがあり<ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> 、カルシニューリンとCaMKIIを活性化する周波数域と増加Ca<sup>2+</sup>総量にも違いがある<ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref> )。このように、IICRによる細胞内Ca<sup>2+</sup>動態の多様性と、標的タンパク質がもつCa<sup>2+</sup>親和性と細胞内分布の多様性が、多くの細胞機能ではたらく多彩なIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達に関係している<ref name=Augustine2003><pubmed>14556712</pubmed></ref><ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。また、CaM結合Ca<sup>2+</sup>(CaM-bound Ca<sup>2+</sup>)になることで、遊離Ca<sup>2+</sup>よりも長寿命シグナルとなり、新たにCa<sup>2+</sup>/CaM依存性の標的分子へ作用できる適応性や融通性も増すことができる<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。 | ||
==== 細胞間コミュニケーションシグナル ==== | |||
IP<sub>3</sub>は、分子量1 kDa以下の電解質イオンや代謝物などを透過するギャップ結合(gap junction)を通過することができ、細胞間を伝播することで細胞間コミュニケーションのシグナルとしてもはたらき、アストロサイトの細胞間Ca<sup>2+</sup>波の誘導などに関係する<ref name=Decrock2012><pubmed>22117194</pubmed></ref><ref name=Leybaert2012><pubmed>22811430</pubmed></ref> 。 | |||
==IP<sub>3</sub>シグナル関連技術== | ==IP<sub>3</sub>シグナル関連技術== |