「標的認識」の版間の差分

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 Santiago Ramon y Cajalが前世紀の初頭にその詳細な組織学的解析から、神経の突起があたりにあるシグナルをselectiveに感知しながら目的地へ進んでいるのではないかと推測し、chemotaxisに似た現象が神経系の形成に重要なのではないかと提唱していた。それに対して主に末梢神経の再生の実験結果から1920年代から30年代にはPaul A Weissらによる神経系の線維の結合は主に物理的な制約で決定され、その結合は決して特異的なものではなくランダムであり、その後にその回路を使用する事によってその使われた回路が最終的に残るという説が主流を占めていた。その説に対してWeissの学生であったRoger Sperryは彼の一連のカエルやイモリといった動物の眼を使った神経再生の実験により、神経の回路形成にはやはりselectivityが存在し、そのメカニズムについてchemoaffinity theoryを提唱した<ref><pubmed>14077501</pubmed></ref>。このchemoaffinity theoryには2つの概念が含まれており、1つは神経細胞はそれぞれの細胞、線維におそらく化学物質からなる個々を認識するタグがついており、これによってお互いを区別して、その化学親和性で神経細胞はおそらくシングル細胞のレベルで特異的な神経結合を作る事ができるというもので、もう1つは特に視覚系で明らかであるが、その線維投射のパターンが規則正しく、トポグラフィックであることから、少数のモルフォゲンの様なグレディエントで存在する分子群がこのchemoaffinityを担う物質として機能するというものである(図2)。Chemoaffinity theoryについては激しい論争があったが、やがて分子レベルでの解析、数理モデル等に支えられ、神経発生の分野で一般に受け入れられる概念となり、現在のターゲット認識の概念は基本的にこのchemoaffinity theoryの流れを汲んでいる。[[Image:辞典02.jpg|thumb|center|図2 Chemoaffinity theory]]  
 Santiago Ramon y Cajalが前世紀の初頭にその詳細な組織学的解析から、神経の突起があたりにあるシグナルをselectiveに感知しながら目的地へ進んでいるのではないかと推測し、chemotaxisに似た現象が神経系の形成に重要なのではないかと提唱していた。それに対して主に末梢神経の再生の実験結果から1920年代から30年代にはPaul A Weissらによる神経系の線維の結合は主に物理的な制約で決定され、その結合は決して特異的なものではなくランダムであり、その後にその回路を使用する事によってその使われた回路が最終的に残るという説が主流を占めていた。その説に対してWeissの学生であったRoger Sperryは彼の一連のカエルやイモリといった動物の眼を使った神経再生の実験により、神経の回路形成にはやはりselectivityが存在し、そのメカニズムについてchemoaffinity theoryを提唱した<ref><pubmed>14077501</pubmed></ref>。このchemoaffinity theoryには2つの概念が含まれており、1つは神経細胞はそれぞれの細胞、線維におそらく化学物質からなる個々を認識するタグがついており、これによってお互いを区別して、その化学親和性で神経細胞はおそらくシングル細胞のレベルで特異的な神経結合を作る事ができるというもので、もう1つは特に視覚系で明らかであるが、その線維投射のパターンが規則正しく、トポグラフィックであることから、少数のモルフォゲンの様なグレディエントで存在する分子群がこのchemoaffinityを担う物質として機能するというものである(図2)。Chemoaffinity theoryについては激しい論争があったが、やがて分子レベルでの解析、数理モデル等に支えられ、神経発生の分野で一般に受け入れられる概念となり、現在のターゲット認識の概念は基本的にこのchemoaffinity theoryの流れを汲んでいる。[[Image:辞典02.jpg|thumb|center|図2 Chemoaffinity theory]]  


 図2の説明 ニワトリの系において網膜の神経節細胞は視蓋にその軸索を投射する。その時に、網膜の鼻側にある細胞は視蓋の後側に、耳側にある細胞は視蓋の前側に軸索を送る。このトポグラフィックな投射は、視蓋に前後軸に沿ってグレディエントを形成してephrhinAが存在し、そのレセプターであるEphAが網膜の神経節細胞において内外軸に沿ってグレディエントを形成して発現していて、その相互作用によって起こる。
 図2の説明 ニワトリの系において網膜の神経節細胞は視蓋にその軸索を投射する。その時に、網膜の鼻側にある細胞は視蓋の後側に、耳側にある細胞は視蓋の前側に軸索を送る。このトポグラフィックな投射は、視蓋に前後軸に沿ってグレディエントを形成してephrhinAが存在し、そのレセプターであるEphAが網膜の神経節細胞において内外軸に沿ってグレディエントを形成して発現していて、その相互作用によって起こる。  


<ターゲット認識、特にシナプス形成における特異性とそれをサポートする分子>  
<ターゲット認識、特にシナプス形成における特異性とそれをサポートする分子>  
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<ターゲット認識に関与する分子メカニズム>  
<ターゲット認識に関与する分子メカニズム>  


 いずれにしても分子メカニズムとしては、まず、目的の領域に達する機構(様々なアクソンガイダンスのメカニズム)、そして領域内のどこに到着するかを決定する機構(おそらく神経伸長促進因子か抑制性因子とそのレセプターの発現レベルによって形成される)、そして特異的な細胞集団を見つける機構(おそらく細胞接着因子及び抑制因子)、そして細胞内の特異的なコンパートメントを見つける機構(おそらく細胞接着因子及び抑制因子)が必要である(図2)。 この過程で特異性は、それぞれの神経細胞において、標示されているシグナルに対するレセプターの発現の変化、発現されているレセプターのコンビネーションの変化、また、レセプターの下流のシグナル系路の変化によって、それぞれのシグナルへの応答性が変わることによって形成されると考えられる。詳細な分子メカニズムについてはアクソンガイダンスの項を参照のこと。  
 いずれにしても分子メカニズムとしては、まず、目的の領域に達する機構(様々なアクソンガイダンスのメカニズム)、そして領域内のどこに到着するかを決定する機構(おそらく神経伸長促進因子か抑制性因子とそのレセプターの発現レベルによって形成される)、そして特異的な細胞集団を見つける機構(おそらく細胞接着因子及び抑制因子)、そして細胞内の特異的なコンパートメントを見つける機構(おそらく細胞接着因子及び抑制因子)が必要である(図3)。 この過程で特異性は、それぞれの神経細胞において、標示されているシグナルに対するレセプターの発現の変化、発現されているレセプターのコンビネーションの変化、また、レセプターの下流のシグナル系路の変化によって、それぞれのシグナルへの応答性が変わることによって形成されると考えられる。詳細な分子メカニズムについてはアクソンガイダンスの項を参照のこと。[[Image:辞典03.jpg|thumb|center|図3 ターゲット認識の特異性]]
 
 図3の説明 神経系において皮質構造をなすところXやYがあり、また、核構造をなすZがあるとする。その中のYに投射する軸索は神経系の様々なところから来るとする(A、B、C)。そして、この線維はYの中のある特定の細胞(薄緑色の細胞群)にシナプスを形成し、その場合、Aは樹状突起の遠位側に、Bは樹状突起の近位側に、Cは細胞体にそれぞれシナプスを形成するとする。こういった場合、それぞれの過程で特異的な標的認識が必要となる。


<各論>  
<各論>  
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 ここではごく限られた例につき、簡単に述べるだけにする。詳しくはそれぞれの文献を参照のこと。  
 ここではごく限られた例につき、簡単に述べるだけにする。詳しくはそれぞれの文献を参照のこと。  


—Drosophilaにおけるターゲティングー  Drosophilaの眼は8つの神経細胞(R1-R8)からなる単位の集合体として存在し、これらは高次視覚野であるlamina、medulla、に線維を送るが、R1-R6、R7、R8の軸索はそれぞれシナプスを形成するターゲットが異なる(Rubinら、Zipurskyら)(図3)。この分子メカニズムとしては、 カドヘリン、プロトカドヘリンやレセプター型のチロシンフォスファターゼ等が関与している事が示されている。また、標的野におけるグリア細胞の存在や標的に達するまでのアクソン—アクソン相互作用がこういった標的認識に重要である事も示されている<ref><pubmed>20399726</pubmed></ref>。    
—Drosophilaにおけるターゲティングー  Drosophilaの眼は8つの神経細胞(R1-R8)からなる単位の集合体として存在し、これらは高次視覚野であるlamina、medulla、に線維を送るが、R1-R6、R7、R8の軸索はそれぞれシナプスを形成するターゲットが異なる(Rubinら、Zipurskyら)(図4)。この分子メカニズムとしては、 カドヘリン、プロトカドヘリンやレセプター型のチロシンフォスファターゼ等が関与している事が示されている。また、標的野におけるグリア細胞の存在や標的に達するまでのアクソン—アクソン相互作用がこういった標的認識に重要である事も示されている<ref><pubmed>20399726</pubmed></ref>。  [[Image:辞典04.jpg|thumb|center|図4 Drosophilaの眼における軸索の投射]]
 
 図4の説明 ショウジョウバエの眼では8つの細胞からなる神経細胞のユニットが整然と配置されていて、これによって視覚が担われている。その8つの細胞にはR1−8とそれぞれ名前がつけられているが、R1−6はlaminaで中継ニューロンにシナプスを形成するのに対し、R7、R8はmedullaに軸索を投射し、そこでシナプスを形成する。R1−6の中継ニューロンは(L)やはりmedullaに投射するが、そのシナプスを形成する層がR7,R8のシナプスが形成される層とは異なる。


 Drosophilaの体節の筋群はステレオティピックな配置をしており、それへの神経支配は神経管からでてくる運動神経が行う。この筋群への運動神経のターゲティングの系は特異的なターゲッティングのメカニズムを探る系として研究されてきた(図4)<ref><pubmed>8833454</pubmed></ref>。様々なアクソンガイダンスに関わる分子や神経細胞接着因子等が関与している。また、最後のところのNeuroMuscular Junctionの形成についても分子レベルで研究が行われており、上記の分子の他、BMPなども関与している。  
 Drosophilaの体節の筋群はステレオティピックな配置をしており、それへの神経支配は神経管からでてくる運動神経が行う。この筋群への運動神経のターゲティングの系は特異的なターゲッティングのメカニズムを探る系として研究されてきた(図4)<ref><pubmed>8833454</pubmed></ref>。様々なアクソンガイダンスに関わる分子や神経細胞接着因子等が関与している。また、最後のところのNeuroMuscular Junctionの形成についても分子レベルで研究が行われており、上記の分子の他、BMPなども関与している。  
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